雨音ラプソディア

月影砂門

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第二番 〜華やかな物語《ブリランテバラード》〜

第三楽章〜琥珀の夜想曲《ノクターン》

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 帰りしの車内も藹々としたもので、心から楽しそうな二人を見ていた。一日の兄貴の様子を見ていると、かなり自制しているように見える。流石に王に手を出せないのだろう


 「心配なさそうだね」

 「いや、油断ならねぇ。色んな意味で」


 逢魔が時が近づくこの時間。そろそろアンチたちも動き出す。最近は逢魔が時とか関係無くなってきている
 ふとある場所を通りかかった時、兄貴が口を開いた


 「僕は・・・この場所が嫌いです」

 「この場所?」

 「あの空き地、前の家があったんですよ」


 俺も生まれた家があった場所。思い出でもありそうな場所だが、兄貴はその場所が嫌いだそうだ。俺が二歳まで、つまりは兄貴が六歳までここに住んでいた。


 「僕の父は警察に殺されました」

 「え?」


 いつも朗らかで穏やかで、怒らない兄貴に怒りの色が見えた。砂歌さんは何も言わず兄貴の話を静かに聞き始めた。


 「ある日、ある殺人事件の容疑者として父が逮捕されました」


 経営者とその家族が殺害された事件のことだという。一家殺人ということもあり、罪はかなり重い。捜査をしていくなかで、親父との接点が見つかり、立派な動機と、指紋もあったということで証拠は十分として起訴までされた。起訴されれば有罪はほぼ確定


 「その後の裁判で父は無期懲役と告げられました」


 どんな動機があったのかということについては公表されていないため、兄貴の知るところではないとは言う。


 「しかし・・・当時父の弁護士は冤罪だと主張し続けました。しかし、十分な証拠はないとして再審されませんでした」


 金銭トラブルだろうと兄貴は言う。十分な動機ではある。事件が起こる一年前に親父と被害者の間に借金があった。貸したのは親父だ。その後拉致があかないため裁判を起こした。その中で借金を返済していないと認めた被害者は、車や家を売り払って借金を返済することになった。こうみれば殺されるのは親父に見える。しかし、面倒なところは別のところにあった。お金を貸していた上に、別の借金で保証人になっていたという。つまり、保証人になっていた取引先にもお金を返していなかったのだ。しかし、破産した一家に払えない。そのため保証人だった親父にそれが回ってきたのだ。


 「何、その複雑な事情は」

 「焔くんのお父さん・・・なかなかだね」

 「お人好しとかいう問題じゃねぇな」


 保証人になって、借金返済の義務が親父に回ってきた。その借金はおよそ億に昇っていた。会社経営するためだったようだ。なんとか財産はあったようで、分割払いで借金を返すと契約した。その金融会社は結構良心的だったようだ。借金が回ってきたのは事件の半年前。その多額の借金を背負わされたことで憤り犯行に至った。というのが検察側の立てた推測だということを兄貴は大学に通い始めて知った。つまり、その全貌を知っているのだ。
 ただ、事件の被疑者として起訴され、無期懲役を告げられたことは大問題。しかも冤罪の可能性もある。その裁判にかかった費用も莫大だった


 「剣崎家は自己破産。父が刑罰を受けた五年ほど生活保護で何とか過ごせました。名字は母方に変えて」

 「近所とのトラブルもあったと・・・」

 「はい。一年間電話はなり続け、暴言はざらにありました。それに耐えかね・・・剣崎家は父から逃げました」


 逃げるしかなかった。地獄から逃げるために、生活保護で与えられた家の表札は剣崎か母方の姓花江とし、兄貴も学校では花江を名乗った。もちろんいじめを避け学校は転校していた


 「僕は・・・父との面会の日に聞いたのです。俺はやっていないと」


 裁判所で無期懲役を言い渡される前の話。面会の度に母や兄貴に呪文のように「殺していない」と言っていたという。


 「僕も母も、父はやっていないということを信じていました。無期懲役を言い渡された後もです」

 親父が無期懲役を言い渡され、十年が経った頃のことだった


 「父は、刑務所内で亡くなったのです」

 「それは病を患っていたのか?」

 「はい。ガンを患って」


 寂しく寒い刑務所内で親父は無念のまま息を引き取った。しかしその一年後に事件は起こる。


 「同事件で、別の被疑者が起訴されたのです」


 俺の部屋は一瞬で温度が急激に下がった。兄貴の言葉にゾッとした。それは砂歌さんもだったようで、ただでさえ白い顔をもはや青くしていた。


 「まじかよ」

 「濡れ衣を着せられていたってこと?」

 「真実は全く違ったのか」


 起訴されたのは親父と同じく保証人になっていたという椋野博也ムクノヒロヤという親父の会社の同僚だった。時々家にも来ていたという


 「椋野は父が刑務所内にいる間も家に来ては慰めに来た。今思えばゾッとします。どういう神経をしているのかと。人間性から疑います」

 「・・・人間性云々の問題ではないな」

 「はい。よくもまぁおめおめと僕たち家族に会えたものです」


 椋野の動機やアリバイなどの裏付けが取れ、そのまま裁判で親父と同じく無期懲役を言い渡された。


 「じゃあ焔の親父さんは無理やり犯人にされたってことか・・・」

 「何よそれ・・・」

 「無理やり犯人になんて仕立てあげられるものかな」


 暁と恋は憤り、黎も憤りを滲ませながらも冷静に言う。無理やり推測したもので裁判を起こせるのか。弁護士の書類との矛盾などはなかったのか。その実態を兄貴の口から吐露された


 「無理やり自白させられたのです。自白するまで家族と合わせないとまずは心を折り、そのあと肉体的に苦痛を味わせ、やりましたと言わせた。被疑者の自白は優先されるものですからね」


 兄貴の言う警察に殺されたの意味を知った。警察による無理矢理の自白がなければ親父が罪に問われることもなく、借金まみれで自己破産で生活保護を受けるなんてこともなく、普通に暮らせていた。四人で。


 「警察は家族ごと壊したことなんて、知りもしないでしょうね」


 ハンドルを握り締める兄貴の手が震えていた。紛れもなくそれは怒りだ。突然浮上した被疑者だけじゃなく、警察という組織に殺された。それは家族も含めて。俺はそんなこと一つも知らなかった。兄貴や母ちゃんの心の傷も知らないで


 「だから・・・弁護士なのか」

 「はい。冤罪で苦しむ人を僕は生みたくない。父のような人が出ないように。家族が苦しむことがないように。無実の人が裁かれる前に阻止することで、被告人だけでなくその家族も救える」


 兄貴の信念と野望。自分たちのように苦しむものを二度と出さないために、両方を救える弁護士になる。幼い頃から変わらない夢。親父が罪を着せられ、俺はやっていないと面会した時の言葉から兄貴は目覚めた。この国の教育制度がなければ、その夢を実現させる可能性さえ見出せなかったと兄貴は言った。


 「あなたがいなければ、僕は夢さえ見られなかったのですから」

 「そう言ってくれる人がいるのは、素直に嬉しい。だけど・・・そのような地獄の中で夢を見た君を私は心から尊く思う」


 その地獄に打ちひしがれて、本当なら夢なんて見ないでただただ絶望を見つめるだけだっただろう。しかし、兄貴はそうじゃなかった。親父の一言で未来を見た。親父が無期懲役を言い渡され、さらに亡くなり、その後真犯人が現れてもその思いは寧ろ強くなった。飄々としていて掴みどころのない兄貴の心が見えた気がする。


 「しかし・・・それを焔は知っているのか?」

 「焔には、僕の夢さえ言ったこともありません。もちろん事件のことも」

 「なぜ?」


 砂歌さんは、俺が一番気になっていることを聞いてくれた。そう、俺は夢も事件も知らない。テレビでニュースを見た時、親父が死んだというニュースが入っても誰もこれが親父だと教えてくれなかった。


 「焔には、傷を負って欲しくなかったんです。あぁ見えて感受性豊かな奴ですからね」

 「確かにな」

 「何も知らず、犀とサッカーに熱狂して。家を明るくしていたのは間違いなく焔だったと思います」


 兄貴は俺に対してそういうふうに思っていたのだ。意外と言うか恥ずかしい。でも、狂いそうだった時期に無邪気で明るかった俺は救いだったとまで言った。ただし、だ。


 「焔がバカだったのは救いですね」

 「なるほどそこもか」


 バカだから事件のことを察することもなかったと言った。六歳にして警察に連れていかれる親父を見た兄貴と違って、俺は二歳で母ちゃんに抱かれて寝ていたという。サイレンの音に泣くぐらいしろよと暁にまで言われた。間違いない


 「僕は、アイツが傷つく前に盾になるのが役目ですから」

 「・・・兄として?」

 「そうです。父が死んでから、家族は僕が守らなければならない。その一心で生きてきました」


 夢と傷を抱え、さらには俺たち家族のことまで考えて、若干二十歳の兄貴は生きているという。黎や暁や砂歌さんとは別系統のことを考えている。しかもその覚悟は尋常じゃない


 「黎ちゃんからオンブルのことを聞いて、僕は心の中で憤りました」

 「そうなのか?」


 誰よりも飄々として、それを受け入れていたのは兄貴だったはず。二つ返事くらいで受け入れた俺よりもたくさんのことを考えていたはずだ。それでも答えは早かった。そのうえ真言使いとして覚醒するのも早かった。そりゃそうだろう。少なくとも俺とは比べ物にならないレベルの覚悟を持って生きてきたんだから


 「人の負の心や未練がオンブルやグリムを生み出すのでしょう?それを目覚めさせるのはアンチです」

 「そうだ」

 「こんなにも恐ろしいことはありません。人の心が、人の未来を奪うんです。あなたたちがいなければ、どれだけの人の未来が奪われたことか」


 人が生み出すオンブル。それを人の夢を、未来を奪う。兄貴はそれに憤った。


 「だから、クインテットになってくれたのか・・・」

 「僕は・・・僕の未来も家族の未来も失いたくない」


 真言使いとしてクインテットのなかで群を抜いて強い理由なんて考えなくてもわかった。誰よりも強い思いがあった。もう美人好きなことなんてなんの問題もない。それくらい自由にやってくれと思う。法に触れない程度に


 「剣崎琥珀・・・か」

 「どうなさいました?」

 「名の通りの青年だなと思って。君の母の願いは届いているようだ」


 名前を決めたのは母。それは紛れもない『言霊』だ。その言霊はまだ赤ん坊だった兄貴の心に届いていたのだろうと砂歌さんは言った。


 「琥珀の宝石言葉を知っているか?」

 「勉強不足のようです」

 「大きな愛、家族の繁栄、そして誰よりも優しく」


 本当に兄貴にぴったりの名前だった。というか、名前の通りに育ったというのか。


 「琥珀兄さんは琥珀という名前でなくても優しかったと思うけれどね」


 名前と関係なく兄貴は兄貴。黎はそう言った。夢を堂々と言える兄貴は心の底からすごいと思う。家族のことを考えて、大きな愛で守ろうとしてくれている。クインテットのメンツのなかでは比肩できないレベルで優しい。


 「優しいというか・・・君は強いな」

 「強いでしょうか?」

 「優しさは強さ。私が黎に初めに教えたことだ。君もその体現者」


 優しいからこそ強い。優しさを知って人は強くなれる。砂歌さんから教えられた黎は、元々優しかったとはいえただ優しいだけの子じゃない。砂歌さんもひたすらに優しくて強い。強くて優しい。強い思いと願いがある人は真言使いとしても強くなるし、人としても強くなれる。砂歌さんは黎に教えたことを兄貴にも説いた。


 「あと、琥珀の名の通り、暖かいな」

 「そ、そうでしょうか」


 暖かいなと言いながら兄貴の腕に触れた。
 砂歌さん、それ以上してしまうと兄貴が事故を起こしてしまいますよ。


 「おいこら、琥珀の野郎!!」

 「これは琥珀兄ちゃん悪くねぇよ」

 「流石にこれに関しては砂歌さまの過失だわ」


 これを故意でしていないことが大問題だ。故意でしていても少しどうかと思うが、無意識ほど厄介なものは無い。兄貴が砂歌さんに対してどう思っているのか気付いていないからできる。そして恐らく、そういったスキンシップは誰にでもやるはずだ


 「君は、セプテット・パルティータを落ち着かせてくれる力がある。それも琥珀の特権だぞ。琥珀には感情的になった時に抑える効果もあるからな」


 確かに兄貴がいることで安心する俺達がいる。的確に指令を出し、全員が確実に活躍出来るように考えてくれる。常に後ろから俺たちの動向を見ていた。セプテット・パルティータの影のリーダーだ。知能指数と冷静さは黎よりもある。それを実は砂歌さんは見ていたのだ。


 「君が後ろにいることであの子たちは安心出来る。パルティータがいる時は私は出る幕がないからな」


 出る幕は多いと思うが、砂歌さんという広すぎる穴を埋めるために動かすのだ。残念ながらありまくりなんですよ。こういう時に氷欲しいと兄貴はよく言っている。一瞬で凍らせられる氷がいれば一撃だからだ。そうしないのが兄貴だ。今日は俺なりに兄貴を褒めることにした。
 砂歌さんは、ふと気になったことがあるらしく別のことを尋ねた


 「ところで」

 「はい、なんでしょう?」

 「昨日のオンブル戦・・・どうしてオンブルに気づいた?」


 俺たちは黎と暁以外が固まった。黎曰く、テノーリディアであろうとオンブルの気配に気づけるものはほとんどいないという。元々霊感が強いものならばあっても不思議ではない。兄貴は霊感はないと言っている。しかし答えはすぐに出た


 「あぁそうか琥珀か」

 「はい?僕が原因ですか?」

 「ピアスの方」


 俺たちの守護石は、ジュエリーショップに売っているような宝石ではなく、真言使いの力で作られたもの。つまり、力が宿っている。砂歌さんには守護石のようなものを作る真言使いが友人にいるそうだ。その友人から買ったのだ。それを俺たちに預けた。さらに黎のお守り付きだ。その宝石の効果たるや


 「琥珀は、戦場では加速の効果もあるが、霊的な力を上げると言われている」

 「つまり、僕はこのピアスによって気配に気づけるようになったと」

 「鍛えようによってはテレパシーや予言なども出来るようになる」


 普段砂歌さんがテレパシーを使う時、通信機のような役割を果たしているのが琥珀。予知する時も琥珀に触れるという。鍛えようによっては宝石でさえ力になるという。兄貴は加速できるだけでなく、テレパシーや気配察知能力が出来るようになる。


 「つまり、砂歌さまたちが持つ宝石たちも別の力が備わっているということでしょうか」

 「そう。焔は効果を利用出来ていないが」


 ルビーの効果は、交渉ごとをスムーズにさせたり、勝利に導く力がある。そして、望むことを実現する力を与えてくれるという。あと、傷つきやすい性格を守る効果もあるらしい。
 砂歌さんのルビーの解説で、俺以外が苦笑する自体となった。兄貴と暁と恋に関してはもはや呆れだ。


 「実現してませんね」

 「していないな。宝石職人の腕は間違いないはずなのだが」

 「交渉・・・議論・・・熱くなりすぎて議論になりませんよ」


 周りもめちゃくちゃ言い始めた。情熱的になりというか感情的になり議論をハチャメチャにするとか。いつになったら望みを実現するんだとか。主に暁と恋だ。


 「それをマシにさせるため、と捉えておこう」
 砂歌さんまで呆れさせてしまった。感情的になるのをマシにさせる効果があるのだと無理やり納得させた。

 「・・・」


 ふとある場所を通った瞬間、車内が静まり返った。砂歌さんは真言で探り始め、兄貴はバックミラーやサイドミラーをチラ見しながら周りを見回す。


 「気づいたか?」

 「はい。あのコスチュームって、パーカーだけでも効果はありますか?」

 「あるが、全身がベストだ」


 身体を守る役割もあるため、上半身だけでは心許ない。パーカーだけでも防御力は格段に上がるとはいえ


 「だから変身風にすればいいと」

 「それは流石に。あとこの年ではキツいですよ」


 兄貴は自分が変身する様子を思い浮かべたのか顔を顰めていた。ノリノリにそんなことが出来る人は黎か犀くらいだ。黎は魔法使いのようになるだろうし、犀は戦隊モノ風に変身するだろうし。


 「あれ、冗談ではなかったのですね」

 「半分本気だった」

 「なるほど。着替えますか・・・運転変わりますか」

 「は?」


 将来弁護士志望が一体何を言っているのか。流石に砂歌さんに運転させるのはまずいだろう。


 「取り敢えずパーカーだけでいいか。すみません、取ってもらえますか?」

 「あ、あぁ。これだな」

 「ありがとうございます」


 兄貴はアクセルを緩く踏みながら、ダブルフードパーカーを脱ぎ裏地がゴールデンイエローの白いパーカーを羽織った。


 「オンブルの時は羽織らなかったのですが、流石に」

 「だろうな。アンチ相手に戦闘服なしはキツい」


 察知した気配はアンチのものだった。しかもテノーリディアだという。黎と暁は今は見守ると言って画面をじっと見ていた。


 「私、後ろ乗ろうか?」

 「出来ればそばにいて欲しいものですが、後ろにいてください。助手席は死亡率が高いですから」


 砂歌さんは王族らしからぬ方法で、運転席と助手席の間をすり抜け、後ろに移った。そこから後ろにあったものを全て助手席に移した。なんと気の利く。兄貴が言わなくても武器まで置いてくれた。


 「今職質にあったらアウトですね」

 「そうなのか?」

 「そういえば武器は見えないんでしたね」

 「問題ないぞ」

 「そのようです」

 兄貴はアクセルを踏みながら弾が入っていることを確かめ、今度は昨日もらったライフルは弾倉をしっかり確かめ再び設置。固定すると、すぐに撃てるように何発か装填していた。


 「慣れているね、琥珀兄さん」

 「昨日もらったばっかじゃねぇか」


 そもそも銃自体初心者だった兄貴が、今となってはそこらの刑事よりも熟している。命中率は百パーセント。警察になれと言おうとしたこともあったが、今思えば言わなくて正解だった。


 「銃の扱い慣れすぎだな」

 「昨日ライフルの説明書舐め回すレベルで読みましたから」

 「読んだだけか?」

 「その後試し打ちはしました」

 「夜中に射撃場にいたのは君か。朝に射撃場に行ったら一発も外さずに的に当たっているとヴェーダが言っていた」


 ヴェーダさんに教われと言われていたが、教わるまでもなく兄貴は扱えたのだ。兄貴曰く、説明書さえ理解し知識を叩き込んだら直感だけで実践するそうだ。それであれだけ扱えるという兄貴のセンスの良さ。俺の兄貴ながら恐ろしい。


 「ヴェーダに勝てるんじゃないか?」

 「ほぉ」


 兄貴がニヤりと不敵に微笑んだ。そういえば砂歌さんの取り合いをしていたことを思い出した。まずは射撃で勝てる可能性があるということで歓喜していた。


 「すみません、一番後ろにあるウエストポーチ取ってもらえますか?」

 「あぁ、えぇっとこれだ。う、え?」

 「重いでしょう?」


 砂歌さんはあまりに重すぎたのかサイコキネシスで置いた。


 「何キロあるんだこれ」

 「かなり軽量化しているので六十キロですね」 


 静まり返るどころではない。犀を一人背負いながら戦っているようなものだ。全然軽量化されていない。想像するだけでゾッとする。どんな鍛え方をすればそれを背負って動けるのか。兄貴はそれをリュックのように背負い、腹の前でベルトの要領で締めた


 「私には無理だな。黎もよくこれを選んだな。あの子は鬼畜なのか?」


 黎もそのような装備をしなければならないということは盲点だったのだ。決して鬼畜な訳では無い。こちらも過失だ。


 「真言使いだから出来るんです」

 「そういうことか。様々な能力が増強されるからな」


 筋力アップ。スピードアップ。身体能力アップ。防御力アップなど、様々な能力がソプラディアでも常人の五倍は上がっているとのことだ。そうでなければ空から落ちて死なないわけがない。


 「大誠呼ぶか。コスチュームや守護石はもうお渡しに?」

 「あぁ、君が帰ったあとに茶を持ってきてくれた序にな」

 「なら大丈夫ですね」


 兄貴は一旦近くに車を止めると電話し始めた。近くにアンチがいるのではないのか。どこで真面目を発揮しているのか。砂歌さんがソワソワしている。アンテナを張ってくれているのだろう。


 「進めよ!なんで止まってんだ!?」

 「琥珀兄さんどうしたんだい?」

 「電話の時は車を停めるというのがマナーだからね」


 だとしても都合というものがある。今はマナーを守っている場合じゃない。将来弁護士恐るべし


 『で、どこ行けばいいんだよ』

 「花山公園」

 『まさかとは思うが・・・公園でやるんじゃねぇよな?』

 「ん?問題あるか?広いし」


 公園はやばい。翌日子どもたちが来た時パニックだ。クレーターが出来て隕石が落ちたのかとかいう大騒ぎになる。確かに花山公園は広い。地区で一番大きい公園だ。


 『まぁ、わかった。急ぎ・・・だよな』

 「もちろん」

 『わかったすぐ行く。先に片付けんじゃねぇぞ』

 「善処するよ」


 大誠さんとの通話を切ると、ギアを思いっきり引き、砂歌さんにどこかに掴まっていて下さいと告げ、健気にも掴まっていることを確かめるなりアクセル全開で走り出した。電話をするために停めていた兄貴が、立派な速度違反だ。車二台通れるか通れないかくらいの幅の道を百キロのスピードで縫っていく。砂歌さんが目を見開いている。こんなに速い運転をする人の車に乗ったことはないだろう。普段馬車の人なら尚更だ


 「なんとか気配は消えたが。撒いたのか」

 「流石に早すぎ・・・るのはあっちでしたね」


 エンジンを止めた兄貴は溜め息を吐いた。瞬時に追いついてきたのか。


 「常人の車とは思わないのでしょうか、アイツ」

 「全くだ。こちらは気配を消していると言うのにな」


 ──コンコン
 俺は一種のホラーかと思った。兄貴の助手席側の窓をアンチが叩いてきた。割られなかったとはいえ。兄貴は窓を開けた
 そして兄貴は笑顔で尋ねた


 「警備員の方ですか?」

 「え、あぁ、そうです」


 兄貴の問いにアンチ側は、どう見ても警備服を着ていないが、私服警備員という設定を今無理やり作ったようだ。見回りに来た警備員だとアンチは兄貴に説明した


 「友人を待っているもので。少し停車させていただいています」

 「そうですか。後ろの女性は・・・アイスリッターでは?」


 ・・・アイスリッター?
 この場にいる全員プラス兄貴が首を傾げた。しかし、頭の回転が異常に速い兄貴は察したらしい


 「まさか、そのアイスリッターは・・・男ではないのですか?」

 「なっ!?まさか・・・アイツは女だと」

 「人は見かけによりませんからね。ここにいるのは女性です。人間違いではありませんか?」


 影を見せながらも笑顔を作る兄貴は、ここにいる砂歌さんはアイスリッターとは人違いだと言った。 


 「はぁーあ・・・面倒になってきたなぁ」


 兄貴の声音が一オクターブほど低くなった。普段はそれほど声は低くなく、アルト寄りの落ち着いたテノールだが、今はバリトン寄りのテノール。しかも声が低くなったのに兄貴は微笑を浮かべたまま。後部座席に座る砂歌さんは虚空からレイピアを出し、兄貴は銃のロックを外した。
 そして
 ──パンッ
 沈黙は、渇いた破裂音によって切られた


 「ぐぅっ・・・」


 それを瞬時に召喚したオンブルで防いだ。人の恨みを違う意味で利用するってどういう事だ。


 「さてと・・・琥珀」

 「えぇ」

 「始めようか」


 車から降りた二人。砂歌さんはレイピアを構え、兄貴はライフルを担いだ。


 「私たちの戦いコンサートを」




 

 

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