煉獄の十字架

月影砂門

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第五話〜教会のプリースト

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 砂迦が主に三つ子の弟子のためにクッキーを焼いている間、修鬼たちは、砂迦の書斎で待機していた。待機しろと言われたわけではなかったが、ここにいた方が砂迦が楽だろうということで、ここにいる。


 「砂迦さんって、強えのか?」
 
 「強いなんてものじゃないですよ。この国最強とも謳われているのですよ」
 

 砂遠は、自分の兄であり師匠に憧れを抱くように言った。トワイライト、つまりは光という闇の対となる側の人間のなかで最強ということだ。その国最強とは訳が違う。
 

 「夜刀、本当にタメ口やめよう」
 
 「あっちがいいって言ってんだし、イイじゃねぇか」
 

 本当に常識が破綻している。これまでも無かったが、これまで以上に酷くなっていた。そんなに人と一緒にいなかったのだろうか。
 

 「夜刀、君今までどこに行ってたの?」
 
 「旅してたんだよ。で、どんどん退屈になってきたから、一週間前に旅するのをやめた」
 

 世界どこに行っても紛争が起こっており、止められないと感じた夜刀は、旅をする意味を失くし、今度は修鬼を探す旅に出たという。そしてようやくアルバ国にいるという情報を掴み、アルバ国に行ったものの、船に乗る修鬼の姿を見つけ、慌てて追いかけてみれば、密入国者として捕えられてしまったのだ。
 

 「トワイライトで旅好きの人いねぇの?」
 
 「砂迦だな」
 

 修鬼は、砂迦の素顔にはよく驚かされるな、と苦笑した。女っぽい趣向の持ち主で、旅までしていたという。弟子たちは、その時に仲間にした。
 

 「世界を見てくる、と言って世界を一周していたのだ。約500年くらい家に帰って来なかった」
 
 「マイペースだなぁ」
 
 「長い年月をかけて、世界がどう変化するのかを見てみたかったそうだ。戦争をしていた国が十年でどう変わるのか、とな」
 
 「変わったんですか?」
 

 良い方にも悪い方にも変わったという。二百年ほど過ぎれば、人間は同じ過ちを繰り返す、と戻って来た時に残念そうに帰ってきたのだ。愚かな人間を改心させても、再び愚かな人間が現れて、世界を悪い方に変えるのだそうだ。過ちは繰り返される。しかしその根源を消そうとすれば、また不本意な戦争が始まってしまう。旅が終わってから数日間は、苦悩しこの部屋に閉じ込もり、兄や親にも相談さえしなかった。人の苦しみをどうすれば拭ってあげられるのか。ずっと思惑していた。
 

 「こんなに仲良いのに、相談しなかったんですか?」
 
 「砂迦はな、責任感が強過ぎるのだ。何も出来なかった自分が情けない、とな。生涯で砂迦が取り乱したのは、あの時だけだろう」
 

 長い年月を歩き続けた旅の日々のなかで、何一つ変えられなかった自分を腹立たしく思い、兄妹に当たり散らさないように、じっと閉じこもっていたのだ。
 

 「閉じ篭るくらいなら、言ってくれた方が楽なのだがな。お互いに」
 
 「お兄様……」
 
 「みんな、クッキーが焼けたぞ」
 
 「お、今日はどんなにクッキーなのだ?」
 
 「三つ子が好きなチョコチップ、ホワイトとビターもあるぞ」
 

 三つ子には、既に渡してきたらしい。その後、修鬼たちが待機している砂迦の書斎までわざわざ持ってきてくれた。砂迦から言わせれば、持っていくのは当然であった。しかし、それは一般人だった場合だ。砂迦はこの国の王子だ。
 

 「砂迦さま!」
 
 「多聞、どうした?」
 
 「クッキー出来たなら仰ってください!王子が自ら持っていくとは、全く」
 
 「私が作ったからな」
 
 「理由になってません。全くもう……はい、皆さまお飲み物をお持ちいたしました」
 

 主に対して怒っていた多聞は、修鬼たちに顔を向けると、先ほどの怒りの顔はどこへ行ったのか、満面の笑みだった。
 

 「すっげぇ!美味そー」
 
 「砂迦の作るものはなんでも美味いんだぞ」
 
 「王子が料理なんて……」
 

 修鬼の王家の印象を、意外にも砂迦が悉く覆していた。王子がまるでお母さんのようだ、とか。王子なのにお客にクッキーを振る舞うだとか。有り得ないことばかりが起こっていた。
 
 
 「美味しい……」
 

 お世辞ではなく、本当に絶品であった。料理が好きで、花や星や動物が好きで、読書が好き。何故これで最強の守護神になれたのか。
 

 「高級な小麦粉とか使ってるんですか?」
 
 「いや、国民がくれた小麦粉を使ってみた。ふふっ、子どもたちにも配らなければ」
 

 このような平和な国でも、やはり生活難に追われている住人もいた。その生活難に苦しむ住人のための生活保障や生活保護についても、今は検討中だった。王とはいえ、他に政治家もおり、その者達の賛成が得られなければ政策を実行出来ないのだ。そこで、砂迦が貧しい住民のために、クッキーやケーキを作っては配っていた。
 

 「ふむ……」
 
 「闇が侵攻してきたみたいですね」
 
 「そのようだ」
 
 「追い払ってるんですか?」
 
 「あぁ。殺さない」
 

 殺さない戦い方、というものを砂迦は考えた。ただ、砂遠の聖剣はともかく、砂迦の不思議な形をした透明に近い蒼と紫の剣は、攻撃力が高すぎた。
 

 「お二人の武器は?」
 
 「私、砂迦のは氷王の蒼剣エイス・クォーツだ」
 

 宝石のような美しい大剣だった。これに刺されれば一撃だろう、と思われるほど不思議な形をした剣だった。
 

 「私、砂楽のは雷帝の紫槍カイザー・ナイトロードだ」
 

 こちらはかなり濃い紫と蒼に塗りつぶされた剣だ。光の人間が持つには、少し色が暗い気がする、ということは言わない。武器の名前のなかに宝石の名が入っている。
 

 「今日はどちらが行く?」
 
 「兄上は休んでいろ。読書していた私が行く」
 
 「わかった」

 「夜刀も行く?」
 
 「もちろん行くぜ!」
 

 修鬼は、兵を連れて来ずに出てきた砂迦と砂遠、灯夜、夜刀を連れて気配を感じた現場に着いた。数百人ほどの部下を連れ、幹部が来たようだ。
 

 「闇強かったらどうしようか」

 「お兄様がこの国にいる限り、この国は闇に侵されることはありません」
 
 「どういうこと?」
 
 「砂迦さまは、三つの秘技があってな。菩提樹の祈り、神聖なる沙羅双樹、月色の無憂樹っていう結界術だぜ」
 

 自分が味方であると見倣した者にのみ、闇に侵蝕されないという効果を持つ菩提樹の祈りという人に見えない結界。砂迦が目に見える範囲にのみ張られる神聖なる沙羅双樹という結界。砂迦自身が闇から身を守るための月色の無憂樹という結界。その三つでこの国を守っているのだ。つまり、どんなに闇に侵食されようになろうとも、これらの結界が張られてある限り、このトワイライトが穢されることは無いということである。
 ・・・この人、本当に凄いな
 

 「修鬼さん」
 
 「なに?」
 
 「少なくとも砂迦お兄様を怒らせてはいけませんよ」
 
 「なんで?」
 
 「二度と生まれ変われなくなります」
 
 「修鬼も怒らせない方がいいぜ」
 
 「修鬼をか?」
 
 「コイツがキレれば、国の一つや二つ簡単に吹っ飛ぶ」
 

 夜刀の警告に、砂遠と砂迦は顔を見合わせた。灯夜も意外だとも言うふうな目をしていた。普段穏やかな人間ほど、怒れば取り返しのつかないことになる。それが強い力を持つならば、尚更だ。
 

 「お兄様と修鬼さまは、やはり似たもの同士なのですね」
 
 「私は、修鬼ほど人生苦労していない」
 
 
 修鬼は、砂迦の発言に目を見開いた。彼は、自分の過去のことも、これまでどう生きてきたのかも知らないはず。それなのに、その言葉はまるで修鬼を見てきたかのような言い草だった。
 

 「どうして……」
 
 「其方の目は、一見とても真っ直ぐ向いていて、前向きだ。しかし、瞳の中でどこかに諦めが見える。それは、世界への一種の絶望のようだ」
 

 修鬼は、人に対し恐怖を抱いたのは初めてだった。五百年という永遠とも言える年月を旅してきた青年は、救えなかったという自分に対する失望とともに、人の心を見る目を手に入れたのだ。旅のなかで人の姿を、心を、見てきたからだろう。愚かなところも、優しいところも、すべて見てきたから。
 

 「さぁ、司祭のお出ましだ」
 
 「司祭……なんですか、あの不気味な男は」
 

 数百人もの兵を連れた戦闘の男。紺色のローブを纏った人間とは思えないほど巨大な男がいた。三メートルを超える巨体が武装兵を率いて来たのだ。しかし、入ろうとしたところに強力な電流が目の前で流れた。
 

 「これが、沙羅双樹?」
 
 「闇の強い者と接触すると、時にこうして電流となって互いを拒絶し合うのだ。なかなかの男が出てきたようだな」
 
 「これくらいなら、砂迦さま生身でも行けるのでは?」
 
 「いや……油断ならぬぞ。ソードのキングだ」
 

 ソードのキングというアルカナの意味を知らない修鬼や灯夜は、その凄さがわからない。しかし、キングというあたりで、それなりに凄いのだろう、とは想像できた。
 

 「ソードのキングって?」
 
 「闇の人間のアルカナは全て逆位置だ。ソードのキングの逆位置は、残酷、独裁者を意味している」
 

 残酷な独裁者。教会に属すにはまるで不向きだ。教会を乗っ取るつもりなのだろうか。それともこの国を乗っ取って独裁でもする気なのだろうか。
 

 「独裁者って、この国を狙ってるとか?」
 
 「いいや、違う。兵の顔を見てみろ」
 

 砂迦に指摘され、修鬼たちは兵の顔を見た。そこにいた兵の顔は皆引き攣っており、その顔に絶望を滲ませ、青褪めていた。この場所で死ぬ気なのだろう。あの兵は、これから戦う兵ではなく、これからいらないから捨てられる兵たち。
 

 「なんて酷い……」
 

 これから死ぬとわかっている兵たちの顔を見つめ、砂遠は呟いた。これが彼の独裁。教会という一つの大きな枠の中に小さな教会がいくつも存在している。その一つの小さな教会の司祭が、彼ということになる。
 

 「お兄様、あの方はどこの教会のお方ですか?」
 
 「シェルファ教会司教コアルだ。司祭の皮をかぶっておきながら、黒ミサで悪魔と契約したらしい。乗っ取られたな、身体を」
 

 砂迦曰く、契約した悪魔バアルに身体を乗っ取られ、コアル本人の意志とは関係なく操られているという。神を信じる男が、悪魔に救済を求めたということだ。
 

 「どうされます?お兄様」
 
 「とりあえず、バアルを引き摺り出す」
 
 「そんなことをしたら、コアルってヤツ死んじまうよ!」
 

 常識的に考えて不可能なことを呟く砂迦に、夜刀が反論した。人が死ぬ場所を見て、嫌気が差した夜刀は、ここでも人の死を見なければならないのか、と狼狽えたのだ。
 

 「エイス・クォーツは、人を傷つける武器だが、時に操られた本体から中身を引き摺り出して消滅させる力がある。それから、もし仮に私があの男の悪魔を取り除き、死にかけたとしても、砂遠の力がある」
 

 砂遠の力。それは、生物であれば細胞を再生させる能力だ。治癒能力のさらに上を誇る絶対の再生の力だ。
 

 「まぁ、あの荒れた土地は後で私が戻すとして……」
 

 人間以外ならば、完璧に戻すことが出来る。枯れた木や花も、渇いた川も、さらにいえば消滅した星さえも、砂迦の手にかかれば一瞬で復活できるのだ。
 

 「宇宙レベルまで……ってか?」
 
 「私が生きてるうちは、この星は安泰だな」
 

 砂迦は、イタズラが成功した子どものような微笑を浮かべて言った。この星が壊れるようなことがないことは祈るばかりだと、修鬼は心の中で呟いた。
 

 「眠れる子羊に安寧を、蔓延る悪には鉄槌を……とな」
 

 如何にも司祭が言いそうなセリフを、嘲笑を浮かべて言った。教会の人間からすれば、挑発とも取れるその発言。砂迦は何一つ躊躇うことなく言い放った。


 「砂迦さま!?」
 
 「それ挑発だろ!?」
 
 「ナイス、砂迦さん」
 

 そう言う修鬼を見ると、砂迦は頷いた。それを合図に光と影最強クラスの男たちが崖から飛び降りた。砂遠は、スカートがめくれるという理由で灯夜に横抱きにされた状態で降りてきた。一方夜刀は、無様な状態で地に突き刺さった。軽やかに地に足を付けた修鬼と砂迦は、迫り来る敵襲を戦士の瞳で見つめた。
 

 「そうそう、エヴェイユしますか?」
 
 「しておこう」
 
 「わかりました」
 

 二人が同時に砂遠たちの方を向き、頷いた。それを合図に夜刀以外がエヴェイユをした。厳密に言えば、夜刀はずっとエヴェイユの状態だったのだ。エヴェイユから普通の姿になったことがそもそも無かったのだ。
 修鬼は、赤と黒を貴重とした姿だ。砂遠は、肩と豊満な胸を控えめに露出させたドレスコート。砂迦は、地につくほど長く薄い生地の空色のコートに、その上は藍色のケープ。その下もロングスカートのような深海色と水鏡色の衣装だ。灯夜はベージュのコートに茶色のパンツというラフな格好だ。
 

 「砂迦さん、動きにくくないんですか?」
 
 「普通だな。ファーストがこれだからな」
 
 「なるほど」
 

 エヴェイユは、稀に二段階可能な者がいる。当然強力なものほど、力や防御力、スピードにあったものに衣装が変わる。ここにいる者達は少なくともセカンドまでエヴェイユ可能だ。
 

 「砂遠ちゃんの剣の名前、聞いてないね」
 
 「水乙女の碧剣ヴァッサー・アウイナイトです」
 

 彼らの武器にはそれぞれの宝石が埋め込まれていた。砂遠はアウイナイト。俗にラピスラズリと呼ばれる宝石だ。砂迦はブルークォーツ。青水晶だ。砂楽は、ロードナイトが埋め込まれていた。
 

 「さてと、砂遠。後ろの兵の動きを止めるぞ。修鬼と灯夜で動きを止めた兵を倒せ」
 
 「わかりました」
 

 砂迦の指示に、三人は同時に頷いた。
 

 「水乙女の咆哮ヴァッサー・ヴェーレ!」
 「氷王の蒼薔薇エイス・ハイデンローゼ!」
 

 砂遠の剣が生み出した透明感のある瑠璃色の波が兵めがけて突っ込み、流れていく水に沿って、砂迦の鞘に収まったままの剣が生み出した水鏡色のまさに茨のような氷が兵たちの動きを完全に封じた。
 ・・・すごい
 修鬼は、美しき兄妹の華麗なコンボに目を奪われた。人の戦闘でここまで魅せられるのは初めてだった。
 

 「スゲェだろ、あの二人」
 
 「うん」
 
 「姫さんがあぁして砂迦さまの隣で戦えるようになったのは、一年前からなんだ」
 

 あれだけの威力の波を生み出す砂遠が、砂迦とともに戦う許可が得られなかった。最強と謳われる兄に付いていくことに必死だった幼い姫君が、兄の手助けをしたいという一心で厳しい特訓をしたのだ。
 

 「毎朝早朝の四時半に起きて、剣の素振りをするんだ。お兄様の背中を守ってあげたいんです……だとさ」
 
 「それじゃあ君は、強い兄の背中を守るお姫様の背中を守るわけだね」
 
 「そういうことだ!」
 

 修鬼は合点がいった。この前、早朝から庭に出る人影があった時のことだ。あれは、剣の素振りをする砂遠だったのだ。アルバ国にいながらも、トワイライトに戻って来た時、兄の足を引っ張らないように。
 ・・・健気な妹だねぇ
 修鬼は人知れず肩を竦め、苦笑した。
 修鬼と灯夜は、砂遠と砂迦が封じ込んだ兵たちの氷を炎と風によって砕いた。ガラスが割れるような音色が響く。
 

 「煉獄の炎舞アンフェール・ダンス
 「翡翠の風牙カイト・ウィングファング!」
 

 兵たちはその一瞬で倒れた。気絶させただけで、死んではいない。氷が高温の炎に充てられ、水蒸気を作り出していた。修鬼が、ふと蒸気の方を見ると、砂迦が突っ込んでいた。火傷してもおかしくないような高温の蒸気だ。
 ・・・ウソでしょ
 炎を使う修鬼ならばともかく、氷を使う砂迦とは分が悪い。
 

 「砂迦さん!修鬼、ヤベェって!」
 
 「大丈夫だよ」
 

 修鬼の言葉とともに、高温の蒸気がパキパキと音を立てて凍りついていく。全てを凍てつかせる絶対零度の冷気。砂迦はあっという間にコアル司教に迫っていた。
 

 「行ける!」
 

 砂迦が出てきた瞬間、コアル司教が身代わりとして倒れた兵を向けた。
 

 「っ!……ちっ」
 

 砂迦は舌打ちをすると、勢いよく振り翳していたエイス・クォーツを岩壁まで投げた。凄まじい音を立てて、岩壁が崩れ落ちた。それだけの破壊力があったのだ。あのまま行けば、確実に兵は真っ二つに裂かれていた。
 

 「甘いな」
 
 「ぐっ……」
 

 兵を投げ捨て振り下ろす剣を、砂迦は隠していた水鏡色の短刀で受け止め、膂力だけで自分よりも倍はある巨体を押し返し、体勢を崩したコアル司教の鳩尾に短刀の柄で突いた。
 

 「ぐっ、がはっ……!」


 ──バキッ
 蹌踉めくコアルの顔面に今度は蹴りを食らわせて、地に華麗に着地した。
 

 「砂迦さん無双だね」
 
 「確かに」
 

 修鬼と灯夜はボソッと呟いた。
 

 「エグいことするねぇ。鳩尾突かれて蹌踉めく相手に蹴りなんて……」
 

 修鬼と灯夜は二人して、砂迦を怒らせればシャレにならなそうだと肩を竦めた。
 

 「全く……私の愛刀が傷ついたらどうしてくれるのだ」
 

 砂迦は、少し嘆息しながら、岩壁に刺さった剣を引き抜いた。研ぎ澄まされた刀身には傷どころか穢れ一つなかった。
 

 「無傷だったな」
 
 「その剣が傷つくことは有り得ませんよ、お兄様」
 
 「確かに」
 

 微笑を浮かべる砂遠の言葉に、砂迦は頷いた。砂迦の分身であるこの剣は、砂迦の力によって復活の力の一部をその刀身に埋め込まれていた。
 

 「あの剣、割れないんだ」
 
 「はい。あのブルークォーツは、お兄様のチカラの一部なのです。何があっても傷つきませんわ。当然わたしの剣や砂楽お兄様の槍にもあります」
 

 三兄妹には、砂迦からの御守りがある。それぞれの武器に埋め込まれた宝石そのものが、砂迦の守護。闇にさえ影響を受けない。
 

 「過保護って言葉がぴったりな気がする」
 

 兄妹に何かあっても、武器に埋め込まれた力が二人を守る。そういう仕組みになっている。
 

 「当然、灯夜や弟子の方々にもありますよ」
 

 トワイライトに関わる全ての人間が、砂迦の守護を受けているという。それにはさすがの修鬼も呆れた。ここまで徹底された守護は初めて聞いた。
 

 「ん?」
 

 修鬼は、地獄耳という体質により、近くから微かな音を聞き取った。かなり近いところから、ゴオォォッっという何かが迫ってくる音だ。
 

 「砂迦さん!後ろ!」
 
 「後ろ?」
 

 ──ドンッ!
 

 「木の使い手か!」
 

 ──シュルッ
  ──ギリッ
 砂迦の首、左手首、腰、足に木が巻きついた。
 

 「かはっ……くっ、うっ……まず、い、な……ぅぁっ……」

 「お兄様!!」
 
 「今お助けします!」
 
 「近づく、な!」
 

 砂迦は、動く右手で太く大きな氷柱を作り出し、近づこうとする砂遠と灯夜に投げつけた。
 ──ドシュッドシュッ
 二人が先程までいた場所から木が蔓のように伸びた。氷柱を受け、その蔓が一瞬で凍てついた。
 

 「これは……」
 

 コアル司教は、蔓のように蠢く木が一瞬で凍りつく様子に、顔を青くした。
 

 「ぁぁっ……」
 

 微かな苦しそうな声が漏れる。
 

 「マズい……絞め殺す気か?」
 
 「ぅぅっ、ぁっ……かはっ……う、くっ……あぁっ……」
 

 無理やり動かそうとする腕に巻き付く木が太くなり、さらにきつく締め上げる。苦悶に歪む美貌と、唇から漏れる喘ぎ声。
 ・・・どうする?
 ゆっくり、ギリギリと締め上げてくる木。絞め殺される前に、骨が折れてしまいそうだった。華奢な腕や首では負荷がかかりすぎる。
 ──ミシミシッ
 骨が軋むほど締め付けていく
 ・・・あれは……オレでもやばいね
 寧ろあれだけ絞められて意識があることが恐ろしい。どれほどの精神力があればあれだけ耐えられるのか。
 

 「行こうとすればあの蔓に俺達もやられる……でも行かなきゃあの人がやばい。どうする?」
 

 砂迦の予言のとおり、油断できない相手だった。
 

 「地中だったせいで、空気の流れさえ掴めない……!」
 

 心の中で舌打ちをした。この場面でこの窮地を潜り抜ける策が閃かない。
 ・・・意識さえ失わないなんて
 きっと、意識を手放した方が楽だ。しかし、手放そうともしないのは、そこに妹とその従者がいるからだ。自分を救出しようとして、倒されるのを阻止するためだ。自分が窮地に立たされている状況下で。


 「へえ~いい顔するじゃねぇか、シャカ・トワイライト。どんなに強いあなたも、力を封じる木が相手では分が悪いだろう?」
 
 「やっぱり、あれはほとんどの力を封じるんだ」
 

 修鬼の予感は的中した。
 ・・・なんて、卑怯なヤツ
 しかし、それだけしなければ、光最強の男には勝てないのだ。せめて、殺す前に甚振る。絞め殺さないのは、そのためだ。
 

 「今まで貴方をここまで傷つけた者はいなかっただろう?」
 
 「ぁぁっ……くっ・・・」
 

 砂迦の薄い腹に内臓を押しつぶしそうなほどの力で指全体に力を入れて食い込ませた。内臓が潰されそうなほどの激痛に悲鳴が上がった。
 

 「動けない人にここまでするか……教会!」
 

 修鬼は、大剣を握りしめ、地を蹴って救出に行こうと構えた時
 ──バリバリバリッッ
 空をも裂くような、盛大な音を立てて、砂迦とコアルの間に雷が落ちた。大気を引き裂く雷光。その光が消えると、そこには
 

 「油断したか?砂迦」
 
 「兄上……」

 
 砂迦に巻き付く木を切ると、重力に逆らうことなく、砂迦が崩れ落ちた。その寸前で砂楽が抱きとめた。
 
 
 「ここまでするしか、まぁ、砂迦を傷つけられぬからな。初めてではないか?ここまでされるのは」
 
 「そもそも、敵で私に触れたのはコヤツが初めてだ」
 
 「恐ろしいな、我が弟は」
 

 砂楽は、珍しくボロボロになった弟を抱き上げ、修鬼たちのところに来た。鞘に収まったままでも切り裂ける弟の剣も一緒に。
 

 「すぐに治します」
 
 「あぁ」
 
 「さてと司教の相手は、私が務めよう。弟を傷つけてくれたご褒美だ」
 

 流石に気を失った砂迦は、修鬼に任せた。
 ……なんで俺?
 トワイライトの守護神の本気の殺気に、コアル司教は危機を覚え、慌てて兵たちを置いて逃げ出した。
 

 「次来たら倍返しだ、全く。砂迦は、どうだ?」
 
 「砂楽お兄様……」
 
 「なんだ?」
 
 「砂迦お兄様……熱があります」

 
 今やられて熱を出したのではなく、知らないうちに風邪をひき、知らないうちに治し、そして病み上がりの身体で戦場に立ち、無茶をした結果熱を出した、と砂遠は言った。砂楽だけでなく、灯夜や今日会ったばかりの修鬼さえも口を開けていた。病み上がりであれだけ動くのだ。健康体だとどうなるのだろう。
 ・・・ん?
 

 「はぁっ!」
 

 今度は見逃さず、修鬼は不意打ちで主人の意志とは関係なく動いた木を燃やした。
 

 「危なかった~」
 
 「ナイスだぞ、修鬼」
 
 「ありがとう」
 

 地獄耳がここで役に立つとは思わなかった。
 

 「この人たちどうするんですか?」
 

 修鬼は、転がっている気絶した兵たちを指差して言った。死ぬためにこの戦場に来た者たち。同情の余地があるとはいえ、彼らも神の名の下に人を殺しているのだ。

 
 「この男たちを全員地下牢に寝かせ、捕らえておけ。後で、回復させた砂迦に彼らのデータと分析をしてもらって、書類を書かせる」
 

 気を失っている弟に、この数の人間のデータを取らせるという。少し休ませてあげてはどうか、と思ったが、灯夜曰く、砂迦は仕事人間らしい。休ませた方が調子が狂うのだ。王よりも仕事量が多いというのは、如何なものか。
 

 「この王家には、いろいろイメージを壊されてる気がするよ」
 
 「王家にどんなイメージをお持ちだったのですか?」
 
 「威厳があって、全部執事にやらせてるイメージだよ。王は印を押すだけ。執事に取引から何から何までさせちゃう感じ」
 

 この王家を知らなければ、誰もがそう思うはずだ。カリスマというよりかは、威厳だけで人を動かす。それが修鬼のイメージだ
 

 「アルバ国はそうなのですか?」
 
 「結構縛られるよ~あの国」
 

 とても平和で自由に見えるアルバ国も、国からの縛りは厳しいのだ。麻雀をしても罪には問われないが、たくさんの法律がある。かなり高い税を払わなければならない。子どもであろうとバイトや就職していれば、税を払えと言われ、所得をかなり吸い取られる。生活苦にはならない程度には抑えてくれるが、時に家の大きさだけで税を払えと要請されることもある。無断で学校に通ってはいけない。学校は義務ではなく、権利であって、国からの補助はない。トワイライトは中学まで義務教育だが、アルバ国は自己責任である。
 

 「夜明学園は国立だから、国認定で補助受けてるからまだ安いけど、私立になったら恐ろしい授業費だよ」
 

 自由に見えて、かなり不自由である。要するに、見た目だけなのだ。確かに賑やかで繁栄した国ではあるが、アルバ国自体はほとんどの国と貿易をしていない。王が外の国が嫌いなのだ。
 

 「よく取引に応じてくれたな」
 
 「砂楽さん、凄いんだと思いますよ」
 
 「働いていたら子どもでも払わなければならないって……修鬼さんもバイトを?」
 
 「俺はね、陰陽師的なことをやってる。最初は顔出しせずにやってたら、ある日突然王の家臣が来てね。家広いね、税金払えるかい?ってさ」
 

 王の家臣というだけあり、相手は素人ではなかったため、子どもであることがまずバレ、顔出ししなければ連行すると言われてしまったので顔を出したという。
 






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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

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