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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

18-3.出立準備

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「……どういう状況ですか、これは」

 リオがクリスティーナを連れてやってきたのは屋敷の裏庭。深夜は特に一通りが少ない場所である。
 そこに停められた馬車が一台、その前で二人を待っていたセシルと彼の側近の姿。

「やあやあ、愛しい我が妹よ」

 セシルは以前言葉を交わした時のクリスティーナの記憶と変わらず満面の笑みで出迎える。
 裏庭に馬を付けいつでも移動できる状態の馬車が用意されていることにも驚いたが、それ以上にクリスティーナの気を引いたのはセシルの右の頬が風船のように膨れ上がっていることだった。建国祭を祝う大通りに飾られていた派手なバルーンさながらの主張の強さである。

 整った顔というクリスティーナが唯一知る長所が失われても動じていない兄は頬を片手で擦りながらもう片方の手でクリスティーナにハグをしようとする。
 しかしクリスティーナがそれを躱し、更にリオがその間に割り込むことで妹のハグというセシルの企ては失敗に終わる。

「これはこれは、我が友リオ・ヘイデンじゃないか。いくら君とはいえ妹との感動の再会を邪魔立てするとは頂けないな」
「すみません、セシル様。クリスティーナ様に良からぬ虫が付きそうでしたので」
「リオ、やめなさい。……お兄様も。ご存じの通りお戯れにお付き合いする時間はないのです」

 笑顔で睨み合う男二人周辺の空気が凍り付くのを感じたクリスティーナは無視を決め込もうとそれを横目に見ていた。しかしセシルの傍に控える側近がどう諫めたものかと悩んでいた為に致し方なく仲裁に入る。
 クリスティーナが口を挟めばリオは静かに彼女の後ろへ控え、セシルも軽く両手を挙げながら一歩下がる。

「ふざけているつもりではなかったのだけれどね。可愛い妹が反抗期だというのであれば再会のハグは諦めよう」

 わざとらしく咳払いを一つ。
 そうしてセシルはへらへらした表情を取っ払った。
 代わりに浮かぶのは不敵さの滲む、怪しい笑みである。

「君が家を出る前に顔を見ておきたかったというのもあるのだけれどね。けれど本題は別だ。突然だけど君に選んで欲しいことがあってね」

 セシルは一本、指を立てる。

「一つ、このままボーマン伯爵領へ向かう。二つ……」

 更にもう一本。彼は追加で指を立てた。

「――皇国を離れて旅に出る」

 クリスティーナが怪訝そうに眉根を寄せるのを愉快そうに笑うセシル。
 兄の発言の意図を推し量る様に黙って見つめる妹に返事を促すように彼は続けた。

「さて、愛しい妹よ。君はどちらを選ぶ?」
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