野良魔道士は百合ハーレムの夢を見る

むぅ

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3.迷宮編

6.敵でもなく、味方でもなく

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ゴラさんの先導で辿り着いたその広間は、明らかに異常でした。

まず感じるのはむせ返るほどの血の臭い。広間を見渡して目に入るのは無数の龍の首。荒々しく削り取られた土の壁。

そして今もなお全身が脈打ち、傷跡から血を流す首の無い黒龍。その傍らに立つのはただ一人の老人。


この光景の意味を履き違えるほど、私は楽観的ではありません。


そもそもウロボロスはどういう原理か、首を落とそうが心臓を貫こうが、それどころか骨の一欠片まで焼き尽くしたとしてもしばらくすれば蘇ってしまうという特異性を持つ魔物です。

そんなウロボロスを最も確実に討伐する手段は、非常に長い期間食事をする間もなく致命傷を与え続ける事による餓死だと言われており、そのためウロボロスの狩猟地周辺は見渡す限り龍血と肉片に塗れた地獄めいた光景になってしまうそうです。まさに今、目の前に広がる惨状のように。

しかし死ぬまで戦い続けると言っても相手は龍種。ウロボロスが龍種の中では戦闘能力の低い魔物であることを考慮しても、食事をする間もなく戦い続けるなどそう簡単な話ではありません。安全にウロボロスを討伐するには軍隊のように統率された大規模の戦闘集団が必須となり、その対応の難しさからウロボロスはSランクの魔物として君臨しているのです。

それを独力で為さんとする人間――それがどれほどの脅威かなど、もはや考えるまでもありません。その剣の切っ先が私たちに向いているのであれば、なおさらです。


「追い詰めたぞ悪党めー! コテンパンにしてやるから覚悟しろー!」


そんな相手を前にして、そう言いながらブンブンと杖を振り回すミーシャを手で制しながら、私は目の前の男を睨み付けます。

息苦しくなるほどの殺気を何でもないような表情のまま放つその男の名はロッシーニュ・エルグラン。63歳。イリーさんの生家であるジューディス家において20年もの間、領主秘書として仕えてきた使用人。

イリーさんから聞いた彼の情報はこの程度。事が起こる以前は「時折金庫から小銭を漁っていく程度の典型的な小物」とイリーさんに評されていたそうですが、その頃の彼を直に見ていない私にはとてもその言葉を信じることができません。

今目の前に居るロッシーニュ・エルグランは、まさしく剣士の風貌をしている。研ぎ澄まされた刃のごとく、鋭い殺意を漲らせている。

30年もの雌伏の時を耐え切り、期を逃さずに動いた彼の執念はまさしく本物。私とミーシャという不確定要素によりその企みが失敗したことを踏まえてなお、この姿を見て小物と言える人間は数少ないでしょう。


「さて、一度は退けた相手だ。こうして出会ってしまった以上、そこの小娘が言うように今度こそ仕留めにかかるかね?」
「もう片方の腕も折れていればそうしても良かったのですが。――今の私たちで、今のあなたを相手にはしたくありません」


そして今の彼と真っ向から戦える人間もまた、数少ないでしょう。薄々予想はしていましたが、彼の立ち振る舞いは屋敷で見たときのそれとは明らかに異なっています。

私の見立てが正しければ、ロッシーニュ・エルグランは技巧派の剣士です。

少なくとも、腕力だけでどうにかしていくタイプの剣士ではありません。それは私が乱入する前、マリーさんを徹底的に追い詰めていたあの戦いぶりからも想像ができます。敵の技を見切り、適正な間合いを取り、そしてわずかな攻撃の隙を逃さず狙うその立ち回りは、戦闘の基本と言えばそれまでですがあまりにも洗練されていました。

おそらくは若かりし頃にはより洗練された剣技を放てたのでしょう。しかし問題はそれがほんの数日前に、マジックポーションの濫用により手足の動きすらおぼつかない状態で行われていたことです。

マジックポーションの濫用による副作用は、頭痛や眩暈、吐き気といった重篤な風邪に似た症状が多いと聞いています。私が彼と戦った時のように手足の震えが起こるような状態まで状態が進んでしまうと、もはや意識は失う寸前。四肢に力は漲れども、それに精神が耐えきれないのです。

そうでもしなければ剣を振れぬ老体だったのでしょう。しかしその最悪のコンディションの中で放たれた剣技は、荒々しくも必殺の攻撃力を秘めたものばかりでした。

力技ばかりが能の剣士だと、こうはいきません。しかし技巧派だからと言っても、よほど技を極めていなければそう簡単に戦える状態でもありません。

ではもし、あの時の彼にマジックポーションの副作用が無ければ? もし、あの時の剣速がもう少しでも早かったとしたら?


――その「もし」は今まさに目の前に立っている。


「相手にしたくない、か。ならばこうしてこの場で出会えたのは私にとって僥倖というわけだ。それとも何か策でもあるのかね?」
「ええ、一応。――ジュゼさん、お願いします」


そんな「もし」を真っ向から相手にするなんてまっぴらです。今も私たちの声を地面に張り巡らせた根を通して聴いているであろうジュゼさんに向けて、小声で合図を出します。

それと同時に周囲の地面からツタが這い出てきて絡まり合い、一瞬で私たちとロッシーニュの間にできたものは簡易的な網。

隙間が大きく、完全な防御手段とは言えませんが距離を取って会話するだけなら十分です。少なくともこの網を切り裂くなり潜り抜けるなりをしようとすれば、目の前に居る私たちに致命的な隙を晒すことになるでしょう。

もちろん私たちが潜り抜けようとしても同じことになるわけですが、私たちから仕掛ける気はそもそもありませんし、一応の依頼主であるジュゼさんもそれを望んではいません。

壁に見えるこれは、実のところ私たちと彼とで対話をするためのテーブルなのです。それを理解したらしいロッシーニュは怪訝な表情を浮かべ溜息を吐きました。


「このツタ……ここ最近私にちょっかいを出してくる魔物の物か。
うまく手懐けたものだな。確かにこれでは手が出しにくい。まるで硝子越しに名剣を眺める子供の気分だ」
「別に手懐けたわけではありませんし、ジュゼさんの存在に勘付いていたのならもう少しその意を酌んで欲しかったのですが……状況を理解できたのなら、私たちがこの場での戦闘を望んでいないことが分かると思います。私たちはあなたと交渉をしに来たのです」
「だろうな。そうでもなければ、こんな状況は作らないだろうよ」


そうして始まった交渉は――ジュゼさんの生活圏でウロボロスと戦闘することを止めて欲しいという要求は、彼は意外なほどあっさりと受け入れられました。それこそ、こちらが拍子抜けしてしまうほどに。

ですが、考えてみればその対応は至極当然です。

理由は単純。もはや彼にとってこの洞窟は心身を鍛えることもできず、私たちの不意を衝くこともできず、戦ったところで逃げられてしまえば見失ってしまいかねない入り組んだ地形で、挙句の果てに姿の見えない第三の敵が存在する絶対不利の環境。

彼にとって、ここで戦闘を行う利点はあまりに少ないのです。もし彼がこの場に私たちが居るという情報をもとに、私たちをこの迷宮の外で補足できる自信があるのであれば、そちらを選ぶのは自明の理。

つまり彼は絶好のコンディションでイリーさんという獲物を目の前にしておきながら、仕切り直しを求める立場の人間なのです。

その上で私たちから攻め込めない状態になった以上、彼はそう焦って私たちを襲撃する理由がありません。だからこそ対話が成立しているのであり、それはまさしく私が彼に相対するにあたって求めていた最高の状況でした。


「ここから出て行けというのであれば、私はこの場を去るが――それで終わりではないのだろう? そういう顔をしている」
「ええ、実を言うともう少しだけここに居て貰いたいのです。酷く個人的な理由で、敵としてではなく、ただ一人の人生の先達として。お話がしたいのです」


そんな状況を作らなければ、こんな場違いに平和な台詞なんて口に出せる訳もありません。ミーシャならどんな状況でも言えそうな気がしますが、私は言えません。

勿論、言われた側もこんな台詞は予想外の極みだったのでしょう。静かに放たれていた殺気も霧消し、少し呆れたような表情を浮かべながらこちらの様子を窺っています。

そして周囲や私たちの装備、魔導士であるミーシャにも意識を向けていることから、罠や契約魔法を警戒しているようでもあります。勿論そんなものは用意していませんし、それを確信したロッシーニュは小さく唸ります。


「……要するに私から何かしらの知識を得たい、と?」
「はい。そしてそれは間違いなく私にとって重要なことなのです。

だから教えてください。かつてあなたの身に何があり、そして今、何のために戦っているのかを」


――静寂が、訪れました。誰も、何も、言葉を発しません。

さっきまで脳天気に喚いていたミーシャですらが、この場の雰囲気に呑まれて言葉を失っています。

彼から放たれる気迫は、それは目の前の惨状よりもなお恐ろしいものでした。

ロッシーニュの顔からは、なんの感情も伺うことができません。いや、ただ私があまりに若いが故に、その感情を表現する言葉を持っていないだけかもしれません。

怒り、悲しみ、後悔、執念――彼の無表情に見えるその瞳の奥には、私が知りうるあらゆる感情が浮かんでいました。そこに込められた圧力は、屋敷の前で切り結んでいた最中に匹敵します。


「――私とお前の間に、その質問に答えてやるほどの義理は無いと思うが?」
「ええ、でしょうね。ですが、それでも、私はそれを知りたいのです」
「ほう、それは何故?」
「私は、あなたのような人間になりたくありません。だからです」


ミーシャがその言葉に反応して「そ、そーだそーだ! セレスちゃんは闇堕ちなんてしないんだから!」と喚いていますがそうではないのです。

私は、私が弱いことを知っている。

魔王の影響を考えれば、身体はもしかしたら強いのかもしれません。でもそれ以上に心が弱い。たった一瞬ミーシャを見失っただけで、不安に押し潰されてしまいそうになる弱い、弱い心。

だから私は、私の大切なものを失えば、容易く外道に堕ちる。――そう、それこそ目の前にいる彼のように。

だから私は、彼のことを知らなければならないのです。心は弱いままでも良い。ただ、大切なものを失わないために。

私が踏み込もうとしている領域は、どう考えても他人がそう易々と踏み込んで良い領域ではありません。それでも今ここで踏み込まなければ、私はいずれなってしまうのでしょう。第二のロッシーニュ・エルグランと呼ぶべき、一人の修羅に。


「――そうだな、私のようになられても困る。私のような人間とは、すなわち私の敵でしかありえないからな」


再び訪れた沈黙の終わりと共に、諦めたような溜息を吐きながらロッシーニュはそう呟きます。

聞こえるか聞こえないかほどの声で放たれたその呟きは、しかし静寂の中には良く響きました。あるいはその言葉が、私の問いに正しく返答している言葉だったからかもしれません。



「――私が生まれた頃、この国と隣国のアズマイル聖王国は長きにわたる戦争に疲弊しきっていた。
枯れ果てていた、とも言う。少なくとも私が生まれた村には頬の痩けていない者は存在しなかったし、私よりも年上の男など病床の老人くらいのものだった。両親に至っては、物心ついた頃には何かしらの理由で死んでいたよ。

そんな時代だ。私は当然のように成人を待たずに徴兵され、それ以降は戦場を住処とする兵士となった。貴族でもない私にそれを拒否することは不可能だったし、拒否する気も無かった。もとより剣を振るうしか能が無い身なれば、戦場に生きる軍属こそが天職であろうと当時の私は予感していたのだよ。

そしてそれは事実だった。私は戦場でこれ以上なく才能を発揮し、あらゆる敵を斬り、あらゆる戦場を駆け、多くの戦に勝利をもたらした。まあ、簡単に言えば出世頭だったよ」


そうしてゆっくりと言葉を紡ぎ始めたロッシーニュは、一人の人間が栄華を極めていく様を淡々と語ります。

それは子供が聞けば瞳を輝かせるような、英雄じみた武勇伝。出来の良い作り話のような、紛れもない史実。

しかしそれを語る当人は軽い口調で、なんの昂揚感も感じられず、かと言って心を押し殺している風でもなく――きっと、彼にとってはどうでも良いことなのでしょう。無関心という言葉が最もしっくりくる態度でした。


「そんな出世頭の男と後にその妻となる女が出会ったのは、戦場帰りに逗留した街の酒場だった。
酔っ払った同僚に絡まれているところを助けただけなのだが、どうにもそれ以来顔を合わせることが多くなってな――相性が良かったのだろう、気付いたら結婚していたよ。こういうのを運命の相手とでも言うのかもしれない。

だがさて、結婚した以上は良い暮らしをさせてやりたいと思うのが甲斐性というものでな。戦場での功績が認められて貴族になってもそれは変わらず、ひとまずは生まれてくる子が男女どちらであろうと徴兵を力尽くで免れるだけの地位まで上り詰めるようと必死だった。

戦場と聞けば迷い無く参加した。友軍の劣勢に単騎での援軍を求められたこともあった。完全に包囲された城からそこまで重要でもない貴族を救出しろと命じられたこともあった。時には10倍の兵を相手に撤退を禁じられ、援軍の来ない籠城線を強いられたこともある。――ああ、イリュメリア嬢なら分かると思うが、途中からは私の失脚を狙う謀略が混ざっていたよ。そしてその狙いは次第に、私から私の家族へと移り変わっていった」


そんな彼の言葉の中に、怒りのようなものが混じり始めたのはいつ頃からでしょうか。

ですがやはり彼が過去を語る声音は無関心のそれで、その怒りは己を殺さんとした者達に向けられたものには見えません。

むしろその怒りこそが己を殺さんばかりで――握り締められた拳からは、赤く血が流れていました。


「前兆はあったのかもしれない。だが家を空けることの多かった私はそれに気付くことができなかった。

そもそも、近衛騎士であり一軍の将であもあった人間が私事を優先することなど不可能に近いだろう。それに両国が徐々に停戦に向けて動き出したことを知り、戦場に生きるしか能のない私が出世できるのは今の時期しかないと焦った私が家庭に目を向ける余裕がなかったというのも――いや、これは言い訳だな。どうにせよ私は地位と名誉に目が眩み、守るべきものから一時目を離した。

その結末は――見れば分かるだろう。今の私に残されたものは、私一人の命だけだ。私は、私の在り方を間違えたのだ」


悔恨と共に絞り出されたその言葉は苦々しく、重く、そして恐ろしいものでした。

何故ならそれは私が抱いていた予感の通り、私にも十分あり得る未来だからです。それは得た地位や名誉の多寡ではなく、守るべきものを守れなかったというその結末が。

――私は、私の大切なものを守ろうと精一杯やっているつもりです。

未熟ながらに、全力で。泥臭くも、命をかけて。

でも、それでも。それらはほんの一度の失敗でも永遠に失われてしまうものだと言われてしまえば――私は、その恐怖から逃れることができません。


「――そういえばまだ、お前の名前を聞いていなかったな。名はなんという?」


そんな恐ろしい未来に思考が捕らわれていると、ふと思い出したかのようにロッシーニュが質問を投げかけてきます。

そう言えば名乗ってすらいなかったか、なんてことを思いながら、しかし突然のことに舌が回らずしどろもどろになりながら答えます。


「え、あ、セレス・ベルックムーンです……?」
「そうか――セレスよ。お前はまだ若く、これから先の人生で多くの困難に出会い、あるいは絶望に心を砕かれるだろう。

だがそれを特別の不幸だと思ってはいけない。よくあることなのだ。

そして多くの人間はそれらを乗り越えていく過程で自分の最も大切なものを見つけることもできないまま見失ってしまい、再びそれを見つけたときには大抵それを失っている。真に不幸と呼ぶべきはそちらだが、これもまた特別なことではない」


そして放たれた険しさの無い声音に、その場にいた誰もが驚きます。

この瞬間だけは目の前の男が一人の修羅ではなく、厳しさと優しさを併せ持った年相応の老人に見えました。

あるいは、それが本来あるべき彼の姿だったのかもしれません。


「だがお前はもう、それを見つけているのだろう? それは一種の運命であり、才能でもある。
だからこそ、それを絶対に忘れるな。見失うな。そしてそれを守り抜け。
全力では足りない。命を掛けてもなお足りない。己の全存在を掛けて、死にもの狂いになって初めて守れるものがあることを知れ。

――そして命を掛けてでも、お前は私と同じ道を辿ってくれるな。己の守るべきものを失い、そしてそれを取り戻さんとする修羅として私の前に立ちはだかってくれるな。
これは人生の先達として若者を案ずる言葉でもあり、また命を掛けて殺し合う宿敵を作る余裕すら持たない老体の泣き言でもある。

この言葉を真に受けるか否かは、セレス・ベルックムーン、お前の自由だ」


だからでしょうか。この言葉は重く、そして深く私の中に刻み込まれました。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ねえ、ロッシーニュ。一つ聞いても良いかしら」


しばしの沈黙の後、思い出したかのようにイリーさんが声を上げます。

それを聞いたロッシーニュは無言のままイリーさんに視線を向け、


「あなたの過去は同情するべきかもしれないけれども、それは既に終わった話のはず。
なら、何故それが魔王の力を求めることに繋がるのかしら? 復讐のための力を求めている、というならそれはそれで辻褄が合いそうなものだけれども、あなたの言動は復讐者のそれとはかけ離れて見える」
「――魂が存在しなければあらゆる蘇生魔法は不発に終わる。そして死して時が経ち、失われた魂を呼び寄せるには魂の根源たる魔王と接触、利用する必要がある。
ただそれだけだよ。魔王の力を求める理由など、代用品が無かったからに過ぎない」


なんだそんなことか、と言いたげな表情でロッシーニュは頷き、そしてその問いに答えます。

その答えを聞いた私の感想もまた、彼の表情と似たものです。何故ならそれは、少し考えれば聞くまでも無いことだからです。

結局のところ、ロッシーニュ・エルグランという男は未だに諦めていないのです。彼の言うところの「最も大切なもの」を、一度は失われたそれを取り戻すために必死なのです。そんな彼の行動が、彼の妻子を取り戻すための行動と繋がっていないはずがありません。それ以外の思惑も、彼には無いのでしょう。


「言い換えれば、別の手段さえあれば私はお前らと戦う必要が無くなるという訳だ。
良かったじゃあないか。相手にしたくない人間を、相手にしないままやり過ごす手段を聞き出せたぞ」


つまるところ私たちとロッシーニュは殺し合うことを運命付けられた敵同士ではなく、ただ単に目の前をちらついているだけの似たもの同士なのです。衝突を避けられるのであれば、互いにとってそれが一番良い結末なのです。

そのための手段は、今まさに本人から提示されました。それに対する、私たちの返答は――


「そういうことなら超究極最強魔導士の私に任せて! 私がなんかこう、どうにかして復活させるから! だからもう悪いことしちゃダ――むぎゅ!?」
「ミーシャちゃんは静かにしていましょうね。今は真面目な話をしている時だから」


そうしてはしゃぐミーシャがイリーさんに抱き締められ、可愛らしい鳴き声を上げます。私はやマリーさんはロッシーニュの奇襲に備えて武器を構えていたので、その意を汲んで代わりにやってくれたようです。

ですがミーシャの言ったことはあながち的外れでもありません。ロッシーニュを止めたいのであれば、そうするのが一番楽な手段です。

もし私たちが力尽くでその道を阻もうというのであれば、彼は死にもの狂いでそれを突き破ろうとするでしょう。そしてその際に私たちが被るであろう被害の大きさは、おおよそ私が認めることのできないものになるはずです。

その結果彼を殺すことができたとしても、それでは何の意味も無いのです。私は別に、彼を殺すことに全てを捧げる気など無いのですから。


「――機会があれば、ということで」
「そうか。まあ、多少は期待しておくよ」


ですが同時に、好んで彼を助けたいという訳でもありません。彼を助ける手段など、もしもの時に交渉用のカードとして持っていて損は無い程度のものです。

だからこれは、交渉とも言えないただのお喋りです。それが分かっているからか、彼もそれ以上のことは言いません。

そろそろウロボロスの死体がゆっくりと動き出し、復活の兆候が見え始めた頃合いです。交渉を終えるには丁度良いタイミングでしょう。それを察したのか、彼は自然と私たちに背を向けて洞窟の奥へと歩き出しました。


「最後にもう一つだけ――あなたの本名は何ですか?」


本当ならそれをただ見送るべきだったのでしょうが、ふと気になって名前を尋ねてみました。

知っても、知らなくても、どうでも良い話です。ですがこちらは本名を名乗ったのに、彼はどうせ偽名を使っていると思うと不公平さを感じてしまうのです。

それを聞いた彼は振り返らず、しかしほんの数秒だけ立ち止まり、そして――


「ロッシーニュは男が生まれたときに付けるはずだった名。エルグランは妻の旧姓。かつての名は妻の骸に預けてきた。今の私は、これ以外の名を名乗る気は無い。
どうしても知りたければどこぞの本屋で絵本でも買え。名前だけなら市居にも知れている」


――彼は最後にそれだけ言い残し、動き出したウロボロスの死体を一刀に斬り捨ててそのまま洞窟の奥へと去って行きました。
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