雨音ラプソディア

月影砂門

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第六番 〜七色の交響曲《アルコバレーノ・シンフォニー》〜

第四楽章〜赤き月の夜の受難曲《パッション》─3─

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 俺と兄貴は同じ部屋でキングサイズのベッドで寝る。見張りとばかりにヴェーダさんがいるけどな。砂歌さんの部屋に行けば暁に殺されそうになるため、不用意に近づけないと残念そうにしている。暁いいぞもっとやれ


 「なぁ兄貴」

 「ん?」


 俺に背を向けて寝る体勢に入っていたようだが、邪魔したか?


 「だいぶ火を出せるようになって、体術も剣術も上達したって自分では思ってるんだ」

 「そうだね。かなり成長したよ」


 兄貴もそれは思ってくれてた。めちゃくちゃ視線が刺さると思ったらヴェーダさんが睨んでる。ただ見ているだけなんだと思うけど、目付き悪いんだよな


 「聴いたよ。シャロンさまの氷溶かせたんだって?」

 「ああ。結構でかい塊だった。でも、溶かせるだけで火力が」

 「まぁ・・・火力はまだしょぼいよな」


 ヴェーダさんから一言。なんか腹立つんだよな、この人の言い方。間違ってないから図星つかれたことによるのか、それともただ腹立つだけなのかはわからない。


 「この間対決した時、地面を真っ二つにしたこと覚えてる?」

 
 地面は真っ二つで崖もえらいことになっていた。目に焼き付いている。剣術と体術中心の俺以上の威力だった。とにかく悔しかった。剣だけでも兄貴に勝ちたい。でも、大真言を見て焦っていた。とてつもない威力を誇るあの真言。自分で開発した真言を使いこなして、アンチオラトリアを一撃で破った。


 「あれね、しようと思えば誰でも出来るよ」

 「出来るのか?」


 驚いて咄嗟に上体を起こした。誰でも地面を真っ二つに出来る?真言使いとして発展途上である俺も、なんなら犀だって恋だって、みんな出来る。兄貴は寝返りを打つと俺と目を合わせた。いわゆる上目遣いの状態だ


 「鬼ごっこしようか。土曜日か日曜日に」

 「え?」

 「はぁ?」

 
 俺もヴェーダさんも素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。鬼ごっこってあの砂歌さんが開催した悪夢の?


 「鬼は僕。逃走者は焔と犀と恋ちゃんと光紀くんと大誠。シャロンさまは大喜びだと思うよ」

 「まぁ姫さんはのるだろうな。俺と海景は傍観者ってことで」

 「黎ちゃんと暁はスポーツ観戦みたいに盛り上がってくれるはず」


 ニコニコ拍手しながら応援してくれる黎の顔が思い浮かぶ。これだけ笑顔が頭に浮かぶ人も珍しいな。あれは多分誰も勝てない笑顔だ。


 そして翌日。朝食の時間にて
 せっかく最近自分から起きられるようになったのに寝坊した。俺の隣の兄貴は爆睡。壁にもたれかかっていたヴェーダさんも爆睡。起こしてくれる人が誰もいなかった。いや、起きろっていう話なんだけどな。
 兄貴と大誠さんは怒涛の四コマ講義を受けるために俺たちより先に屋敷から大学に行った。大誠さんの車で。朝の日課である座禅と素振りをしてシャワーを浴びている間に行ってしまった。
 俺は、兄貴はいないが昨日のことを話した。すると


 「鬼ごっこするの?楽しみだね」

 「ほう。楽しませてもらおうじゃないか」

 「焔がぼっこぼこにされるってことでいいよな?」
 
 
 黎は楽しみと顔全面に出ている。背後がキラキラしている。砂歌さんはいたずらっぽい笑みを浮かべ、暁もニヤニヤ。なんで黎以外俺がボコボコにされる前提で話してるんだろうか


 「スパルタね」

 「琥珀兄ちゃん張り切って焔を扱いてくれそうだな」

 「頑張れ、焔」

 
 それからお前らはなんで俺だけが逃走者だっていう前提で話を進めてるんだ?完全に他人事じゃねぇか


 「お前らもにげるんだぞ?」


 ヴェーダさんが容赦なく突っ込んだ。守聖勢が沈黙した。


 「なるほどまとめて鍛えてくれるというわけか。わたしも張り切って精霊を出しまくろう」


 兄貴と砂歌さんが鬼だってなったら怖すぎるが、精霊くらいなら何とかなるかもしれない。今の俺なら。兄貴がどう来るのかわからない。泥人形とか作るんだろうか。それか本人が鬼でぶち抜かれたりして。


 「撃たれるのは勘弁だわ」

 「琥珀さんただでさえ速いし・・・初めてだと思うよ、遠距離型の鬼」


 黎と砂歌さん以外が苦笑した。鬼は普通自力で捕まえに来る。兄貴の場合は銃で捕まえにかかるかもしれない。それはありなんだろうか


 「琥珀は、難易度が高く複雑なわりにマテリアルをほぼ使わない真言を操る。とはいえ、普段はあまり使わんが」 

 「マテリアルを注ぎ込んで強力にするわたしやお姉ちゃんとは少し毛色が違うよ」

 
 兄貴ってそんなに真言使ってたか?全然覚えがないんだが。犀たちも記憶を探って使っている場面を思い返していた。まともに見たのは大真言なんだよなぁ


 「どんだけお前らが琥珀の戦闘スタイルを見てなかったが分かるぜ」

 「ヴェーダ、お前は人のこと言えんぞ」


 兄貴は俺たちの動きを把握して、指揮して、自分も戦う。俺たちは兄貴の指示に沿って動く。そのとき、兄貴をしっかり見ていたことがあっただろうか。多分見てない。それから、全体の把握をせず攻めるヴェーダさんは、俺たちのことを悪く言えないと思う。黎にまで突っ込まれてるし


 「思いっきり使っていませんでしたっけ?」


 海景くん、いつの間にか後ろにいるんだよな。気配消してきているだけなんだろうけど。海景くんは知っていたのか。海景くんってそんなに参戦してたっけ?まずそこからだ。


 「琥珀さんは自分の身体のことをよく把握しているから、出来るだけマテリアルを使わない真言の特訓をしていたんだろうね」


 真言使いとしてのスキルなら、多分ヴェーダさんよりも上かもしれない。砂歌さんが太鼓判を押すんだからよっぽど上手いんだろう。体術だったらヴェーダさんにボロ負けだと思うけどな。筋力の関係で。


 「全く予想できないわね。シャロンさまよりハードかもしれないわ」

 「兄ちゃんも大概ドSだからな」


 普段はそんなものをお首にも出さないが、時々ドS力を発揮する。


 「お兄ちゃんの特訓・・・厳しそうだね」

 「あぁ、黄玉の恐怖の鬼ごっこの悪夢が蘇ってきた・・・」

 「あのときは俺たち十歳くらいでそこまで強くなかった時代だろ?今コイツら十五。たぶんエグいぞ」


 鬼ごっこを始めたのは黄玉さんだったのか。開催しようと思い付いたのは砂威王らしい。直接鍛えてくれたのが黄玉さんだっただけ。というか、当時のクインテットか。これで鬼が兄貴と砂歌さんと暁とヴェーダさんだったらどうしよう。明後日あさって明明後日しあさってかは分からないけど不安でしょうがない。


 「土曜日か日曜日までに自主練よ」

 「俺もそうする。俺は水。兄ちゃんの土なら溶かせるぞ」

 「石だったらアウトだよ?」

 「お兄ちゃんね、わたしがアクセサリー付けたいって言ったら真珠のイヤーカフその場で作ってくれたの」


 ニコニコと嬉しそうに語っているところ悪いんだが、脅しにしか聞こえてこない。イヤーカフを買ったならまだ良い。まぁあれ?とはなるくらいで。その場で作ったということは、宝石を作れるということでは


 「ああ、初期の頃にわたしがあげた宝石たち。その宝石職人は土属性だ」


 さらに脅し。その宝石で攻撃してきたりしないだろうな。というか大誠さん鬼ごっこすること知らされてないんじゃ。大誠さんだけぶっつけ本番になるかもしれないのか。


 「大誠さんも逃走者?」

 「昨日そう言ってた」

 「大誠さんがいるのは心強いわね。法学部コンビが揃って鬼だったら勝率ゼロよ」


 俺でも勘弁なと暁が言った。あの二人の絆はちょっと違う。黎と暁。砂歌さんとヴェーダさんとクルスさん。それから兄貴と大誠さん。ここは敵になった時組ませちゃ行けないコンビだ。これからはここに犀と恋が加入するのか。俺の相棒はもしや光紀か?兄貴になったりして。


 「琥珀は誰と組ませてもハズレがない万能タイプだ。ずば抜けた観察眼の持ち主だからな」


 俺たちがどんな動きを見せても瞬時に見極めて来るだろうと言ってきた。もう恐怖なんだが。
 俺たちは、兄貴がどんな手で捕まえに来るかわからないからとにかく鍛錬を積むことにした。今日は木曜日。兄貴は塾で、暁に勉強を教えるのは大誠さん。その時に教えておいた。既に聞いていたりして


 「・・・マジで?」

 「あれ?お兄ちゃんから聞いていなかったのかい?」

 「大誠は琥珀がどう動くか予想できるから敢えて教えなかったかも知れねぇな」

 
 教えてなかったのか。大誠さん固まってるし。大誠さんからしても兄貴が鬼っていうのは恐怖なんだろうか。顔に不安の文字が張り付いているように見える。


 「どんな手で来るんだろうな」

 「銃は使わねぇと思う」


 意外なことを聞いた気がする。銃を使わず俺たちを捕まえるのか。


 「今回は、琥珀の銃弾を躱すための鬼ごっこじゃねぇ。強化のための鬼ごっこ。ということは、真言中心で来るぞ」

 「兄ちゃんが真言中心・・・それって」


 身体の面の前に、それって本気で来るって言うヤバい展開なのでは。どこかで隠れてマテリアルをあまり使わないという真言を繰り出しまくる。大誠さんは真言使っているところを見てるんだな。


 「大誠さん、琥珀さんが普段真言を使っているところ見てるんですか?」

 「そりゃ、相棒だからな。多分、一人で逃げ回ってたら終わる」

 「なんだそれ怖ぇ」


 全員で逃げた方が良い。しかし、兄貴のことなのでどうするかわからない


 「琥珀さんの真言って・・・具体的には?」

 「そうだな・・・光るものが見えたらすぐに避難した方がいい」

 「なんで?もしかして攻撃?」

 「ああ。人の気配を察知して光線がとんでくる。本気出さずに半径10メートルくらいのクレーターができてた」


 出てくる情報が怖すぎるんだが。砂歌さんに至っては「わたしが精霊出さなくても良さそうだな」と言い出した。「わぁ楽しみ」と兄貴の通常真言が見られるのを楽しみにしているらしい。いや、見たことあるんだよな?
 犀たちが震え上がってるし。

 
 「犀、コンボ真言やるしかないわ」

 「そうだな。もうどうせ逃がしてくれねぇし」

 「焔は僕とコンビを組もう」

 「オッケー」

 「それも含めて修行あるのみってな」


 大誠さんだけ相棒不在だけど。多分全体行動になるから関係なさそうだな。コンビネーションは残念ながら出来ないかもしれないが
 そうして、恐怖の土曜日が来た。


 「心の準備は出来てる?」

 「お兄ちゃん頑張って」


 兄貴が黎に向かって手を振る。普通逃げる側の応援しねぇか?
 ステージは森。半月以上前にしたときと同じ。


 「それでは、武運を祈るぞ。焔たち」

 「俺はジェード戦に向けて琥珀の動きでも見とくか」

 「お兄ちゃんの真言綺麗だから大好き」

 「それはうれしいな」


 美しいものが好きな兄貴にとって、自分の真言を美しいと言ってもらえるのは最大の褒め言葉なんだろう。兄貴のカウントダウンは30秒間。その後鬼が増えていく。形式はこの前と同じだ。
 黎と暁と海景くんがヴェーダさんのモーターグライダーに乗り込んだ。


 「よーい、どん」


 俺たちは一斉に駆け抜けた。恋は風を使ってスピードを上げ、俺はただ走り、光紀はほとんど光速レベルのスピードで森を駆け抜ける。
 一旦俺たちは同じ場所で合流。大誠さんが一人で動くのはナンセンスだと言ったからだ。


 『30秒経ったよ』


 ・・・どこから来る?
 ここは森。木によっては死角になる。とにかく兄貴を探さないと。光に注意しろと言っていたことを思い出した


 「琥珀にとって陸地はホームグラウンドだぞ」

 「そうか。土の真言使いだから・・・」

 
 ──規定する


 「さっそく真言来るか!」

 
 本当に短い。たったの一言だ。それだけで難易度の高い真言を編み上げるとかマジか。
 ふと、光紀が俺たちを純金で覆った。そのとき外からとてつもない爆発音が聞こえてきた。どこが鬼なんだよ。
 大誠さんがチラッと外を見た。宝石で出来た動物たちが俺たちを囲んでいた。

 
 「いやいやいやいや。嘘だろ」

 「これ、マテリアルほとんど使ってないとかマジかよ」

 「突っ立ってる暇はないわよ!さっさと壊さなきゃ」


 俺がボケッとしている間に恋と光紀と大誠さんは動物を破砕していく。どうも武器だけでどうにかできるわけではないらしい。俺も火拳で破壊した。これで崖を真っ二つにできるとは思えない
 更にでかいのが追加された


 『わぁ、土属性ジュエル真言だ!』

 
 大興奮の黎。ジュエル真言とかあんのか。あの規定するってそういうことなのか。嬉しそうにしている所悪いが、俺たちは全く嬉しくない。


 「どわっ!?真言でできた動物が真言使うとかマジ!?」

 『ジュエル真言にエア真言の上乗せか』

 『容赦ねぇ』


 耳だけで様子を確認する砂歌さんによる解説に、少なくとも俺は混乱している。真言に真言を乗っけるってそんなこと出来るのか?


 「なるほど」

 「え?」

 
 大誠さんが霧を一気に集め、いつの間にやら覚えさせられていた雷で覆う。そして


 「全方位お返しだ!」

 「金剛光波!」


 霧で周囲を覆い、さらにその霧に雷を感電させる。光紀はその霧から金と光の杭を撃ち、ジュエル真言でできた動物を玉砕。
 

 「焔!」

 「お、おっしゃ!」


 恋が何を言いたいのかわかるぞ。恋の矢に小さめだが炎を乗っけた。ちっさと毒突かれた気がするんだが。そこに風真言を発動して俺の火を膨張させてくれた。猛スピードでジュエルを貫いた。
 さらに、犀の水真言に大誠さんの雷を乗せ次から次へと来る鬼を退治した。


 『へぇ、やるじゃねぇかアイツら』

 『はい。しっかりその場で役割を考え、そのうえで攻撃していらっしゃいます』

 『約一名暴走機関車がいるから、器用な四人でカバーしていると言ったところか』

 『みんなすごい!』


 目を輝かせている黎が目に浮かぶ。これだけやって何日分のマテリアルを消費したんだ?


 『一日にも満たないさ』

 『うん。まだ一日のうち四時間分くらいしか使っていないよ』

 「なんだそりゃ。さすが節約家だな!」

 「真言でも節約できるのね」

 
 これだけ使って一日にも満たないのに、弾丸は一日分くらい消えるのか。どんだけ作ってんだよ。


 「・・・」


 光紀の息を飲む声が聞こえた。光紀の視線は上だ。俺たちもつられて見てみれば唖然とした。


 「いつの間に・・・」

 「宝石の塊だよな・・・砕いた奴を集めたってことか。いや待て」

 「僕たちのマテリアルを吸収してませんか?あれ」


 兄貴の姿が全く見えないが、もう兄貴を探して先読みして逃げよう作戦なんて頭のどこかに吹き飛んだ。俺たちがコンビネーション技に使ったマテリアルを吸収した


 「あれ壊したらまた・・・」

 「散り散りすりゃいいんだよ」

 「犀の言う通りね」


 兄貴を敵にしたくねぇと本気で思う。これはもう鬼ごっこの域を超えてると思う


 「海神の牙サイアンホライゾン・穿て!」

 「貫きなさい春を呼ぶ花疾風プリマベーラ・ヴェルデ


 犀と恋がほとんど直感でお互いのクラフトを混ぜ合わせ青色と淡い翠色の光線が二人の手から放たれた。二人が一番びっくりしていた。


 『さすがだよ、犀、恋ちゃん』

 「兄ちゃん!」

 『直感だけであの真言を成立させるとは思わなかった。ん?』


 俺の後ろから光が。その虚空に藤色が混ざって神秘的な光の渦が完成していた。


 「光紀!」

 「はい!」


 光の槍が宝石の塊へ。俺はその槍にほとんど勘でクラフトを乗っけた。クラフトしか乗っからなかったんだけどな。


 「ナイス焔!」

 「へ?」

 
 ロケットみたいに火を噴く槍が突っ込んで行った。あの大きい宝石に亀裂が入っていく。何故か不敵に微笑む兄貴が見えた。


 呆然としている俺たちの後ろから迫る気配なんて嫌でもわかる。それは全員同じなようで、俺はクラフトを若干込めた拳で殴った。ガラスが割れるような音を立てて、どんどん割れていく。


 「あれもしかして・・・全員できる限り離れて!」

 
 光紀の警鐘に、俺たちは一斉に後方にある木に飛び乗り避難。そのとき目が痛くなるレベルの光に包まれたと思いきや、恐ろしい音が聞こえた。


 『なんじゃありゃ』

 『容赦って言葉忘れたのか、アイツ』


 光が消えたと思い前方を見れば、もう頭が真っ白になるレベルの衝撃を受けた。巨大な琥珀石が落下していた。


 『逃げる?それとも戦う?』

 
 選択肢。二択だけど。これから何か出てくるのか。逃げるか正面から戦うか。おそらくこの中のヤツを倒せばこの鬼ごっこは終わるはず。


 「逃げます!」

 「え!?」

 「それがいいと思う」


 パニックなのは俺だけか。逃げるといえば、琥珀石に亀裂が入った。パキパキ音を立て、そして出てきたのは、5メートル近い均整の取れた体型の石像?


 「ゴーレムだ!」

 「は!?」

 『これはさすがに・・・』

 『二日分くらいマテリアルを消費したよ』


 大真言に近いじゃねぇか。ゴーレムってもっとどっしりしているイメージだったけどな。そのゴーレムがスタートの体勢になっていた。これもしかして、走るのか?
 胸元に琥珀石。ということは


 「ダウジング機能付きかよ!」

 「最悪じゃねぇか!」

 「で、でもさ体型あれだからまだ壊しやすいかも」

 
 これ壊すのか。こういった巨人相手なら兄貴の得意分野だ。その兄貴が召喚した巨人なんだけどな。巨人というかモンスター


 『攻撃はそんなにしないよ。さすがに僕の体力がたないからね』


 どんな攻撃するつもりなんだよ。この森を更地にするとかはやめろよ、マジで


 「攻撃してくる前に壊すぞ!これは宝石じゃなくて岩だ。脆い方だ」

 「確かに。走るためにできているなら、重い宝石は不向きです」

 「でも、琥珀さんが普通の岩の巨人作るとは思えないわ」


 それだけは俺もわかる。兄貴ともあろう者が、脆い岩の巨人なんて作るわけない。本当に脆かったらそれはそれでありがたいが。ここまで容赦なく捕まえに来るあたり、手を抜いてくるはずは絶対にない。断言出来る


 「あの琥珀石を壊せばいいんじゃね?」

 「なんだそりゃ」

 
 犀が様子を見ようと後ろに回った。


 「御丁寧に・・・琥珀石後ろにもはめ込まれてる!やっぱり割れってことだ」

 「一斉に割った方がいいってことね」


 一斉にとなると、さっきまでの俺の小さい炎じゃ壊せない。最後の課題はこれか。


 「そう簡単には割らせてくれねぇよな」

 「琥珀さんですから」

 「兄貴、あの崖を壊すやつ誰でも出来るって言ってた」


 俺の言葉には?という顔をされるかと思いきや四人とも考え出した。この考えていないのは俺だけです的な感じなんなんだろう


 「そうか。そうだよ!焔ナイス!」

 「え?」

 『おいおい喋ってる場合じゃねぇぞ、これ』


 暁から低いトーンの警鐘が聞こえてきた。響くなのか?俺はもう、暁のことを人間としか見てないんだよなぁ。


 『一回目』


 ニヤニヤしてそうな兄貴の声。一回目の攻撃、琥珀石が輝き始め、そこに光が集中する。レーザービームみたいなやつが飛んできてすぐに躱す


 『やっぱ黄玉さんよりエグいな』

 『う、うむ』


 俺たち5人がいたところにそれぞれクレーターが出来ていた。なかなかの広範囲。


 「ったく、一斉攻撃で行くぞ!世界よ藤色に染まれ」


 大誠さんがグルグルと鎖鎌の鉄球を回す。すっげぇ怖ぇんすけど

 
 「輝く黄金の刃となれ」


 元々ただでさえ硬い薙刀がスっと金色に染っていく。


 「花散らさぬ春疾風」


 番える矢に綺麗な薄い緑色の光の粒子が集中する。


 「世界を震わせ響かせろ大海の賛歌を」


 どこから持ってきたのかと思うほどの大渦を三叉槍に集中させる。


 「暴れろ火龍のごとく!」


 俺は拳にクラフトを乗せて唱えた。
 一、二、三のタイミングでゴーレムに向かって一斉に放った。


 「結構デカめで打ったんだけどなぁ」

 「一小節じゃ足りなかったかしら」

 
 今までで結構デカい炎が出たんだけどな。みんな頭に疑問符。


 「ちょっとごめんね」


 真上から声が聞こえたと思い上を向けば、兄貴がゴーレムの肩に優雅に座っていた。なんでゴーレムの肩に座るところが様になってんだ?


 「もう一回真言発動してみて。四人はさっきの真言の前に口に出してオーダーしてほしいな。どっかの誰かさんのために」


 俺以外のため息と頭を抱える様子が聞こえる上に目に浮かぶんだが。どっかの誰かさんは間違いなく俺だよな?というかオーダーとは?


 『いやいや、ちょっと待てよマジか』

 『嘘だろおい・・・』

 『焔さんなら有り得るのでは』

 『今わたしはゾッとしているんだが・・・』

 『わぁ』


 黎まであの笑顔が固まってそうな反応。兄貴はもう頭痛がしてきたとか言ってる。犀と恋はゴーレムの後ろにいるから見えないが、呆れの表情を浮かべているとみた。光紀はドン引きしているし、大誠さんはジト目だし。


 「えぇ、もう一回な。オッケー。雲よ俺に力を 世界を藤色に覆え」

 「光よ力を貸して 神殿より降り注げ輝く黄金の刃!」

 「風よ来て 花散らぬ冬を遮る春疾風ハルハヤテ

 「海よお前の声を聞かせろ! 世界に響け大海の賛歌」

 
 これに乗ればいいんだよな?


 「炎よ暴れろ燃え盛る龍のごとく」


 さっきよりかなり攻撃力が上がったような気がするぞ。ゴーレムの上に座る兄貴が頭を抱えている。


 「えーっと、焔」

 「ん?なんだ」

 「危なかった。この鬼ごっこがマジで無駄になる所だった。オーダーってわかる?」

 
 沈黙。炎よ暴れろはオーダーじゃないのか?みんなと変わらないと思うんだけど。みんなオーダーが分かってるんだな。どこで学ぶんだろう


 「焔はなんの力を借りたいの?」

 「ん?そりゃ炎だろ?」

 「うーんと、じゃあ何に力を貸してほしいの?」


 火に力を貸してほしいんだけど。大誠さんは雲だろ。光紀は光だろ。恋は風。犀は海。俺は火。何かおかしいんだろうか。
 兄貴曰く、大誠さんは、雲に一部をくださいって頼んだ。光紀は、光に硬質化するための材料が欲しいと頼んだ。恋は風に矢の威力を強化するための道具をくださいと頼んだ。犀は海に一緒に暴れようぜって呼びかけた。


 「今この場に火がどこにある?焔に必要なのは火そのものじゃなくて、火にするための材料。火属性のものは沢山ある。怒り、闘志、常に持ってるルビー、体の熱とかね。でもそれ以上に威力があって、最強に熱いものってなに?」


 怒りや、闘志、勝ちたいっていう感情、俺が常日頃から持っているルビー、それから体の熱も、真言にしようと思えばできる。クラフトというのは、そもそも真言を発動させるための材料。


 「最強に熱いもの・・・太陽!」

 「そう。いま焔がやっているのは、ゲームソフトを買ってもないのに本体を起動しているようなものだよ」


 そう考えるとめちゃくちゃマヌケだ。ソフトがないのに起動したところでそのゲームは出来ないわけで。今の俺は、配達されてないなぁどころか注文もしていないのに無理やりオンラインで繋ごうとしていたも同然だった。それは無理だな。俺の理解力がなさ過ぎて兄貴が分かりやすく例えてくれた。
 

 「剣、出してみ」


 黎が初めてくれた剣。その名も太陽の剣フェーブスデーゲン。その剣にはルビーがはめ込まれている。


 「焔、こうするんだよ」


 犀が教えてくれた。海よと言って目を閉じた。サファイアに青色の粒子が溜め込まれていく。そこから一気に槍の先端へ


 「行け」


 かなりの量の水が槍から出てきた。木を何本も薙ぎ倒していった。かなりの威力


 「太陽よ!」


 呼びかければ、剣がめちゃくちゃ熱くなった。普段こんなに熱くない。火傷しそうなレベル。刃の方に行けと念じれば柄が熱くなくなり、刃が赤くなっていた。


 「燃えろ!」


 剣から一気に炎が吹き出した。


 「いっけぇ!!」


 思いっきり振りおろせば、今までとは比べ物にならないほどの音を立てながらゴーレムに激突した。


 「それを癖づけるのよ」

 「まさかこれを知らなかったとは・・・うん、思ってなかった」

 「ジェード戦じゃなくてよかったな」


 安堵したのは俺だけじゃないはず。本当ならこれくらい出せるのに、原理も知らなかったために小さい炎しか出なかった。しかもちょっと焦げるくらいの。


 「でも、地面を真っ二つにはできなかったぞ」

 「焔、いま炎を放つ前に発動したね。やってみようか」


 兄貴は、実はあまり使ってこなかったアンチマテリアルライフルを構えた。
 アンチマテリアルライフルとさら兄貴を伝ってゴーレムの腕がオレンジ色に光る。アンチマテリアルライフルの銃口部分とゴーレムが内側に向けた両手のひらの間にクラフトのオーブ。


 「楽園より目覚めし守護者アトランティッド・リーゼ


 アンチマテリアルライフルの引き金をひき、発射した。レーザービームのように俺の真横をすりぬける。
 指をパチンと鳴らすと、背後からピキンという音が聞こえてきた。


 『おいおいマジか』

 『流石だ』

 『ジュエル真言の真骨頂じゃないか!きれいだね』


 俺もなんなら犀たちも目を見開いた。遠くまで連なるトパーズが木々たちを包み込んだのだ。これがジュエル真言なのか。砂歌さんが感心。黎は大喜びだ。


 「なるほど、そういうことか」

 「あのジェード戦の最大真言の原理を応用したってことですね」

 「だからジェード討伐班の真言の仕方をわたしたちの前で見せたのね」

 「兄ちゃんやべぇ」


 クラフトをオーブにして浮かせ、そのなかにマテリアルを凝縮させる。ジェード討伐班に使わせるためだけならみんなの前で披露する必要なんてなかった。それを見せたのは、この真言のやり方を俺たちに教えるためだったのか。もはやこわいんですけど


 『これも一種の作戦なのだ』

 「作戦?」

 『そう。琥珀が真言を使っている場面を君たちは知らなかっただろう』

 『お兄ちゃんの真言はね、複雑だけど術式を簡易化しても発動できるように加工しているものなの』

 
 今まで、俺たちは兄貴に後ろを任せて見ていなかった。でも、兄貴は俺たちの動きを全て見てきた。当然、黎の真言も砂歌さんの真言だって見ている。それを噛み砕いて自分のものにした。


 「さて、第二弾に行こうか。大誠」

 「なんだ?」

 「君も鬼だよ」


 詰んだな。兄貴と大誠さん以外が多分思ってるはず。
 

 「僕たちも練習中の真言があってね」

 
 そんなもん俺たち受けたら死ぬだろ。兄貴と大誠さんでやって失敗するわけないんだから。多分ジェード戦のときにするやつなんだろうし。


 「大丈夫だよ。僕ほとんど動かないから」

 
 それいちばん怖いやつ。俺は心の中で呟いた。兄貴は動かず、大誠さんは兄貴が考えていることを汲み取り動く。敵が震え上がる最恐コンビ


 「準備はいいね、大誠」

 「おう、いつでも」

 『さらに進化した圧倒的知性派コンビの姿を見られるというわけだな。楽しみだ』

 『おぉ怖ぇ』

 「ジェード討伐組VSアンチ討伐組っていうのもやってみたかったんだけど・・・」


 ヴェーダさんと暁と兄貴の個々のスキルが高すぎるのに、そこに兄貴の言う通りに動く光紀と大誠さんが入るとか。ただでさえジェード対策で選ばれた班だというのに。


 「兄貴たちが逃げるってのはどうだ?」

 「おぉ焔にしては名案だな」

 「時間制限ありじゃねぇと一生終わらねぇな」

 『大誠・・・アイツ焔たちが捕まえられない前提で進めやがったな』

 「全員の背をつけたら終わりにしよう」

 「容赦はなしな」

 「カトール、作戦進めておいて。僕はしばらく手を離せない」

 
 兄貴はどうやら別にやり取りしていたであろう通信を切った。裏でまたなにか進めてたんだな。すげぇ気になるんですけども。


 「さーてと」

 「おし」


 二人が準備運動を始めた。兄貴は琥珀石を大誠さんに、大誠さんは兄貴にアメジストを渡した。なんかやってくるんだな。


 「ドロン」


 兄貴がその場から一瞬で消えてしまった。


 「本気で捕まえに来い」


 大誠さんが捨て台詞を吐いて消えた。兄貴、本気なんだな。これまで以上に。ナトリとやった時以上の本気


 「やるわよ」

 「当然」

 「大誠さんを探そう」

 「兄貴は後回しにするのか?」

 「琥珀さんはそこまで遠くまで行けないと思うわ」

 「いや待てよ・・・」

 
 最も思考の柔軟性に長ける光紀とそれに次ぐと思われる恋が頭をぐるぐる回して考える。


 「兄ちゃん、何秒数えてから追いかけてこいなんて一言も言ってねぇよ」

 「そういえば。じゃあ・・・さっきの兄貴は実は本物じゃなかった・・・んなわけないか」

 「いや、それあるかも」

 「勘の焔誕生?」

 「ん~」

 
 光紀が首を捻る。この状況兄貴が呼吸を整える時間になってる説あるな。 どうやって探すんだ。これ


 「そもそも、鬼ごっこの舞台が樹海な時点で」

 「兄貴の琥珀石!」

 「え?」

 「そうだ!ダウジング機能だ!」

 「それを持ってるの焔だけ・・・あ、ゴーレム」


 そうだ。ゴーレムに幾つか琥珀石がはめ込まれている。兄貴、何だかんだで微妙なヒントを残していったのか。真面目に怖ぇ


 「ダウジング機能・・・そうだ。矢に大誠さんを追いかけてもらいましょう」

 「大誠さんを追えば絶対銃弾が飛んで来る」

 「やるっきゃねぇな」

 「いくぜ!」

 「風よ!大誠さんを追って!」


 夕陽色の煙を纏う矢が飛んで行った。上手いこと一箇所に向かって落ちた。俺たちは一気にそこに向かう。


 「集中しすぎちゃダメだ!一気にやられるかもしれない!」

 「そうね」


 俺たちは一斉に散らばる。


 『うん、大誠さんいた!』

 『琥珀さんも居るわ!』

 「マジか」


 兄貴は死角から狙ってくるんじゃないのか?そうかと思えば急に濃霧が立ち込めた。そう簡単に捕まえさせてくれるわけないって分かってんだよな。琥珀石が光った。俺は直感のままに後退した。


 「なんだコイツ」

 
 後ろに移動して正解だ。硬そうな宝石で出来た小柄なゴーレムが現れた。しかも武器持ち。濃霧がおそらく恋の風で吹き飛ばされた。


 「火炎陣!」


 俺が何とか燃やせる範囲に火を飛ばせばちゃんと燃えてくれた。その木が燃えれば火柱が上がった。こんな火の中に入ってこようとは思わないだろう。


 「溶けねぇ岩ってなんだよ!」

 「よいしょ」


 火が斬られた?と思ったら大誠さんが現れた。こういう時兄貴が来るものだと思ってた。


 「鬼が追い詰められる鬼ごっこってなんなんだよ!?」


 真横から犀の声が聞こえてきた。いつの間にか全員集合。それぞれに武器を構える。大誠さんがニヤリと笑った。シトリンが降ってきた。危険すぎると思う


 「刺さったらえぐいやつだろ」

 「まぁ一応尖ってはないみたいね」

 「上手いこと集められたね」

 
 妙な圧迫感のあと大きい影。俺たちはまたしても散り散りにされてしまう。かと思えば、巨大な物体が召喚された。


 「な、なにこれ」

 「意味わかんないんですけど」

 「おれも・・・」


 ゴーレムとは違う。なんか神々しいというか。いつの間にこんなものを呼ぶための真言を唱えてたんだろうか。


 「地上の楽園の守護神アトランティッド・クロノス、僕と大誠の傑作だ」

 「完成したな」

 「見た目も悪くないね。んじゃ、終わらせるか」

 「おし」

 
 巨人が持つ巨大な鎌に強大なクラフトが溜め込まれていく。


 「「それは終わりなき理想郷アイオーニオ・グリシーナ・コスモス」」


 目の前を雷やら霧やらが俺たちを襲った。ただでやられるかと言わんばかりに俺たちは真言を発動した。勢いに吹き飛ばされた


 「いってぇ」


 背中を打ち付けてしまったらしい。あんなもんを受けてこれだけど済んだというか


 「む、無傷?」

 「ほんとだ。怪我がない」

 「成功だ」

 「味方に傷をつけることはねぇことが立証できたってことだな」

 『すごい!そっか、当日大真言でアンチ以外を巻き込まないために調整しなくちゃいけなかったのだね』

 『聞いてねぇ』

 『それ、二人でやんのか?』

 「いいや。これは当日やる予定の大真言をめちゃくちゃ簡易化した真言だよ」


 当日するやつと比べて遥かに簡易化したやつでも俺たちに傷一つ付けなかった。同じ法則だけど物凄く複雑なものなら、完全なアンチ特攻大真言を発動できる。ジェードにトドメの一撃をするための大真言は、俺たちを絶対に傷つけない。


 「当日のやつは焔たちを吹き飛ばすこともないと思うよ」

 「そんなすごい真言だったのか」


 それを知らされぬまま光紀たちはこの真言を徐々に完成に近づかせていった。その調整がここで何とか終えた。あとは3人にも覚えてもらうだけ。そこが難しいと思うけど。


 「走りながら真言を編み上げるのはちょっと辛いことも立証できたよ」

 「ちょっとじゃねぇだろ」

 「甘いものを要求する」

 「とびっきりのご褒美を用意してある」

 「さすが大誠」


 多分、和菓子だな。こうして、第二回鬼ごっこ大会は幕を閉じた。


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