野良魔道士は百合ハーレムの夢を見る

むぅ

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2.お嬢様&メイド編

8.銀髪娘の冒険譚

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国境の街ランヴィルドと交易都市クランテットを結ぶ街道は、その安全さは国内でも有数のものだと言われている。

というのもランヴィルドに常駐している国境警備隊が訓練の一環として、周辺区域の魔物の掃討や野盗狩りをしばしば行うからだ。

特に戦時になればランヴィルドへの補給線としての役割を果たすクランテットへの街道は手厚く保護するべき区画であり、万が一にも野盗が跋扈するような状態にしてはならない。

街道の安全の確保は、軍からすれば地方領主や冒険者に任せきりにできるほど安易な案件ではないのだ。

そんな事情もあってランヴィルドの周辺には冒険者の収入源となる魔物も賞金首も少なく、また、見つけたとしても一山いくらの冒険者にはどうしようもない大物だったりすることが多い。

ランヴィルド周辺で稼ぐと言った際に話題に上がるのが、デザイアパイソンの犇めく「赤蛇の森」しかないというのが良い例だろう。

かの魔物は本来一流と呼ばれるBランクからAランクの冒険者が徒党を組んで倒すべき相手であり、冒険者の大半を占めるCランク以下では報酬を手に入れるどころか、逆に冒険者自身がデザイアパイソンの報酬になりかねない。

それ故に冒険者稼業がランヴィルドで長続きすることは無く、その大半はランヴィルドで別の職を見つけて根付くか、ランヴィルドに見切りをつけてクランテットまで足を運ぶかを選ぶこととなる。

――彼女もそうだったのだろう。今、目の前で赤燐の大蛇に飲み込まれた彼女もまた。

「あわ……あわわ……」

通りがけにたまたまその決定的な場面を目撃することとなった行商人のシエラ・レットキードは、自らの不運を嘆きながら自らの操る馬車の御者台の上で身を縮こめる。

目の前でこちらを見ながら舌なめずりしている魔物こそ、悪名高いデザイアパイソンご本人様だろう。しかもどうやら細身な乙女を1人飲み込んだ程度では満腹には程遠いらしく、次なる獲物として自分を狙っているらしい。

荷を引くフォレストホースに跨って逃げようにも、2頭の愛馬はそこそこお年を召しているせいか、揃って何かを悟ったような表情になりその場にへたり込み瞳を閉じている。

お前らに野生のガッツは無いのか。若かりし日に自分を振り回した情熱はどこに置いて来た。

そう悪態を吐くもたかが馬に人の言葉が通じるはずもなく。荷馬車ごと丸呑みにしようと大口を開けるデザイアパイソンは、今まさに自分に向かって飛び掛かってこようとしている。

あ、これは死んだな。

そう他人事のように確信した瞬間、デザイアパイソンがその身をくねらせ、苦しげな声を上げて悶え始める。

すわ何事かとその光景を眺めていれば、暴れのたうつデザイアパイソンは次第にその動きを弱めていき、次第にピクリとも動かなくなった。

しばらくの間をおいて恐る恐る近づいてみると、唐突に分厚い腹鱗を突き破って棘のようなものが生えてくる。

高速回転している槍のような何か。多分ドリルだ。そしてデザイアパイソンの腹から突き出たそれは、岩を削るような轟音と共に真一文字に傷口を広げていく。

その切り開いた腹の中から、先ほど飲み込まれた少女がよっこらせと這い出てくるのだ。これを衝撃的体験と言わずしてなんと言う。

「し、死ぬかと思いました……5割くらい、あの世行ってました……」

今この場で誰よりも死にかけていたであろう彼女は、しかし自分よりも5割ほど多く心に余裕があったらしい。




―――――――――――――――――――――――――――――――――




「ありがとうございます。胃液を落とす水を頂けるだけでなく、馬車にまで乗せて貰えるなんて」
「いやいやウチもセレスさんのおかげで助かった訳やし、そのくせ買い叩かせて貰ったかんな。この程度はお安い御用やで」

馬車の荷台に揺られながら私、セレス・ベルックムーンは行商人のシエラさんに感謝を述べる。

彼女は行商人だが護衛を雇っていなかったらしく、ランヴィルドからの道中にデザイアパイソンを4匹ほど見かけたと言ったら即座に荷馬車を反転させてクランテットに戻ろうとした。そこでせっかくだからと便乗してみたところ、護衛のついでに荷台に乗せて貰えることとなったのです。

これは実に運が良いことです。2頭立ての馬車であれば徒歩よりも早くクランテットにまで辿り着くことができる上に、デザイアパイソンの胃液でダメになった衣服や食料の替えまで積み荷から渡してくれるといいます。

その分高く売れるデザイアパイソンの素材の半分近くを譲り渡すことになったのですが、別にそれを損な取引だとは思いません。運搬手段が無く、捨てるしかなかった素材のうち半分が金に、半分が経費になったと思えばむしろ都合が良いくらいです。

「セレスはんは冒険者なんよな。クランテットには稼ぎに行くんか?」
「ああいえ、私はランヴィルドから飛び出していった女の子を追いかけていて。このジェリースライムもその子のペットなんですよ」

ただふと、肩に乗るスラみぃちゃんを撫でながら考える。どうしてこうなったのだろう、と。

日を跨いで冷えた頭で反省してみれば、先日の私はなかなかに危険人物でした。

同性のパーティーメンバーをベッドに押し倒し、意識が飛ぶまで体を求め、そして翌日には人目もはばからず路上でおっぱじめようとした上に、師匠代わりの先輩冒険者を殺しにかかるFランク冒険者。

控えめに言って近寄りたくない。いっそ憲兵に捕まったとしてもおかしくない。むしろ捕まっていない方がおかしい。

というかこれだけの危険人物を前にして「良い気合だ。10点満点だ」とか言って愛槍を投げ渡してくるクリックズさんも相当イカれていると思うくらいです。

そしてそのままの勢いでデザイアパイソンが居ると分かっている街道に飛び出してしまう私も私で相当な身の程知らずでした。デザイアパイソンを見つけては息を潜め、神経をすり減らしながら進む道中で冷静になって、やっとそのことに気付いたというのは流石に遅すぎるでしょう。

今まで波風立てぬように生きてきたので気付きませんでしたが、案外、熱くなると物事に目が回らなくなる性格をしていたのかもしれません。

ただあえて当時の沸騰した思考の言い訳をするのなら、人恋しさ故の暴走とでも言いましょうか。

結局のところ、私にとってランヴィルドはホーム足りえなかったということでしょう。誰もが優しく、温かな街でしたが、故郷から見放された私の心を埋めるものではなかったのです。

そこに降って沸いた心を許せる人間というのはそう簡単に手放せるものでも、諦められるものでもありません。追い出されるような形とは言え家族との別れを経験してしまった分、二度もその辛さに耐えることはできないのです。

それを思えば、私がパーティーの解散に反対することはもはや必然でした。より強引な手段を使われていたとしても、私はその意思を曲げなかったでしょう。

それでもさすがに自分が同性愛者だとは思っていなかったのですが、そこはそれ。案外自分でもしっくりきている所がありますし、目覚めてしまったものはしょうがない。


「友人か? まあ、むやみに聞く気はあらへんけど、ほなら急いだほうがええな。クランテットは人が多い分、悪人も多いで」
「そうなんですか? ランヴィルドは良い人ばかりでしたが――」
「そりゃもうランヴィルドなんかとは全然違う、隙を見せたら骨の髄までしゃぶられる街や。
表通りでは高利貸しが客引きをして、裏路地には人攫いがわんさか。そこにそんな家出娘みたいなのを放り込んだら、良い餌になるのがオチやで」


それにこうなった責任もしっかりミーシャに取ってもらえば良いと思えば、どこにも問題は無いように思えます。

唯一の懸念はそのミーシャに嫌われてしまったかもしれないということですが――ランヴィルドから飛び去るとき、名残惜しそうに振り返り、熱っぽい視線を向けてきたミーシャの態度からそれは無いと考えたいです。

客観的に振り返ってみても、私にはあの表情が誘っている者のそれにしか見えませんでした。

ならば求められるがまま地の果てまで追い詰め、欲望の赴くがままに押し倒すまで。

「なら、急いでくれると助かります。
かなり隙だらけな子ですし――何より、私もあの子を食べちゃいたいですしね」
「えっ」

ただ私の心中がどうにせよ、やることは変わらない。今はとにかく、ミーシャの背を追うことを考えていよう。




「――ほれ、クランテットに到着や。護衛あんがとな」
「いえ、こちらも助かりました。今後も何かあれば、ぜひ」
「なんや先に言われてもうたなぁ。ウチは行商ギルドに居てはるから、何かあったらよろしゅう」

翌日の白昼、クランテットに到着した私は門を抜け、簡単な社交辞令を終えてシエラさんと別れました。

その荷馬車の影はすぐに人ごみの中に掻き消え、それを見届けた私もすぐに人ごみに呑まれます。

その足で向かう先は、道中でシエラさんから聞いたクランテットの冒険者ギルド。門から街の中央広場に向けて少し向かったところにあるそこは、ミーシャを探す第一歩として間違いの無い場所。

ミーシャがクランテットで冒険者として活動しているのであれば、冒険者ギルドを避けることはできません。それに万が一ミーシャが冒険者ギルドに足を運ばず妙な所で働いていようとも、情報収集をするのであれば最適な場所であるはずです。

デザイアパイソンの一件についても報告はしようと思いますが、それは余裕があったらで良いと考えています。おのぼりのFランクの冒険者が「街道にデザイアパイソンが大量発生していて、自分も飲み込まれたけれど腹を掻っ捌いて出てきた」なんて言っても信用されるとはとても思いません。たとえそれがクリックズさんから餞別に貰った、回転する螺旋槍の性能によるゴリ押しだったとしても、そのクリックズさんの知名度がランヴィルド外で壊滅的に低い以上は信用させる手段もありません。

それに、デザイアパイソンの素材を実際に抱えているシエラさんも行商ギルドで同じことを言うでしょう。冒険者ギルドに対しても行商ギルドの方から緊急の連絡が回ってくることを考えれば、別に私がそれを伝えずとも大きな問題は無いように思われます。

第一、そんなものの真偽の確認に時間を取られてミーシャを取り逃がしてしまっては悔やむに悔やみきれません。

もしそうなったら腹いせにシエラさん辺りの手ごろな女性を押し倒してしまうかもしれませんし、流石にそれは誰にとっても不幸なことなので避けたいところです。という訳でデザイアパイソンの素材を安く買ったついでにここは1つ、己が身の貞操を守るためだと思ってシエラさんにその手間を押し付けられていただきましょう。


そう結論付けて慣れない人の波にあっぷあっぷしながらも冒険者ギルドに辿り着き、その建屋の中に入ります。

すると目に飛び込んできたのは、建屋内に押し込められたのではないかと錯覚するほどの同業者の多さ。しかもある者は昼間から酒を呑み、ある者は喧嘩腰で怒鳴り合っている、まさしくいつの日かエミルさんが言っていた「浮浪者と大差ない荒くれ共」がそこには居ました。

閑古鳥が鳴いていたランヴィルドの冒険者ギルドとは、雰囲気から人の数まで何もかもが同じ組織だと思えない光景です。依頼の受注が少ない昼間でさえ両手で数えきれないほどのパーティーがたむろしているのだから、これで朝のピーク時にはどれだけの人だかりができるのだろうと末恐ろしく思います。

「すみません、人を探しているのですが少しよろしいですか?」
「人探しの依頼ですか? でしたら依頼人用の窓口はまた別の場所になります」
「ああいえ、探しているのは冒険者で――ミーシャ・ストレイルというFランク冒険者の女の子なのですが」

しかし山といる冒険者たちの顔を1人1人覗き込んでも建屋内にミーシャの姿は見受けられず、山場を過ぎたのかカウンターでくつろぐ姿を見せる受付嬢に声をかける。

すると露骨に面倒臭そうな表情になりながらも受付嬢は名簿を取り出し、雑にページをめくって流し読みする。

「残念ながら冒険者ギルド、クランテット支部に在籍しているFランク冒険者は全員男ですね。またのお越しを」

そう言ってあしらうように話を終わらせた受付嬢は、そのまま私の後ろに並冒険者に順番を譲るよう促す。

ランヴィルドに居た頃、エミルさんが受付嬢は当たり外れの差が大きいと言っていましたが、もしかするとこれがその外れの部類の受付嬢なのかもしれません。全体的に態度が冷たいです。

こういう時は金を掴ませれば態度が軟化するとは聞いたことがありますが、なにぶんどれくらいの金を渡せばいいのかも、渡す際のコツも知らない私では適当に金を巻き上げられるだけで終わってしまうでしょう。

一応手元にはエミルさんから借りたお金と、デザイアパイソンの素材をシエラさんに売って得たお金とを合わせて結構な資金があります。なのでダメ元で試してみるのも一つの手ではあるのですが――なんというか、ここには本当にミーシャが居ないような気がするのです。


こう言ってはなんですが、ミーシャは数ある冒険者の中でもすごく目立つ子だと思います。

ミーシャ・ストレイルという冒険者は魔導士としての実力はあり、その割にFランクで、何よりびっくりするほど世間知らずなところがあります。そんなミーシャの無根拠に自信満々な言動は、一度目にすればそう簡単に忘れられるものないでしょう。

ミーシャの名を口にしてギルド内に何の空気の変化も無かったということはつまり、彼女はここに足を運んでいないと考えても良いのかもしれません。

勿論、名前が思い浮かばなかっただとか、クランテットではそんな冒険者はありふれていて記憶に残っていないだとか、そういった可能性も否定はできません。

ですが私の直感は、ミーシャはここに居ないと告げています。ミーシャとはこの場の空気が馴染まないような、そんな気がしたのです。

――となると冒険者ギルドで話を聞くよりも、実は路上で聞き込みをした方がミーシャを見つけやすいのかもしれません。

ミーシャはクランテットまで飛行魔法で飛んできている訳ですし、これだけ人が多ければ誰かはミーシャが飛んでいる姿を見かけているかも。それにそう言った観点でミーシャを探すのであれば、同業の冒険者と道行く通行人の持つ情報の量に差は無いように思えます。

そうとなれば、もうギルドに用は無いでしょう。そう結論付けた私はギルドの建屋を出て、人の溢れる街の中にその身を投じました。





「ああミーシャね、それならあっちの路地裏で見たぜ。案内してやるから付いて来な……馬鹿め騙されやがって! 今日からお前は俺の性奴れぐぎゃぁっ?!」


「あの子の知り合いか? なら丁度良かった、あの子もアンタを探してる。こっちだ……ハッ、チョロイもんだぜ。娼館送りにされるとも知らず、ホイホイ付いて来やがグハッ?!」


「連れ添いとはぐれたのか? そりゃあ大変だ。だが大抵の尋ね人と出会える場所を知ってるぜ……檻の中で、奴隷としてだガッハァ?!」





「本当になんなんでしょうこの街。隙を見せたらしゃぶられるって、そういう意味なんですか」

ちょっとした広場の片隅に腰掛け、徒労感から誰にでもなく悪態を吐く。

クランテットには聞き込みに来た人を路地裏に連れ込む慣習でもあるのでしょうか。

聞く人聞く人、誰もが最初にミーシャを知っていると言い、次に案内すると言って路地裏に連れ込み、人目が無くなったところで襲い掛かってくるというワンパターンをこれでもかというくらい繰り返してきます。勿論、実際はミーシャの顔すら知らない人ばかりです。

しかも力尽くで私をどうこうしようという割には隙が多い輩ばかりで、割と簡単に殴り倒せてしまったというのも呆れるばかり。とはいえ複数人で囲まれたらなすすべもなく人攫いの憂き目に会っていたでしょうから、こちらはただの幸運だとも考えられます。

しかしミーシャに繋がる情報が無い以上、そんな小悪党だか人攫いだか分からない連中の言葉でさえも聞き逃せない事もまた事実。それにミーシャほど隙の多そうな女の子であれば、私がクランテットに辿り着くよりも早くに人攫いにあっていることだって考えられます。

ともなれば聞き込みを辞める訳にもいかず、人攫いを吊り上げては殴り倒し、攫った人間にミーシャらしき人物がいなかったかを聞き出すことを繰り返すしかないのです。

「――という女の子を探しているのですが。心当たりがあったりはしませんか?」
「ああ、それなら知っているぜ。ウチの宿に泊まっている。――案内してやるからついて来な」

そして聞き込みをすればまた、下卑た表情を浮かべる男が裏路地について来るよう促してきます。

間違いなくこれも人攫いでしょう。舐めまわすような視線が胸元と、掴みやすい手首に集中しているので非常に分かりやすいです。

「ほらこっちだ、ってうぉ?! 誰だオッサン、何時からそこに居た?」
「誰かと問われれば通りすがりのお節介おじさんで、何時からと問われれば今来たと答える他無いのですが」

これはまた肉体言語の出番かと思って槍の柄に手を添えていれば、買い物籠を手にした人の良さそうなおじさんがしれっと割り込んできました。

はてこの人は何者か、と疑問を抱いているうちに、あれよあれよと意識を奪われる小悪党。そして笑顔をこちらに向けるおじさん。

「してお嬢さん。こんな見え見えの釣り文句に縋ってまで、一体誰を探していたのですか? 一応私はこの街では顔が広い方なので、もしかすると力になれることもあるかもしれませんよ?」

その笑顔に邪なものは感じませんでしたが、言葉だけなら非常に胡散臭いものがありました。

呼んでもいないのにピンチに駆けつけ、勝手に解決したかと思えば力になると言う。あまりにも都合が良すぎて、実はたった今締め上げられた男とこのおじさんはグルで、私を路地裏の奥へと誘おうとしているのかと勘ぐってしまうくらい。

それでも手当たり次第に聞き込みをすると決めた以上は、もう後に引く気はありません。

それに機嫌の良さが伺えるその表情は人を騙す人間のそれではないようにも思えます。だとすれば他の人に聞くよりは親身になってくれるかもしれないと期待しながら、おじさんにミーシャの特徴を伝えます。

すると特徴をつらつらと並べていくうちに、おじさんはふと何かに気付いたように目を見開いていきます。口角も吊り上がり、柔和そうだった笑みは悪戯を思いついたかのような意地の悪いものに変わっています。

それは全くもって、今までに無い反応でした。

ミーシャのことを知っているようにも見えるし、良い騙し文句を思いついたようにも見える。かと思えば感極まったようでもあり、何かを期待しているようにすら見えてしまう。

「今どこに居るとは言えませんが、彼女が行きそうな場所なら心当たりがあります。
今夜、この街で最も賑やかな場所に行ってみると良いでしょう。待ち人来たれり、ですよ」

一体どんな突拍子も無いことを言われるのか。そう身構えていた私の耳に入ってきたのは、一山いくらの辻占い師がよく言うような、どうとでも受け取れる曖昧でハッキリとしない言葉でした。

「は、はい? 賑やかな場所ですか?」
「はい、賑やかな場所です。
クランテットの夜はどこも騒がしいですが――こと今夜に限っては静まり返るでしょう。この街の住人はそういう気配には敏感ですから。今日は皆揃って、家に篭るはずです」

だから、貴女は迷わなくても良い。ハッキリとそう告げるおじさんはやはり愉しそうです。

――騙そうとしている、とはさすがに思えません。

ここまで曖昧で、なおかつこちらの受け取り方次第でどこにでも行ってしまいそうな情報では、路地裏に連れ込むなど夢のまた夢でしょう。どちらかと言うとこれは、真実を明言しないよう注意を払った言い方に聞こえます。

「ミーシャを、知っているのですか?」
「心当たりがある、とだけ言わせてもらいます。
回りくどい言い方になりますが、私にも立場があるということで深くは探らないで頂きたいものです」

つまりは早々に当たりを引けた、ということでしょうか。ですがどうにも、のらりくらりとした言い方ばかりで言質を取らせてはもらえません。ただ、嘘は言っていないように思えます。

ですが立場が関係してくるということは、別れてまだ3日しか経っていないというのに、ミーシャは相当な厄介ごとに巻き込まれた――というよりは首を突っ込んだのでしょうか――と考えて良いでしょう。お仕置き確定です。

ただ少し気になるのが、それを私に伝えたこのおじさんの意図です。

ミーシャが厄介ごとに巻き込まれているのは確定として、このおじさんは直接的か間接的かは定かではありませんが間違いなく関係者の1人。

そこに私のような外様の人間を投げ入れれば、事態はより面倒なことになってもおかしくはないはずです。ただでさえミーシャという問題児を事態の中に抱え込んでしまっている以上、これ以上は面倒を増やしたくはないはず。

では、何故おじさんは私を面倒ごとの渦中に巻き込むような真似をしているのでしょうか。

一番ありそうなのは、全く無関係な鉄火場に首を突っ込ませて野良強襲部隊を作ろうとしているという線ですが――それでもやはり、おじさんの邪気の無い悪戯小僧の笑顔がそうではないと思わせます。

「何故そんなことを言うのか、という表情をしていますね。
強いて言うなら貴女の目に運命を感じた、という所でしょうか。そう、その己の欲するところを知り、望むがままを生きる者の目です。
雑に言ってしまえば強欲で我が儘な人の目をしているということですが――未だに自分の望むところを見つけられていない私には、その目が少々眩しいものに見えてしまって。つい背を押したくなってしまうのですよ」

頭が思考でこんがらがってきたところで、おじさんが軽くフォローを入れてくれました。

その表情はやはり愉快そうです。歓喜と、興奮の色すらも見えます。

「疑うのであれば、聞き流していただいても構いません。――ただ、私は今夜の顛末を楽しみに待つばかりですから」

そう言っておじさんは私から視線を逸らすと、まるで煙のように姿を消してしまいました。

詠唱もありませんでしたし、魔法ではなく、ただ気配と身を隠しただけのようです。それで消えたと錯覚してしまうのですから、あのおじさんは相当な手練れだったのでしょう。

結局、おじさんの真意は分からず、霧を掴むように謎が深まるばかりです。が、私の手元に残ったたった1つの手がかりは、私を夜の街に送り出すには十分な物でした。




「――本当に静かですね。昼間の喧騒が嘘みたいです」

おじさんと別れた後に物資を買い揃え直し、適当に選んだ宿で仮眠を取って、万全の体調で繰り出した真夜中のクランテットは、廃墟を思わせるほどに静かで冷たい空気が道路を流れていました。

ただ廃墟ではありえない、肌を刺すような戦場の空気すらも同時に感じます。これがおじさんの言っていた「そういう気配」なのでしょうが――生き物の影1つ見つけられないというのに、心臓が早鐘を打ち、手に汗を握る街中というのは確かに異常な光景です。

今夜、一体何があるというのでしょう。

根拠のない緊張をほぐしがてら、そんな物思いに耽ろうと眩しいくらいの夜空を見上げてみれば――何やら小さく、人のような影が見えました。

鳥ではありません。となれば飛行魔法でしょうが――飛行魔法と聞いて私が真っ先に思い付くのは、他の誰でもなくミーシャです。

まさかあれがそうなのでしょうか。そう思うと同時、その人影は地に落ちるような速度で高度を落としていき、そのまま街の中心部にある屋敷に向かっていきました。

そしてそれと同時に、方々で街の空気がざわめく気配を感じます。――その中心地は間違いなく、人影が落ちていった屋敷です。

おじさんの言っていた「騒がしい場所」とは、間違いなくあの屋敷でしょう。そう思い至って屋敷を取り囲む塀にまで辿り着けば、よじ登る手間が惜しいと考え槍を回転させます。

なんだか想像以上に大きいお屋敷ですが、そこにミーシャが居るのであればあらゆる無礼は躊躇いません。クリックズさんが1500万クロムで買ったという銘槍は、レンガ造りの外壁をいともたやすく削り穿ち、砕いて穴を開けていきます。

そうして開いた穴を潜り抜け、あいだの庭をまっすぐ走って屋敷の本館へと向かえば、そのエントランスと思しき場所に辿り着きます。

メイド服を着た小柄な少女と、礼服を身に纏う老人が激しく切り結び合う死合いの最中に。

事情が分からない私には、そこに水を差すような真似はできません。下手に手を出せば二人を揃って相手にすることになりますし、どちらが善でどちらが悪かも判断できない以上、私にできることは無いのです。

どうすれば良いのか分からなくなり、しばし硬直します。

しかし互いが互いに必殺を旨としていたそれは、長くは続きませんでした。互角に見えたのは最初の数瞬だけで、後は次第にメイド服の少女が圧倒されています。今となってはもう、致命傷が先か手足が動かなくなるのが先かというくらい。

そして数瞬もしないうちに少女の脚に深々と細剣が突き刺さり、そして流れるように両の脚を動かなくされます。

そしてそこにゆっくりとした足取りで詰め寄る老人。その手の細剣は手の甲を突き刺していて、どうにもメイドの少女の命運はこれまでのように見えます。

私が何もしなければ、彼女は死ぬでしょう。そして私が何かをしたところで、先ほどの戦いの高度さから考えて何かが変わることもそう無いでしょう。せいぜい野次馬冒険者の死体が1つ、無意味に増えるだけです。


「――ぁ、ぅ……お嬢様ぁ……ミーシャぁ……!」


しかし死を目前にして涙ながらに放たれたその言葉は、行動の良否以上に私を動かす十分な理由でした。

もし彼女がミーシャを知っているのであればここで死なれると非常に困りますし、何もせずに見捨てるというのも気分が悪いです。

何より――あの子、ちょっと可愛いです。なんだかご主人様と呼んで欲しくなるような。

メイド服の魔力が私を狂わせます。が、ミーシャのおかげで開き直れたとはいえ元々が気弱な私は、多少狂っていた方が強くなれる気がしますし別段気にすることではないでしょう。

そう思い物陰から駆け出す私は彼女と白刃の間に割って入り、その刃を槍で受け止めます。

振り下ろされた刃は想像以上に速く重く、体の芯まで衝撃が響いてきました。しかしトドメの瞬間だけあって気が緩んでいたと思しき老人は、そこに追撃するでもなく即座に距離を開け、細剣を突き出すようにこちらの心臓に向けてきます。

完全な臨戦態勢です。手を出してこないのは私の意図が分からないからか、それとも咄嗟に距離を開けたものの槍と剣の間合いの差から下手に攻め込むことができないからか。

――どちらでもあるのでしょう。老人のこちらを見る目は間違いなく敵を見るそれであり、もう既に対話の余地は無いように思えます。

「賑やか、というには殺伐としすぎじゃないでしょうか、このお屋敷。
貴女もそう思いません?」

本心から、そう思いました。





「――疾ッ!」
「ッ! つ、ぅ……!」

先に仕掛けてきたのは、やはりと言うべきか老人からでした。

小手調べと思しきその突きは真っ直ぐに心臓を狙ってきていて、槍で逸らすのはそこまで難しいことではありませんでした。

しかしその突きに込められた威力は年相応のものとは程遠く、まるで壮年の巨漢を相手にしているかのようです。万が一槍の芯で受け止めるような真似をしていたら、槍ごと吹き飛ばされていた可能性すらあります。

――恐らくはマジックポーションによるものでしょう。体から異様な魔力が漏れ出ているのを感じますし、年寄りの冷や水というべき相当な無茶をしているように思えます。

まあ、事の次第によっては彼にとっても無茶のしどころでしょうし、おかしいことだとは思いません。問題は今、私が彼に反撃できるだけの余裕は無いだろうということだけです。

「疾ッ! 疾疾疾疾ッ!」
「ん、く……ぐぅ……!」

そして初撃を躱されたことにも大して動じず、そのまま老人は連続で突きを放ってきました。

風すらも切り裂くような、鋭く、速い突きです。しかし幸いにと言うべきかそのほとんどがフェイントらしく、本命を見切ることさえできれば何とか耐えしのげそうです。

そして半ば偶然にですが、その本命を見切る手段は見つけてあります。というのもこの老人はフェイントの時には相手の体全体を、本命の一撃を入れる直前には相手の目を見る癖があるらしいのです。

初撃も併せて3度、視線が重なった瞬間に本命と思しき重い一撃が急所に目掛けて飛んできたので間違いは無いでしょう。今まで人間に殺されかけた経験がないからこそ、その視線に込められた身を竦めるほどの殺気に気付くことができたのです。

「あ、貴女は……?」
「通り、すがりのっ! ミーシャの、保護者、ですっ!」

嵐のような刺突を必死に捌きながら、絞り出すように返事をする。

かつてクリックズさんから「どんなに極限状況からでも、連携を取れないようでは冒険者として二流だ」と言われ、槍の稽古をしながらしりとりをさせられた経験が生きたのでしょうか。格上相手で余裕が無いはずなのに、結構会話ができています。

「――会話ついでとは、なかなかに余裕ではないか。我が剣が小娘に軽くあしらわれるほどに衰えたとは、流石に思いたくないものだが」

そんな態度にありもしない余裕を感じ取ったのか、老人が飛び退いて間合いを取り、そんなことを口にします。

「槍と剣、相性の問題ではないですか? そうでなければ、多分愛の力です」

そう軽く言いますが相性が良いことも、愛ゆえの力というのも、そのどちらもが事実のような気がします。でなければ見るからに格上の相手に、Fランクの私が食らい付けるはずもないでしょう。

半ば偶然とはいえ彼の癖を即座に見切ることができましたし、クリックズさんにつけられた対人の稽古では、クリックズさんが使う武器が槍ということもあって突きの対応には若干ですが慣れています。

それになんだかんだ言って稽古をつけてくれる時のクリックズさんの突きも相当速かったので、目が慣れているのです。そこに槍と剣リーチの差が合わされば、多少の実力差は埋め合わせが効くと言うものです。

そこにここ数日ミーシャが傍に居なかったことによる――たった今庇っているメイドの少女ですら食指が動いてしまうくらいに猛烈な――精神的飢餓感も相まって、今の私は限界まで集中力が増しているような気がします。

ちょっと歪んでいる気がしないでもないですが、これも一種の愛の力でしょう。

「なるほど愛か、なら仕方あるまい」
「え、納得しちゃうんですか? 言葉だけなら、かなりふわっとした精神論だと思っていたのですが」
「今は亡き妻と娘を取り戻すために絶望から立ち上がり、今日この日までを耐え忍んできたこの身だ。愛それの力など、当然のように理解している。
――誰かのために懸けた命は世界より重い。だからこそ命を懸けた愛は、世界よりもなお重く、力を持つ。持論だよ」

そう言う老人はさらに距離を取りながら懐から試験管を取り出し、その中身を煽ります。

恐らくは身体強化のマジックポーションでしょう。――が、これまでもマジックポーションを使っていたと考えるのであれば、明らかに飲み過ぎです。

過剰量のマジックポーションを服用した場合、肉体に納まりきらなかった魔力が使用者の精神を蝕み、身体が言うことを効かなくなると言います。体力は増しても、それを御することができなくなるのです。

自棄になったか、それともあるいは――

「――流石に体が言うことを聞かんな。だが、これでもはや剣筋は読めまい?」
「そんな滅茶苦茶を当然のようにしないで欲しいですね……!」
「見たところお前は真っ当な戦士のようだったからな。不得手を理由に奇策の出し渋りをして、寄る年波に負けてしまっては元も子もあるまい?」

――無謀にしか思えない奇策。完全な暴挙。

ですが根性論に寄った暴挙の成功率は、それを為す人間の目を見れば大体わかるとクリックズさんが言っていました。

そしてその言葉を信じるのであれば、目の前の老人は間違いなく、この無茶を通し切るだけの力をその瞳に宿しています。ここで退かなければ、死んでしまうことだって十分にあり得ます。

「今のうちに聞いておきますが、貴女の名前は?」
「え……マリスリース・ノーテルです……」
「マリスリースさんはミーシャの友達なんですよね?」
「は、はい。……初めての友人、です」
「だったら私が、貴女を守りましょう。ミーシャの友達はつまり、私の妾も同義ですから」
「あ、え……はい……え、妾?」

が、それは私が退く理由にはなりません。ここで引くのであれば、私はランヴィルドを旅立ってはいません。自らの欲望を全て満たさんとするのであれば、命を懸けることは当然のことでしょう。

槍を構え、老人と向き合う。そして今度も、攻めてきたのは老人からでした。

――嵐のような、という表現がこれほど似合うものも無いでしょう。繰り出される刺突は乱雑でありながら必殺の威力を持ち、もはや虚実の判別に意味を感じられません。

守りを考えない、全力の攻撃です。ですが先ほどと比べて、隙も多くなったように感じられます。

これはある意味幸いなことで、決め手の無かった先ほどと比べれば、こちらも捨て身で攻めに入れば相打ちには持ち込めるかもしれない状況に変化したと考えるべきでしょう。さすがにポーションの効果が切れるまでの時間、持ちこたえられるとは思ってはいませんでした。

だとすればやることは単純明快。デザイアパイソンの鱗すら貫き通す螺旋槍の回転を全開に、ただひたすら前へ進むのみ。老人もそれに応えるかのように、一段と力を込めた一突きを繰り出してきます。

もう数瞬もせず、刃が触れ合う――そう思ったその瞬間、地響きと共に足場が崩れました。

咄嗟に飛び退いて距離を取る私と老人。しかしその崩落から逃れることはできず、屋敷の前にぽっかりと開いた大穴に吸い込まれていきます。

「マリスリースさん、手を!」

その穴は当然のようにマリスリースさんにまで届き、落ちていくマリスリースさんを空中で抱き留めます。

が、足を怪我している彼女では着地も覚束ないでしょう。どれだけの深さがあるかも分かりませんが、受け身を取る役目は私がするべきです。

しかし幸いなことに穴はそう深くもなく、割と安全に着地することができました。そして降りた先を見回せば、そこには見知らぬ女性と、それに張り付く見知った顔が。

「え、ま、マリーちゃん? というかセレスちゃん?!
なんでここ居るの、っていうかどうしようなんか干物がビクッて、ビクッて動いて!」

そう言って見知った顔の方が指さす先には、猛烈な光を放ちながら生々しく蠢く腕のような何かが宙に浮かんでいました。
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