悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

文字の大きさ
上 下
113 / 579
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

35-4.冒険者ギルド

しおりを挟む
「クリス、クリス」

 酔っ払いを追い払ったノアが片手を口元に当てながら顔を近づけて囁く。

「嫌なことがあれば言ってくれ。離れたければ手伝うし……」

 自分が案内したことが発端だからか、彼が普段以上にクリスティーナを気遣っていることが伝わってくる。
 やや焦りを滲ませる彼は罪悪感を覚えているようだった。

「悪い人達じゃないし、君達を歓迎してるだけなんだけど」
「……ええ」

 威圧的な態度や高圧的な態度は得意じゃない。自身を大きく見せるような大声やヒステリックな甲高い声……騒がしさも苦手だ。
 目の前に広がる光景は自分の知らない世界で、自分の中の常識には当たらない、明らかに異質な空間だ。

(……けれど、不思議ね)

「大丈夫よ。嫌いじゃないわ」

 自然とそんな言葉が出た。
 勿論距離の近い酔っ払いはリオ達周りの人間が引き留めてくれたり等、上手く立ち回ってくれているお陰もあるのだろうが。この騒がしさは不快ではないと感じた。

 ノアはクリスティーナの表情を見て目を丸くする。
 何か気になることでもあるのかと問うように目を細めれば首を横に振って笑われる。

「いや。どうやら事実のようだ。安心したよ」
「おいそこー! なーに若いもん同士でいちゃついてるんだ!」
「は?」

 女性と言い合っていた男がクリスティーナとノアが密かに話合っている姿に気付いてヤジを飛ばす。
 直後に飛んだ冷たい声は何故かリオのものである。

「ねえ! 酔っ払いより怖い人混ざってるんですけど!!」

 酔っ払いに絡まれてやんわりと相手をしていたはずの従者の外面は完全に消えている。
 圧の強い視線に怯えたノアが喚きながらクリスティーナの元を離れて大男の影に隠れる。

「そら、お喋りばっかしてないで飲みな飲みな! マスター、ルーキー達にビール四杯!」

 離れた酒場のカウンターまで注文を叫ぶ大男。
 この雰囲気にも慣れ始めたのだろうか。抵抗感や緊張も和らいだような気がする。

「……ごめんなさい、お酒はあまり好きじゃないの」

 出たのは目の前の大男の声の十分の一程の声だったが、テーブルを挟んだだけの距離であれば十分聞こえる声量だ。

「すみません、自分もアルコール以外でお願いします」

 このような不慣れな場で発言することに少なからず緊張を覚えていると、いつの間にかクリスティーナの傍まで戻って来ていたリオが穏やかな口調で続けた。
 そして安心させるようにこっそりと目配せをしてくる辺り、クリスティーナの心情を察しての立ち回りなのだろう。

 一方で男は気を悪くした様子もなくまたもや大きく笑った。

「マスター、変更だ! ビール二杯とオレンジジュース二杯!」

 大きなジョッキを片手に叫ぶ大男の口からオレンジジュースという単語が出るとは、凄まじい違和感だ。
 その不釣り合いさが何だか愉快で気が抜けてしまうのをクリスティーナは感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

処理中です...