雨音ラプソディア

月影砂門

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第五番 〜光と風と氷の子守唄《アンジュ・ヴィーゲンリート》〜

第一楽章〜日常の異常な総奏《トゥッティ》

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 氷の女王が護る国光聖国。アンチやオンブルやグリムが蠢いていることを知らない住民たちは、いつもどおり寝て夜をやり過ごす。ただ、世界から逸脱した一部の人間は夜であろうが昼であろうが朝であろうがアンチやオンブル退治に駆り出されていた。そして
 午前五時頃、丘に月明かりに照らされて佇む女がいた。黎が十二時で帰り、一時頃で暁が帰り、三時頃でもういないことを確認したヴェーダが帰った。そして、その残飯処理のために砂歌がいたのだ。二時間ほど経っている。肌で時の流れを読む砂歌。
 その砂歌の様子はいつもと少し違っていた。吐く息が熱を持っていた。


 「わたしもしっかり人なのだな・・・」


 自嘲の笑みを浮かべ呟く。体力は限界だったのだ。息一つ乱さなかったのはクヴェルでカバーしていたからだ。
 砂歌は木に寄りかかると、ホッと息を吐き座った。本格的に朝になっていくのを肌で感じていた。
 ・・・もう朝か
 こんなにも疲れるようなことはなかった。体力の数値が低かったのは、おそらく体調の変化だ。そのことに王宮医師は気付いた。そして出来るだけ控えるようにと伝えてきた。黎や暁やヴェーダが退治すると言ってくれた時、密かに安堵していたのは彼女自身だった。残飯処理が本当に少しで済んだのも、間違いなく黎たちのおかげだった。パルティータが加わってからかなり助かっていた。
 ・・・ああ、眠たいな
 砂歌に疲れと睡魔が襲い、耐えきれず眠ってしまった。五月とはいえ、朝はまだ肌寒さが残る。すると


 「風邪ひくぜ」

 「砂歌さん」


 二つの声に目を覚ました。一瞬闇かと思ったが、意識が戻ると海景の最高傑作の二体であることを認識した。


 「おい、姫さん」

 「またか」

 「またかってなんだよ。大丈夫かよ」


 やはり隠し事が出来ない相棒の登場に苦笑を浮かべる。


 「お前は女王を連れて休ませろ。俺たちは残る」

 「女王って・・・わかったよ。任せた」


 ヴェーダは、お前と言われたうえに砂歌を女王と言った黒灰色のホムンクルスの言う通りにし、まだ寝ているであろうパルティータたちがいる砂歌の寝室に戻った。  


 「・・・久しぶりに隣で寝るか」 


 ベッドに入ろうと布団を上げると珍しくパジャマを着た砂歌がすやすやと眠っている。シャツと緩いパンツだ。
 無防備過ぎる相棒をガン見する。


 「おい」


 明らかに機嫌が悪そうな少年の声。思わず溜め息を吐く。自分が砂歌の部屋に来ると絶対にこの少年がいる気がした。


 「その銃・・・」

 「琥珀から奪ってきた」


 よりにもよって将来弁護士志望の青年から奪取してきたのだ。窃盗罪でしかない。何故銃を外に出したままなのかとは思うが。しかし、仲間だからいいじゃねぇかと黎のカンタータが言う。


 「そういや、三日前くらいだったか。姉貴の過去を見たぜ」

 「過去?」

 「砂歌さんとか」


 砂歌の夢のなかには、まだ幸せだった頃の景色があった。しかし、それは枕元に兄からの手紙が置いてあるからだ。それがなかった数週間前は悪夢しか見られなかった。こればかりは見つけてくれた琥珀に感謝するしかない


 「不思議な夢を見るもんだな」

 「可愛かったな、ちっちゃい姉貴」

 「当たり前だろ」


 それはそれは花のように可憐な少女であった。琥珀やヴェーダでなくても見惚れてしまう。


 「多分今日か明日か明後日は女子だけで出掛けると思うぜ」

 「女子だけ・・・強いな」

 「ああ、強いな」


 ラプソディアと、ゴールドに昇格した風のテノーリディアと、星乙女のシンフォディアだ。負ける気がしない。


 「そこにあのバカ賢い参謀か」

 「いや」

 「え、アイツ指揮しねぇの?」

 「中衛の黎がいて、遠距離射撃に恋がいる。そしてオールラウンダーの姉貴がいる。既に配置ができているからいらないだろうって。指揮しなくても動けるだろうしってな」


 指揮しないではなく、指揮するまでもないからと引いたのだ。その場で判断できる力も申し分ないどころか、直感に優れた二人がいるならそれぞれに動ける。全て見越した上での指揮無用と判断した


 「それが三日前か?」

 「ああ」

 「そういや、なんか知らねぇ白と黒灰の男がいたな。アイツらなんだ?」

 「海景の傑作だろ」


 あれがホムンクルスだったのだ。紫苑たちといい、白と黒灰の男といい人間にしか見えない。企業秘密と言っているものの、真似出来るものがまずいない。造ることさえ困難であるのに、感情まで持っているのだ。そう考えると恐ろしい


 「めちゃくちゃ強いらしいぜ」

 「マジかよ」


 人工であるはずのホムンクルスが、テノーリディアに匹敵する強さを誇る。焔よりも強いのではないかと思われるほどだ。目の前で見ていないためなんとも言えない。


 「あの医者いくつなんだ」

 「少なくとも琥珀より歳上だと思うぜ。というか、クインテットの親より歳上だ」

 「は?」

 「ああ、そうだ」


 目を点にしたヴェーダに、目を覚ました砂歌が答えた。五十近いということになるのだ


 「まぁ、詳しくはあの子に聞くといい。この間言ったように複雑極まりない」


 知りたいが、だからといって強制しようとは思わない。思えない
 ただ、五十を超えた者に対してあの子は適しているのだろうかとヴェーダは疑問に思う。ただ、百歳である黎や暁に対してもあの子たちと呼ぶのだから砂歌ならばと思い至った。


 「あの子も長命であるということは言っておこう。半不老不死だ」

 「まぁ、俺が言えたことじゃねぇか」

 「全くだ」


 百五十二年間、厳密に言えば百三十二年間見た目が全く変わらないヴェーダが長命だなとは言えたことではない。砂歌と二歳差。暁は、肉体年齢だけなら琥珀と同い年であることを告げられたとき、少しだが驚いた。てっきり砂歌と同い年だと思っていたのだ。見た目だけなら琥珀より全然年上だが


 「砂歌さま」

 「光紀だな。起きているぞ」

 「朝食の準備が整っております。砂歌さまと黎ちゃんの分しか作っておりませんので、悪しからず」


 しれっと暁とヴェーダの朝食は作っていないと言ったのだ。
 暁とヴェーダの背後から布が擦れる音が聞こえてきた。擦れる音が聞こえてきたと思えば、今度は軽いものが落ちる音。しかも二つ分
 恐る恐る後ろを振り向く。


 「ひ、姫さん!?」

 「黎!姉貴!男いんだぞ」

 「わたしは大丈夫だよね?」


 中性である黎はともかく、完全に女である砂歌の着替えは論外だ。しかし、ここで問題が発生した


 「最悪だ」

 「どうしたの?お姉ちゃんが険しい顔をするなんて珍しいね」

 「体力の限界で男体化真言が使えぬ」

 「ほかの真言は?」

 「他の真言は問題ないのだ。自然に対して歌えばいいからな。肉体はどうにもならない」


 砂歌は、下着の上にコルセットを巻いて胸を潰すと、いつもの男の装いとなった。かなり窮屈なのだろう。少しだけ苦しげだった


 「跡つくぜ?」

 「誰も見ないだろう」


 確かにと三人が頷く。光紀は、砂歌の寝室から近いリビングではなく今日は天気も良く、ちょうどいい陽気のため、広すぎるベランダで準備していた。砂歌が顔を綻ばせた


 「今日はなんだ?」

 「サンドイッチです。砂歌さまと黎ちゃんにはフルーツサンドおまけです」

 「俺たちにはフルーツサンドどころか朝食さえ取らせねぇってか?」

 「ありますよ」


 卵サンドと、トマトとレタスのサンドイッチだ。黎や砂歌と違って文句を言いそうな二人だからとボリュームのあるカツサンドを付けた。黎はカフェオレ。砂歌はサンドイッチにぴったりの紅茶。暁は微糖のコーヒー。ヴェーダはブラックだ。


 「ところで暁さ」


 ふと思い出したように黎が暁に単純な疑問を投げかけた。


 「なんだ?」

 「ベルンシュタイン・・・」


 暁は、琥珀のベルンシュタインセットを一式持ってきていたことを忘れていた。「姉貴に関することだから許してくれるだろ」と判断した上で持ってきたのだ。


 「ベルンシュタイン出したまんまってのもあれだな」

 「普通、銃持っていかれるなんて思わないものね」


 黎が困ったような微笑を浮かべ呟く。


 「しかも不法侵入だから。自供して来た方がいいよ。刑軽くなると思う」


 光紀が会話に乗り、自首した方がいいと返却を促した。


 「なんだ、この不穏な会話は」


 暁やヴェーダならともかく、光紀までこの不穏な会話に乗っているという事実に、砂歌は苦笑を浮かべるしかなかった。


 「なあ」

 「あれ、焔かよ」

 「兄貴から学校行くついでに銃取り返して来いって言われたんだよ・・・」


 急いで来たらしい焔だが、息を切らすことなく言い切った。数値が高かったこともあり、焔の体力の持続はすさまじいものがあった。問題は焔の体力ではない。二時限目から講義であるはずの琥珀ではなく、八時半までに登校しなくてはならない焔が来ていることだ。暁は焔に初めて同情した。


 「それから、恋の弓は止めとけ」

 「なんで?」

 「射貫かれるぞ」

 「恋の弓まで盗んだのか?」

 「どうやって入ったんだよ、まず」


 侵入方法は、窓をすり抜けるだけ。ただそれだけだ。窓を割ることも無く、不正解錠することもなく、ただすり抜けるだけで銃を奪ってきたのだ。


 「恋のは盗んでねぇよ。しかも、恋の家知らねぇ。それは冤罪だ。琥珀にケルブられるぞ」

 「ケルブられるってなんだよ」


 琥珀のアンチマテリアルライフル、ケルブクライノートで脅されることをケルブられる。暁はそういう造語を作った。流行るはずもない造語だ。


 「今ケルブられそうになっているが?」

 「え?」


 砂歌が妖艶な笑みを浮かべながら、肘をついて言った。


 「琥珀、ヘリオドールにしておいてくれないか。ベランダが壊れてしまう」

 『了解しました。ヴェーダ、直ちにそこを退け』

 「なんで俺なんだよ・・・」


 理由は単純。砂歌に対して不埒なことを考えたから。さらにそれを実行しようとしたからだ。


 「残念ながら・・・冗談だ」

 「残念?」

 「琥珀は現在家だ」


 砂歌のイタズラに琥珀が乗ったのだ。今日は朝から混沌としているなとヴェーダは溜め息を吐いた。


 「お姉ちゃん、具合悪そうだよ?」

 「ああ。寝不足と体調不良だ」

 「海景くん呼ぶ?」

 「いいや。あの子も寝不足のようだからな。昼頃になってもまだ治る兆しがなければ呼ぼう」


 間違いなく優先すべきは王の体調不良だ。しかし、そこは砂歌だ。普段手術や発明で寝不足な海景を気遣う。


 「医者の不養生とはこのことだな」

 「あ、黎!八時だ」

 「急ごう!」


 光紀はとっくの昔に用意を済ませて出ていたのだ。朝食の片付けまで済ませているという手際の良さだった。


 ──2──


 「ああ、ねっむ」

 「あんたが眠いのはいつもじゃない」


 世界史は睡眠時間。必ず居眠りをする。焔は忘れていた。ここは少し遅いが、六月中旬くらいに中間テストが始まることを。中学生の頃でも五月中旬に中間テストがあったとはいえ、焔からすればテストより部活が優先なのだ。焔から言わせれば、そもそも勉強と部活とバイトとオンブル退治の両立は出来ないのだ。先生からはテストの点が良くなければ休部と言われてしまっている。しかし、危機感はない。どうとでもなると考えている。


 「わたしが教えてあげようか?」

 「マジで?頼む」


 焔は、天使のような言葉をくれた黎に心から感謝する。黎の授業ならば居眠りしない自信があった。


 「わたしも少しわからないところがあるから。一緒にお勉強しようね」

 「おう、お互いいい点数目指そうぜ。平均以上な」

 「焔の少しと黎の少しはちょっと違うと思う」


 犀から言われてしまった焔は、少しだけ凹んだ。
 昼休みの間、黎を始めとしてそれぞれの得意教科を焔に教え、叩き込んだ。黎は現代文と古文。犀は数学。恋は世界史。光紀は超得意分野クルト語(英語)を教えた。
 何故ここまで彼らが一生懸命になるかといえば、欠点をとると補習で放課後どころか土日と夏休みが削られてしまうからだ。土日と夏休みに教えている暇は、少なくともクインテットにはない。琥珀は塾とバイトがある。光紀はそもそも砂歌の使用人である。黎も暇ではない。焔自身もバイトがある。


 「現代文の評論は、だいたい出題の仕方決まってるいるよ。「『それ』とはこの文章の中で何を指すでしょう」とかね」


 現代文と古文において、一番初めに出てくる単語問題は落としては行けないと助言する。最悪文章問題は部分点で稼げばいいと。そして数学


 「公式に当てはめれば行ける」


 とてつもなく簡単な説明だった。なんでもその公式のとおりにすれば答えは出る。公式を覚えればなんとかなると助言する。焔にとっては、その公式を覚えることが難題だった。そして世界史


 「ぶっちゃけ、世界史と理科は覚えればいいのよ。焔は文系だろうし、理科は五十点取れればいいわ。世界史は、浅くても取れる」


 原始時代なんて覚えなくてもいいと伝えた。文明の話は、文明の名前と場所と簡単な特徴さえ掴めればある程度の点は取れると助言する。そしてクルト語。流暢な発音で解説されても、としか言えなかった。


 「こんなの普通使わないから、覚えなくていいよ」


 実用的でないものは除外した。出たらどうするのかと思ったが、そこは覚えろと言われてしまう。


 「まぁ後は問題集解くだけだね。丸つけまで答え見ちゃダメだよ」


 昼休みという短い間でこれだけアドバイスしたのだからいいだろうと、一番前の席である光紀と少し席が遠い犀は戻った。
 入学から一ヶ月経ったのに、席替えはまだなのかと犀は愚痴っていた。焔はこのままでいいと思っている。後ろに黎がいるからだ。黎は、授業が終わると鼻歌を歌いながら次の授業の準備をする。それで癒されているのだ。そのため、席替えは必要ない。
 テスト前のために部活は休みであるため、放課後はがらんとしている。そのはずだった。しかし
 突然警報機が作動した。不審者が出た時のサイレンだった。


 「不審者か?」

 「こんな所にも来たの?」


 黎が顔を青ざめさせていた。焔たちも窓の方に目を向けた。校庭にオンブルがいたのだ。アンチではないが、警報機は作動した。


 「出てきて直ぐに引っ込んだんだ」

 「なんか、最近アンチあんま出てこねぇよな。出てきて欲しくねぇけど」

 「出てきても使い捨てっぽいしな」


 アルトディアやソプラディアと取り巻きのようなオンブルしか出てこないのだ。出て来ないのがベストだが、使い捨てであることが疑問だった


 「聞かれてたんじゃねぇか?」

 「ううん。聞かれてたなら、わたしやお姉ちゃんが分からないはずないもの」

 「確かにそうだよな。あっちにも頭が回るヤツがいるってことだろ」

 「組織みたいだしいるだろうね」


 幹部の中に頭が回る者がいる可能性だ。指揮するものが一人もいない組織はまず存在しない。どんなに無能な組織だろうと、必ず一人か二人は参謀的役割を担う存在はいる。これまで出て来なかっただけなのか、それとも様子見だったのか、これまでもいたが路線を変更しただけなのか。ここは要相談だ。今はそれよりも、目の前のオンブルたちを浄化する方が先決だ。
 黎がいることが大きく、オンブルは簡単に浄化できた。テノーリディアのシルバーまでなら黎にとっては役不足だった。今回はそもそもテノーリディアどころかアンチさえ出て来なかった。ジェードが一瞬でもこの場所に姿を現した。そうでなければ警報機は作動しない。焔たちの推測はこれだ。
 この様子を見ていたはずのクラスメイトの反応は焔たちの予想とは違った。軽蔑するような目をされると思っていた。しかし、クラスメイトは助けてくれたことに対して、素直にありがとうと言ったのだ。


 「こんなこと、はじめてだよ」

 「黎?」

 「受け入れてくれる人はいるんだよね」


 問題は、クラスメイトではなく教師の視線だった。四月の頃は表の顔を見せなかった。しかし、下旬頃になって焔は自分のクラスの教師が生徒に対する暴行を見た。それを焔は止めたのだ。別の教師に言えば内申を下げると脅された。しかし、焔にとっては内申など知ったことではないので、どうとでもと伝えていた。ゴールデンウィーク明けには教師対生徒という構図ができてしまっていた。生徒同士の関係は至って良好。クラスメイトを助けたからと焔は人気者になっていた。黎の次にだ。クインテットと黎は基本的に人気者。普段の行いからか、今回のことで奇異なものを見る目を向けられることは無かった。


 「このことは内緒な」


 風紀に厳しい学級委員長が言った。焔たちはホッとしたように笑った。


 「・・・なんで濱野は辞めてねぇんだろ」

 「暴力奮ったのにね」


 焔と光紀が言う。暴力を奮った教師のことを別の教師に伝えることが間違いではないはずだと二人は考えた。


 「一番確実なのは、王に言うだけどね。教師から教育省にいって、王に伝わるらしいから」


 直接言えば確実だ。二人も暴力を奮われている。十分だ。ただ、奮われていた証拠がないのだ。放課後であるにも関わらず、数人残っていた。サッカー部の部員の三人。弓道部の二人。学級委員長の二人だ。所謂一軍だが、引っ張る側の一軍だ。


 「ということは、証拠を上げればいいんだね」

 「あのさ。奮われていた子・・・怪我とかはないのかな?」

 「そっか。痣があるな」


 先生にも言えない、親にも言えない大人しい生徒がターゲットにされていた
 奮われていた子に聞くのは酷だと思ったが、解決するためと心を鬼にする。申し訳ないと思いながら尋ねた。すると


 「お店のお兄さんに、診断書貰えばいいよって言われて」


 病院から診断書を貰っており、出そうと思えば直ぐに出せる状態だった。しかし、先生が怖いから言えなかったとクラスメイトの一人麻木が言った。


 「お店のお兄さん?」

 「うん。短髪の」


 てっきり琥珀の方かと思ったが、お店というのは霧乃堂という和菓子屋。つまりは大誠の方であった。琥珀と同じく弁護士志望だったのだ。愛想がよく、話しやすくアドバイスもくれたよと嬉しそうに話した。


 「んじゃ、それ見せりゃ一発だよな」

 「あとね、短髪のお兄さんのお友達っぽい人から教師に渡したら捨てられると思うから辞めた方がいいって言われたよ」


 ・・・やっぱ兄貴いるじゃねぇか
 和菓子を買いに来ていたらしい琥珀からもアドバイスを受けていたのだ。しかし、教師に言わない方がいいというものだったという


 「だから、王室宛てに送った方が確実だって言ってた」


 王は読めないが、読める人間が周りにいるためにそこは問題ではない。なぜ言わなかったとこの学校の教師が責められることになるのだ


 「長髪のお兄さん、教師に嫌われてたからよく知ってるって。この学校の人だったのかな」


 意外な事実。この学校のOBであることは聞いている。しかし、嫌われていたことは知らない。優等生を発揮するであろうあの男。


 「詳しくは教えてくれなかったよ。でも、送ればいいのかな」

 「ああ。それでいいと思うぜ」


 気がつけば五時を超えていたため、焔たちは暗くなる前に一斉に帰った。焔たちはその王室の方へ向かう


 ──3──


 俺たちは、一旦城に行ったが黎の屋敷で優雅にしていると暁から告げられた。黎にとっては帰宅だ。


 「ただいま~、おね・・・」


 砂歌さんが大きいベッドで寝てしまっていた。具合悪いのか


 「ん、おかえり・・・」


 俺たちの気配を察知したからなのか、砂歌さんはゆっくり起き上がった。様子を見るにやはり体調が優れないようだ。


 「何故焔たちもいる?」


 確かに、黎や光紀はここにいても普通だ。しかし、俺たちは明らかにおかしい。そして今日学校で麻木から受け取った手紙と診断書を渡した。それを暁とヴェーダさんが覗いて目を見張っていた。


 「打撲どころか骨折って書いてあんぞ」

 「あ、しばらく休んでいたよね」

 「でも一週間とかだぜ。骨折なら一ヶ月かかるだろ」


 ふと、砂歌さんに視線を向けた。若干機嫌が悪そうだった。予め兄貴から点字もつけといてねと言われていたという麻木は、医者に言って付けてもらっていた。おかげで砂歌さんもわかる。指でなぞっていくにつれて機嫌が悪くなって行ったのだ


 「・・・焔は他の教師にも言ったのか?」

 「はい。主任だけですけど」

 「主任は教頭どころか校長にさえ言わなかったと・・・」


 言ったとしても、証拠がないので信じてくれない。


 「その主任が言ってくれれば調査に行くのだが。教育省が」


 体罰やいじめなど、学校内で問題が起こると教育省からまず警告文が送られてくる。その後もう一度教育省に報告が来ると、直ちに王室に伝える。それからようやく王の許可で学校の調査が出来る。そして露見した場合。該当の教師の懲戒免職処分が決定。いじめた生徒に関しては、親にまず報告が行く。基本的にはここで終わるが、それ以上行けば最悪警察への通報が待っている。学校の問題に対して厳しく取り締まるため、この国のイジメはかなり少ない。全くない訳では無いとは思うが 


 「そのまま懲戒免職処分と行こう。土日に教育省の担当がそちらに行くだろう。ほかの教師の関連もな」


 教師の体罰の場合。「この国では民事と刑事両方の責任が問われる。民事は損害賠償だ。医療費などもこれだ。そして体罰つまりは暴行であるため、傷害罪」とのことだ。この法律を掲げた本人だからこそ、俺の問いに一瞬で答えてくれた。


 「阻止したのか、焔は」

 「まぁ多分」

 「普通怖がって止めようしないだろう。見ていることしか出来ないって、後悔が募る。しかし君は行動に出たのだ。素晴らしいな」


 あれは、兄貴がしてくれた事だった。近所でいじめが起こった時、止めてくれたのは兄貴だった。それを見習ったのだ


 「たまに似ているところがあるな、君たちは」

 「琥珀に怒られるぞ」

 「優しいところが似ている。クールだとか覚えがいいとかそういう所ではない」


 妙に毒を吐かれた気がする。これは気の所為では無いはずだ


 「それで砂歌さま、具合は?」

 「このとおりだ。海景に言ったら睡眠を取れ睡眠をと言われたので寝ていた。5時間近く寝ていた」


 マトモな睡眠はここ最近で初めてだと言った。勘弁して欲しい。五時間でようやくマトモな睡眠と言うのだからもう生活リズムがおかしくなっている。俺からすればな


 「海がパジャマをくれたから着てみたら寝心地もよくてな」


 薄いピンクのモコモコしたパジャマだ。フードがどう見てもそれにしか見えない


 「お姉ちゃん、フード被って」
 「ああ、こうか?」


 やっぱりそうだ


 「にゃあっていって」

 「にゃあ?」


 フードを被った状態でにゃん?と首をこてんと傾ける仕草。光紀とヴェーダさんが死亡した。可哀想な兄貴。
 ふと、リーンゴーンとインターフォン的なやつが鳴る。砂歌さんが琥珀と大誠だと言って行ってしまった。兄貴終わったな


 「琥珀、大誠、おかえり」


 黎に教えてもらったにゃあを見せたかったらしい。大誠さんが悶絶。兄貴は直視不可能で空を仰いでいた


 「そうか、僕の意識はまだ深いところに」

 「いや、起きてるから!」

 「ん?いまいち反応がないな」


 反応どころか死にかけているのだが。兄貴は意識が別次元に行ってしまった。


 「あのパジャマは一体・・・」

 「てか俺ら、なんでここ来たんだっけ?」

 「か、帰ろっか・・・」


 兄貴と大誠さんは目的を忘れたらしく、踵を返した。 


 「あ、和菓子を持ってきたんだ」

 「ほう」


 砂歌さんの目の色が変わった。しかしフラフラしだした


 「おっと・・・砂歌さま?」

 「海景曰く、今の私の体力は1だそうだ」


 マジか。俺の古典並みの内申レベルの数字だ  


 「和菓子は?」

 「食べる」


 兄貴は砂歌さんを横抱きで持ち上げた。普段持っている銃の方が重いという。アンチマテリアルライフルのことだろうか。あれは背負うものでは無い気がする


 「今日の菓子は?」

 「モナカです」 

 「モナカ?」

 「餅から作った皮で餡を包んだ和菓子なんですよ。こし餡と抹茶餡と白餡を持ってきました」


 和菓子屋の息子は、和菓子の知識も凄い。ここは兄貴よりもあるはずだ。なんでも知ってると思うなとまた言われてしまった。


 「兄貴、勉強教えてくんね?」

 「・・・」


 兄貴は砂歌さんを優しくベッドに下ろすと、今度は俺に近づいた。そして、額に手を当て 


 「熱は無いな」

 「正気なんだけど・・・」

 「どうした?入れ替わったのか?」


 勉強教えてくんね?と言っただけで兄貴がこの反応だ


 「やる気出て、どうした?」

 「土日や夏休みが潰れるから困るって黎たちが」

 「・・・なるほど。自発的じゃないってことは分かった。わかった、教えてやる」


 ちゃんと問題解けるまでモナカは食わさんと言われてしまった。全教科をびっしり教えてくれた


 「なるほど。分かりやすいですね」

 「その計算の仕方は簡単ね。参考にします」

 「歴史はそう覚えるのだね。勉強になるよ」 

 「おぉ、焔解けたじゃねぇか」


 十問解けると暁から感心したように呟かれた。悪い気はしない。勉強会になっている気がする。砂歌さんとヴェーダさんは温かく見守っている。砂歌さんは聞き守るだ。


 「暁は聞いておいた方がいいんじゃないのか?行くのだろう、学校」

 「おう!」


 暁も好奇心旺盛らしく、兄貴の解説をめちゃくちゃ聞いていた。そのノートやペンはどこから持ってきたのか。兄貴も教えながら楽しそうにしている。特に暁の反応に


 「姫さん黄玉さんに教えて貰ってたんだろ?」

 「ああ。しかし、黄玉や蛍や兄様の前は意地悪な人が多かったな」

 「そういや、白地図を解く問題で泣かされてたな」」 

 「見えないのにどう解けと」


 そいつ家庭教師向いてない。そう思わざるを得ない。結果的には最高レベルの家庭教師がついたわけだが。


 「黄玉の地理の解説はすごかった」

 「ああ。ちょっと怖かったな。隣国の地形全部把握してた。あれ、なんか黄玉さんのこと思い出してきた」 


 侵略のノウハウのような気がしたと砂歌さんとヴェーダさんは言った。


 「蛍の理科もすごかった。あれからか、姫さんが虫嫌いになったの」

 「箱の中身はなんだ状態で触れたのがザラザラした虫だぞ。いろいろな意味で泣いた」

 「そのあとの蛍の狼狽えようが面白すぎた」


 二人にも様々な思い出があるんだな。きっと幸せな毎日だ


 「黄玉のこと思い出したのか?」

 「ああ、思い出した。びっくりするくらい賢い人だったな。でも・・・焔華さんの方も入ってるよな?」

 「優しさの二乗。リードされていたような気がしなくもない」

 「そういえば今日、校庭にオンブルが出たんだ」


 兄貴を含め固まった。勉強会が終わっていてよかった。


 「へぇ、頭良いね」

 「え?」

 「ジェードじゃないヤツ」


 校庭にいたやつはジェードではない。兄貴は断言した 


 「ジェードのローブはマッサの塊だ」

 「砂歌さん」

 「監視カメラに映らねぇんだ。心霊写真でいうオーブが浮かんでいるようにしか見えない。それが生きている人だと思うやつなんていねぇだろ?」


 今度はヴェーダさんからの解説。マッサで身体をおおっているため、サーモグラフィーカメラ出ない限り、ジェードの姿が映ることは無い。人間の目に見えても、カメラ越しに見えない。つまり、警報機がなるはずがない。別の誰かが登場したのだ


 「ジェードを消してくれれば楽なんだけどね。どうせ、アンチやオンブルの生産地であるスピリト国の王だから忖度されてるんだ。フィンスター国とスピリト国はアンチの聖地だよ」

 「琥珀の言う通りだ」


 フィンスター国の者とスピリト国の者をアンチが消すことは無いだろうという。少しずつ大変なことになってきている気がする。




 


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公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

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