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プロローグ~煉獄の世界~
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燃え盛る炎
その炎を消すように降る紅い雨
辺り一面に広がる血の海
足元に無数に広がる骸
足元に転がる骸のなかには、無惨に切り裂かれた骸や、内臓を抉られた骸、引き千切られた骸があった。そんな無数に積み上げられた骸を真っ赤な月を背に、虚ろな真っ赤な双眸で見つめる者がいた。それは、美しい鬼の姿をしていた。黄金の角。漆黒と毛先を真紅に染めた長髪。ピンと尖った耳。まだあどけなさが残る少年が立っていた。血に濡れた顔で、この戦いのなかで傷一つない赤と黒で塗られた美しい剣。ここには、敵どころか、味方さえいない。味方は逃がしたのだ。ともに戦った仲間を未来に残すために。少年は、たった独りで千人に及ぶ敵兵を殲滅した。本来、優しく穏やかな性格の鬼を、政府が襲い掛かってきたことが、この戦争の発端だった。鬼を虐げる政府に我慢ならず、少年は剣を取ったのだ。
しかし、殲滅した後に残ったのは、人間を殺したことによる後悔と懺悔の念。
そして、気高く君臨する鬼神は、血に濡れそぼった地面に膝から崩れ落ちたのだった。
誰もいない空間で、孤高の鬼神の慟哭が響く。涙が出てくるわけではない。ただ、後悔と虚空にさえぶつけられない怒りと憎しみだけが、器から水が溢れるように心の底から込みあがってきたのだ。突き刺さるような、凍てついた雨だけが、自分の罰を罰してくれているように思えた。
「お願いだ」
神にさえ願わなかった少年は、何もない空間にただ訴える。
「もしもこの世に・・・神がいるのなら・・・俺に、罰をください」
血が噴き出しそうなほど、拳を握りしめ、今にも泣きそうな声で呟いた。ただ、今は自分を戒める罰が欲しかった。多くの人を殺した罪を償うための罰が欲しかった。それが神でもいい。悪魔でもいい。その罰が死であっても構わなかった。
「もう、俺に失うものは何もない・・・罰なら・・・なんだって受け入れるから・・・」
誰も返事をしない虚無の空間で、煉獄の闇のなか、少年はただ独り慟哭しながら、罰を願う。
今の自分には同情も、慈悲も必要なかった。自分を救ってくれるのは、罰だけだと信じたのだ。
「やっぱり、神なんていないじゃないか・・・」
少年は、渇いた笑みを浮かべて言った。
神がこの世にいるならば、自分に罰をくれるはずなのだ。それとも、罰がないことが罰なのか。誰にも責められず、ただ生きろというのか。人を殺したという一生なくならない十字架を背負いながら。
「罰が欲しいか?」
「え?」
世界に対する失望に打ちひしがれる少年に問いかける声が聞こえた。少年は、弾かれるように顔を上げた。そこにいたのは、青色混じりの銀髪の青年だった。
「くれるの?」
「お前は、優しいのだな」
「そんなことない、こんなに殺したんだ・・・」
「仲間たちを守るためだったのだろう?」
この青年の言っていることは間違っていない。確かに、あのまま政府を生かせば鬼の国が滅ぼされることを予測したから鬼を返したし、独りでこの敵兵を殲滅した。
「でも、それは言い訳なんだよ・・・仲間を守るためっていうのは、この戦争で人を殺したことに対する言い訳でしかないんだ」
そう、これは自分を正当化したいがための言い訳でしかない。決して優しいのではない。ただ、弱さがこれを招いたのだ。
「それを言い訳であると、お前は人を殺したことをこんなにも悔やんでいる。罪人とは皆、罪から逃れようとするものだ。でも、お前は違う。お前は、自ら罰を願っているのだ。人は、誰もが罰を恐れる。では、お前の望みを叶えてやろう」
「本当?」
少年は、その青年を最後の希望として期待を寄せる目で見つめた。その目は罪人とは程遠い、まっすぐな光を湛えた瞳だった。こんあ少年を、人は鬼神と呼び、鬼は彼を大将と崇める。こんな世界には、おそらくこの少年にとっての救いなど与えられないだろう。
「お兄さんは、神様なの?」
「人が私をそう呼称しているに過ぎない」
この青年は、神と呼ばれているだけと言った。しかし、彼が纏う雰囲気は、神のそれに匹敵していた。
「その罰って?」
「お前に新たな世界を与える」
「え?」
「修羅界という。その世界は、戦争の終らない世界だ。その世界に来た罪人を、お前が裁くのだ。死ぬまでな」
戦争を嫌う少年に与えた罰は、罪人を裁くこと。つまり、罪人を処刑するということだ。被害者にとっては救いだ。自分がまた、人を殺していく一方で、被害者の無念を晴らすことができるのだ。少年は、そこで生きていくことを決意した。修羅界の主として。
その数年後、少年は鬼たちのなかで英雄として語り継がれる。孤高に生き、ともに戦った仲間を逃がし、独りで戦い、政府に勝利した存在として。
しかしある日、その生活が一変する。その青年の突然の死によるものだった。自分の希望だった青年が、ある男により謀殺されたのだ。
新たに現れた男から与えられた罰は、死んでも罪を背負うことだった。
その炎を消すように降る紅い雨
辺り一面に広がる血の海
足元に無数に広がる骸
足元に転がる骸のなかには、無惨に切り裂かれた骸や、内臓を抉られた骸、引き千切られた骸があった。そんな無数に積み上げられた骸を真っ赤な月を背に、虚ろな真っ赤な双眸で見つめる者がいた。それは、美しい鬼の姿をしていた。黄金の角。漆黒と毛先を真紅に染めた長髪。ピンと尖った耳。まだあどけなさが残る少年が立っていた。血に濡れた顔で、この戦いのなかで傷一つない赤と黒で塗られた美しい剣。ここには、敵どころか、味方さえいない。味方は逃がしたのだ。ともに戦った仲間を未来に残すために。少年は、たった独りで千人に及ぶ敵兵を殲滅した。本来、優しく穏やかな性格の鬼を、政府が襲い掛かってきたことが、この戦争の発端だった。鬼を虐げる政府に我慢ならず、少年は剣を取ったのだ。
しかし、殲滅した後に残ったのは、人間を殺したことによる後悔と懺悔の念。
そして、気高く君臨する鬼神は、血に濡れそぼった地面に膝から崩れ落ちたのだった。
誰もいない空間で、孤高の鬼神の慟哭が響く。涙が出てくるわけではない。ただ、後悔と虚空にさえぶつけられない怒りと憎しみだけが、器から水が溢れるように心の底から込みあがってきたのだ。突き刺さるような、凍てついた雨だけが、自分の罰を罰してくれているように思えた。
「お願いだ」
神にさえ願わなかった少年は、何もない空間にただ訴える。
「もしもこの世に・・・神がいるのなら・・・俺に、罰をください」
血が噴き出しそうなほど、拳を握りしめ、今にも泣きそうな声で呟いた。ただ、今は自分を戒める罰が欲しかった。多くの人を殺した罪を償うための罰が欲しかった。それが神でもいい。悪魔でもいい。その罰が死であっても構わなかった。
「もう、俺に失うものは何もない・・・罰なら・・・なんだって受け入れるから・・・」
誰も返事をしない虚無の空間で、煉獄の闇のなか、少年はただ独り慟哭しながら、罰を願う。
今の自分には同情も、慈悲も必要なかった。自分を救ってくれるのは、罰だけだと信じたのだ。
「やっぱり、神なんていないじゃないか・・・」
少年は、渇いた笑みを浮かべて言った。
神がこの世にいるならば、自分に罰をくれるはずなのだ。それとも、罰がないことが罰なのか。誰にも責められず、ただ生きろというのか。人を殺したという一生なくならない十字架を背負いながら。
「罰が欲しいか?」
「え?」
世界に対する失望に打ちひしがれる少年に問いかける声が聞こえた。少年は、弾かれるように顔を上げた。そこにいたのは、青色混じりの銀髪の青年だった。
「くれるの?」
「お前は、優しいのだな」
「そんなことない、こんなに殺したんだ・・・」
「仲間たちを守るためだったのだろう?」
この青年の言っていることは間違っていない。確かに、あのまま政府を生かせば鬼の国が滅ぼされることを予測したから鬼を返したし、独りでこの敵兵を殲滅した。
「でも、それは言い訳なんだよ・・・仲間を守るためっていうのは、この戦争で人を殺したことに対する言い訳でしかないんだ」
そう、これは自分を正当化したいがための言い訳でしかない。決して優しいのではない。ただ、弱さがこれを招いたのだ。
「それを言い訳であると、お前は人を殺したことをこんなにも悔やんでいる。罪人とは皆、罪から逃れようとするものだ。でも、お前は違う。お前は、自ら罰を願っているのだ。人は、誰もが罰を恐れる。では、お前の望みを叶えてやろう」
「本当?」
少年は、その青年を最後の希望として期待を寄せる目で見つめた。その目は罪人とは程遠い、まっすぐな光を湛えた瞳だった。こんあ少年を、人は鬼神と呼び、鬼は彼を大将と崇める。こんな世界には、おそらくこの少年にとっての救いなど与えられないだろう。
「お兄さんは、神様なの?」
「人が私をそう呼称しているに過ぎない」
この青年は、神と呼ばれているだけと言った。しかし、彼が纏う雰囲気は、神のそれに匹敵していた。
「その罰って?」
「お前に新たな世界を与える」
「え?」
「修羅界という。その世界は、戦争の終らない世界だ。その世界に来た罪人を、お前が裁くのだ。死ぬまでな」
戦争を嫌う少年に与えた罰は、罪人を裁くこと。つまり、罪人を処刑するということだ。被害者にとっては救いだ。自分がまた、人を殺していく一方で、被害者の無念を晴らすことができるのだ。少年は、そこで生きていくことを決意した。修羅界の主として。
その数年後、少年は鬼たちのなかで英雄として語り継がれる。孤高に生き、ともに戦った仲間を逃がし、独りで戦い、政府に勝利した存在として。
しかしある日、その生活が一変する。その青年の突然の死によるものだった。自分の希望だった青年が、ある男により謀殺されたのだ。
新たに現れた男から与えられた罰は、死んでも罪を背負うことだった。
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