雨音ラプソディア

月影砂門

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第一番 〜始まりの旋律 〜

第四楽章〜奏者と楽器の交声曲《カンタータ》

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 餞の歌が終わったあと、黎は気を失った。フェルマータは、暁に黎の別荘があるので、そこで仲間でも連れて黎を守るために働けと言われていた。その後、暁が黎を横抱き(所謂お姫様抱っこ)にし、俺たちは帰路を歩む。暁が、今日は遅くなったし、黎の家に来いと言ってくれたのだ。主が寝ている時に家にお邪魔するのは、少し気が引けたがそんなことで怒るような人間では絶対にないので、結局遠慮なくお邪魔することにした。


 「言葉が寝ている間に、俺の自己紹介でもしておこうか」


 暁は、黎の腕に優しく包帯を巻いたあと、やたらと大きいベッドに寝かせ、布団をかけた。その姿は兄とか友人とかではなく、恋人のような。暁は、優しい笑みを浮かべて、黎の頬にかかった髪を払った。これを見せられている俺たちの気持ちを察してほしい


 「改めて、俺は暁だ。言葉の音であり、仲間であり、影のテノーリディアゴールドレベルだ」


 この人もラプソディアを除いた最高位にいる存在なのか。音でありながら、黎を守るために中立の立場をとったハープ及び指揮棒。黎の元仲間は、強者ばかりだな、とつくづく思う。


 「言葉って?黎は、言葉って名前なのか?」

 「コトノハって言いにくいから、コトハ。それから、言葉は元々女の設定だったんだぞ。それが突然男設定で行くことにした、と言い出してな」


 これは、暁さんも大変なんだな、と思う。黎の突然の男になります宣言。両方の性別になれるとはいえ、男設定はあまりにも無理がある、と俺は思っていた。意見は満場一致だった。暁もそれに対しては同意見らしい


 「まぁ、紫季が理由だろうな」

 「紫季?」

 「紫季がな、言葉に告白したのさ」

 「告白?」


 言い様によっては、黎のプライドを傷つけそうだ。


 「剣を捨てて、我の妻にならないか、だとさ。バカだよな、紫季」


 黎は、戦いながらも、優しさでこの世界を癒すことを絶対の義務としている。その黎に対して、戦うなとは、自分の夢を否定されているようなものなのだ。いくら黎でも怒るだろう。


 「怒ってねぇよ。ただ、悲しそうにしてた。わたしのこと、分かってもらえなかったみたいだって……」

 「黎ちゃん……悲しかったのね」

 「告白自体をコイツは重要とはしてなかった。コイツにとっては、夢を否定されたことが、何よりも悲しかったんだろう。だって紫季も、黎と一緒にいたはずなんだからよ。さ、他に質問は?」


 暁は、どこか自嘲の笑みを浮かべていた表情から、優しい笑みに変えて俺たちを見た。


 「クイーンって?」

 「あれ、聴いてなかったのか?クイーンってのはまぁ、黎の渾名っていうのかな。騎士に守られる最強の真言使いっていう意味でつけたんだよ、アンチが」


 黎は、クイーンと呼ばれるのが嫌なのか。だから俺たちに言わなかったのか。


 「黎はクイーンじゃなくて、キングが良かったらしい」


 黎らしい理由だった。あくまで男設定なのに、女につけられるクイーンという渾名が気に食わなかったのだ。呼ばれても顔色を変えなかったのは、そう呼ばれていることを大して問題視していなかったからだろう。


 「黎を着替えさせないと」

 「今寝てるぞ?」

 「寝てる間に俺が着せれば済む話だろう」


 仲間で相棒で、音とはいえ、それは許されることなのか?しかも、俺たちの目の前でし出した。


 「黎の裸見ても、恥ずかしい場所何も無いぞ?」


 ……そういう問題じゃない
 寝ている友人の裸を見ることになる。結局、俺たちを部屋から出して着替えさせていた。助かる。


 「今時の青年は初心なんだな」

 「黎と暁も俺たちと年齢変わらねぇだろ」

 「は?何言ってんだよ。俺たち100超えてるぞ?」

 「えっ?」


 見た目は俺たちと変わらない学生なのに、百を超えてるのか。音である暁はまだしも、人である黎まで100を超えているのか。それでも見た目も変わらずに。今思えばおかしいのだ。二年前と何ら見た目が変わっていないのだから。背丈も顔立ちも全部そのまま。


 「ラプソディアは十五になると成長が止まるんだよ。昔からこのままだぜ、言葉は」

 「だから、変わらなかったんだな。恋は知ってたか?」

 「当たり前でしょ。中一の頃から一緒なのよ?」

 「あ、お前シルバーになったっていう」

 「そうよ」


 ・・・恋、まさかのシルバーかよ
 ここにとんでもない地位にいる人間がいたなんて。それでもなったばかりだから暁とは比べ物にならないという。暁、戦ってなかったと思うが。指揮棒だったじゃないか。斬れない剣といいながら、思いっきり出血させていたし。


 「あれは、剣じゃねぇよ。風の真言だ。指揮棒に真言を乗せただけだ。まだなったばかりなんだよな?」

 「目覚めてもないけどな」


 犀が悔しそうに言った。俺たちは目覚める気配がない。


 「ふぅん、お前は目覚めそうだな」

 「え、おれ?」


 意外そうな顔で聞き返す犀に、暁はしっかり頷いた。兄貴と、犀まで目覚めそうなのに、俺はその片鱗さえまだないというのか。


 「もうすぐ目覚めそうなら、特訓すれば使えるんじゃねぇか?焔だっけ?お前はまだっぽいけど」


 わかるが、もう少しオブラートに包んで言ってほしかった。黎を守りたいという気持ちはある。強くある。それなのに、その片鱗さえまだ顔を出していない。黎は、焦らなくていいと言っていた。でも、それでいいのか。


 「お前、マジか」

 「え?」

 「そりゃ難しいよな。いきなりシルバークラスじゃねぇか」


 おそらく、だらしのない顔をしていただろう。突然そんなことを言われて、驚かない人間もいないだろう。しかも、シルバークラスという。


 「これは、焦っちゃいけねぇ。プラチナどころかブロンズクラスに行かれちゃいけねぇからな」

 「落ちることがあるのか?」

 「あぁ、あるぜ」


 暁は、当たり前とでも言うかのような顔で頷いた。真言が使えなくなって人ならざるものになるのも辛いが、クラスが落ちるのもある意味辛いものがある。


 「紫季ってやつは・・・アンチなんだよな?」

 「そうだな。言葉も俺も、アイツを救う方法を探してる」


 裏切った仲間を救う手立てを探すため、別々の道を行った黎と暁。その絆は確かで。暁の黎を守ろうという気持ちは、俺たちの誰より強い。でも、この人は守聖じゃないんだよな。


 「暁は、守聖ではないんだよな?」

 「守聖は、ラプソディアを守る者だ。俺は交声曲カンタータだからな」

 「カンタータ?」

 また聞き慣れないおそらく音楽用語が出てきた。


 「まぁ、共に歌うものって言えばいいのかな。ラプソディアは、守聖とカンタータを選ぶ。守聖もカンタータも位とか関係ないから、言葉遣いとか気にしなくていいからな」


 どうみても同年代の人間に、別に言葉遣いを今更どうこうしようとは思っていない。黎に対してもいきなりタメ口だった気がする。黎に関しては、年下だと思っていたのだから。それは、今でも黎には言っていない。言えば口を利いてもらえなくなる。 


 「さ、他に質問は?」

 「黎ちゃんと君が、ただの相棒で、仲間であるというだけでは説明がつかない気がするんだけど」

 「へぇ~鋭いねぇ。ただ……この話をするのに、言葉ナシはな」

 「そうなんだ」

 「琥珀、だっけ?」

 「うん」

 「後で話そうぜ」


 なんだ、この二人だけで話をするのか?さっき会ったばかりの相手と?黎はともかく、暁が。


 「カンタータの伝説については……言葉が起きてからにする」

 「へぇ、なんかカッコイイ」

 「素直なヤツは、もっと目覚めやすそうだ」


 犀は、「あざっす」と照れながら言った。さっきから、俺だけ全く褒めてもらっていない気がする。褒められたい訳じゃないが。


 「さて、質問はこれくらいにしておこうか。飯は俺が作ってやるよ」

 「作れるのか?」

 「あぁ。言葉に叩き上げられた」

 「なるほど」

 
 ──2──

 
 焔たちは、暁の手作り料理を食べたあと、だだっ広い風呂に入り、広い寝室に案内され、寝静まった。
 花や木々たちも眠る深い夜。
 体力を極限まで消耗させ、意識が戻る気配のない黎の部屋の窓から侵入する黒い影があった。


 「クイーン……見つけたぞ」

 「んぅっ……」


 男の声が聞こえたかのような完璧なタイミングで寝返りを打つ黎に、男は警戒心を強めた。男の警戒心など、露も知らずに昏昏と眠る黎は、微笑むかのような安らかな表情で、小さな寝息を立てていた。
 ──ガチャガチャ


 「っ!」

 「やっと起きた」

 「だ、れ?」


 気高きクイーンの眼には、怯えではなく不審感が映っていた。こんな状況でも、冷静さは欠いていなかった。


 「お前との戦いの最中、真言を失い、人ならざるものとなった」

 「オンブルだね・・・殺しにでも来たのかい?」

 「殺しはしない。ただ」


 男のゴツゴツとした手が黎の頬をなぞり、少しずつ首へと下りてくる。ゾッとするような呪いの力と、嫌な予感に背中から冷や汗が噴き出しそうだ。それでも、相手に動揺を悟られないように心を落ち着かせる。
 その手が首まで下りてきた途端に、か細い首を絞め始めた
 ──ギリッ


 「ぐっ・・・かはっ・・・」

 「くくくっ・・・好い顔するなぁ」

 「うっ・・・あぁっ、うぅっ・・・」


 ・・・マズい、息が
 黎は、顔を苦悶に歪ませる。男は喉を圧迫させ、気味の悪い笑みを浮かべて黎の首を絞める手をキツくする。


 「・・・うっ・・・ケホッケホッ」


 酸欠で気を失う前に、首から手を離した。突然肺に巡ってくる酸素に驚き苦しそうに咳き込む


 「はあ、はあっ・・・っ、え?」


 男が黎の足首を掴み、小柄な身体を投げ飛ばした。
 ──ダンッ


 「くぁっ・・・」


 黎は、背中を壁に叩きつけられ、襲う激痛に悲鳴を上げながら崩れた。一瞬意識が飛びそうになる


 「げほっ、ゴホッゴホッ」


 背中を叩きつけられた衝撃で咳き込む。流石の黎も、とうとう焦りの表情を見せた。体力を消耗させた状態で、今まで気を失っていたのだ、身体を動かそうとしても平衡感覚が掴めずふらつきながら、壁に手をついて立った。
 ・・・防音にしたことが、ここで痛手になるなんて


 「余所見してるなよ」

 「っ!」


 一瞬で間合いを詰めた男に脇腹を蹴られた
 ──ドスッ


 「かはっ・・・!」


 脇腹を襲う激しい痛みに黎は、脂汗をかきながら縮こまり、身悶えた


 「ぐっ・・・」


 男は近づくと、無抵抗な黎を、髪を鷲掴みにして無理やり起き上がらせた。


 「あっ・・・ううっ・・・かはっ・・・」

 「何してんだよ」


 黎の苦しげな喘ぎ声と、男の薄気味悪い笑い声が響く空間で、空気を凍てつかせるようなテノールが聞こえた。


 「貴様は?」

 「誰でもいいさ」

 「ひ、かる・・・」


 黄金の満月を背に窓辺に座っていた暁は、寝室に入り男に近づいて行った。眉間にシワを寄せ、今にも人を殺しそうな顔だった。ここまで怒る暁を、黎は何度か見ている。しかし、口の悪さとは裏腹な穏やかで戦闘は好まない性格の暁が、ここまで怒るのは珍しかった。
 ──ガンッ
 ──グイッ
 暁は、男の顎をピンポイントで殴ったあとすぐに黎の腕を掴んで乱暴に引いた。


 「大丈夫か?言葉」

 「うん。助かった・・・」


 極限まで体力を消耗し弱った身体が崩れ落ちそうになる前に、暁は抱きとめた。そして、そのまま男に目線を移す。眼力だけで人を殺しそうなほどの威圧感。それを真正面から向けられた男は、恐怖から腰を抜かした。


 「言葉」

 「……なぁに?」

 「消していいか?」

 「ダメ」


 暁は、真剣な顔で告げる黎を見ると、ため息を吐き、黎を優しくベッドに座らせ、ると、再び男との距離を詰める。
 ──バキッ
 暁は、その目に怒りを滾らせ、怒りを拳に任せて男の顔を殴りつけ、鳩尾を膝で蹴りつけると、フッと息を吐いて男を窓から放り投げた。


 「心配すんな。投げたのは森の方だ」

 「う、うん・・・」


 ・・・放り投げたことが問題なのだけど
 男のことが気にはなったが、暁に助けられていなければ今頃どうなっていたかわからない。


 「ありがとう、暁」

 「あぁ、気にすんな」


 男に向けていたものとは違う、優しい笑みを浮かべ、暁は頷いた。黎は、この笑顔にいつもホッとする。


 「暁、怪我してる」

 「アイツ、結界張ってやがったんだよ。闇しか侵入不可能な結界」

 「それを無理やり破ってきたの?」

 「そういうこと」

 「なんて無茶をするの!」


 自分のためだろうと思いながら、黎は思わず叫んでいた。


 「言葉のためじゃねぇよ」

 「え?」

 「お前に何かあったら、俺、後悔で死んじまう」


 暁は、心配そうに自分を見つめる黎の頭を優しく撫でながら言った。結界を破った際に出来たであろう頬の傷。傷ついたその笑顔に泣きそうになる。


 「俺は、お前の相棒だ。命を懸けて守ると決めたじゃねぇか。それを、違える気はねぇよ。言葉」

 「ひかる……」

 「そんな泣きそうな顔するなよ」

 「治してあげる、痛いよね?」

 「治さなくていい」


 信じられないことを言った暁を、黎は弾かれたように見つめた。


 「これは、お前を守れた証だ。この傷は、俺の勲章なんだぜ、言葉」

 「そっか……」

 「ああ、そうだ。俺の前くらいなら、いくらでも泣け。いくらでも笑え。いくらでも弱音を吐け。いつだって、俺が助けに来てやるから」


 黎は、頼もしい相棒の腕の中に顔を埋めた。そして誓った。暁と、この世代の守聖だけは何があっても守ろうと。自分の背中には相棒がいるのだ。


 「よく気づいたね」

 「さっき散歩してたらな、不審な男が横切って嫌な予感がしたんだ。お前ほどじゃねぇけど、俺もなかなか中るんだな」


 子どものような無邪気な笑顔を浮かべる暁を、黎はようやくいつもの微笑で見つめた。


 「それだよ、それ。お前は笑ってろよ。笑顔ごと護ってやるからよ」

 「カッコイイこと言ってくれるね」

 「お前にだけだ」

 「ふふっ、それは嬉しいね。君のこと好きな女子に嫉妬されそうだ」

 「俺、明日から学校行くしな」

 「え?はあ?」


 突然の暁からの告白に、黎は目を丸くした。


 「なんで?」

 「楽しそうだし」


 楽しそう、という理由で学校に来ようとする暁に、黎は苦笑を浮かべた。暁らしいといえば、暁らしいか。


 「まだ学校始まったばっかりなんだろ?俺が行っても問題ねぇだろ」

 「先生には言ったんだよね?」

 「今日のうちに連絡しておいた」


 本気で来る気であることを悟った黎は、暁から離れ寝転がった。


 「疲れたか?」

 「一緒に寝るかい?」

 「おぉ」


 黎と暁は、広いベッドで二人で肩が触れるくらい近い距離で寝た。翌朝、それを目撃した焔に、暁は蹴り落とされた。


 ──3──

 
 暁が俺たちの目の前に現れてから一週間ほど経った頃。


 「やった!やったぞ!」


 犀の嬉しそうな声に、黎も嬉しそうに跳ねていた。暁は、それを優しそうに見ていた。最近はこの構図が日常になっている。部活から帰ってきた恋がそこに加われば、それこそ日常の光景だ。


 「やっと使えるようになったじゃないか!水真言」


 とうとう、兄ちゃんだけでなく、犀まで使えるようになってしまったのか。これで使えないのは俺だけになってしまった。


 「焔、全然使えるようにならねぇな」


 暁に、はっきり言われてしまった。さすがに悲しくなる。


 「言葉、これだけ使えるヤツ増えたし、そろそろ話してやるか?」

 「カンタータ?」

 「そう」


 暁が黎にそう言うと、黎はコクリと頷いた。兄貴が、黎と暁の関係について質問した時には、『カンタータの伝説』と言っていた。その伝説が、二人について知る手がかりだというのか。


 「少し移動しようか」


 黎がそう言い、左手を掲げると、途端に空間が変わった。周りを見回してみるが、どう見ても現代の世界ではない。荒んだ地面、枯れた木々、腐った草花、火の粉が散らばる空。火の粉?


 「戦場だよ」 

 「ここが?」

 「もう終わったところかな。カンタータっていうのが、共に歌うものっていう話しは、してあるんだっけ?」

 「ああ、俺がした」

 「じゃあ、カンタータの伝説から話せばいいんだね。そもそもラプソディアという存在が何故、この世に生まれたのか、それについて話をしよう」


 ラプソディアが生まれたのは、凡そ三千年前のことだという。三千年前といえば、日本はまだ縄文から弥生にかけての時代ということになる。そんな時代からラプソディアが生まれていたのだ。


 「この世には三人の奏者がいたんだ。シンフォディア、ファディア、セレディアという。その三人は、友人関係だった。その三人は、それぞれに光、影、闇という基本の属性を調律した。その力はあまりにも強大だった。光と闇二つの強大な力がぶつかり合い、闇は力を失い異世界に落ちた。それが原初のアンチ。光は力を弱らせ自分の身体を封じ込めた。その戦いに参加せず、中立にいた影は、眠る光の力を凝縮させた」


 光の力を凝縮させ、さらに強力なものに変えたのだ。その頃、勢力を上げ世界を侵略し始めていた闇の力に対抗するため、中立の影が一瞬だけ光の肩を持ったのだ。


 「それから百年がたった頃、光が凍てつく日と共に生まれた子にその力を授けた。光の力で世界を蘇らせ、自由に力を創造させる力を持つ子、ラプソディアという存在がその日と同時に生まれた。それから五百年に一度、光が凍てつく日に、その力を持つに相応しい器を見つけ、影の存在が授ける。そうして、ラプソディアは受け継がれてきた。これがラプソディアの始まりだ。では、次にカンタータについて」


 黎は、ラプソディアについての説明を終えると、一拍間を置いた。


 「カンタータとは、原初の影ファディアのことなんだ」

 「二人でカンタータなんじゃねぇのか?」

 「初めカンタータは一人だったのだよ」


 カンタータとは声を交わす曲と書く。それなのに、はじめは影一人だったのだ。しかし、カンタータは暁と同様、ラプソディアとともに戦う存在だったという。ともにいたシンフォディアの力を持つラプソディアを誰より近くで守り、互いに背中を預けられる関係性。


 「影は世界じゅう駆け回って、ラプソディアの器を持つ胎児に力を与え、何らかの形でともにいることを、これから生まれるファディアに義務化したそうだ。それは、ファディアの、二人を助けられなかったという後悔からくるものなのだろうね」

 「ファディアは、何も悪くないじゃねぇか」


 犀が黎に言った。それに対して、黎も頷い
た。ファディアは、中立として二人を見守っていた。時に二人を宥めていた存在でもある。シンフォディアの力を持つラプソディアを守り、暴走し勢力を上げるセレディアを救い上げるためだけに、影は生まれるという。その人生に、一体なんの意味があるというのか。自分のために生きるという、誰もが考えることが何一つ含まれていないのだ。


 「わたしのファディアは、楽器として生まれた。調律者だったファディアは、調律者としての権限を放棄した。ラプソディアの相棒として生まれ変わったんだ。またこの時代でアンチとなる可能性がある仲間と行動しながら。そして、守聖について。守聖は、原初のラプソディアが作った五つの力から成る創られた存在。その意思を持つ者をこれより先にラプソディアが選べるようになってる。君たちがなったのは、決して偶然ではないよ。成る可くしてなったんだ」


 ラプソディアを護るために創られた守聖が、五百年に一度現れ、その器を持つ人間を見つけ出して、自分の仲間とする。共に戦う者と、守る者。それが揃ってようやく、時代は動くという。つまり、俺たちと出会ったことで運命の歯車が回り始めたのだ。それも、初めて出会った二年前から。


 「ラプソディアが守聖を創ったのは、生まれて百年後のことだから、わたしたちも百歳くらいになってから現れることはわかってたのだよ。それが、優しい君たちだったのさ。運命とは、素晴らしいものなのだね。ねぇ、暁」

 「そうだな」


 暁が言うには、黎がこんなにも笑顔でいるのは、俺たちと出会ったことが大きいと言った。昔から朗らかであったが、紫季がアンチになってから、少し大人しくなったというのだ。


 「こんなに仲間ができたんだもん」

 「五人って言ったよな?」

 「うん」

 「あと一人はどこだよ」

 「「・・・」」


 黎と暁が項垂れた。あと一人については、見当すらついていないという。おそらく、俺の学年のクラスメイトであるはず、とのことだが、それもほぼ勘に近いという。


 「いなくていいんじゃねぇか?」

 「もう、暁」

 「気配さえ感じられねぇんだぜ?いてもきっと雑魚だぜ?」


 暁にそう言われ、黎は黙ってしまった。雑魚は嫌なのかな





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