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2.お嬢様&メイド編
12.セレスは しょうきに もどった!
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「――そんな一大事だったんですか。成り行きとはいえ、未熟ながら力になれて良かったです」
「ええ本当に。あの時あの場でセレスがマリーを助けてくれなければ、まあ、碌でもない結果になっていたことだけは確かだから」
朝、ベッドの上であられもない姿を晒しながら眠るミーシャを抱きかかえながらイリュメリアさんから事の顛末を聞き、驚きに目を見開く。
私が成り行きで首を突っ込んだ事態は、私の想像以上に大事でした。お家騒動にしては魔王だのなんだのと物騒な単語が飛び交っているとは思っていましたが、まさか本当に神話一歩手前の事態にまでなっていたとは思いもしなかったのです。
そしてそれを認識すると同時、まざまざと見せつけられた自らの未熟さに大きく溜息を吐く。私は何が味方で何が敵かもわからない内から、事情も知らずマリーさんがミーシャの友人であると決め打ちして暴れていたのですから。
これは冒険者がどうこう以前の問題です。ミーシャのことで頭が一杯だった、などと言い訳することはできないでしょう。
状況に対する情報を持たない者の行動は、その成否から善悪に至るまで全てが博打と言っても過言ではない。故に、冒険者は誰よりも情報を集めなければならない。
ランヴィルドで冒険者を始めた直後、エミルさんから口酸っぱく言われた言葉の1つです。その言葉が、重く心にのしかかる。
結果的に最善手ではあったようだが、もしイリュメリアさん主従が魔王の復活を目論む輩であったとしたならば、世界は間違いなく暗黒の時代を迎えていたに違いない。
私の行動は、それだけのリスクを抱えたものだったのだ。
「何か不満でもあるのかしら? 緊急事態に対する結果としては、文句の付けようもない最上級のものだと思うのだけれども」
「いえその、身の丈に合わない危ない橋を渡っていたことは自覚していたのですが、紙一重で世界が滅ぶか否かだったと聞かされるともう少し慎重になった方が良かったのかと思いまして――」
自分がどれだけ重大なことをしでかしていたのかという自覚を得ると同時、体の芯から身震いする。
そのリスクは、おおよそ癇癪じみた感情から出た行動によって引き起こされるべきものではないものです。ましてや、それを理解せずにいる事も。
己のなすべき行動と、その結果を把握して初めて一人前の冒険者だとランヴィルドの先輩冒険者たちは口々に言っていました。
だとすれば私は、やはり冒険者として半人前なのでしょう。この体たらくでよくもまあクリックズさんにあれだけの啖呵を切れたものです。
「ふーん……なんというか、思っていたより理性的というか――頭が固いタイプだったのね、セレスって。こうしてちゃんと話し合ってみれば、初対面の印象とはだいぶ違うわね」
「あの時は色々と一杯一杯で……冷静になった今ではもう、ミーシャの胸でも揉んでおかないと落ち着かないくらいです」
そう言いながら、眠るミーシャの小ぶりな胸をひと揉みする。軽い痙攣と共に甘い声を漏らすミーシャが愛おしい。
半人前でも、場に流されただけの感情任せな行動の結果でも、それでも望むものはこの手に掴んだ。半人前なら半人前らしく、今はそれで満足しよう。
ただどういう訳かそれを見るイリュメリアさんと、その横に佇むマリーさんの視線が生暖かい。いや生暖かいだけではなく、どこか残念なものを見ているかのような――
「――昨日までの暴走も、魔王の魔力の影響ってところかしら多分。赤蛇の森で魔王の魔力を多少なりともその身に受けていたことと、溜め込んでいた不安や不満、純粋な欲望といったものに魔王の魔力が呼応して、一時的な暴走状態にあったってことなんでしょうきっと」
「なるほど……だったらもう大丈夫ですかね? 目的のミーシャも捕まえた事ですし、もう2人に手を出そうとは考えないでしょう」
眠るミーシャのやわらかいお尻を撫で揉みながらそう言えば、何か呆れたように首を横に振るイリュメリアさん。
昨日は結局ミーシャを貪りつくすのに身体が一杯で、イリュメリアさんにもマリーさんにも手を出していないというのに……確かに身体が3つあったら全員美味しくいただいていたでしょうが、やっていないのだから無罪です。
だというのにそんな信用していないと言わんばかりの態度を取られたら、心に傷の1つも付くというもの。これは一度、深くお互いのことを理解しあうためのスキンシップが必要だと考えざるを得ません。
幸いにしてここはベッドの上。仲を深めるならやることは1つ。元よりその豊満な胸に心を惹かれていた身。抱き付いて顔をうずめるくらいは認められてしかるべきで――
「舌の根も乾かないうちから何をしようとしているのよ。マリー、ちょっとセレス押さえてて」
「はい、お嬢様。――セレスさん、失礼しますね」
そうして自然とイリュメリアさんに向かって伸びていた手が、マリーさんに掴まれる。
しかもそのまま荒縄でぐるぐる巻きにされ、地に落ちた蓑虫のように横たわる私。
「まあ見ての通り、今のセレスは言うなれば理性と欲望が釣り合っていない状態。会話は普通に成立しているから、理性が薄れたのではなく欲望が肥大化したか、倫理観が薄まったかのどちらか。
ただどちらにせよ、今のあなたは自分で考えている以上の危険人物なの。助けてもらっておいてなんだけれども、おいそれと野に放つ訳にはいかないって訳」
「き、危険人物だなんて……そんなことないですよ。これはちょっとしたスキンシップを図ろうとした結果でして――」
あらぬ疑いをかけられ、弁解しようと声をあげた途端、何を思ったのかイリュメリアさんが自らのスカートをたくし上げる。
下着――は見えない。
あとほんの少しの見えるか見えないかの角度とスカートの高さがもどかしい。だがそのもどかしさこそが、今目の前にある艶やかな太ももを際立たせる。
撫でたい舐めたい挟まりたい。
頭が沸騰しそうなほどの衝動に身を任せ、尺取虫のようにベッドの上を這い、自由な足首と指先の力だけでベッドから宙へと舞い、その魅惑の太ももに飛び掛か――
「――で? 何か言いたいことは?」
「ぐうの音も出ないくらいに納得させられました。私は危険人物です」
そして当然のようにマリーさんに抱き付かれてベッドに押し付けられ、身動き一つ取れなくなった私。
ついカッとなってしまった。そしてその勢いのままに行動しようとしていた。
抱き付くマリーさんの胸が背中に押し付けられた分だけ得をしたと考えれば後悔も無いが――なるほど、確かにこれは危険人物だ。
「あの……申し訳ありません。今のセレスさんはこうでもしないとお嬢様から言われていて――」
「確かにこれは動けません。動いたら胸の感触がどこかに行ってしまいますから」
「ええそうよ。まあ、これであなたの現状は把握できたかしら? できたのなら、これからの話をしたいのだけれども。今回の報酬の件についても含めてね」
摘まんだスカートを下ろしながらそう言われ、いささかの残念さと共に首を縦に振る。
イリュメリアさんは情欲の権化と化している私ではなく、冒険者としての私と会話したいのでしょう。恐らくは口止めも兼ねて。
――実の所、私はイリュメリアさんがどういう人物なのかをほとんど知っていません。
ミーシャは言わずもがな。マリーさんはミーシャの友達で可愛い。ではイリュメリアさんはどうだと言われた時に、私は胸が大きいということ以外にそれに対する答えを持っていないのです。
私がこれまでの会話で知り得たことで重要なことは3つ。魔王を封印している一族であること。それを隠そうとしていること。
そして――感情よりも理論で行動できる人だということ。
「私の理性が戻りきらないうちに報酬の交渉で優位に立とうということでしたら、私は別に構いません。
私はミーシャを捕まえたいからクランテットに来て、マリーさんを助けたいから助けて、イリュメリアさんの胸を揉みたいからここに居るんです。報酬は、気持ちがあれば十分」
だとすればイリュメリアさんは、私という冒険者に対して何かしらのビジネスを持ち掛けて来るでしょう。
なにせ事態は世界の滅亡にすら繋がりかねない事態。それを情報の抹消により隠し切ろうとしているのであれば、飛び入りで事態に深く関わってしまった私とミーシャを放ってはおけません。
故に、その口を止めるだけの何かをイリュメリアさんは提示してくるはずなのです。あるいは、この場で私の口封じをするか。
「予想していた中で一番困る回答が来たわねぇ……狙って言っているのなら、また評価を改めなければならないのだけれども」
「こう言ったら話が早く済みそうな気がしたので。それに私が求める報酬は、すでに提示してありますよ?」
しかし隙だらけにも程がある今までの私の行動の最中、一度もそういった行動に出なかったということは、イリュメリアさんは別の手段によって私たちの口止めをするつもりなのだと考えることができます。
幸いにしてミーシャとこの主従は纏めて食べちゃいたいくらいに友好的な関係を築いていたらしく、そして私もまた、ちょっと身体を狙っているだけで敵対的な意思を持ってはいません。
だからといって断言することはできませんが、悪意ある手を打ってくるとは考えにくいこの状況。しかしそうなると逆にイリュメリアさんの手の内が読めず、かといって結構捻くれた性格をしていそうなので素直に口に出すとも思えず。
故にここで使うべきは冒険者になった直後にエミルさんから叩き込まれた報酬交渉術の中級編、「後ろ暗い貴族に口封じをされず報酬を確約させる手段」の応用。やろうともしていない口封じの選択肢を脳裏に浮かばせ、本命を口にしやすくする一手です。
「――ランヴィルド産の冒険者は本当にレベルが高いわね。遠回しな話は嫌い?」
「嫌いというか、その……マリーさんが密着しているのが気が気でならなくて。ちょっとした切っ掛けがあればまた理性が飛んでしまいそうなので、できればその前に交渉を済ませておきたいんですよ」
このイリュメリアさんの反応は、私の意図を理解した上のものでしょう。イリュメリアさんもそう大した駆け引きは望んでいなかったようで、折れるまでにそう大した時間はかかりませんでした。
「ああ、ごめんなさいね。ウチのマリーが可愛いせいで。――じゃあ、お望み通り単刀直入に言うとしましょう。
私たちジューディス家は封印の存在を秘匿することによって、魔王の封印を保ち続けた一族。でもその封印の所在が明るみになってしまった以上、その封印を解こうとする輩――従魔聖典主義者から身を隠すために、隠遁の地を求めてこの街を旅立たなければならない。
あなたたちにはそれに同行してほしいの。私たちの護衛――いや、パーティーとしてね」
――ただその代わり、イリュメリアさんからの提案はすぐに頷けるものではありませんでした。
これは報酬というよりは、追加依頼のようなものです。だがイリュメリアさん口ぶりからしておそらく、それ自体を報酬として提案してきている。
意図が読めない。もし「その間、私たちの身体を好きにしても良い」などという一文があれば非常に分かりやすかったのですが――それなら駆け引きをするまでもなく、最初からそう言っているはず。
イリュメリアさんはこれから旅立つと言っていた。それが安住の地を求める旅であれば、道中で路銀を稼ぐにしろその初期費用は膨大なものになるだろう。
さらに言えば彼女らは昨日の狂信者、従魔聖典主義者に狙われる身。秘密を共有できる護衛が必須。
既にその秘密について知っている手前、その護衛役としては私とミーシャが適任だ。私たちから秘密が漏れないよう、監視しておくこともできると考えれば一石二鳥だろう。
ただ、ここまでで考えられるのは全てイリュメリアさんの都合。それが報酬であるのなら、いくらなんでも結果に対する釣り合いが取れていない。
私たちは冒険者。没落貴族の庇護を求めて足を止めるほどヤワな存在ではないのだから。
「客観視は知性よりも理性の領域だから仕方のないことかもしれないけれども――セレスはあまり自分の立場を理解できていないようね。
正直に言えば今の私たちに、あなたたちの行動のリスクと難易度、そして結果に見合うだけの報酬を支払える余裕なんて無いのよ。
だって言ってしまえばあなたたちは自らの命の危険を顧みない行動の結果、世界の危機を水際で食い止めた訳でしょう? それはもはや英雄と呼ばれる者の所業。正当な報酬を支払おうとするなら、それこそ天井知らずになるわ。
かと言って肉体関係を以て口止めとするにはあまりに重大事。そもそもセレスの女好きが魔王の魔力による一時的なものか、それとも真正のものなのかが把握できていない以上、報酬は私でーす、なんて軽々しく言うことはできないわ。
だから私はセレスが女好きかどうかにかかわらず報酬として成立する、数字にできる報酬を提示しなければならない。身体で迫るのは、あくまでもその後押しでなければならない――ここまでは良いかしら?」
頭の上に疑問符を浮かべる私に、イリュメリアさんは小さく溜息を吐く。呆れているというよりは、仕方が無いと言った風だ。
――これはすなわち、イリュメリアさんから提示される報酬は、感情論を抜きにすれば結果に対して釣り合いが取れるものではないという、彼女なりの降伏宣言なのだろう。
しかしそれでもなお、彼女が提示しているものは報酬足りえるものだという自信があるのだろう。その曇りなき瞳は、そうであることを確信させる。
「はい、だからこそ分からないんです。あなたたちの旅に同行することが、私たちにどのような利点をもたらすものなのかと」
「それについては――そうね。前提として今、あなたがどのくらいの実力なのか、把握している?」
「把握も何も、私はFランクらしい冒険者駆け出しで――」
「実はそうじゃないのよ。あの決戦の場に居た全員がほぼ同じ速度で強くなっていたから実感は無いのでしょうけれど――魂の根源たる魔王の魔力は強力よ。その影響は精神のみならず、肉体にまで影響を与える。
魔王の魔力によって強化された今、セレスの膂力と魔力は到底Fランクのものではなく――控えめに見積もってもBランク。体調しだいではAランク下位に匹敵すると思われるわ。
この格付についてはダンウェル――この隠れ家に居る最高の実力者も異論は無いとしている。あの男が「殺しきるには骨が折れそうです」なんて言うくらいだから相当なものなのでしょう。勿論、冒険者としての経験値がFランク相応のものであることを踏まえた上でね」
「え、いや、あの……え?」
過剰な持ち上げ方にそういう交渉術なのかと思いはしたものの、イリュメリアさんの目は本気のそれだった。
それ故に、余計に混乱する。今まで必要以上の実力を求めたことが無かったので、実力がどうのと言われた時の対応を知らないのだ。
「まあ急だし、その実力を振るえていない以上は納得するのも難しいわよね。
でもまあ、私からすればそれが事実。それを踏まえた上でセレスは今後、パーティーを組むに相応しい実力の冒険者をそう簡単に見つけることができると思う? Fランクの、実力を示すだけの実績を公式に残せていないあなたが。――私は難しいと考えている」
ただイリュメリアさんの推論については、案外納得しやすいものでした。
イリュメリアさんによれば、今の私はFランク離れした実力の持ち主になっているらしい。それが真実であるならば、私が今後パーティーメンバーを見つけることは非常に難しくなる。
冒険者のパーティーというものは突出した実力の持ち主の居ない、同程度の実力者で組むことが理想とされています。
理由はいくつかあります。1人だけ図抜けた実力を持つ者がいると、報酬の分配がややこしくなることが1つ。パーティー全体の実力の限界近い戦闘になった時、その実力者の負担が増大することで戦線が崩壊しやすくなる点が1つ。そして純粋に――突出した実力者は、パーティー内の不和の原因になりやすいことが1つ。
これらを鑑みるに、私は今後Fランクの冒険者とパーティーを組むことはできないでしょう。かといってFランクである以上、実力相応だというA~Bランクの冒険者ともまた然りです。
そして冒険者というのは複数人で1つの依頼をこなすのが基本なので、恐らく受けさせてもらえる依頼にもかなりの制限がかかるでしょう。これは結構な死活問題です。
「――さて奇遇なことに、ここにはAランクからBランク相当の実力を持つあなたを押さえ込めている娘がいるわね。ああ、そう言えばこの子も魔王の魔力を浴び続けていたんだっけ。
冒険者登録なんて当然していないから、始めるならあなたと同じFランク。パーティーメンバーにするには丁度良い相手だと思わない?」
そう言われてふと、少し力を込めて私を抑え付けているマリーさんの腕を払おうとします。
――私を戒める荒縄は糸のように簡単に、しかし力強さを感じる低い音を立てて千切れました。しかしマリーさんはビクともせず、なんだかちょっと自慢げな表情浮かべています。襲いたい。
「セレスとマリーの身体能力に関しては、今見た通りよ。私はまあ、冒険者らしいことには一切の適性が無いのだけれども――その分、悪知恵が働く生き物だと自負している。
大抵の交渉事なら任せても大丈夫。損する結果だけは出さないと断言できるわ。この交渉が終われば、それが証拠になるんじゃないかしら」
それに続けてそう言うイリュメリアさんも、やはり得意げな表情。これは、つまり――
「「女」ではなく、「人材」を報酬にしたいということですか? 今すぐに支払うものではなく、今後の行動を以て対価とする、と」
「その通り。だから厳密には、あなたたちが私たちの旅に同行するのではなく、私たちがセレスたちの旅に同行する形になるわね。
ただ、あなたたちのペースでこの街に滞在することだけはできない。そういう意味で「セレスたちが私たちに同行する」と言ったの。だからパーティーのリーダーは、セレス、あなたで良いわ」
感情論ではなく、実利として自分たちを売り込むということ。それはすなわち、自分の得意分野において絶対の自信があるということ。
イリュメリアさんら自身が報酬だというのなら、依頼の報酬の分配に関しても過度に揉めることは少ないでしょう。それに解散のリスクも、彼女らの事情を鑑みれば非常に低いと思われます。
これは冒険者のみならず、集団としての一つの理想形。つまりイリュメリアさんが提示した報酬とは、今後私が冒険者として大成するための下地のようなものなのです。
「「女」をご所望ならそれはそれで良いのだけれども、私は結構重い女だからそこの所は注意ね。――で、どうかしら。ここまで聞いて、この報酬で満足できるかどうか。できたら今、答えて頂戴」
「――そうですね、申し分ありません。その報酬、受け取りましょう」
であるならば、それは報酬として十分すぎる価値を持つ。
実の所、私に冒険者として大成するという意思は無い。だが冒険者としての格が上がるほど、欲望の琴線に触れたものを得やすくなることもまた事実。
私はもう、欲望を抑えないと心に決めた身。欲望を満たす為のあらゆる努力は、肯定されてしかるべきだ。
ならば彼女らの実力を買うことに、何の不利益があろうか。元より逃がす気は無かった以上、彼女らから歩み寄ってくるのであれば逃がす手は無い。
「良かったわねマリー。これからもミーシャちゃんと一緒よ」
「はい! ありがとうございます、お嬢様、セレスさん!」
私の答えを聞き、花咲く笑顔でまだ寝ているミーシャに抱き付くマリーさん。ミーシャはその衝撃で虚ろに瞳を開くも、すぐにマリーさんの胸に潜り込むようにして二度寝してしまいました。
なかなか良い光景です。もうそろそろ限界なので襲っちゃっても良いかもしれません。
「――もう交渉は終わりですか? マリーさんが可愛くて、ちょっともう体の疼きが抑えられません」
「同意の上なら良いんじゃないかしら。身体を許した程度じゃあ、私は浮気とは思わないし」
――そう思った矢先、どうしても気になってしまう言葉がイリュメリアさんの口から放たれる。慌てて振り向いてみれば、そこには悪戯っぽい笑みを浮かべたイリュメリアさんが。
「言ったでしょ、私は重い女だって。マリーの心が欲しかったら、先に私を口説いたほうが良いかもしれないわよ?」
「――もしかして、お手付きですか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ。ただまあ良い物を手に入れたことだし、そうでないと言えなくなる日は近いわね」
そう言ってイリュメリアさんが懐から取り出したるは、ミーシャ印の例の薬。つまりはもうイリュメリアさんとマリーさんの間で、それを使えるだけの関係は築けているということらしい。
「ふーむ……じゃあ、パーティーリーダーとして最初の命令をイリュメリアさんに言います。さっき見えなかったので下着を見せてください」
「残念だけどそれは無理ね。だって今、私はいてないから」
「え、確かめても良いですか?」
「だーめ。嘘だって分かっちゃうじゃない。というかまさか、それが口説き文句のつもり?」
ならばイリュメリアさんの言う通り、彼女から先に迫ってみようと思ったものの結果はこの通り。
こんな事になるならロクデナシの癖して妙に女性受けしていたクリックズさんに、口説き文句の1つでも教わっておけば良かったと後悔します。
こうなったら力尽くで――とも思いましたが、すぐ横で押し倒しやすそうな無防備さを見せるマリーさんとミーシャを見ておきながら、イリュメリアさんに集中できるとも思えません。恐らく、謀られました。
「……むぅ、強敵ですね。これは楽しい旅になりそうです」
「ええ、私も楽しみよ。こんなに私好みの子が2人も増えると思うと、ね」
「ふふふ。イリュメリアさんってば、悪女ですね」
「ふふふ。イリーって呼んでも良いわよ。どうにせよ深い仲になる事に、違いは無いのだから」
――実の所、私はイリュメリアさんがどういう人物なのかをほとんど知りませんでした。
ミーシャは言わずもがな。マリーさんはミーシャの友達で可愛い。ではイリュメリアさんはどうだと言われた時に、私はそれに答えることができなかった。
ですが今なら、それに対して1つの答えを言える。
イリュメリア・ジューディスという少女は――私と好みがよく似ている。
「ええ本当に。あの時あの場でセレスがマリーを助けてくれなければ、まあ、碌でもない結果になっていたことだけは確かだから」
朝、ベッドの上であられもない姿を晒しながら眠るミーシャを抱きかかえながらイリュメリアさんから事の顛末を聞き、驚きに目を見開く。
私が成り行きで首を突っ込んだ事態は、私の想像以上に大事でした。お家騒動にしては魔王だのなんだのと物騒な単語が飛び交っているとは思っていましたが、まさか本当に神話一歩手前の事態にまでなっていたとは思いもしなかったのです。
そしてそれを認識すると同時、まざまざと見せつけられた自らの未熟さに大きく溜息を吐く。私は何が味方で何が敵かもわからない内から、事情も知らずマリーさんがミーシャの友人であると決め打ちして暴れていたのですから。
これは冒険者がどうこう以前の問題です。ミーシャのことで頭が一杯だった、などと言い訳することはできないでしょう。
状況に対する情報を持たない者の行動は、その成否から善悪に至るまで全てが博打と言っても過言ではない。故に、冒険者は誰よりも情報を集めなければならない。
ランヴィルドで冒険者を始めた直後、エミルさんから口酸っぱく言われた言葉の1つです。その言葉が、重く心にのしかかる。
結果的に最善手ではあったようだが、もしイリュメリアさん主従が魔王の復活を目論む輩であったとしたならば、世界は間違いなく暗黒の時代を迎えていたに違いない。
私の行動は、それだけのリスクを抱えたものだったのだ。
「何か不満でもあるのかしら? 緊急事態に対する結果としては、文句の付けようもない最上級のものだと思うのだけれども」
「いえその、身の丈に合わない危ない橋を渡っていたことは自覚していたのですが、紙一重で世界が滅ぶか否かだったと聞かされるともう少し慎重になった方が良かったのかと思いまして――」
自分がどれだけ重大なことをしでかしていたのかという自覚を得ると同時、体の芯から身震いする。
そのリスクは、おおよそ癇癪じみた感情から出た行動によって引き起こされるべきものではないものです。ましてや、それを理解せずにいる事も。
己のなすべき行動と、その結果を把握して初めて一人前の冒険者だとランヴィルドの先輩冒険者たちは口々に言っていました。
だとすれば私は、やはり冒険者として半人前なのでしょう。この体たらくでよくもまあクリックズさんにあれだけの啖呵を切れたものです。
「ふーん……なんというか、思っていたより理性的というか――頭が固いタイプだったのね、セレスって。こうしてちゃんと話し合ってみれば、初対面の印象とはだいぶ違うわね」
「あの時は色々と一杯一杯で……冷静になった今ではもう、ミーシャの胸でも揉んでおかないと落ち着かないくらいです」
そう言いながら、眠るミーシャの小ぶりな胸をひと揉みする。軽い痙攣と共に甘い声を漏らすミーシャが愛おしい。
半人前でも、場に流されただけの感情任せな行動の結果でも、それでも望むものはこの手に掴んだ。半人前なら半人前らしく、今はそれで満足しよう。
ただどういう訳かそれを見るイリュメリアさんと、その横に佇むマリーさんの視線が生暖かい。いや生暖かいだけではなく、どこか残念なものを見ているかのような――
「――昨日までの暴走も、魔王の魔力の影響ってところかしら多分。赤蛇の森で魔王の魔力を多少なりともその身に受けていたことと、溜め込んでいた不安や不満、純粋な欲望といったものに魔王の魔力が呼応して、一時的な暴走状態にあったってことなんでしょうきっと」
「なるほど……だったらもう大丈夫ですかね? 目的のミーシャも捕まえた事ですし、もう2人に手を出そうとは考えないでしょう」
眠るミーシャのやわらかいお尻を撫で揉みながらそう言えば、何か呆れたように首を横に振るイリュメリアさん。
昨日は結局ミーシャを貪りつくすのに身体が一杯で、イリュメリアさんにもマリーさんにも手を出していないというのに……確かに身体が3つあったら全員美味しくいただいていたでしょうが、やっていないのだから無罪です。
だというのにそんな信用していないと言わんばかりの態度を取られたら、心に傷の1つも付くというもの。これは一度、深くお互いのことを理解しあうためのスキンシップが必要だと考えざるを得ません。
幸いにしてここはベッドの上。仲を深めるならやることは1つ。元よりその豊満な胸に心を惹かれていた身。抱き付いて顔をうずめるくらいは認められてしかるべきで――
「舌の根も乾かないうちから何をしようとしているのよ。マリー、ちょっとセレス押さえてて」
「はい、お嬢様。――セレスさん、失礼しますね」
そうして自然とイリュメリアさんに向かって伸びていた手が、マリーさんに掴まれる。
しかもそのまま荒縄でぐるぐる巻きにされ、地に落ちた蓑虫のように横たわる私。
「まあ見ての通り、今のセレスは言うなれば理性と欲望が釣り合っていない状態。会話は普通に成立しているから、理性が薄れたのではなく欲望が肥大化したか、倫理観が薄まったかのどちらか。
ただどちらにせよ、今のあなたは自分で考えている以上の危険人物なの。助けてもらっておいてなんだけれども、おいそれと野に放つ訳にはいかないって訳」
「き、危険人物だなんて……そんなことないですよ。これはちょっとしたスキンシップを図ろうとした結果でして――」
あらぬ疑いをかけられ、弁解しようと声をあげた途端、何を思ったのかイリュメリアさんが自らのスカートをたくし上げる。
下着――は見えない。
あとほんの少しの見えるか見えないかの角度とスカートの高さがもどかしい。だがそのもどかしさこそが、今目の前にある艶やかな太ももを際立たせる。
撫でたい舐めたい挟まりたい。
頭が沸騰しそうなほどの衝動に身を任せ、尺取虫のようにベッドの上を這い、自由な足首と指先の力だけでベッドから宙へと舞い、その魅惑の太ももに飛び掛か――
「――で? 何か言いたいことは?」
「ぐうの音も出ないくらいに納得させられました。私は危険人物です」
そして当然のようにマリーさんに抱き付かれてベッドに押し付けられ、身動き一つ取れなくなった私。
ついカッとなってしまった。そしてその勢いのままに行動しようとしていた。
抱き付くマリーさんの胸が背中に押し付けられた分だけ得をしたと考えれば後悔も無いが――なるほど、確かにこれは危険人物だ。
「あの……申し訳ありません。今のセレスさんはこうでもしないとお嬢様から言われていて――」
「確かにこれは動けません。動いたら胸の感触がどこかに行ってしまいますから」
「ええそうよ。まあ、これであなたの現状は把握できたかしら? できたのなら、これからの話をしたいのだけれども。今回の報酬の件についても含めてね」
摘まんだスカートを下ろしながらそう言われ、いささかの残念さと共に首を縦に振る。
イリュメリアさんは情欲の権化と化している私ではなく、冒険者としての私と会話したいのでしょう。恐らくは口止めも兼ねて。
――実の所、私はイリュメリアさんがどういう人物なのかをほとんど知っていません。
ミーシャは言わずもがな。マリーさんはミーシャの友達で可愛い。ではイリュメリアさんはどうだと言われた時に、私は胸が大きいということ以外にそれに対する答えを持っていないのです。
私がこれまでの会話で知り得たことで重要なことは3つ。魔王を封印している一族であること。それを隠そうとしていること。
そして――感情よりも理論で行動できる人だということ。
「私の理性が戻りきらないうちに報酬の交渉で優位に立とうということでしたら、私は別に構いません。
私はミーシャを捕まえたいからクランテットに来て、マリーさんを助けたいから助けて、イリュメリアさんの胸を揉みたいからここに居るんです。報酬は、気持ちがあれば十分」
だとすればイリュメリアさんは、私という冒険者に対して何かしらのビジネスを持ち掛けて来るでしょう。
なにせ事態は世界の滅亡にすら繋がりかねない事態。それを情報の抹消により隠し切ろうとしているのであれば、飛び入りで事態に深く関わってしまった私とミーシャを放ってはおけません。
故に、その口を止めるだけの何かをイリュメリアさんは提示してくるはずなのです。あるいは、この場で私の口封じをするか。
「予想していた中で一番困る回答が来たわねぇ……狙って言っているのなら、また評価を改めなければならないのだけれども」
「こう言ったら話が早く済みそうな気がしたので。それに私が求める報酬は、すでに提示してありますよ?」
しかし隙だらけにも程がある今までの私の行動の最中、一度もそういった行動に出なかったということは、イリュメリアさんは別の手段によって私たちの口止めをするつもりなのだと考えることができます。
幸いにしてミーシャとこの主従は纏めて食べちゃいたいくらいに友好的な関係を築いていたらしく、そして私もまた、ちょっと身体を狙っているだけで敵対的な意思を持ってはいません。
だからといって断言することはできませんが、悪意ある手を打ってくるとは考えにくいこの状況。しかしそうなると逆にイリュメリアさんの手の内が読めず、かといって結構捻くれた性格をしていそうなので素直に口に出すとも思えず。
故にここで使うべきは冒険者になった直後にエミルさんから叩き込まれた報酬交渉術の中級編、「後ろ暗い貴族に口封じをされず報酬を確約させる手段」の応用。やろうともしていない口封じの選択肢を脳裏に浮かばせ、本命を口にしやすくする一手です。
「――ランヴィルド産の冒険者は本当にレベルが高いわね。遠回しな話は嫌い?」
「嫌いというか、その……マリーさんが密着しているのが気が気でならなくて。ちょっとした切っ掛けがあればまた理性が飛んでしまいそうなので、できればその前に交渉を済ませておきたいんですよ」
このイリュメリアさんの反応は、私の意図を理解した上のものでしょう。イリュメリアさんもそう大した駆け引きは望んでいなかったようで、折れるまでにそう大した時間はかかりませんでした。
「ああ、ごめんなさいね。ウチのマリーが可愛いせいで。――じゃあ、お望み通り単刀直入に言うとしましょう。
私たちジューディス家は封印の存在を秘匿することによって、魔王の封印を保ち続けた一族。でもその封印の所在が明るみになってしまった以上、その封印を解こうとする輩――従魔聖典主義者から身を隠すために、隠遁の地を求めてこの街を旅立たなければならない。
あなたたちにはそれに同行してほしいの。私たちの護衛――いや、パーティーとしてね」
――ただその代わり、イリュメリアさんからの提案はすぐに頷けるものではありませんでした。
これは報酬というよりは、追加依頼のようなものです。だがイリュメリアさん口ぶりからしておそらく、それ自体を報酬として提案してきている。
意図が読めない。もし「その間、私たちの身体を好きにしても良い」などという一文があれば非常に分かりやすかったのですが――それなら駆け引きをするまでもなく、最初からそう言っているはず。
イリュメリアさんはこれから旅立つと言っていた。それが安住の地を求める旅であれば、道中で路銀を稼ぐにしろその初期費用は膨大なものになるだろう。
さらに言えば彼女らは昨日の狂信者、従魔聖典主義者に狙われる身。秘密を共有できる護衛が必須。
既にその秘密について知っている手前、その護衛役としては私とミーシャが適任だ。私たちから秘密が漏れないよう、監視しておくこともできると考えれば一石二鳥だろう。
ただ、ここまでで考えられるのは全てイリュメリアさんの都合。それが報酬であるのなら、いくらなんでも結果に対する釣り合いが取れていない。
私たちは冒険者。没落貴族の庇護を求めて足を止めるほどヤワな存在ではないのだから。
「客観視は知性よりも理性の領域だから仕方のないことかもしれないけれども――セレスはあまり自分の立場を理解できていないようね。
正直に言えば今の私たちに、あなたたちの行動のリスクと難易度、そして結果に見合うだけの報酬を支払える余裕なんて無いのよ。
だって言ってしまえばあなたたちは自らの命の危険を顧みない行動の結果、世界の危機を水際で食い止めた訳でしょう? それはもはや英雄と呼ばれる者の所業。正当な報酬を支払おうとするなら、それこそ天井知らずになるわ。
かと言って肉体関係を以て口止めとするにはあまりに重大事。そもそもセレスの女好きが魔王の魔力による一時的なものか、それとも真正のものなのかが把握できていない以上、報酬は私でーす、なんて軽々しく言うことはできないわ。
だから私はセレスが女好きかどうかにかかわらず報酬として成立する、数字にできる報酬を提示しなければならない。身体で迫るのは、あくまでもその後押しでなければならない――ここまでは良いかしら?」
頭の上に疑問符を浮かべる私に、イリュメリアさんは小さく溜息を吐く。呆れているというよりは、仕方が無いと言った風だ。
――これはすなわち、イリュメリアさんから提示される報酬は、感情論を抜きにすれば結果に対して釣り合いが取れるものではないという、彼女なりの降伏宣言なのだろう。
しかしそれでもなお、彼女が提示しているものは報酬足りえるものだという自信があるのだろう。その曇りなき瞳は、そうであることを確信させる。
「はい、だからこそ分からないんです。あなたたちの旅に同行することが、私たちにどのような利点をもたらすものなのかと」
「それについては――そうね。前提として今、あなたがどのくらいの実力なのか、把握している?」
「把握も何も、私はFランクらしい冒険者駆け出しで――」
「実はそうじゃないのよ。あの決戦の場に居た全員がほぼ同じ速度で強くなっていたから実感は無いのでしょうけれど――魂の根源たる魔王の魔力は強力よ。その影響は精神のみならず、肉体にまで影響を与える。
魔王の魔力によって強化された今、セレスの膂力と魔力は到底Fランクのものではなく――控えめに見積もってもBランク。体調しだいではAランク下位に匹敵すると思われるわ。
この格付についてはダンウェル――この隠れ家に居る最高の実力者も異論は無いとしている。あの男が「殺しきるには骨が折れそうです」なんて言うくらいだから相当なものなのでしょう。勿論、冒険者としての経験値がFランク相応のものであることを踏まえた上でね」
「え、いや、あの……え?」
過剰な持ち上げ方にそういう交渉術なのかと思いはしたものの、イリュメリアさんの目は本気のそれだった。
それ故に、余計に混乱する。今まで必要以上の実力を求めたことが無かったので、実力がどうのと言われた時の対応を知らないのだ。
「まあ急だし、その実力を振るえていない以上は納得するのも難しいわよね。
でもまあ、私からすればそれが事実。それを踏まえた上でセレスは今後、パーティーを組むに相応しい実力の冒険者をそう簡単に見つけることができると思う? Fランクの、実力を示すだけの実績を公式に残せていないあなたが。――私は難しいと考えている」
ただイリュメリアさんの推論については、案外納得しやすいものでした。
イリュメリアさんによれば、今の私はFランク離れした実力の持ち主になっているらしい。それが真実であるならば、私が今後パーティーメンバーを見つけることは非常に難しくなる。
冒険者のパーティーというものは突出した実力の持ち主の居ない、同程度の実力者で組むことが理想とされています。
理由はいくつかあります。1人だけ図抜けた実力を持つ者がいると、報酬の分配がややこしくなることが1つ。パーティー全体の実力の限界近い戦闘になった時、その実力者の負担が増大することで戦線が崩壊しやすくなる点が1つ。そして純粋に――突出した実力者は、パーティー内の不和の原因になりやすいことが1つ。
これらを鑑みるに、私は今後Fランクの冒険者とパーティーを組むことはできないでしょう。かといってFランクである以上、実力相応だというA~Bランクの冒険者ともまた然りです。
そして冒険者というのは複数人で1つの依頼をこなすのが基本なので、恐らく受けさせてもらえる依頼にもかなりの制限がかかるでしょう。これは結構な死活問題です。
「――さて奇遇なことに、ここにはAランクからBランク相当の実力を持つあなたを押さえ込めている娘がいるわね。ああ、そう言えばこの子も魔王の魔力を浴び続けていたんだっけ。
冒険者登録なんて当然していないから、始めるならあなたと同じFランク。パーティーメンバーにするには丁度良い相手だと思わない?」
そう言われてふと、少し力を込めて私を抑え付けているマリーさんの腕を払おうとします。
――私を戒める荒縄は糸のように簡単に、しかし力強さを感じる低い音を立てて千切れました。しかしマリーさんはビクともせず、なんだかちょっと自慢げな表情浮かべています。襲いたい。
「セレスとマリーの身体能力に関しては、今見た通りよ。私はまあ、冒険者らしいことには一切の適性が無いのだけれども――その分、悪知恵が働く生き物だと自負している。
大抵の交渉事なら任せても大丈夫。損する結果だけは出さないと断言できるわ。この交渉が終われば、それが証拠になるんじゃないかしら」
それに続けてそう言うイリュメリアさんも、やはり得意げな表情。これは、つまり――
「「女」ではなく、「人材」を報酬にしたいということですか? 今すぐに支払うものではなく、今後の行動を以て対価とする、と」
「その通り。だから厳密には、あなたたちが私たちの旅に同行するのではなく、私たちがセレスたちの旅に同行する形になるわね。
ただ、あなたたちのペースでこの街に滞在することだけはできない。そういう意味で「セレスたちが私たちに同行する」と言ったの。だからパーティーのリーダーは、セレス、あなたで良いわ」
感情論ではなく、実利として自分たちを売り込むということ。それはすなわち、自分の得意分野において絶対の自信があるということ。
イリュメリアさんら自身が報酬だというのなら、依頼の報酬の分配に関しても過度に揉めることは少ないでしょう。それに解散のリスクも、彼女らの事情を鑑みれば非常に低いと思われます。
これは冒険者のみならず、集団としての一つの理想形。つまりイリュメリアさんが提示した報酬とは、今後私が冒険者として大成するための下地のようなものなのです。
「「女」をご所望ならそれはそれで良いのだけれども、私は結構重い女だからそこの所は注意ね。――で、どうかしら。ここまで聞いて、この報酬で満足できるかどうか。できたら今、答えて頂戴」
「――そうですね、申し分ありません。その報酬、受け取りましょう」
であるならば、それは報酬として十分すぎる価値を持つ。
実の所、私に冒険者として大成するという意思は無い。だが冒険者としての格が上がるほど、欲望の琴線に触れたものを得やすくなることもまた事実。
私はもう、欲望を抑えないと心に決めた身。欲望を満たす為のあらゆる努力は、肯定されてしかるべきだ。
ならば彼女らの実力を買うことに、何の不利益があろうか。元より逃がす気は無かった以上、彼女らから歩み寄ってくるのであれば逃がす手は無い。
「良かったわねマリー。これからもミーシャちゃんと一緒よ」
「はい! ありがとうございます、お嬢様、セレスさん!」
私の答えを聞き、花咲く笑顔でまだ寝ているミーシャに抱き付くマリーさん。ミーシャはその衝撃で虚ろに瞳を開くも、すぐにマリーさんの胸に潜り込むようにして二度寝してしまいました。
なかなか良い光景です。もうそろそろ限界なので襲っちゃっても良いかもしれません。
「――もう交渉は終わりですか? マリーさんが可愛くて、ちょっともう体の疼きが抑えられません」
「同意の上なら良いんじゃないかしら。身体を許した程度じゃあ、私は浮気とは思わないし」
――そう思った矢先、どうしても気になってしまう言葉がイリュメリアさんの口から放たれる。慌てて振り向いてみれば、そこには悪戯っぽい笑みを浮かべたイリュメリアさんが。
「言ったでしょ、私は重い女だって。マリーの心が欲しかったら、先に私を口説いたほうが良いかもしれないわよ?」
「――もしかして、お手付きですか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ。ただまあ良い物を手に入れたことだし、そうでないと言えなくなる日は近いわね」
そう言ってイリュメリアさんが懐から取り出したるは、ミーシャ印の例の薬。つまりはもうイリュメリアさんとマリーさんの間で、それを使えるだけの関係は築けているということらしい。
「ふーむ……じゃあ、パーティーリーダーとして最初の命令をイリュメリアさんに言います。さっき見えなかったので下着を見せてください」
「残念だけどそれは無理ね。だって今、私はいてないから」
「え、確かめても良いですか?」
「だーめ。嘘だって分かっちゃうじゃない。というかまさか、それが口説き文句のつもり?」
ならばイリュメリアさんの言う通り、彼女から先に迫ってみようと思ったものの結果はこの通り。
こんな事になるならロクデナシの癖して妙に女性受けしていたクリックズさんに、口説き文句の1つでも教わっておけば良かったと後悔します。
こうなったら力尽くで――とも思いましたが、すぐ横で押し倒しやすそうな無防備さを見せるマリーさんとミーシャを見ておきながら、イリュメリアさんに集中できるとも思えません。恐らく、謀られました。
「……むぅ、強敵ですね。これは楽しい旅になりそうです」
「ええ、私も楽しみよ。こんなに私好みの子が2人も増えると思うと、ね」
「ふふふ。イリュメリアさんってば、悪女ですね」
「ふふふ。イリーって呼んでも良いわよ。どうにせよ深い仲になる事に、違いは無いのだから」
――実の所、私はイリュメリアさんがどういう人物なのかをほとんど知りませんでした。
ミーシャは言わずもがな。マリーさんはミーシャの友達で可愛い。ではイリュメリアさんはどうだと言われた時に、私はそれに答えることができなかった。
ですが今なら、それに対して1つの答えを言える。
イリュメリア・ジューディスという少女は――私と好みがよく似ている。
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