野良魔道士は百合ハーレムの夢を見る

むぅ

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3.迷宮編

1.超究極最強魔導士、最大の試練

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冒険者パーティー。

それは冒険者を名乗るのであれば必ずといっても良いほど縁のある集団。冒険者がそれぞれの得意分野を活かし、本来であれば歯が立たないほどの強大な相手にも、友情パワーで立ち向かえるようになる優れたものだ。

基本的にパーティーメンバーは前衛、中衛、後衛に別れている。これは魔物と戦うときや迷宮を探索するときに、得意とする戦闘距離で決まるものらしい。

例を挙げれば、セレスちゃんとマリーちゃんはバリバリの前衛だろう。セレスちゃんの武器は槍、マリーちゃんの武器は剣っぽいものとくれば、これ以外は考えられない。

「はい、減点一。セレスが前衛なのは合っているけれども、マリーは典型的な中衛よ。
敵に肉薄して押し留め続けるだけの継戦能力が無く、代わりにある程度距離を置いた状態からでも戦える飛び道具を持っているから」
「う、うぐ……さ、些細な違いだよ!」

ちなみに今更言う話ではないが、私は超究極最強魔導士だから前衛後衛どっちもいける。

最強だもん、距離なんてあってないようなもの。私が居れば前衛後衛のバランス問題は一瞬で解決しちゃう。

「はい、減点二。魔導士のミーシャは後衛にカテゴライズされるわ。
魔法は詠唱と狙いを付けるのに大きな隙ができるから、相手の間合いよりも遠くで戦うことが理想とされているからね。セレスと二人で組んでいたときも、ミーシャは後衛だったと聞いているわ」
「むぅ……私はただの魔導士じゃなくて、超究極最強魔導士なのに……」
「今はスタンドプレーの話じゃなくて、チームプレイの話をしているの。ほら、続けて」
「むぅ……わかった」

そしてより大きなパーティーになってくると、前衛、中衛、後衛に加えて後方支援なんてものが増えてくる。

情報収集とか、パーティーのお財布の管理とか、宿の手配、馬車の手入れなんかもしちゃうお世話さんのことだ。これは私たちで言えば、あまり体が丈夫でないイリーちゃんの仕事になるらしい。

一緒に戦ったり、迷宮を探索することは少ないけれども、これだって大事なパーティーの役割だ。世話焼き女房な女の子はハーレムに絶対必須だし、帰ればそこに居る人ってだけでもすごく嬉しい。

それに依頼に行っている間に食材の買い出しとかをするのも後方支援の人で、後方支援が居るか居ないかで依頼達成後の打ち上げの質がワンランク変わる。らしい。

「……まあ、間違ってはいないけれども……冒険者パーティーにおいて後方支援が居ることの最大の利点は、雑務に取られる時間をそのまま依頼に当てることで、依頼自体に集中しやすくなることかしら。まあ自分では稼がない分、タダ飯食らいだって言われて追い払われることも多いのだけれども」
「私たちはイリーちゃんを追い出したりなんかしないよ!」
「そう……ありがとうね、ミーシャちゃん」
「えへへー」

そう言ってイリーちゃんは私の頭を撫でくり撫でくり。気持ちいい。

そんな私を羨ましそうに見るセレスちゃんとを見返してニヤリと微笑む。どうだ、いいだろー。

「じゃあ、次の問題に行きましょうか。二点減点だから、後八回間違えたらアウトよ」
「うぅ……イリーちゃん採点厳しいよぅ……」

だが、撫でてくれたからといって採点が甘くなる訳でもないらしく。頭を優しく撫でられながら、ショボンと肩を落とす。

――そう、今私はイリーちゃんからテストを受けさせられている。

どんなテストかと聞かれれば、もちろん私がパーティーリーダー就任にふさわしいかのテスト。私が知らないうちにセレスちゃんに掻っ攫われてしまった、パーティーリーダーの座を取り戻すための誇り高き戦い。

超究極最強魔導士の究極インテリジェンスをもってすればテストなんて楽勝。そう思っていたのだがイリーちゃんの出す問題は簡単そうに見えて採点基準が厳しく、第一問からこの様だ。

「採点厳しいって言われても……友情パワーを減点対象にしていない分、相当優しくしたと思っていたのだけれども」
「ど、どうして?! 友情パワーがあれば魔王だって倒せちゃうんだよ?! 本にも「魔王は友情の力が弱点だ」って書いてあったし!」
「……減点三ね?」
「うがー! イリーちゃんのいじわるー! 性悪むすめー!」
「クランテット生まれには褒め言葉ね。じゃあ第二問、『冒険者パーティーに最低限必要とされる役職を全て答えなさい』制限時間は特に無いわ」

残りの三問、無事に突破できるのかと不安になってきたところでイリーちゃんからサービス問題。

これはすなわち、戦闘以外でのパーティー内での役割分担のことを聞いているのだ。ここで戦士とか、魔導士だとか答えちゃうと間違えになっちゃう。

でもこれなら考えるまでもなくすぐに分かる。ちょっと引っかけがあるが、これは簡単だ。

「リーダーはレッドで熱血、サブリーダーのブルーはガリガリに痩せていて、イエローは「カレー」なる武器を手に戦うふとましくて憎いヤツ。
そんな三人に押されてグリーンは影が薄く、ピンクはボンキュッボンのわがままボディでお色気担当。そしてブラックは途中参加で強い。超強い。

――どうだ、これで完璧な正解でしょう!」

中心となるレッドは当然として、その周囲を取り囲む四人の頼れる仲間。そして五人のピンチに颯爽と現れる六人目。

そう、これが冒険者パーティーの基本にしてテンプレート。私の愛読書のうちの一冊「ファンタジーの世界に転生したはずなのに戦隊ヒーローやらされてるんですけれど?!(グースビック・ギュール著)」にも書かれていたから間違いない。

「……人数分、六点減点しても良いかしら?」
「にゃんで?!」

そんな非の打ち所のない完璧な答えを言ったにもかかわらず、イリーちゃんは無慈悲な大幅減点宣言をする。

ひどい。なんてひどい。サービス問題っぽく言っていたのに、これじゃあ後一回しか間違えられない。

「最低限必要な役職はパーティーリーダーだけ、っていう引っかけだったのだけれども……まさかそう来るとは思いもしなかったわ。
とりあえずミーシャちゃん、あなたはもうグースビック・ギュールの本を読むのはやめなさい」
「とらないで、マイバイブルー!」

しかもイリーちゃんに見せつけるように手に持っていた「ファンタジーの世界に転生したはずなのに戦隊ヒーローやらされてるんですけれど?!(グースビック・ギュール著)」まで取り上げられる始末。

どうすれば良い。本当にどうすれば良い。

残る二問も、おそらくは意地悪イリーちゃんの極悪セレクション。一筋縄でいくとは思えないし、そもそもここから先、私は何を見ながら答えを言えば良いんだろう。

「――不満げな顔をしているけれど、そもそも答えに詰まったときには本を読んでも良いっていう条件からして甘すぎるくらいなのよ?
じゃあ第三問。パーティーでは到底太刀打ちできない強力な魔物と戦わなければならない状況になったとき、パーティーリーダーとして取る行動を言いなさい。――採点基準は、まあ、思いっきり甘くしておくわ」

だがそんな悲劇的な状況にこそ救いの手というものは現れるもの。ついに深読みでもなんでもなく、イリーちゃんの口からサービス問題宣言が出たのだ。

しかも、問題自体もすっごく簡単! これはまさに、私が頼れるパーティーリーダーにふさわしい存在であると知らしめるチャンスでもあるのだ!

自然に笑いがこみ上げてくる。後一問も間違えられないというピンチからの逆転こそが、リーダーに求められているものだ。

なんだかんだ言っても、イリーちゃんも私を取り囲むハーレムメンバーの一人だったというわけだ。ハーレムの主を引き立てるテクニックというものを、これ以上無いタイミングで発揮してくれる。

そんなイリーちゃんにキメ顔でウィンク。そのバトン、確かに受け取った!

「ふっふっふー、そんなの簡単だよ。そんな状況になったら、他ならぬ最強パーティーリーダーであるこの私がその魔物をやっつけちゃえば――」
「テストは終了よ。セレス、これからもパーティーリーダーをお願いね」
「あ、はい。ミーシャ、もうちょっとだけ頑張りましょうね」

どうして。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「あそこに見えるのが興業都市メーシュブリグですね。この距離ならあと一日というところでしょうか、待ち遠しいですね」

風の吹く小高い丘の上。ふと見渡した視線の先には、小さく見える都市部の姿。

クランテットを発って早五日。整備された道を進む馬車――いや、大きいとはいえ鼠が引いているから鼠車だろうか――なのだから徒歩と比べれば相当早いが、それでも結構時間はかかるもの。

まあ鞭を打って急かしているわけでもなし、そんなものかと私は一人で納得する。

お嬢様を狙う従魔聖典主義者はダンウェル一派の情報操作により、まだお嬢様がクランテットの中に留まっているものだと思っている。そしておとなしいとはいえこの鼠車を引くサウザンブレードラットのエルルゥにパーティーメンバーがまだ不慣れということもあり、そう無理な速度を出すこともできない。

となればクランテットを出た後はのんびりとした旅路になることは当然の話だ。そう言ったお嬢様は物珍しげに馬車の外を眺めながら、クランテットで酷使した体を馬車の中で休ませている。

鼠車の中だと酔ってしまうせいで御者台に立ってばかりいる私からすれば、どちらがとは言わないが羨ましい限りだ。

「そうですねマリーさん。私もそろそろ揺れない場所でミーシャを愛でたいです」
「セレスさんはブレませんね……同感ですが」

同様の理由で御者台に並び立つセレスさんも同じ思いだろう。

時折鼠車の中に潜り込んでミーシャを撫で回してはしばらく経った後に口を押さえて御者台まで這い出てくるセレスさんの姿を見る度に、実はこの鼠車は余計な買い物だったのではないかという疑念が沸いてきてしまうのだ。

旅に慣れず、体力もスライム以下のお嬢様を連れて行くには必須の設備ではあるが、こうなるならいっそ私が荷物と一緒にお嬢様を背負い続けていても良かったかもしれない。たとえそれが現実的では無いにせよ、そんな選択肢を求めてしまうくらい私は乗り物に酔いやすい体質なのだ。つい最近知ったことだが。

「ところでセレスさん、どうしてミーシャはさっきから落ち込んでいるのでしょうか? なんだかさっきから、随分と器用な落ち込み方をしているのですが」

そう言い、エルルゥの鼻先を飛行魔法でふよふよと漂いながらむすっとした表情で膝を抱えているミーシャを指さしながら、セレスさんにたずねる。

のっそのっそと歩くエルルゥと当然のように併走するその魔法制御能力は確かに素晴らしいものだが、だからといってその鼻先にスラみぃを乗せたり離したりして遊ぶのは気が気でならないからやめてほしい。

今でこそエルルゥも喜んで鼻を鳴らしてはいるが、あまりしつこいと機嫌を悪くしてしまうかもしれない。そうなったら機嫌を取るためにおやつの休憩を取らなければならないし、万一暴れ出したりしたらその図体の大きさ故に落ち着かせるのは一苦労だ。

とはいえそのエルルゥが一番懐いているのもミーシャであり、いざとなれば宥めるくらいのことはできるだろうと思い過度な不安は抱いてはいないのだが。それでも気になるものは気になる。

「またイリーさん主催のパーティーリーダー認定試験に不合格しまして。ちなみに今回は四問中三問目まで到達できました」
「あ、成長はしているんですね。でもなんでしょう、不思議な気分です。なんだか嬉しいような、さみしいような――」
「ちなみに昨日とは違ってカンニング全て可です」
「流石はミーシャですね。私のアンニュイな感動を返しやがれってんです」

ほんの一瞬だけこの成長を見守る母のような気持ちになったが、どうやらそれは幻想だったらしい。

なんだかんだ言っても所詮はミーシャ、ということだ。これは私が先輩メイドとしてしっかりしなければなるまい。私の方が年下だとか、そんなものはことミーシャに限り問題にはならないだろう。

「メーシュブリグに着いたら、まずはミーシャにお揃いのメイド服を買わなければいけませんね。ミーシャには少し、メイドとしての気構えが足りていないみたいですから」

のっそりのっそりと歩くエルルゥの足を止め、浮かぶミーシャを拾って膝の上に乗せながら言う。相変わらず膝を抱えているが、頭を撫でるたびに少しずつ体に体重を預けてくれるのがなんだか可愛らしい。

だがメイドは可愛らしさだけでは勤まらない生き物。

何事もまずは形からという。ミーシャにはメイドの自覚というものが足りていない以上、まずはその自覚を芽生えさせるところからだ。

私だって最初は何もできない新米メイドだったのだ。ミーシャもかつての私のようにビシバシと扱いていけば、いずれはメイド服の似合う良い女になっていくことだろう。

そしてゆくゆくは二人のコンビネーションでお嬢様やセレスさんを一生サポートしていくのだ。おや、意図せずして完璧な将来設計ができてしまった。自分のメイド才が怖い。

「あ、それ良いですね。ミーシャにメイド服を着せてご奉仕してもらいましょう。――お金に余裕ができたら」
「そりゃあもちろん、ご奉仕だって色々仕込んでやりますよ――って、え? お金に余裕ができたら?」

ところがここでセレスさんが微妙な表情で肯定する。魔王の影響も大分落ち着いたとはいえ、大好物のミーシャの話題の割にセレスさんの食いつきが悪い。

その口ぶりは、なんだか私たちの財布事情が悪いと言っているかのよう。だがはて、今の私たちはそんなに金の無い集団だっただろうか。

そもそもお嬢様は名を捨てたとはいえ元貴族。そしてこの鼠車はその捨てた名前と利権を売って手に入れたもの。

貴族の利権とこの鼠車とを比べれば、いかな高級品と言えどもどれだけおつりが出てもおかしくはない交換条件のはずだ。クランテット内における情報操作、緊急時拠点の使用料、やたらと豪華な鼠車に食料とかなり出費はかさんでいるが、だからといって金が底をつくはずが無い。

そう、お嬢様はそれだけの対価を用意してこの旅を決行したのだ。それが開幕早々、そのような暗雲立ちこめる事態になっているはずなど――

「あれ、イリーさんから聞いていなかったんですか? イリーさんの試算だと、私たちメーシュブリグに着いて十日ほどで破産しちゃうんですよ」

ちょっと待って何それ聞いていないです。




「さて。クランテットからも十分距離が取れて、次の都市メーシュブリグが近づいてきたところでこれからの方針について話し合いましょう。主にお金の話になりますが、実は結構ピンチなんです」

その夜、メーシュブリグを目前にした街道の片隅で焚き火を囲んでいたセレスさんがそう口にする。

真剣な声音のそれを聞いた私も自然と身が引き締まる。未だにいじけてスラみぃを伸ばしたり潰したりしているミーシャを軽く叩いて膝の上に乗せ、聞く準備は万端だ。

「ピンチ……ですか? でもまだお金はたくさんありますし――」
「はい、今は現金がたくさんあります。私が合流前から持っていた個人的なお金を考慮せずとも、今このパーティーが貯蓄している現金は200万クロムを超えていますね」

そう言うセレスさんは懐からずしりと重たい金貨袋を取り出し、その口を広げ私たちに見せる。

そこには眩い金色がぎっしりと詰まっていた。その金色の正体を帝国金貨。またの名を盗賊の餌とも言う。

さすがにここにあるのが全てというわけではないだろうが、それでも結構な額がある。金の数を数える気にもならなかったクランテットの屋敷の中と比べれば微々たるものだろうが、それでも私たちがこれからしばらく生活していくのには十分な額だ。

「そういえばランヴィルドでエミルさんがFランク冒険者の平均的な貯蓄は2万クロムだって言っていたよね。
……っていうことは私たち、いつの間にかランクが百倍になってたってこと?! すごいよセレスちゃん!」
「戯けたことを言ってはいけませんよミーシャ。メイドの品格が削げます」
「私メイドさんじゃないよ?! 未来のご主人様だよ?!」

そんな未来の同僚の妄言は軽く笑い流してもいいが、つまりはミーシャがこれだけはしゃぐことのできるだけの金があるということだ。

この反応はまあ、理解できないものでもない。

食うや食わずやの生活と隣り合わせになりがちな低ランク冒険者が、急に小規模な行商ができるだけの設備と資金を手に入れたのだ。本人からすれば一攫千金も良いところだろう。

私もお嬢様に拾われた直後、泥臭い体を洗われて真新しいメイド服を着させられた自分を鏡で見たときに似たような反応をしたことを覚えている。

だから頭の悪そうな発言を軽く諫めることはあっても、それ以上は言わないでおくのが優しさという物だ。せっかくの幸福感に水を差すとも気が引け――

「一方、このパーティーがメーシュブリグに到着してから出立するまでの十五日間に使用すると思われる金額の概算が約500万クロムです。皆さん、頑張りましょう」

流石はミーシャ、舞い上がったら叩き落とされる運命にある女。ここまで見事に打ち落とされるなんてなかなかできることじゃあない。合掌。

――いや、他人事のように合掌している場合じゃ無いですよね、これ。

「わかりやすく大ピンチじゃないですか?! どうしてそんなことに?!」
「そうだよセレスちゃん! 何にそんなお金使うのよさ! ……ま、まさかえっちなお店に行って遊び歩いたりなんかしちゃったりして、て、ててて……そんなのダメ! セレスちゃんは私の本妻だから浮気しちゃダメ! だーめーなーのー!」

あまりの窮地に訳の分からない発想のもと、縋り付くようにセレスさんに飛びかかる。

セレスさんの浮気阻止はパーティーの財政危機の原因解明よりも優先度が高いものらしく、上目遣いで必死に抱きついては甘噛みを繰り返している。

もしかしてあれは誘っているのだろうか。店の女を抱くくらいなら私を抱け、と。

仮にそうでなかったとしても同じことを私にされたらそう受け取るだろう。ミーシャが大好物だと公言してやまないセレスさんであればなおさらだ。

だが今はそれより気になることがある。どうして、どうして我らがパーティーはそんな財政危機に?!

「わわっと……! だ、大丈夫です、大丈夫ですって! ちゃんとそういうお店に行くときは連れていきますから!」
「行くんですか?! そして連れていくんですか?!」
「それなら……良いけれど……」
「ミーシャもそれで良いんですか?! いやそれ以前になんでそんなにお金使っちゃうんですか?!」

そんなミーシャに嬉し恥ずかしな表情で微笑み返すセレスさんは、まだ魔王の魔力が抜け切れていないようだ。ミーシャを抱き締め返したその手がミーシャのお尻を撫で回し始めるまでのあまりに滑らかな動きに、なにか底知れない邪なものを感じる。

もはや本日のミーシャの運命は決まったようなものだ。セレスさんはミーシャを抱きかかえたままテント代わりの馬車の中に戻ろうとするが、今日はその中を覗かないでおいた方が良いのかもしれない。

ただ個人的にはミーシャのあられもない姿をここで大公開する羽目になろうとも、何が起こっているのかをこの場で説明してほしい。

「イリーさん、マリーさんへの説明は任せても良いでしょうか。ちょっと私はミーシャを宥めないと……ああ、ちゃんと説明もしておきますから」
「正直ミーシャちゃんが飛びついてきた時点で予想はできていたわ。今のセレスじゃあ、あの誘惑に耐えられないだろうなって」
「あはは、見透かされちゃっていますね。それでは――」

そんな二人を呆れたような表情で見送るお嬢様は、しかし瞳だけは楽しげにその背を追っている。

お嬢様は体が弱い上に旅慣れていない身であるはずなのだが、なんだか屋敷に居た頃よりも表情が柔らかくなったような気がする。やはりすきま風吹く幌馬車での旅の方が、利権絡みのいざこざを気にしなくてもいい分だけ気が楽なのだろう。

実際、私もかなり楽だ。いや、楽だった。たった今、この瞬間までだが。

「――何をそんなもどかしい表情をしているのよマリー」
「ああいえ、その、なんというか……なんでもありません。はい、なんでもないです」
「……まあ良いわ。これから行くメーシュブリグについての基礎知識も合わせて、今から簡単に説明するから」

そう言ってお嬢様が手に取ったのは手持ちサイズの黒板とチョーク。そして気分を出すためなのか伊達眼鏡。全て併せて8千クロム也。

「基本的にメーシュブリグの物価は死ぬほど高いわ。これは碌に産業が発達していないことと、それによる食糧不足を悪徳とボッタクリの交易都市、クランテットからの輸入に頼っていることが原因ね。
しかも街の主な収入源がひっきりなしにやってくるサーカスやら演劇やら曲芸師やらの見物料だから、それを見て財布の紐が緩んだ客からさらに搾り取るために食事、宿、土産物から馬車置き場の利用料まで理解不可能な金額になっていたりするの」

そう言ってお嬢様が黒板に書き始めたのは――どうやらクランテットとメーシュブリグの相場の違いのようだ。クランテットではパン一斤が150~200クロムなのに対して、メーシュブリグでは同じ質、量の物が500クロム以上。なるほど、高い。

「まあ、言ってしまえば金持ち相手の観光都市、娯楽都市と言ったところね。だから未だ安定した収入源のない私たちは、可能な限りこの街を早く抜けて次の街に行きたい。この点について異論を挟むところはないでしょう」
「そうですね。いくら今は金があると言っても、稼ぎが不安定な現状では必要最低限の補給を済ませたらできるだけ早く次の都市に行きたいです。例えば――美食で名高いアレンテッツェとか良いかもしれません」

つまりはメーシュブリグはあくまでも中継地点で、本格的な滞在はしないということだ。ただ、補給だけが目的にしてはセレスさんの言った十五日の滞在日数はあまりに長いように思える。

いや、そもそも食料も水も有り余っている現状、中継地点を挟む必要はあるのだろうか。もしこれがお嬢様の体調を整えるための休養だというのなら仕方ないが、それにしては金がかかりすぎている気もするのだ。

「――そうね、行きたいわね、アレンテッツェ。でもこの物価の死ぬほど高い街で、私たちはなかなか良いお値段をしている「あるもの」を大量に買い込まなければ先に進めないの」
「それはいったい――」



「それはね――ブランクポーション。魔法を溶かし込む前のマジックポーションで、それ単体ではなんの効果も無いとされている液体ね。

ちなみにこれが無いと私たち全員セレスの餌食になるから、そこのところ覚悟しておくように、ね?」
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