雨音ラプソディア

月影砂門

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第四番 〜守護者たちの行進曲《シュッツエンゲル・マルシュ》〜

第五楽章〜アンチへの鎮魂歌《レクイエム》

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 俺たちは光紀の家にお邪魔することになった。黎はまだしも師匠まで着いてきた。やはり自分の使用人のことになるとティータイムの気分にはなれないのだ。ただ単に気になるというのもあるのだろうが。ここに来るまで視線が気になって仕方がなかった。無論、師匠に向けられた視線だ。兄貴、暁、ヴェーダさん、光紀が師匠を守るように前衛後衛に別れていた。それを見せられた俺たちは当然笑うしかない。
 「ここだよ」
 「結構でけぇじゃん」
 「普通に大きいね」
 「うちよりも」
 俺と兄貴の声が重なった。やはり、光紀たちから見れば俺たちの家なんて倉庫みたいにしか見えないだろう。もしくは馬蔵。いや、馬蔵の方がでかいかもしれない
 「馬蔵で思い出した。君たちそろそろ乗馬の練習をした方がいい。特にトローネ」
 「あれ馬引くんじゃ・・・」
 「いきなり四頭立ての戦車を操縦できるのか?」
 兄貴たちが黙った。トローネって何だろうか。ただ、知らなくても四頭立ての戦車をいきなり操縦は辛いというのはわかる。トローネって何だ。戦車を操縦する人ですか?
 「トローネはね、シャロンさまの馬になる人のことだよ」
 「琥珀、それ違う」
 「そんなに弟をからかってやるなよ」
 師匠の馬になる。兄貴にとってはご褒美でしかないが、どうやら違うらしい。「玉座」「車輪」という意味を持つ天使のことらしい。兄貴、光紀、ヴェーダさん、大誠さんがそのトローネとして選ばれたのだ。師匠のカンタータであるクルスさんは、あくまでカンタータであるためトローネではないそうだ。
 光紀は、俺と兄貴が家を見上げているのも構わず解錠するとドアを開けた
 「どうぞ」
 俺たちを中に入れてくれた。光紀は普通に金持ちの家で育ったのか。おそらく、父方ではなく母方がお金持ちなのだろう。ただし、師匠の城と比べてはならない
 「いい家だね」
 白を基調とした明るめの良い家だ。家具は色合い的に相性がいいのか茶色が多い。
 兄貴は、光紀の家をキョロキョロと見回すと光紀に声をかけた
 「さっきの写真送ってもらってもいい?」
 「はい。全部ですか?」
 「うん」
 光紀は兄貴と大誠さんに写真を全て送った。その写真を見ながらまたウロウロする。
 「兄貴、なにやってんだ?」
 「カメラの位置を特定しようと思ってね」
 曰く、撮った写真がその都度送られるようになっていると兄貴は言った。写真全てに日と時間が記されている。毎回何かに反応して撮っていることになる。
 「別の角度からだけど・・・この家天井高いからいいね」
 「はい?」
 「ちょっと乗るよ?」
 兄貴はひょいと猫のように本棚の上に乗った。ホコリとかやばそうだが
 「小さいカメラだ」
 1つ目のカメラを見つけたようで大誠さんにそれを放り投げた。上手いことキャッチした大誠さんも二つ目のカメラを見つけた。一緒に見ていたヴェーダさんも三つ目のカメラを見つけた。計五台のカメラが見つかった。なんのために撮っているのか
 「帰ってきたようだが」
 師匠が光紀の父親だと思われる気配を察知した。俺たちはすぐに色々なところに隠れた。かなり酔っ払っている様子だ。靴に関しては光紀がすぐに別のところへ移してくれたため、悟られることは無かった
 「飲みすぎでしょ。いい加減働いたら?」
 「誰に口利いてんだ」
 「酔っぱらいに飲みすぎって言ってなんの問題があんの?」
 呆れたような光紀の発言が聞こえてきたかと思えば、乾いた小さい音が聞こえ、さらに倒れたような音が聞こえてきた
 『光紀が叩かれた』
 師匠が今にもキレそうな声で響く。いつもより低い感情を抑えたような声音が怖い。しかしいくら師匠でも、大切な執事が乱暴されたとなったらさすがに我慢ならないのだろう。自然な反応だ
 『兄貴なにやってんだ?』
 『録音と録画で証拠を』
 証拠を得るためには必要なことだ。
 「父さん、ちょっと待ってって!やめてよ!」
 さすがにおかしい。兄貴と大誠さん、さらにヴェーダさんという恐ろしい布陣が念話で合図をした。そして
 「おいコラてめぇ!」
 「ちょっ、ヴェーダ。それ違う」
 「すぐに殴りかかるなよ」
 ヴェーダさんが殴るとさすがに気絶してしまう。光紀はどうやら何発か身体を殴られたようだ。俺達も出た。
 「今の様子はしっかり録音録画しておきました」
 光紀の親父は、兄貴の証拠をしっかりと残された携帯を奪おうと突っかかった。兄貴に突っかかるとかどういう神経をしているのか。奪えるわけがない。兄貴はスマートに躱すと、美しい背負投を決めた。一本と言って手を挙げたい気分になるほど見事だ。
 兄貴に背中を叩きつけられたことで酔いは覚めたはずだ。
 「カメラを五台発見したのですが、何かご存知ですか?」
 「し、知らねぇよ!」
 「ではなぜ、あなたの携帯から光紀くんの携帯に写真が送信されているのです?」
 兄貴は大誠さんに目配せすると、大誠さんは背負い投げを食らった親父から携帯を奪った。何らかのアプリのようで、カメラと連動していた。同じメアドを作ることが出来ないため、どう弁解しようとしても親父さんの携帯から大量の写真が送信されていると看做される。まず、そのようなアプリがある時点で疑わしい。
 「誰かにインストールされたなんて言わないでしょうね。撮っている撮っていないという問題はさておき、少なくとも光紀くんを殴ったという事実から逃れることは不可能」
 「それから、あなたがなんのためにカメラを設置したのか。撮っていた場所を確かめればわかることです」
 兄貴と大誠さんは押し入れを開けた。そこには金庫があった。おそらくだが、光紀の母親の貯金だろう。銀行に入れるよりもこちらの方が安心だろうと思っていたのだろう。災害が起きない限りは確かに安全かもしれない。ロックが掛かっているし、そう簡単に開きそうな金庫じゃない。
 「金庫の傷を見るに、こじ開けようとしたのでしょうね」
 兄貴は、親父の携帯を隅々まで見た。連絡帳のアプリを開け、さらに画像アプリもみたあ。
 「あなた・・・新しい奥さんと子どもがいるんですか?」
 「えらい幸せそうな写真じゃねぇの」
 アルコール中毒で入院していたものの、追い出されたと思われるこの男は新しく彼女を作り、さらに結婚し、子どももできていた。 
 兄貴曰く、考えられることは、いつもパチンコや競馬をして金をドブに捨てていたため、奥さんと子どもを食わせてあげられる金が消えた。そして、この家に金があることを知っていた親父は金庫を見つけたが開けられなかったため、この家にカメラを設置して出そうとしたところを襲おうとでもしたのだろう、とのこと。
 離婚しているとはいえ、元妻と暮らしていた家に入り浸っていることを奥さんや子どもが知ったらと思うと居た堪れない
 「光紀、お前は鍵を知っているのか?」
 「知ってるよ。当たり前だろ」
 隣にいる師匠が明らかに動転していた。黎と暁が心配そうに見つめる。目を見開いたあとすぐに目を伏せた
 「砂歌さま?」
 「・・・怪しい男に声をかけられなかったか?」
 「それがどうした」
 光紀の親父は、師匠に睨まれ腰が抜けたように見上げていた。確かにこれは怖いと思う。凍りつきそうなほどの冷たい目だ。これを見てこの人が盲目だなんて誰が思うだろう
 「失礼するぞ」
 師匠はしゃがむと綺麗な手が親父の太い腕の袖を捲った。濃紫色の刺青が入っていた。師匠クラスだともはや見なくても入っていることがわかるのだ
 「さて、黎。この男はすぐさま浄化しなければ堕ちる」
 「うん。もちろん救うさ」
 「救いなんていらねぇよ。あの男は言ったぜ。本当に楽になりたいなら捧げろって」
 楽になりたいとは、この男は何を言っているのかと全員が呆れたような顔をした。光紀の表情は前髪に隠れて見えない。顔を前髪で隠したまま、光紀は父親に近づく。すると
 「ぐぅっ」
 全員が目を見張った。光紀が親父を蹴ったのだ。
 「何が楽になりたいだよ。何もやってないやつに楽になれる道なんてない!お前がこんな状況になるまでだらけ切った結果だろ!」
 ここには、努力して努力して報われなくても楽になろうなんて考えもしない人がいる。そんな人がほとんどだと思う。でも、この男は自分が原因で落ちるところまで落ちたにも関わらず誰かを捧げようとしている上に、泥棒まがいのことまでしようとしていたのだ。光紀がキレるのもわかる。
 「お前と僕はもう他人だよ。離婚した今、あなたは僕の父じゃない。母さんの夫じゃない。暴力を振るうアルコール中毒のどうしようもない男」
 他人にはもはや貸す金もなければ手助けも無用。元々の原因を作ったのは自分なのだから、その問題は自分で解決しろと。堕ちたところでその事実はどうにもならない。堕ちたとしてもアンチではなくオンブルになるだけで、救いなんてどこにもない。黎の浄化を受けた方がいっそ楽だろうに
 「堕ちたいなら堕ちれば?僕が倒してあげるからさ。楽になれるんでしょ?」
 「光紀!」
 ヴェーダさんは、空虚とさえ言える笑みを浮かべる光紀の名を叫んだ
 「言い過ぎだぞ」
 「言って何が悪いんだよ!なんでこんな奴を救わなきゃ行けないんだよ!堕ちたいなんて倒してくれって言ってるようなものだろ!なんで同情しなきゃいけないんだ!」
 「落ち着くんだ、光紀くん」
 兄貴は弟を見るような目で光紀を見つめ、優しく名を呼ぶ。俺は言っても別にいいとは思う。この男は救うに値しない。ミヤマのように救うよりもいっそ倒してやる方がお似合いだと思うような奴だ。
 「同情?家族を裏切ったやつに同情する意味なんてないし、こいつの為に君や黎ちゃんが手を下すなんて贅沢させてどうすんの?」
 「え?」
 兄貴が悪そうな顔をして言った。しかも笑っている。同情するのも、光紀が倒すのも、黎が浄化するのも贅沢だという。
 「この世には、手を下すことさえ愚かだと思うような悪党がいる。この人は、君の元父親だけど、楽にさせるために手を下すほどの価値のある男か?」
 楽にさせる方法なんて彼に提示する必要もなければ、それを下す価値もない。たとえ元家族だとしてもそれは同じ。悪党と言うよりかは自分の息子に手を挙げた暴力オヤジでしかない。救いようのない男に楽な道なんていらないのだ。兄貴は、不敵な笑みを浮かべたまま親父を見た
 「あなたに紹介したい良い物件があるんです。小さく薄暗い部屋なんですけど、毎日無料で朝昼晩と食べさせてもらえるんです。さらに、仕事をする場所まで設けてくれてお金まで稼げる。それらがついているにも関わらず全て無料。是非ともあなたにオススメしたいですね」
 小さく薄暗い汚い部屋。毎日無料で朝昼晩と食べさせてもらえる。ただし、その朝昼晩は自分たちで稼いだ給料から引かれてるいるため、無料というわけではない。仕事をさせてくれるという良心的な住処。それらは無料で入れる。刑務所と断定できる。
 「あなたが望む楽な環境ですけど、どうでしょうか、ピッタリだと思いますよ」
 兄貴が一番怖いかもしれない。証拠は揃っているため、警察に突き出せば一生堕落者のレッテルを貼られた人生を送ることになる。普通に働いた方が楽な気がする。
 「ところで、あなたに近づいた謎の男は、どこから出て来られました?」
 「さぁ、突然現れたから知らねぇよ。今日この家に来るとは言ってたぜ」
 へぇと兄貴は言うと、俺たちに取り敢えず出ようと念話で言ってきた。浮かない表情をする光紀を師匠が手を引いて連れた。
 「兄貴、ジェード来んのか?」
 「・・・いたとしても、オンブルをそんなに放つことは無いだろうね」
 「ジェードは来ねぇ?」
 「取り敢えず、紫苑ちゃんいないから・・・シャロンさま一度だけでいいです。ジェードがいるかどうか、確認してもらえませんか?」
 「構わない」
 兄貴の言葉を師匠は二つ返事で応えた。ジェードを探すくらいならいくらでも使えと言った。どんなに参謀とはいえ、大将を使うというのは少し憚られるところだ。
 「オンブルたちがいた時のために僕と恋ちゃんは屋根というか、この家屋上があるみたいだからそこで待機」
 「了解です」
 「焔たちは光紀くんの家で待機。随時指揮を執るから戦闘準備はしておいてくれ。ヴェーダと暁はその男を隔離しておいて」
 兄貴の指揮に俺たちは異論もなく頷いた。ここは生憎高級住宅街である。ここで戦うのは、この住宅街の家や人を巻き込んでしまう危険性があるため避けたい。暁とヴェーダさんは、光紀の元父親を押し入れに突っ込みその押し入れを守るように並んだ。何度か抵抗しているのを俺は哀れなものを見るような目で見た。俺だったらこの二人に抵抗しない
 「来たようだ。わたしも琥珀と恋と同じく屋上でジェードがいるか確認しよう。そのあとは、まぁ結界真言で住人の安全を確保しよう」
 「なるほど、お願いします」
 クラフトが完全に戻ったらしい師匠は、巻き込むことのないように固有結界を作ってくれるという。とことん謎が深まっていく。
 「シャロンさま杖なんてありましたか?」
 「オーダーメイドで作ってもらった」
 その名も星降る夜の救世主メテオール・ハイラント。師匠の武器の名前はどれも美しいうえにカッコイイ。これもセンスだろうか。その杖は、満天の星が輝く夜のような美しさ。それが先端に行くにつれ夜明けのような薄い青へとグラデーションになっていた。
 「さて、来たようだ」
 「オンブル、少しだけどいるね」
 「しかし、ジェードはさっさと帰ったか、向こうで開けて閉じたのか」
 「閉じたということは・・・使い捨てですか」
 アンチテノーリディアであると思われる男はオンブルとともに登場した。幹部ではない彼は使い捨てにされたのだろう。敵とはいえ同情する。
 「作戦変更。シャロンさま、固有結界を」
 「承知した」
 「焔」
 「ん?」
 「練習だ」
 使い捨てのアンチを練習に使うのか。どっちみちあの男は黎に浄化されることになるのだ。練習ということは、六人体制でするということなのだろう。どうやって生み出したのかオンブルがわんさかと出てきた。師匠曰く、これくらい多くもなんともないそうだ。戦争経験済みのこの人からすればもはやゼロに近いのだ。
 「結界を維持するから私は動けないぞ」
 「結界で住民を巻き込む危険性がなくなるのですから十分ですよ」
 「そうか。それでは」
 俺たちは光紀の家から出ると、現れたアンチと対面した。師匠は杖で地面をコンコンと叩くと、詠唱すらせずに固有結界を作り出した。天上は青い月が照らす夜。地上にはいくつもの灯篭。灯篭が作る道の先には社。意味が分からない。
 「なんですか、これは」
 「わたしの趣味だが」
 「な、なるほど」
 師匠の趣味がわからなくなった。灯篭の火まで青い。かなり熱いのだろうと思う。空間的には美しいし良いとは思う。
 「この灯篭は?」
 「その男が食った人間の数」
 師匠の発言に俺たちだけでなくアンチまでもが目を見開いた。俺には、人をこれだけ食った男が使い捨てにされたとしても同情する気がなくなってしまった。アンチに関しては自分がこれだけ食ったことに驚いているのか、これだけしか食っていないのかと愕然としているのかどちらだろうか
 「後衛は紅音ちゃんがいないから紅音ちゃんの代わりは暁。恋ちゃんはそのまま」
 「おっしゃ」
 「はい」
 恋はさっそく矢筒に入っているストックを確かめ頷くと、灯篭の上に立った。
 「中衛は光紀くんとヴェーダに任せる」
 「お任せください」
 「オーケーだ」
 光紀が薙刀をしっかり構える。対しヴェーダさんは関節剣を鞘に収めたまま構えた。
 「前衛は変わらず焔と犀。オンブルは大誠と僕。黎ちゃんはシャロンさまといてね。浄化するタイミングになったら呼ぶ」
 「はーい」
 黎はすぐに師匠の傍まで向かった。相変わらず仲のいい姉妹のようだ。
 「じゃ、作戦開始」
 兄貴のその声とほぼ同時に全員それぞれの持ち場へ移動した。そしてそれとほぼ同時にアンチも向かってきていた。恋と暁の弓が足止めする。兄貴が言った通りにアンチは動く。
 「ぐっ」
 「犀すげぇ!」
 「お前もやるんだよ!」
 ほぼ全員から咎められた。すみませんと言うしかなかった。
 さらにオンブルを片付けている兄貴たちは
 兄貴の後ろを大誠さんが大鎌で討伐。さらに兄貴は正面のオンブルを五十発全て命中させ消し去った。この二人強すぎやしないか
 「オンブルって弱くなった?」
 「なんか手応えねぇな」
 一瞬で暇になった様子の二人は読書を始めてしまう。こっち手伝ってくれよ
 「よくよく考えたら・・・光紀くんのお父さんまで食べようとしてたのか、アイツ」
 「そういうことだな」
 胸糞悪い会話が兄貴たちの方から聞こえてきた。一斉に目の前の男を見た。光紀の親父を優しく囁いて誑かしたのだ。もう少しで光紀が親父と戦うことになるところだった。そう考えると腹立たしいことこの上ない。
 「アンチになりたくてなったわけじゃねぇよ」
 「アンチになりたくなかったとしても、人食ってたら一緒だろ。吸血鬼とかサキュバスとかみたいたいに発作的なんだったらこっちも考えるけど」
 兄貴は読んでいた本を閉じると真っ直ぐ男を見据えた。確かに、そういう発作による人喰いならまだ同情の余地はあるかもしれない。そのとき男は途轍もない速さで兄貴に迫った。その兄貴は何故か手を挙げた。その瞬間俺たちの横を何かがすり抜けた。
 「がっ・・・!」
 男もといカトールの背中に矢が四本刺さったのだ。カトールは振り向きざまに火を纏う剣で薙いだ。完全に隙になったそこを犀が突き、水のベールで男を覆って消火した。
 カトールは水の中で足掻きさらに、何らかの真言で水を散らせた。それと同時に俺たちは一斉に後退した。一方で中衛にいる光紀が薙刀でカトールの腹に柄を直撃させた。そのまま光と金の真言で吹き飛ばした。
 全員の「あ」が重なった。黎と師匠がいる方向に飛んでいってしまったのだ。
 ピキンという音とともに男が凍り付いた。師匠が一瞬で氷を割ると、黎が空いた腹に指揮棒で光と水の融合真言を炸裂させた。
 「黎ちゃんがめちゃくちゃ強いこと若干忘れていたよ」
 「わたしは結界を維持するのに忙しいのだ。飛んでくるな。黎に当たったらどうする」
 「お姉ちゃんに当たったら許さないよ」
 師匠と黎が怖い。師匠に関しては結界を維持しながら別の真言を使うという神業を使ってきた
 今度は兄貴の方に返ってきたカトールに向けて銃口を向けたその時、一瞬意識を失っていたらしいカトールが目を覚まし銃を叩き落とした。俺たちは一瞬焦るが、兄貴はかなり冷静で瞬時に砂嵐を巻き起こし、その隙に銃を拾い撃ち抜いた。カトールの呻き声がすぐに聞こえた。
 「何飛んできてんの?撃ち殺すところだったよ」
 カトールは故意に飛んできたわけではない。黎と師匠によって飛ばされたのだ。それを兄貴は「勝手に飛んできて僕の銃に触れるとか何考えてるわけ」と主張しているわけだ。少し同情してしまいそうになる。しかも兄貴はやたらと冷たい表情でカトールを見つめている。
 「・・・ヘルシェリンとスナイパーか」
 「は?」
 「ハーマさまから報告を受けた。途轍もなく強い氷使いと腕のいいスナイパーがいると」
 「有名になっちゃったな・・・」
 これまで陰で俺たちの動向を見て指揮していた兄貴の存在が、レクイム教団のなかで完全に把握されてしまったのだ。指揮していたことは知らなかったとしても、隠れて敵の様子を見据えながら確実に敵を撃ち抜くという恐ろしいほどに精密な狙撃の腕を知られてしまった。初めての対アンチ戦でオラトリアを追い詰めたことが大きいだろう。
 「ヴェーダ、まさか本当に目をつけられることになるとは思わなかったよ」
 「だから言ったんだ」
 「つまり・・・」 
 さっきから兄貴が指令しているのをカトールは見ている。兄貴が参謀であることまでばれる可能性があるのだ。師匠の顔を見てみれば、かなり険しい表情をしていた。この男を逃がしてしまったら、兄貴は真っ先に殺される可能性がある。まあ、そう簡単に殺すことはできないだろうが、狙われることは明白だ。白いパーカーを着ている男と報告されてしまえばかなり危うい。しかし、兄貴は焦った様子はない
 「なあ、さっきなんで手を挙げたんだ?」
 「あれはね」
 兄貴は俺に耳打ちでさっきの意味を教えてくれた。これはジェード討伐班のなかで決めた合図。だから暁は瞬時に反応できたのだ。犀も作戦を思い出して反応し、光紀は犀の真言が弾かれてすぐに武器で吹き飛ばせた。
 これが柔軟な対応なのだろう。師匠の言う通り、これは今の俺にはできない。
 「多分、俺はこれで死ぬと思う」
 「カトール?」
 「レクイム教団に見捨てられ、帰る場所もない俺は死ぬしかない」
 これがレクイム教団に見捨てられた者の末路。帰る場所さえなくなり、さらにはその先には死しか残らない。アンチの世界とはそういうところなのだろうか
 「頼みがある」
 「ん?」
 アンチとは思えない真っ直ぐな目で兄貴を見る。兄貴も少し警戒しつつも和らげた。
 「ヘルシェリンと手合わせ願いたい」
 「その心は」
 「憧れだ」
 カトールは、師匠に憧れて真言使いになったそうだ。しかし、どんなにやっても強くなれなかったある日、人を殺せば強くなるといアンチの言葉に騙されてアンチになったのだという。そうだとしたら不憫でしかない、
強くなりたいという人の心に漬け込む最悪の手段。そうしてでも強くなりたかったのだろう。
 「殺意か挑戦かどっち?」
 「挑戦だ」
 兄貴は師匠の方に目を向けると少し溜め息を吐き、カトールの正面を空けた。兄貴かっけぇというのは俺の談だ
 「君がお望みのヘルシェリンが許可したんだ。僕に止める権利はないよ」
 カトールは少し微笑むと堂々と前に出た。
 「光紀」
 「はい」
 「結界の意地を頼む。黎、君もだ」
 「うん」
 ラプソディア故に膨大なクラフトを誇る黎と、オラトリアクラスのクラフトを誇る光紀はかなり重い任務を与えられてしまった
 「挑戦を快く受けよう。来い」
 「いざ」
 カトールは地面を蹴り勢い良く師匠に迫った





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