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4.奴隷編
2.お楽しみカウントダウン
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ところで百合ハーレムを維持していくにあたって一番難しいことは、ハーレムメンバーの体系維持だという。
関係の維持は、愛があれば大丈夫。夜の勝負だって、勝つまで頑張れば大丈夫。
でもご飯を毎日沢山食べ過ぎていては、ムチムチお腹のぷくぷくボディになってしまう。それは毎日みんなのご飯を作っている家庭的ハーレム主である私にとって、絶対に避けなければいけないことだ。
だから私は乙女のくびれを守るために、毎日の献立を考える前にみんなのボディバランスをチェックしていたりする。マリーちゃんの身長がちょっとずつ伸びていることに危機感を覚えたり、日々大きくなっていくマリーちゃんのおっぱいにどぎまぎしたりしながら、ハーレム運営のため色々と手を尽くしているのだ。
だからセレスちゃんのお腹の異変には、すぐに気が付いたのだ。そう、なんだかセレスちゃんのお腹が、どんどん硬くなっていっていることに。
別に腹筋がバキバキに割れているという訳ではない。でもお腹をつついた時の感触が既に「ぷに」ではなく「ぎゅ」なのだ。ぷにぷにすべすべの乙女ボディが、筋肉の気配に浸食され始めているのだ。
セレスちゃんは笑いながら「体を張る前衛ですし、しょうがないことなんじゃないでしょうか」なんて言っているけれども私は認めない。乙女の筋肉はインナーマッスルに集約されるべき。女の子は頑丈であってもぷにぷにでなければならないのだ。そう、スラみぃのように。
そしてそんなセレスちゃんを柔らかボディにするために、私は毎日いっぱいマッサージをした。全身をスラみぃの絞り汁でぬるぬるにされて、マッサージ中にたくさんイタズラされて、とろとろふにゃぁ、ってされちゃったけれどマッサージは止めなかった。すっごく頑張った。
そうして恥ずかしいのを耐えた甲斐あって、超究極マジカルエステの効果は抜群だ。セレスちゃんのお腹からは腹筋の気配が消えてぷにぷに感を取り戻し、しかし本人には「なんだか最近打たれ強くなった気がします」と不満も残さない。これが超究極最強魔導士の仕事人っぷりなのだ。
「おや、どういう訳か緊張させてしまったようだな。この特製プロテインを飲んで落ち着くと良い」
「そんなの飲ませちゃダメー! みんながモリモリ筋肉のゴリマッチョレディになっちゃったらどうするのさー!」
「素晴らしいと思うのだが……まあ、趣味は人それぞれだな」
「まるで私の方がおかしいみたいな言い方?!」
そんな努力をあざ笑うかのような受付ジョーの所業、許すまじ。しかし必死に睨んで威嚇をするも受付ジョーは意にも介さず、笑顔で大胸筋をピクピク動かしながら筋肉の素を勧めてくる。
なんたる外道、なんたる邪悪。こんな筋肉の妖精さんが跋扈する冒険者ギルドが真っ当な訳がない。
みんなに筋肉が伝染してしまう前に、早くこの場を去らないと。そう考えてセレスちゃんをギルドから押し出そうとするもセレスちゃんは動こうとせず、それどころか私を脇に置いて受付ジョーへと近づいて行ってしまう。
「ち、近づいちゃダメだよセレスちゃん! 筋肉の妖精さんに目を付けられると、みんなあの受付ジョーみたいな見た目になっちゃうんだよ! 本に書いてあったんだよ!」
「ミーシャはいい加減、本からの知識を疑うことを覚えてくださいね。それに見たところ変人であることに間違いはなさそうですが、かといって悪人であるようにも見えません。ここは落ち着いて話を聞きましょうね
しかもセレスちゃん、筋肉の妖精に向かってあまりにも隙だらけな発言。そんなことを言ったら筋肉だるまになっちゃうと必死に窘めようとするも「静かにしていないと、マリーさんとのデートは無しになっちゃいますよ?」なんて言われては黙らざるを得ない。それでも必死に口を押えながら目と目で通じ合えると信じて必死に懇願の眼差しを向けるも、何故か微笑ましい表情で撫でられてしまった。くそぅ。
こうなってはもはや、いざという時の覚悟を決めてセレスちゃんの無事を祈る他あるまい。もし力及ばずセレスちゃんが筋肉だるまになってしまったら、その時は力こぶによじ登らせてもらおう。
「セレスちゃん……筋肉になっても、セレスちゃんは私の嫁だよ……!」
「何を言っているんですか……とにかくジョーさん、まずは冒険者登録をしたいです。拠点の変更が2人に新規登録が2人、合わせて4人です」
「なるほど承った。では手続きを行うから、まず登録済みの2人は身分証を渡してほしい」
「私のはここに。ミーシャも自分の分を出してくださいね」
「え、あ、うん」
そうしてセレスちゃんが普通の受付嬢を相手にするかのような調子で受付ジョーに声をかけ、そして受付ジョーはまるで普通の受付嬢のように書類をカウンターの上に置いて出す。対する受付ジョーはまるで普通の受付嬢のように身分証のメダルを受け取り、普通の受付嬢のように書類にペンを走らせ、普通の受付嬢のように――あれ、なんだか普通だ。
ああいや、普通の受付嬢は攻略対象であるはずだから普通とは言えないんだけれども、パラパラと書類を捲る受付ジョーから謎の仕事人らしさが滲み出ているというか。怒っていないときのエミルさんに通じる何かを感じないでもないというか。そんな感じだ。
こういう時はどうすれば良いんだろう。本に書いてなかったから分からない。とりあえず冒険者登録の時にエミルさんに渡された、身分証だっていうメダルを渡せば良いのだろうか。だったらまずは、あの安っぽいメダルをローブの中から取り出さないと。
そう考えてローブの中をまさぐり始める。まさぐってまさぐって、ローブの中に着込んだスカートのポケットを調べて、帽子の中を覗き込んで、実はスラみぃが食べちゃっているんじゃないかと睨んでみて、最終手段としてローブをばっさばっさと振り回したりして――そうして、大変なことに気が付いてしまう。
「…………あのね、セレスちゃん」
「はい、なんでしょう」
「昔読んだ本の中にね、「自分が自分であることの証明を、誰かに頼ってはいけない」って名台詞があってね、それでね、だからね、なんの問題も無くてね」
「ああ、なるほど……つまり身分証を無くしちゃったんですね?」
「……うん。ごめんなさい……」
ローブの内ポケットの中に居れていたはずの身分証のメダルが無い。エミルさんに無くしたら罰金だと脅されたメダルが無い。
罰金は確か5万クロム。街に入った時にイリーちゃんから手渡されたお小遣いは1万クロム。払える訳がない。
もしかして私、このまま借金まみれになってしまうのだろうか。借金まみれになって、奴隷からの成り上がりルートに期待するしかないのだろうか。でもそうなるとみんなと離れ離れになっちゃうかもだし、そんなのは絶対に嫌だ。
みんなからお金を借りるしか、ない。
私がこの状況を打破する手段がそれしかないと気が付いた時、敗北感にも似た感覚が心の底から滲み出てくる。私はみんなを養うべきハーレム主だというのに、逆にみんなに養われてしまっている。
こんなんじゃあハーレム主だって胸を張れなくなっちゃう。でもこうしないと奴隷になっちゃう。だったら、やっちゃったものは仕方ないと諦めてセレスちゃんにお願いしなきゃ。
「セレスちゃん……お金貸してぇ……!」
「ああもう、そんなに項垂れちゃって……仕方ありません、身分証の再発行に関しては今後のお小遣いから差し引く形でパーティーの財布から建て替えておきましょう。幸い、今は手持ちに余裕があることですしね」
「ごめんねセレスちゃん……うぅ……」
「こういう時のための共有財産ですし、失った分はこれから稼いでいけば大丈夫ですよ」
そうして泣く泣くお願いすればセレスちゃんは慰めるように頭を撫でて、景気良くお金を貸してくれる。
これでなんとか奴隷になっちゃうのは回避できた。ハーレム主の威厳が無くなっちゃったけれども、背に腹は代えられない。みんなと一緒に居るのが一番なんだから。
「ところでパーティーに対する借金が30万クロムを超えた冒険者は、そのパーティー所有の借金奴隷として登録できるという制度があったりしますが全然大丈夫ですよ。ミーシャは良い子ですから、まさか30万クロムも借金を作ったりはしませんしね?」
「……え? ちょ、え?」
「もし、万が一、ミーシャが私たちの奴隷にでもなっちゃったりしたら……何がとは言いませんが絶対に大変ですよ? それが嫌なら……」
「も、もう絶対にメダルを無くしたりしないから! 絶対だから! 指切りするからぁ!」
うっすらとケダモノの気配を放ち始めたセレスちゃんから必死に目をそらしつつ、セレスちゃんと指切りげんまんしてもう借金をしてはならないと心に刻む。
もし本当に奴隷になんてなってしまったら、鼠車の中の秘密スペースに封印してある禁断のおもちゃたちが私に牙を剥いてしまう。大事なところが丸見えのボンテージを着せられたり、えっちなおもちゃの詰め放題をされたりしちゃうんだ。そんなことになったら、ハーレム主の威厳とかそういう要素を全部すっ飛ばして堕とされちゃう。一撃必殺だ。
そうしてセレスちゃんがパーティー用の大きなお財布からきっかり5万クロムを受付ジョーに渡して、なんとか事なきを得る。途中でセレスちゃんが「あと25万クロムですね」なんて恐ろしいことを言ってきたけれども、これで事なきを得たと信じたい。
「5万クロム、確かに受け取った。昔の身分証を取り消さなければならないから、身分証の再発行は明後日以降になることに注意してくれ」
「了解しました。その間の依頼は――」
「厳密に言えば禁止されているが、身の丈に合ったものなら問題ないだろう。ただその場合、頭割りで報酬の支払われるものは色々とややこしくなるから歩合制の依頼で頼むぞ。討伐依頼とか、採取依頼だな」
「あ、じゃあ後の2人が登録をしている間に依頼票を眺めていますね。地図や要注意魔物の分布図も併せて貸していただけると嬉しいです」
「……ランヴィルド産のFランクは本当にアテにならないな。これはお守りも必要無いかもしれん」
そうしてセレスちゃんはFランク向けの依頼表を手に取り、ギルドに置いてあったテーブルの席に着く。私もそれについて行って、お膝の上に座らせてもらう。
ここ最近の、私の定位置だ。ここにいるとセレスちゃんが抱き締めてくれるし、甘噛みだってされちゃう。ちょっと姿勢を変えればこっちから抱きつくこともできるし、まさにハーレム主の理想をすべて叶えてくれるパーフェクトなポジション。問題点があるとすればセレスちゃんの気分次第でセクハラされてしまう事だろうか。
「しふむ、あまり似てはいないがお前らは姉妹なのか? Fランクにありがちな行きずりの仲間にしては、随分と仲睦まじく見える」
「セレスちゃんと私はらぶらぶの恋人だよ! 後ろのマリーちゃんもイリーちゃんも、大事なハーレムメンバーなんだから! ……筋肉だるまにしたら、怒るからね!」
「はっはっは、素晴らしい友情、愛情だな。それに免じて新人ビルドアップ計画についても未遂ということで許してはくれないか?」
「やっぱり逃げようセレスちゃん! この受付ジョー、油断も隙もあったもんじゃない!」
「社交辞令のような冗談ですって。真に受けすぎると疲れちゃいますよ」
そう言ってセレスちゃんが間を取り持つも、私はあの受付ジョーに対する警戒を解くことができない。私の百合魂が本能的に拒否しているというか、あの筋肉は百合とは対極に位置する存在な気がしてならないというか、筋肉の気配が濃すぎてあんまり好きじゃない。
しかしセレスちゃんと私が姉妹というのは、敵ながらこの受付ジョー、なかなかにセンスが良い。この私から溢れ出す姉オーラにセレスちゃんを妹と勘違いしたか。
あれ、でも実際に妹がいるのはセレスちゃんだったような――いや、些細な問題だろう。重要なのは私がこのパーティー唯一のお姉様属性となり、セレスちゃんに妹属性が追加されることなのだ。
お姉ちゃんと呼ばれれば私。お姉様と呼ばれても私。お姉様権限でみんなを押し倒してひんひん言わせるのも私――そういう生活、実に良い。
そうして新たな百合ハーレムの形に夢を見ていると、セレスちゃんが依頼票をテーブルの上に置く。セレスちゃんが眺めていた依頼票の束の中の1枚で、そこにはでっかく「常時依頼:ゴブリン討伐(街道沿い)」と書かれている。これを受ける、ということなのかな。
「生態を考えれば当然ですが、どこの街にもゴブリン討伐の依頼はあるんですね。私たちはレベル測定をしていないので受けることはできませんが、レベル指定でサハギン討伐なんてものもあります。やはり海沿いの街だけあって、水棲魔物の討伐依頼もあるんですね」
「へー、依頼にも街の特徴があるんだねー……あ、この依頼なんてどう? 新しく開店したお菓子屋さんのお手伝いだって! お給料ももらえるし、お菓子ももらえるって書いてある!」
「ミーシャがお菓子屋さんで働いているのって、すごく似合ってそうですよね。ですが今日は地理の確認が目的ということで、ゴブリン討伐の依頼にしておきましょう」
「はーい!」
本当はドラゴン討伐みたいなわくわくアドベンチャーな依頼を受けたいのだけれども、そういうのはダメだってセレスちゃんやイリーちゃんに口酸っぱく言われているし、そもそもギルドに張り出してある依頼票の中にそういった格好良い討伐依頼は見当たらない。
それに冒険者はゴブリンに始まり、ゴブリンに終わるとも言う。超究極魔導士ならではの隙の無い戦いぶりを見れば、ゴブリン相手でも私の魅力を振り撒けるはず。そう思えばゴブリン退治も風情があって良いかもしれないと思った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ではイリーさんとマリーさんの冒険者登録も終えたところで、依頼前のミーティングを始めます。先日の迷宮探索の感触からしてそう難しい依頼ではありませんが、このメンバーで受注する初の依頼ということでしっかりとやっていきましょう」
みんながテーブルに集まってしばらく。一息ついたところでセレスちゃんが凛とした声でそう告げる。
しばらくぶりに見るセレスちゃんの真面目モード、冒険者モードだ。最近はケダモノモードばっかりで格好良いところを見ていなかったから、こうして急に雰囲気を変えられるとギャップにキュンときちゃう。
そんなセレスちゃんの顔を間近で見ることができてうっとり。思い切って抱き付けば凛々しい表情をほんのりと綻ばせながら頭をなでなで。さすが正妻、余は満足じゃ。
「……さて、今回受ける依頼は街道沿いに生息するゴブリンの討伐です。報酬はゴブリン1匹あたり200クロムと、魔力結晶の売却価格となっています。このパーティーの索敵能力や継戦能力を試す意味もありますし、目標はかなり多めの50匹としておきましょう。
これだけ倒せば生活のランクを下げなくても貯金が減ることは無いという目安でもありますが、今日は昼からの活動となるので目標の達成はほぼ不可能だと考えてください。あくまでも目安、ということです」
「ぁぅ……なでなで終わっちゃった……」
でもそんなときめきタイムも長くは続かず、セレスちゃんはミーティングを再開する。
真面目モードのセレスちゃんは切り替えが早いのだ。そういう仕事人っぽさも魅力1つではあるのだけれども、私としては撫でられ足りなくてなんだかもどかしい気分になる。
でもみんな真面目な顔をしていて、ワガママは言えない雰囲気だ。だから私もセレスちゃんの膝の上で姿勢を正して、ギュッと真面目な表情を作る。真面目だぞー。
「ミーシャは何でそんな変な表情になっているんですか……とにかく、先ほどジョーさんに渡された資料によりますと、この地域でのゴブリン討伐に際して危険だと思われる魔物は2種類です。
1つはBランク魔物のシーサイドグリフィン。普段は空中からの奇襲で魚を捕らえて生活していますが、空腹だったり繁殖期で気が立っていたりすると人間や家畜も襲うようになります。ただシーサイドグリフィンはそこそこ体が大きいためか、高速で木々の隙間をすり抜けることができません。もし出会ったら、ミーシャの飛行魔法で即座に雑木林へと退避しましょう。
もう1つは同じくBランク魔物のディサイシブグリズリー。こちらはシンプルにその巨体と腕力で圧倒してくるタイプの魔物です。こちらもミーシャの飛行魔法で空中に逃げましょう。地上にディサイシブグリズリー、空中にシーサイドグリフィンといった形で囲まれてしまった場合は、数の少ないほうから突破していく方針にします。いずれの場合においても、危険だと判断したらイービルポーションだろうが何だろうが、惜しまずに使ってください」
そうしてセレスちゃんは流れるように注意事項を述べていく。こういう時はこう、ああいう時はこうと色々と言っているけれども、要するに敵を見つけたらふっ飛ばそうってことに違いない。大丈夫、私ならできる。
私という超究極最強魔導士が居るから本当は心配要らないんだけれども、だからと言って何もしないというのも愛が足りてない、ということなのだろう。こういうマメなところが実に本妻だ。
「あの、1つ質問しても良いでしょうか」
「はい、なんでしょうマリーさん」
「本当に逃げる方向性で良いのですか? 逃走手段のミーシャがプランを一切理解していなさそうなのもそうですが、シーサイドグリフィンもディサイシブグリズリーも、ジュゼさんの迷宮で苦も無く倒したグラトニーワームと同じBランクの魔物ですよね? それを踏まえると、遭遇したら即逃げ出すというのはすこし消極的な対応にも思えるのですが」
「それに関してはいくつか理由があります。
そもそもグラトニーワームのような特殊な環境下に生息する魔物はその環境の過酷さ、危険さも含めてランクを付けられると聞いています。グラトニーワームは土中からの奇襲から戦闘が始まることが多く、その瞬間に隊列が崩壊していることを前提にランクを付けられているというのもあります。要するに搦め手を使う分、正面から戦った時の実力よりも高くランクが付けられているということですね。
それに対して今挙げた2種類の魔物は、戦闘時に特別の障害となるものの無い平原でBランクに指定された魔物です。つまり、正面から戦った時の危険度はグラトニーワームの比ではありません。自分たちの正確な実力を把握できていない現状、無茶は禁物です。
それに何より、今挙げた魔物はグラトニーワームと違って群れになっている可能性が高いのです。シーサイドグリフィンは番で行動することが多いですし、ディサイシブグリズリーは一匹の雄が複数の雌を囲い込んでコロニーを形成する習性があるようなので。
今日の目的はあくまでも地理の確認であることと、慣れていない土地で複数の強敵を相手取ることの危険を考え、捕捉した場合即座の逃走が妥当だと判断しました。もちろん相手が完全に孤立していて、全力での奇襲が可能な状況であればその限りでは無いと考えていますが――いかかでしょうか」
「あくまでも稼ぎが目的という訳ではない、ということですね。理解しました」
どうしよう、理解できなかった。むしろなんでマリーちゃんは今の早口を理解できているんだろう。
超究極最強インテリジェンスの持ち主である私が理解できなかったということは、きっとあれは前衛にのみ通じる摩訶不思議な言語なのかもしれない。ううん、あれは私には理解できないハンドサインとか、そういうものの延長線に違いない。決して、決して私の頭が追い付いていないとかそんな訳があるはずがない。
……あ、でもイリーちゃんは訳知り顔で頷いている。もしかして理解できていないのは私だけ?
そうして状況が理解できないうちに、どんどんと話は進んでいく。やれ野草の群生地はどこだの、小川までの距離はどうの、どうしてそんなところまで気にするのか分からないところまでみんなが相談している。
もう何の話をしているのかすらさっぱりだ。そうしてついに心が折れて、セレスちゃんに視線で助けを請う。泣いてなんかない。
「せ、セレスちゃぁん……」
「……要するにゴブリンよりも強そうな魔物を見つけたら逃げましょう、ってことです。いいですね?」
「う、うん、分かった。ああいや、最初から分かってたもんね!」
「そうですか……がんばりましょうね」
「……うん」
そうして優しい顔になったセレスちゃんに、慰めるような形で頭に手を置かれる。悔しい。でも気持ち良い。もっとポンポンってして。
「あと、言い忘れましたが今日のイリーさんはお留守番です。街での情報収集を一手に任せたいのですが、大丈夫ですか?」
「ええもちろん。ブランクポーションの相場や店同士の力関係、領主の弱みみたいな使える情報を適当に拾ってくるわ」
「ありがとうございます。……今日相談しておくことはこれくらいですかね。では、行きましょうか」
でもやっぱり切り替えの早い仕事モードのセレスちゃん。ポンポンしてくれた手はすぐにテーブルの上に置かれて、依頼に出かける準備を始めている。
それに合わせて私も、セレスちゃんの膝の上に名残惜しさを感じつつもぴょんと飛び降りる。私だって冒険者、いわゆる仕事人だって所をみんなに見せ付けないと。借金すらできちゃった分、それを埋め合わせるような大活躍が今の私には必要なのだ。
それにこれだけ準備に気合を入れたんだから、きっと何かが起こるに違いない。フラグってやつだ。ビンビンだ。
きっとドラゴンくらい出ちゃうんだろうなー。しかもそのドラゴンに女の子が襲われちゃってたりして、助けると同時に「なんて格好良い超究極最強魔導士様なの?! 素敵、抱いて!」とか言われちゃうんだ。仮にドラゴンじゃなくてもディサイシブグリズリーとか悪そうな名前だし、シーサイドグリフィンとか暴れそうな名前だし、きっと女の子を襲っているに違いない。
――さあ行こう、ピンチの女の子が私を待っている!
関係の維持は、愛があれば大丈夫。夜の勝負だって、勝つまで頑張れば大丈夫。
でもご飯を毎日沢山食べ過ぎていては、ムチムチお腹のぷくぷくボディになってしまう。それは毎日みんなのご飯を作っている家庭的ハーレム主である私にとって、絶対に避けなければいけないことだ。
だから私は乙女のくびれを守るために、毎日の献立を考える前にみんなのボディバランスをチェックしていたりする。マリーちゃんの身長がちょっとずつ伸びていることに危機感を覚えたり、日々大きくなっていくマリーちゃんのおっぱいにどぎまぎしたりしながら、ハーレム運営のため色々と手を尽くしているのだ。
だからセレスちゃんのお腹の異変には、すぐに気が付いたのだ。そう、なんだかセレスちゃんのお腹が、どんどん硬くなっていっていることに。
別に腹筋がバキバキに割れているという訳ではない。でもお腹をつついた時の感触が既に「ぷに」ではなく「ぎゅ」なのだ。ぷにぷにすべすべの乙女ボディが、筋肉の気配に浸食され始めているのだ。
セレスちゃんは笑いながら「体を張る前衛ですし、しょうがないことなんじゃないでしょうか」なんて言っているけれども私は認めない。乙女の筋肉はインナーマッスルに集約されるべき。女の子は頑丈であってもぷにぷにでなければならないのだ。そう、スラみぃのように。
そしてそんなセレスちゃんを柔らかボディにするために、私は毎日いっぱいマッサージをした。全身をスラみぃの絞り汁でぬるぬるにされて、マッサージ中にたくさんイタズラされて、とろとろふにゃぁ、ってされちゃったけれどマッサージは止めなかった。すっごく頑張った。
そうして恥ずかしいのを耐えた甲斐あって、超究極マジカルエステの効果は抜群だ。セレスちゃんのお腹からは腹筋の気配が消えてぷにぷに感を取り戻し、しかし本人には「なんだか最近打たれ強くなった気がします」と不満も残さない。これが超究極最強魔導士の仕事人っぷりなのだ。
「おや、どういう訳か緊張させてしまったようだな。この特製プロテインを飲んで落ち着くと良い」
「そんなの飲ませちゃダメー! みんながモリモリ筋肉のゴリマッチョレディになっちゃったらどうするのさー!」
「素晴らしいと思うのだが……まあ、趣味は人それぞれだな」
「まるで私の方がおかしいみたいな言い方?!」
そんな努力をあざ笑うかのような受付ジョーの所業、許すまじ。しかし必死に睨んで威嚇をするも受付ジョーは意にも介さず、笑顔で大胸筋をピクピク動かしながら筋肉の素を勧めてくる。
なんたる外道、なんたる邪悪。こんな筋肉の妖精さんが跋扈する冒険者ギルドが真っ当な訳がない。
みんなに筋肉が伝染してしまう前に、早くこの場を去らないと。そう考えてセレスちゃんをギルドから押し出そうとするもセレスちゃんは動こうとせず、それどころか私を脇に置いて受付ジョーへと近づいて行ってしまう。
「ち、近づいちゃダメだよセレスちゃん! 筋肉の妖精さんに目を付けられると、みんなあの受付ジョーみたいな見た目になっちゃうんだよ! 本に書いてあったんだよ!」
「ミーシャはいい加減、本からの知識を疑うことを覚えてくださいね。それに見たところ変人であることに間違いはなさそうですが、かといって悪人であるようにも見えません。ここは落ち着いて話を聞きましょうね
しかもセレスちゃん、筋肉の妖精に向かってあまりにも隙だらけな発言。そんなことを言ったら筋肉だるまになっちゃうと必死に窘めようとするも「静かにしていないと、マリーさんとのデートは無しになっちゃいますよ?」なんて言われては黙らざるを得ない。それでも必死に口を押えながら目と目で通じ合えると信じて必死に懇願の眼差しを向けるも、何故か微笑ましい表情で撫でられてしまった。くそぅ。
こうなってはもはや、いざという時の覚悟を決めてセレスちゃんの無事を祈る他あるまい。もし力及ばずセレスちゃんが筋肉だるまになってしまったら、その時は力こぶによじ登らせてもらおう。
「セレスちゃん……筋肉になっても、セレスちゃんは私の嫁だよ……!」
「何を言っているんですか……とにかくジョーさん、まずは冒険者登録をしたいです。拠点の変更が2人に新規登録が2人、合わせて4人です」
「なるほど承った。では手続きを行うから、まず登録済みの2人は身分証を渡してほしい」
「私のはここに。ミーシャも自分の分を出してくださいね」
「え、あ、うん」
そうしてセレスちゃんが普通の受付嬢を相手にするかのような調子で受付ジョーに声をかけ、そして受付ジョーはまるで普通の受付嬢のように書類をカウンターの上に置いて出す。対する受付ジョーはまるで普通の受付嬢のように身分証のメダルを受け取り、普通の受付嬢のように書類にペンを走らせ、普通の受付嬢のように――あれ、なんだか普通だ。
ああいや、普通の受付嬢は攻略対象であるはずだから普通とは言えないんだけれども、パラパラと書類を捲る受付ジョーから謎の仕事人らしさが滲み出ているというか。怒っていないときのエミルさんに通じる何かを感じないでもないというか。そんな感じだ。
こういう時はどうすれば良いんだろう。本に書いてなかったから分からない。とりあえず冒険者登録の時にエミルさんに渡された、身分証だっていうメダルを渡せば良いのだろうか。だったらまずは、あの安っぽいメダルをローブの中から取り出さないと。
そう考えてローブの中をまさぐり始める。まさぐってまさぐって、ローブの中に着込んだスカートのポケットを調べて、帽子の中を覗き込んで、実はスラみぃが食べちゃっているんじゃないかと睨んでみて、最終手段としてローブをばっさばっさと振り回したりして――そうして、大変なことに気が付いてしまう。
「…………あのね、セレスちゃん」
「はい、なんでしょう」
「昔読んだ本の中にね、「自分が自分であることの証明を、誰かに頼ってはいけない」って名台詞があってね、それでね、だからね、なんの問題も無くてね」
「ああ、なるほど……つまり身分証を無くしちゃったんですね?」
「……うん。ごめんなさい……」
ローブの内ポケットの中に居れていたはずの身分証のメダルが無い。エミルさんに無くしたら罰金だと脅されたメダルが無い。
罰金は確か5万クロム。街に入った時にイリーちゃんから手渡されたお小遣いは1万クロム。払える訳がない。
もしかして私、このまま借金まみれになってしまうのだろうか。借金まみれになって、奴隷からの成り上がりルートに期待するしかないのだろうか。でもそうなるとみんなと離れ離れになっちゃうかもだし、そんなのは絶対に嫌だ。
みんなからお金を借りるしか、ない。
私がこの状況を打破する手段がそれしかないと気が付いた時、敗北感にも似た感覚が心の底から滲み出てくる。私はみんなを養うべきハーレム主だというのに、逆にみんなに養われてしまっている。
こんなんじゃあハーレム主だって胸を張れなくなっちゃう。でもこうしないと奴隷になっちゃう。だったら、やっちゃったものは仕方ないと諦めてセレスちゃんにお願いしなきゃ。
「セレスちゃん……お金貸してぇ……!」
「ああもう、そんなに項垂れちゃって……仕方ありません、身分証の再発行に関しては今後のお小遣いから差し引く形でパーティーの財布から建て替えておきましょう。幸い、今は手持ちに余裕があることですしね」
「ごめんねセレスちゃん……うぅ……」
「こういう時のための共有財産ですし、失った分はこれから稼いでいけば大丈夫ですよ」
そうして泣く泣くお願いすればセレスちゃんは慰めるように頭を撫でて、景気良くお金を貸してくれる。
これでなんとか奴隷になっちゃうのは回避できた。ハーレム主の威厳が無くなっちゃったけれども、背に腹は代えられない。みんなと一緒に居るのが一番なんだから。
「ところでパーティーに対する借金が30万クロムを超えた冒険者は、そのパーティー所有の借金奴隷として登録できるという制度があったりしますが全然大丈夫ですよ。ミーシャは良い子ですから、まさか30万クロムも借金を作ったりはしませんしね?」
「……え? ちょ、え?」
「もし、万が一、ミーシャが私たちの奴隷にでもなっちゃったりしたら……何がとは言いませんが絶対に大変ですよ? それが嫌なら……」
「も、もう絶対にメダルを無くしたりしないから! 絶対だから! 指切りするからぁ!」
うっすらとケダモノの気配を放ち始めたセレスちゃんから必死に目をそらしつつ、セレスちゃんと指切りげんまんしてもう借金をしてはならないと心に刻む。
もし本当に奴隷になんてなってしまったら、鼠車の中の秘密スペースに封印してある禁断のおもちゃたちが私に牙を剥いてしまう。大事なところが丸見えのボンテージを着せられたり、えっちなおもちゃの詰め放題をされたりしちゃうんだ。そんなことになったら、ハーレム主の威厳とかそういう要素を全部すっ飛ばして堕とされちゃう。一撃必殺だ。
そうしてセレスちゃんがパーティー用の大きなお財布からきっかり5万クロムを受付ジョーに渡して、なんとか事なきを得る。途中でセレスちゃんが「あと25万クロムですね」なんて恐ろしいことを言ってきたけれども、これで事なきを得たと信じたい。
「5万クロム、確かに受け取った。昔の身分証を取り消さなければならないから、身分証の再発行は明後日以降になることに注意してくれ」
「了解しました。その間の依頼は――」
「厳密に言えば禁止されているが、身の丈に合ったものなら問題ないだろう。ただその場合、頭割りで報酬の支払われるものは色々とややこしくなるから歩合制の依頼で頼むぞ。討伐依頼とか、採取依頼だな」
「あ、じゃあ後の2人が登録をしている間に依頼票を眺めていますね。地図や要注意魔物の分布図も併せて貸していただけると嬉しいです」
「……ランヴィルド産のFランクは本当にアテにならないな。これはお守りも必要無いかもしれん」
そうしてセレスちゃんはFランク向けの依頼表を手に取り、ギルドに置いてあったテーブルの席に着く。私もそれについて行って、お膝の上に座らせてもらう。
ここ最近の、私の定位置だ。ここにいるとセレスちゃんが抱き締めてくれるし、甘噛みだってされちゃう。ちょっと姿勢を変えればこっちから抱きつくこともできるし、まさにハーレム主の理想をすべて叶えてくれるパーフェクトなポジション。問題点があるとすればセレスちゃんの気分次第でセクハラされてしまう事だろうか。
「しふむ、あまり似てはいないがお前らは姉妹なのか? Fランクにありがちな行きずりの仲間にしては、随分と仲睦まじく見える」
「セレスちゃんと私はらぶらぶの恋人だよ! 後ろのマリーちゃんもイリーちゃんも、大事なハーレムメンバーなんだから! ……筋肉だるまにしたら、怒るからね!」
「はっはっは、素晴らしい友情、愛情だな。それに免じて新人ビルドアップ計画についても未遂ということで許してはくれないか?」
「やっぱり逃げようセレスちゃん! この受付ジョー、油断も隙もあったもんじゃない!」
「社交辞令のような冗談ですって。真に受けすぎると疲れちゃいますよ」
そう言ってセレスちゃんが間を取り持つも、私はあの受付ジョーに対する警戒を解くことができない。私の百合魂が本能的に拒否しているというか、あの筋肉は百合とは対極に位置する存在な気がしてならないというか、筋肉の気配が濃すぎてあんまり好きじゃない。
しかしセレスちゃんと私が姉妹というのは、敵ながらこの受付ジョー、なかなかにセンスが良い。この私から溢れ出す姉オーラにセレスちゃんを妹と勘違いしたか。
あれ、でも実際に妹がいるのはセレスちゃんだったような――いや、些細な問題だろう。重要なのは私がこのパーティー唯一のお姉様属性となり、セレスちゃんに妹属性が追加されることなのだ。
お姉ちゃんと呼ばれれば私。お姉様と呼ばれても私。お姉様権限でみんなを押し倒してひんひん言わせるのも私――そういう生活、実に良い。
そうして新たな百合ハーレムの形に夢を見ていると、セレスちゃんが依頼票をテーブルの上に置く。セレスちゃんが眺めていた依頼票の束の中の1枚で、そこにはでっかく「常時依頼:ゴブリン討伐(街道沿い)」と書かれている。これを受ける、ということなのかな。
「生態を考えれば当然ですが、どこの街にもゴブリン討伐の依頼はあるんですね。私たちはレベル測定をしていないので受けることはできませんが、レベル指定でサハギン討伐なんてものもあります。やはり海沿いの街だけあって、水棲魔物の討伐依頼もあるんですね」
「へー、依頼にも街の特徴があるんだねー……あ、この依頼なんてどう? 新しく開店したお菓子屋さんのお手伝いだって! お給料ももらえるし、お菓子ももらえるって書いてある!」
「ミーシャがお菓子屋さんで働いているのって、すごく似合ってそうですよね。ですが今日は地理の確認が目的ということで、ゴブリン討伐の依頼にしておきましょう」
「はーい!」
本当はドラゴン討伐みたいなわくわくアドベンチャーな依頼を受けたいのだけれども、そういうのはダメだってセレスちゃんやイリーちゃんに口酸っぱく言われているし、そもそもギルドに張り出してある依頼票の中にそういった格好良い討伐依頼は見当たらない。
それに冒険者はゴブリンに始まり、ゴブリンに終わるとも言う。超究極魔導士ならではの隙の無い戦いぶりを見れば、ゴブリン相手でも私の魅力を振り撒けるはず。そう思えばゴブリン退治も風情があって良いかもしれないと思った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ではイリーさんとマリーさんの冒険者登録も終えたところで、依頼前のミーティングを始めます。先日の迷宮探索の感触からしてそう難しい依頼ではありませんが、このメンバーで受注する初の依頼ということでしっかりとやっていきましょう」
みんながテーブルに集まってしばらく。一息ついたところでセレスちゃんが凛とした声でそう告げる。
しばらくぶりに見るセレスちゃんの真面目モード、冒険者モードだ。最近はケダモノモードばっかりで格好良いところを見ていなかったから、こうして急に雰囲気を変えられるとギャップにキュンときちゃう。
そんなセレスちゃんの顔を間近で見ることができてうっとり。思い切って抱き付けば凛々しい表情をほんのりと綻ばせながら頭をなでなで。さすが正妻、余は満足じゃ。
「……さて、今回受ける依頼は街道沿いに生息するゴブリンの討伐です。報酬はゴブリン1匹あたり200クロムと、魔力結晶の売却価格となっています。このパーティーの索敵能力や継戦能力を試す意味もありますし、目標はかなり多めの50匹としておきましょう。
これだけ倒せば生活のランクを下げなくても貯金が減ることは無いという目安でもありますが、今日は昼からの活動となるので目標の達成はほぼ不可能だと考えてください。あくまでも目安、ということです」
「ぁぅ……なでなで終わっちゃった……」
でもそんなときめきタイムも長くは続かず、セレスちゃんはミーティングを再開する。
真面目モードのセレスちゃんは切り替えが早いのだ。そういう仕事人っぽさも魅力1つではあるのだけれども、私としては撫でられ足りなくてなんだかもどかしい気分になる。
でもみんな真面目な顔をしていて、ワガママは言えない雰囲気だ。だから私もセレスちゃんの膝の上で姿勢を正して、ギュッと真面目な表情を作る。真面目だぞー。
「ミーシャは何でそんな変な表情になっているんですか……とにかく、先ほどジョーさんに渡された資料によりますと、この地域でのゴブリン討伐に際して危険だと思われる魔物は2種類です。
1つはBランク魔物のシーサイドグリフィン。普段は空中からの奇襲で魚を捕らえて生活していますが、空腹だったり繁殖期で気が立っていたりすると人間や家畜も襲うようになります。ただシーサイドグリフィンはそこそこ体が大きいためか、高速で木々の隙間をすり抜けることができません。もし出会ったら、ミーシャの飛行魔法で即座に雑木林へと退避しましょう。
もう1つは同じくBランク魔物のディサイシブグリズリー。こちらはシンプルにその巨体と腕力で圧倒してくるタイプの魔物です。こちらもミーシャの飛行魔法で空中に逃げましょう。地上にディサイシブグリズリー、空中にシーサイドグリフィンといった形で囲まれてしまった場合は、数の少ないほうから突破していく方針にします。いずれの場合においても、危険だと判断したらイービルポーションだろうが何だろうが、惜しまずに使ってください」
そうしてセレスちゃんは流れるように注意事項を述べていく。こういう時はこう、ああいう時はこうと色々と言っているけれども、要するに敵を見つけたらふっ飛ばそうってことに違いない。大丈夫、私ならできる。
私という超究極最強魔導士が居るから本当は心配要らないんだけれども、だからと言って何もしないというのも愛が足りてない、ということなのだろう。こういうマメなところが実に本妻だ。
「あの、1つ質問しても良いでしょうか」
「はい、なんでしょうマリーさん」
「本当に逃げる方向性で良いのですか? 逃走手段のミーシャがプランを一切理解していなさそうなのもそうですが、シーサイドグリフィンもディサイシブグリズリーも、ジュゼさんの迷宮で苦も無く倒したグラトニーワームと同じBランクの魔物ですよね? それを踏まえると、遭遇したら即逃げ出すというのはすこし消極的な対応にも思えるのですが」
「それに関してはいくつか理由があります。
そもそもグラトニーワームのような特殊な環境下に生息する魔物はその環境の過酷さ、危険さも含めてランクを付けられると聞いています。グラトニーワームは土中からの奇襲から戦闘が始まることが多く、その瞬間に隊列が崩壊していることを前提にランクを付けられているというのもあります。要するに搦め手を使う分、正面から戦った時の実力よりも高くランクが付けられているということですね。
それに対して今挙げた2種類の魔物は、戦闘時に特別の障害となるものの無い平原でBランクに指定された魔物です。つまり、正面から戦った時の危険度はグラトニーワームの比ではありません。自分たちの正確な実力を把握できていない現状、無茶は禁物です。
それに何より、今挙げた魔物はグラトニーワームと違って群れになっている可能性が高いのです。シーサイドグリフィンは番で行動することが多いですし、ディサイシブグリズリーは一匹の雄が複数の雌を囲い込んでコロニーを形成する習性があるようなので。
今日の目的はあくまでも地理の確認であることと、慣れていない土地で複数の強敵を相手取ることの危険を考え、捕捉した場合即座の逃走が妥当だと判断しました。もちろん相手が完全に孤立していて、全力での奇襲が可能な状況であればその限りでは無いと考えていますが――いかかでしょうか」
「あくまでも稼ぎが目的という訳ではない、ということですね。理解しました」
どうしよう、理解できなかった。むしろなんでマリーちゃんは今の早口を理解できているんだろう。
超究極最強インテリジェンスの持ち主である私が理解できなかったということは、きっとあれは前衛にのみ通じる摩訶不思議な言語なのかもしれない。ううん、あれは私には理解できないハンドサインとか、そういうものの延長線に違いない。決して、決して私の頭が追い付いていないとかそんな訳があるはずがない。
……あ、でもイリーちゃんは訳知り顔で頷いている。もしかして理解できていないのは私だけ?
そうして状況が理解できないうちに、どんどんと話は進んでいく。やれ野草の群生地はどこだの、小川までの距離はどうの、どうしてそんなところまで気にするのか分からないところまでみんなが相談している。
もう何の話をしているのかすらさっぱりだ。そうしてついに心が折れて、セレスちゃんに視線で助けを請う。泣いてなんかない。
「せ、セレスちゃぁん……」
「……要するにゴブリンよりも強そうな魔物を見つけたら逃げましょう、ってことです。いいですね?」
「う、うん、分かった。ああいや、最初から分かってたもんね!」
「そうですか……がんばりましょうね」
「……うん」
そうして優しい顔になったセレスちゃんに、慰めるような形で頭に手を置かれる。悔しい。でも気持ち良い。もっとポンポンってして。
「あと、言い忘れましたが今日のイリーさんはお留守番です。街での情報収集を一手に任せたいのですが、大丈夫ですか?」
「ええもちろん。ブランクポーションの相場や店同士の力関係、領主の弱みみたいな使える情報を適当に拾ってくるわ」
「ありがとうございます。……今日相談しておくことはこれくらいですかね。では、行きましょうか」
でもやっぱり切り替えの早い仕事モードのセレスちゃん。ポンポンしてくれた手はすぐにテーブルの上に置かれて、依頼に出かける準備を始めている。
それに合わせて私も、セレスちゃんの膝の上に名残惜しさを感じつつもぴょんと飛び降りる。私だって冒険者、いわゆる仕事人だって所をみんなに見せ付けないと。借金すらできちゃった分、それを埋め合わせるような大活躍が今の私には必要なのだ。
それにこれだけ準備に気合を入れたんだから、きっと何かが起こるに違いない。フラグってやつだ。ビンビンだ。
きっとドラゴンくらい出ちゃうんだろうなー。しかもそのドラゴンに女の子が襲われちゃってたりして、助けると同時に「なんて格好良い超究極最強魔導士様なの?! 素敵、抱いて!」とか言われちゃうんだ。仮にドラゴンじゃなくてもディサイシブグリズリーとか悪そうな名前だし、シーサイドグリフィンとか暴れそうな名前だし、きっと女の子を襲っているに違いない。
――さあ行こう、ピンチの女の子が私を待っている!
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