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4.奴隷編
3.ある拳士の憂鬱
しおりを挟む「アタシ、金稼ぐ才能無いのかなぁ……無いんだろうなぁ……」
小声でそう愚痴りながら、焚き火のそばでいじいじと砂を弄ぶ。
場所は波打ち際の砂浜、時は遠くに見やる水平線に真っ赤な太陽が沈んでいく頃。街中からは夕食の煙が立ち上り、食欲を誘う香りで一杯になっている。しかしアタシ達の夕食はといえば二人で魚が一匹。
岩場の水たまりに取り残されていたのを手掴みで捕まえた小ぶりの魚だ。二人で分けるには少し小さすぎるから、適当に炭火で焼いて一匹丸々ミスティの口に押し込んでおいた。己の腹の音が鬱陶しい。
――本当はこんなはずではなかった。本当なら街の適当な場所で用心棒をして、蹴ろうが殴ろうが胸の痛まない類の輩を突っぱねて金を稼いでいるはずだった。そうして稼いだ金に任せて三食豪華なものを食べ歩き、舌を肥えさせているはずだった。
実力に関しては問題無いと思う。ディサイシブグリズリーは街に来る途中で群れの主らしき大物を殴り殺しているし、シーサイドグリフィンは力の差を感じてか近寄ってこようともしない。この街の周辺で強いと言われている魔物がこの有様なのだから、人相手でもさしたる問題は無いだろう。そう思っていた。
話にならなかった。そもそもどこもアタシを雇ってくれなかった。
この街はどうやら治安がとても良いらしく、用心棒だなんて口にすれば、笑われるか真面目な顔で窘められるかのどちらか。店によっては「家出は良くないよ、お母さんが心配してる」なんて言われたりする始末。
それでも何件か飲食店を渡り歩いて、皿洗いでも良いからと頼み込んだら雇ってはもらえたものの――アタシ自慢の馬鹿力が悪さをして皿を割り続け、その場で店を叩き出された。ミスティは真面目に注文を取ったりして働いていたが、私が割った皿の分を差し引かれたせいで給料は出されなかった。むしろミスティがちゃんと働いていなかったら借金漬けになっていたかと思うと不甲斐ない有様である。
つまり――街に着いたところでいよいよアタシの甲斐性無しが表に出てきたという訳だ。やっとの思いで街にたどり着いておきながらこれでは、姉貴面をするのも滑稽と言えるだろう。背伸びして姉貴面してみたは良いものの、性根の末っ子気質は抑えきれなかったという訳だ。
「「ティエラには誰にも負けない才能があるから、私がいなくたって大丈夫」なーんて言われてもなぁ……どう考えても大丈夫じゃないし。恋しいぜ姉さん」
村で神童と呼ばれようが、師匠面したボケ老人に天才と呼ばれようが、所詮は殴り合いに限った話だという訳だ。いくら自他共に天賦の才を認めようが、才能が役に立たない時ならいくらでもあると身を以て知る。
村に居た頃は事あるごとに姉さんがフォローしてくれていたから気にならなかったのだが、今目の前にその姉さんは居ない。そもそも、その姉さんを捕まえるつもりで村を飛び出したのだから当然の話ではある。
つまりはこの状況、兎にも角にも自分でどうにかしなければならないのだが――正直、八方塞がりだ。
野生で生きていくには殺気が漏れすぎているし、ミスティが暮らしていくには過酷すぎる。かと言って街で暮らすには金を稼ぐ手段が無く、恐らくアタシの最適職であろう奴隷拳闘士は登録時に「生まれの貴賤を捨て、拳一つで這い上がれ」なんていう堅苦しい標語のもと、他人に預けていない財産――つまりは奴隷であるミスティのことだ――を没収されてしまう。
要するに、どん底から這い上がっていくサクセスストーリーを拳闘場の運営はお望みなのだろう。結果を残して奴隷身分から解放されれば金は戻ってくる分良心的ではあるが、一度手放した奴隷が戻って来るとは考えにくい。
「――潮時、なんだろうなぁ。想像していたよりも、ずっと早い別れだ」
ミスティの頭を軽く撫でながら、大きくため息を吐く。
ミスティは慣れない接客業に疲れたのか、アタシの膝を枕にぐっすりと眠っている。今日はこのまま野宿のつもりだから文句は無いが、治安の良い大都市で何日もこうしていれば憲兵の浮浪者狩りに捕まってもおかしくない。
もしそうなっても私一人なら適当な仕事を斡旋させられるだけで済むだろうが、その過程で私の財産扱いである奴隷のミスティは私の手を離れ、競売にかけられてしまう。そうなればきっと、ミスティとは二度と会えない。
そもそも捕まらなかったところで、食うものが無ければ飢えて死ぬのが道理。現にミスティは切なそうに腹を鳴らしているし、アタシはもう手足に不愉快な重みを感じてしまうくらい血肉が足りていない。
この街は随分と景気が良いらしいが、どうやらアタシには縁の無い話らしい。ファッキン文明社会。こう言ってはなんだが、野生の方がまだマシなくらいだ。
アタシではミスティを養うことができない。姉貴面をするには、アタシはまだ幼すぎた。ミスティが奴隷でさえなければ孤児院に預けることもできたのだろうが――もしもの話は無意味だろう。今のアタシにできることは、ほんの少しでも良いご主人様を探してミスティを託すことだけ。
人を見極める才能も持ち合わせてはいないが、それでもやるしかないだろう。
「ミスティの新しいご主人様を見つけるなら、やっぱりあそこしかないよなぁ。あんまり良いイメージ無いけれど、良いヤツが見つかるまで声かけまくるしかないか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ミスティをそんなふしだらな目で見てんじゃねー! 失格!」
「守護獣無しのエルフは希少価値が高いだって……? よく分からんが、ミスティを売り物にする気ならお呼びじゃねーんだよ!」
「――は? ミスティよりもアタシの方が好みだ? 良いセンスだと褒めてやりたいところだが一昨日来やがれ!」
「飴ちゃんあげるからついておいで? 誰が行くか胡散臭え、飴だけ置いてどっか行け!」
「ちょ、おま、人の顔を見るなりおっ勃てるとかテメー変態だろ! 寄るな触るなこっちを見るな! くたばれ、死ねぇっ!」
「あっやっべ、憲兵が騒ぎに勘付きやがった! 逃げるぞミスティ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「碌なヤツいねーなぁ……まあ、こんなとこまで来て奴隷買いに来る奴なんて大抵はこんなもんか」
「……ねえ、ティエラおねーちゃん。わたし売られちゃうの?」
「預けるだけだから安心しろ。たくさんご飯を食べさせてくれるヤツを見つけるから」
「ほんと? ペットもできる?」
「ほんとだぞー。ティエラおねーちゃん嘘つかないぞー。……つっても、このザマじゃいつまでかかるのやら」
活気と陰気が入り交じる奴隷市場。その片隅にある路地裏で溜息と共にかくりと肩を落とす。
妹分といっても、首輪と書類がある以上ミスティは奴隷だ。その新たな主人を見つけるというのなら、やはり奴隷市場が相応しいと考えて足を運んでみた訳だが――少々、場所の選択を間違えたかも知れない。
そもそもこういう市場で取引される奴隷は基本的に、雑に扱っても問題無い労働力として考えられている。憂さ晴らしのサンドバッグとして買う者は流石に少ないが、かといって手厚く扱われることもまず無い。
そして奴隷市場に足を運ぶ人間は、その「雑に扱っても問題無い労働力」を求めてやってきている訳だ。売るも良し、扱き使うも良し、蹴ろうが殴ろうが、慰み者にしようがお構いなしの都合の良い存在こそが、彼らが今求めている唯一の商品なのだ。
そんな奴らに妹分を預けるなど、冷静に考えれば正気の沙汰では無い。かといって他にミスティの里親捜しに丁度良い場所など有るはずも無く、途方に暮れる。
何をやってもうまくいかない、そういう星の下に生まれついたのだろう。いや、奴隷の里親捜しなんて誰がやっても上手くいかないものだったのかもしれない。
そもそも自分がミスティを妹分として扱っていることですら、世間一般からすれば異常なことなのだ。そんな扱いに加えて甲斐性のある人間など、よほどの偶然でも無ければ探して見つかるものではない。
「うぅ……マリーちゃんどこー? というかここどこー?
昨日の依頼で何にも起こらなかった分、今日のデートでいっぱいアピールしたかったのに……どうしてこんな時に限ってはぐれちゃうのさ―!」
そんな時、細道を進んだ先の方からその声が耳に入ってくる。どうにも不安げな、奴隷市場に似つかわしくない幼さの残る声だ。
だが依頼のことを口にしたということは冒険者辺りの仕事のある人間ということだ。それもデートやらにうつつを抜かす余裕のある、割と安定している方の。
だとすれば、ちびっ子一人を養う位の経済力はあるとみた。それに迷い込んできたということはそもそも奴隷市場に来るような人間では無く、逆説的に言えば今まで声をかけた連中とは奴隷の扱いも違う可能性もある。
「――いや待て逆に考えるんだ私。こうして偶然行き着いた先にこそ運命的な出会いなんてものがあったりして、新ヒロインをゲットしちゃうことになるって本に書いてあったんだ。
たとえばこう、こういう細道を歩いていると悪漢に襲われている美少女と出くわしたり、曲がり角で偶然ぶつかった相手が美少女だったり……あっ」
ダメで元々、声をかけるべきだろうか。そんなことを考え始めた矢先、曲がり角から顔を出した声の主と鉢合わせになる。
声の主はといえば、ローブに三角帽子、そして高価そうな白銀の杖と見るからに魔道士している女の子だ。
身長はアタシより少し高い――いや、やたら大きな三角帽子でかさ増しされているからそう見えるだけで、実際の身長は同じくらいだろうか。出会い頭のそいつは面食らったように目を見開いて、アタシとミスティに視線を行ったり来たりさせている。
「あなたたちが私の新ヒロインですか?」
「ごめん、何言ってるのか全然理解できない」
「言葉で理解するんじゃない、ハートで理解するんだよ! だって私にはもう理解できてる、銀髪ショートはボクっ娘の証だって!」
「ハートでも理解できないんだけどどうすれば良いんだこれ」
そうしてしばらく、じっと視線を合わせたままで居るとそいつは妙なことを口走ってきた。その表情は期待の色に染まり、きらきらと瞳が輝いているようにも見える。
変人だ。あと馬鹿そうだ。もっと言えばチョロそうだし、でも悪人にだけは見えない。悪人の餌食としては最適そうではあるが、こいつ自身が悪事を成すにはあまりに頼りない雰囲気を醸し出している。
そんな分析とも言えないような分析をしていると、ふとミスティから切ない腹の虫の鳴き声が聞こえてくる。昨日から碌にものを食べていないのだから、当然と言えば当然か。
しかし食わせるものが有る訳でもなく、いっそどこかから食料を盗んで飢えを紛らわせようか――なんて情けないことを考え始めたとき、目の前のそいつは何かを思い付いたようにポンと手を打つ。
「あっ、エルフちゃんは腹ぺこ系ヒロインなんだね。ちょうど私もお腹すいてきたし、一緒にサンドイッチ食べる?
私特製、超究極エッグサンドだよ! 一口食べれば舌がとろけちゃう、ここ最近で一番の自信作なんだから!」
「いいの? わたし、おなかぺこぺこ」
「良いよ良いよ、たくさん食べて! ボクっ娘お姉ちゃんの方もほら、一緒に食べよー!」
久方ぶりに聞く、温かい言葉だった。優しくて素直な声だ。
しかし彼女がローブの内側から取り出したランチボックスは決して大きいものではなく、3人で分けてしまえば満足な量にはならないだろう。それはいささか申し訳なくもあり、普段なら施しなんていらないと意地を張ってしまうような誘いだ。だが、どうしてか彼女の言葉ではそんな気持ちにならない。
それはアタシ一人のプライドよりも、ミスティにご飯を食べさせたいという義務感が勝ったからなのかもしれないが――それ以上にきっと、一緒に食べたいというその言葉が哀れみからではなく、本心からのものだからなのだろう。自慢げにランチボックスを開けて見せつけてくる彼女は子供っぽく、釣られて微笑んでしまいそうなくらいの満面の笑みを浮かべている。
「――あんがと。その言葉に甘えさせて貰うよ」
「わふ、甘えられちゃった。これは脈アリってヤツだね!」
「そういう意味で言ったんじゃあ……いやまぁ、それでも良いか」
そうして彼女に誘われるまま近くの段差に腰をかけ、手渡されるサンドイッチを口の中に放り込む。
サンドイッチは見たところ普通のエッグサンドだったが、出来映えを自賛するだけあって目を見張るほど美味しい。しっとりとしたパンに挟まれた卵は荒く潰されていて、白身の淡泊さと黄身の濃厚さがマスタードソースのピリリとした辛味を引き立てている。気取った料理という訳ではないが、かといって手を抜いた料理とも違う。真心を込めた料理、といえばしっくりくるのかもしれない。
散々飢えきった腹にそんなものを出されては止まるものも止まらず、無意識のうちにランチボックスへと手が伸びてしまう。空腹は最高のスパイスなどという言葉はあるが、そうでなくともこの味はやみつきになっていたかもしれない。
見ればミスティの反応も似たようなものだ。子供らしく遠慮を知らない食欲はアタシの倍近いテンポでサンドイッチを掴み、そしてかぶりついている。このままでは彼女の分が無くなってしまいそうにも見えるが、しかし彼女はそれを止めるような素振りすら見せずに幸せそうに微笑んでいる。それに釣られて微笑んでしまうのは、彼女の人柄故だろうか。
「ふっふっふー。どんどん食べろー、たくさん食べろー。そうして私のサンドイッチの虜になってしまった2人は、晴れて新ヒロインとしてハーレムメンバーに加わってしまうのだー」
「またよく分からんことを……でも本当、美味しいよこのサンドイッチ。うん、本当に、美味しい……」
「……まだあるから、お腹いっぱいになるまで食べて大丈夫だよ」
そうしてミーシャがアタシの口まで運んできたサンドイッチを一口に食べ尽くせば、心地よい満腹感が腹を満たす。そう多い量ではなかったが、食うや食わずの生活で縮んだ腹には丁度良い。
こんな食事らしい食事なんて、いつぶりのことだろうか。そんな感傷に浸りそうになるくらいにはアタシは飢えていて、温かな気持ちと共に腹が満たされる。――アタシ1人ではどうしてもありつけなかった、久方ぶりの真っ当な食事だと思うと、急に情けなさが胸の内にこみ上げてくる。
するとどういう訳か、意地とか感情とは無関係に涙が溢れ落ちてしまいそうになる。飢えが満たされ、気を張る理由が消えてしまったからかもしれないし、ミスティの前だから弱音を吐いていなかったというだけで、本当はもう身も心も疲れ切っていたのかもしれない。
背伸びをするには、まだまだアタシは子供だったらしい。それでも泣き言は言うまいと思っていたのだが、徐々に擦り切れていくものくらいはあるのだ。
そうして涙を隠すように俯きかけた時、目の前の彼女が慌てたように立ち上がってアタシの目の前までやってきて、すわ何事かと思う間もなく彼女は私の顔を包み隠すように優しく抱き締める。
「えっと、これはアレだよ。事情はよく分からないけれど、一目惚れしてつい抱き締めたくなっただけだから、ね? ……お姉ちゃんだもん、格好良いところ見せたいよね」
「……あんがと」
そうして彼女のローブに顔を押し当て、声も出さず静かに涙を流す。
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こんな弱い姿、初対面の相手に見せるべき一面ではないだろう。でも、それでも良いと思える何かを彼女には感じる。ひょっとすると、これを母性とでも言うのかもしれない。こうして抱きついていると、すごく、安らかな気分になる。
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「えへへー。私ってば気が利く大人なレディだからねー。もっと褒めてくれても、そのまま私に惚れちゃっても良いんだよー?」
しばらくそうして抱き締められた後、涙を拭ってゆっくりと彼女の腕の中から出ていけば、なんとも言えない口説き文句を言い残してアタシとミスティに挟まれるように再度腰を下ろす。
だがそんな姿を見ていたミスティは、何を思ったのかおもむろに彼女の三角帽子を取り、彼女の頭をわしゃわしゃと撫で始める。
慣れた手つきだ。あるいは、撫でられる方が慣れているのだろうか。頭を撫でられ、顎の下をくすぐられ、気持ちよさそうに瞳を閉じながら猫なで声を漏らすその様はまさしく愛玩動物のそれ。撫で回される姿が妙にしっくりきている。
「ちょ、ミスティ何やってんだ。失礼だからやめろって」
「褒めても良いって言ってたから、ありがとうのなでなでなの。サンドイッチ、おいしかった」
もし仮に彼女が奴隷でミスティが主人の娘とかであれば媚びを売っているように見えなくもないが、しかし現実はミスティの方が奴隷である。彼女の撫でられっぷりにはいっそ感動すら覚えるが、ここはやめさせておいた方が良いだろう。どう取り繕ってもミスティが奴隷であり、些細な切っ掛けで致命的なトラブルになりかねない以上、人様の機嫌を損ねるような真似は絶対に避けなければならないのだ。
そう思ってミスティの手を払おうとしたのだが、彼女はどういう訳かそれを嫌がるようにミスティの手を自らの頭に押さえつけ、手を放せないようにしている。
「やっぱり気に障ったか? 今すぐやめさせるから、あんまりミスティを怒らないでくれると――」
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「……マジかよ」
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「ほぇー。じゃあティエラちゃんはそのお姉さんを探して旅してるんだ。で、ミスティちゃんは奴隷ちゃんだったと」
「そうそう。でも旅っていうよりは遭難だし、奴隷っていうよりは妹分かな。奴隷だからって変な目で見たら怒るからなー」
「仲良しなんだね。奴隷ちゃんで妹って、なんだか羨ましいなぁ」
食後の一服に互いの自己紹介を終えると、ミスティに撫でられながら彼女はうんうんと頷く。
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「それはね、昔本で読んだんだ。奴隷、それも特に年下の性奴隷っていうのは引き取った後にいーっぱい優しくしてあげると、甘々でらぶらぶな妹系ハーレムメンバーにクラスチェンジするんだって!
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最後の方はもにょもにょと口ごもるように、顔を真っ赤にしながらそう話すミーシャ。その姿を可愛らしいと思うも、それ以上に恥ずかしいなら何故喋ったと問い詰めたい気持ちが湧き上がってしまう。そもそも性奴隷なのに好感度を上げないとエッチできないとはこれ如何に。
――ここまで聞けば、いくらアタシに学が無くても理解できる。アタシもそう人のことは言えない身だという自覚はあるが、ミーシャはそれを遙かに超える特級の世間知らずだ。
家を飛び出して冒険者になった世間知らずのご令嬢――なんて都市伝説的な存在が実在するとしたら丁度こんな感じになるのだろう。奴隷市場に奴隷以外の身分で立ち寄っているということ自体が納得出来ないくらいだ。
だがそんなミーシャにもパーティーメンバーという名の保護者はちゃんと存在するらしく、そしてその保護者はミーシャにとにかく甘いらしい。こんなのとパーティーを組んで、ちゃんと報酬を山分けしている時点で惚れ込んでいると見て良いだろう。つまりこんなポンコツっぽいのでも、生活についても問題は無いということ。
これは――なるほど。ミーシャの言葉を借りれば脈アリというヤツか。少なくとも今日声をかけた人間の中では、経済的にも人格的にも最もミスティを預けるのに適しているように見える。
「……ん、どうしたのティエラちゃん? なんだか悪そうな顔してるよ?」
「なんでもなーいよ、っと……ところでミーシャに質問なんだけれども、新しくペットは飼えるのか?」
「ペット? ペットならもう、元シュガースライムのスラみぃと、サウザンブレードラットのエルルゥ君が居るよ!」
「へぇ……ペット可、と。これは高得点だ」
さらにペットも既に飼っている。しかもアタシの記憶が正しければサウザンブレードラットは相当強く、その割に世話が楽でペットとしてそこそこ人気があるらしい。色々と荒事の多い冒険者の下にミスティを預けるにあたって、信用できる良いペット候補だ。これは評価が高い。
「じゃあ次の質問。ミーシャのパーティーメンバーって、奴隷に対して優しかったりするか?」
「私のハーレムメンバーはみんな優しいよ! あ、でもでも、身分証無くしたらお小遣い無しにされちゃった……おまけにパーティーにたくさん借金したら、私のこと性奴隷にしちゃって、普段以上にいっぱいセクハラしてやるって目で語ってた!」
「普段以上に――つまりミーシャの普段の扱いがほぼ性奴隷ってことか。それでこの笑顔なら、まあ本当に良い奴らなんだろ」
でもなんかこう、ミーシャが性奴隷というのはなんだかとてもしっくりくる。アタシがミーシャについ弱みを見せてしまったように、ミーシャに対してつい劣情をぶつけてしまいたくなる人が居てもおかしくない――というより居るのだろう。
むしろミーシャにそういった感情の揺れをぶつけているおかげで、パーティーメンバーには心の余裕があるのではなかろうか。少なくともアタシは腹を満たされ、抱かれて泣いたことで随分とすっきりした気分になっている。ミーシャのパーティーメンバーも同様にストレスを発散しているというのなら、苛立ちを奴隷にぶつけるような真似はしないだろう。そういう意味では、たとえパーティーメンバーとミスティの相性が悪かったとしても、ミーシャが身を以てミスティを守ってくれると言うことだ。これも評価が高い。
「……最後に、ミスティについてどう思う?」
「可愛い! なでなでしてくれるの気持ち良い! 妹にしてミスティ・ストレイルにしたいなー。もちろんティエラちゃんも!」
「私は永遠に姉さんの妹だからノーサンキューだ。まあ、分かっていたことだけれども悪い扱いはしなさそうだな……よし、合格。ミスティも大丈夫か?」
「ん。ミーシャおねーちゃん可愛いの」
「えへへ、可愛いって言われちゃった。ミスティちゃんも可愛いよぅ」
そして肝心のミスティに対する好感度も高い、と。これならもし話を持ちかけたとして、おそらくミーシャはそれを断らないだろう。
パーフェクトだ。やっぱり都合の良い女だった。もうこれだけ好条件が揃っていて、今更ミスティの里親候補を逃がす訳にもいかない。ミスティとの別れは惜しくもあるが、意を決して乾いた口を開く。
「なあ、ミーシャ。ミスティを本当にミーシャの妹にしてやってほしい……なんて言ったら、どうする?」
「ふぇ? え、え、それはその、結婚して義妹にしようっていう、そういうプロポーズ?! だだだ、ダメだよそんなの! いやダメじゃないけどそういうのはもっと雰囲気作って、肩を並べて見下ろす夜景をバックに甘いキスの後にお願いしたいっていうか――」
「なんでそこまで話が飛ぶんだお前?! そうじゃなくて……アタシは奴隷拳闘士になって金を稼ぐつもりだから、そうなる前にミスティを――大事な妹分を信用できるヤツに預けておきたいって話なんだが……どうだ?」
そうして馬鹿な妄想に顔を赤らめるミーシャに、アタシ達の状況を1つ1つ丁寧に伝えていく。
アタシには奴隷拳闘士以外の適職が無いであろうこと。奴隷拳闘士になるためには奴隷を含めた私財を全て切り離さなければならないこと。――だからアタシでは、どうしても奴隷であるミスティを養っていくことができないということまで。全部話した。
それを聞いたミーシャは二つ返事で「じゃあ今日からミスティちゃんは私の妹だ!」と了承する。随分と軽い返事だが、決意はしっかりしているようだ。ハーレム云々言っているだけあって、女が増えることに関してはそう抵抗が無いらしくて助かる。
「そっか……ありがとな、ミーシャ」
「お礼なんていらないよ。むしろ出会いをありがとうだよ! なんならティエラちゃんだって妹になって良いんだからね!」
「はは、それはまた今度、ってことにしておいてくれ。あと、ミスティ泣かせたら承知しないからな。……じゃ、アタシはもう行くわ。ミスティ、ミーシャにご飯をいっぱい食べさせて貰うんだぞ」
「え、もうお別れなの? まだお昼だよ? 夜景をバックにキスしてくれる約束はどうなったのさ!」
「そんな約束してないでしょうに……とにかくこれが、ミスティの主人であることを証明する契約書だそうだ。落としたりするなよ」
そう言ってミーシャに書類を渡そうとして、やっぱり不安になってミスティに書類を渡せば、ミスティは力強く頷いて私に手を振る。別れの時をミスティも理解しているということだ。
焦っているのはミーシャだけ。でもその焦り方もなんだか見当違いで、見ていて面白くはある。
「それにもう二度と会えないってーなら、目一杯別れを惜しむけどさ。闘技場でパパッと殴って稼げば奴隷身分から解放されて、またすぐに会えるだろ? だったらもう、遊んでる暇も無いってことさ」
「そうなんだ……じゃあ、試合の時には応援しに行くから!」
「そりゃ心強いね、楽しみにしておくよ。……じゃあな!」
それでもこうして、最後まで背を押してくれるミーシャはやっぱり都合の良い女ではなく、良い女なのかもしれない。今更その真贋を見極めるつもりは無いが、どちらにせよミスティにとって悪い奴では無いだろう。
だからアタシは2人に背を向けて、街の中心にある大闘技場へと駆け出す。振り返りはしない。まっすぐ進んでいけば、いずれまた交わる道だから。
一般的な奴隷と違って、勝てば自由と栄光を掴めるのが奴隷拳闘士というもの。殴ることだけが能のアタシが、それで上り詰めなくてどうするという話だ。
次会う時は、私から食事を振る舞ってやろう。そんな小さな目標を胸に、アタシは闘技場の門を叩いた。
「…………あ、ミーシャにセレス姉さんのこと聞き込むの忘れてた。
でもまあいっか。流石にこんな、村から遠い街に居るとも思えないし」
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たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
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