野良魔道士は百合ハーレムの夢を見る

むぅ

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2.お嬢様&メイド編

5.超究極最強魔導士的ハーレム論

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闇ギルド「宵闇の鴉」は創設者ダンウェル・ノックピードの方針から顧客第一主義を徹底している。

クランテットの裏側に踏み入れる一歩目が「宵闇の鴉」であれば、その客は良いリピーターになるはずだという考えから生まれた発想らしい。

たとえクランテットで政変が起ころうが、内部抗争が起ころうが、場合によっては他の組織からの討ち入りの最中でさえも、窓口に依頼を持ってやってきた客を追い返すことはない。日ごとに何かが変わっていくクランテットにおいて、この姿勢が変わらないということこそが、組織に対する安心感、ブランド感を生むのだ。

お客様の声にいつでも応えられるよう、窓口の開設以来年中不休の24時間営業の姿勢を崩していないのは、そういう訳だ。

そういった事情もあり、よからぬことに手を染める際の支援者として「宵闇の鴉」は最も敷居の低い組織という立場を確立している。それ故にスラム、貧民街、クランテット商業地区西部に根深くその影響力を持つことができている。

「たのもーぅ! おじさん居る?」
「連日お世話になります。『ここにメリッサという女性がいると聞いたのですが』」
「……アンタらさあ。公然の秘密とは言え一応ここは表向きは健全な娼館な訳だし、少しは隠す素振りを見せちゃくれないかい?」

――だからと言ってここまで敷居を低くした覚えはないと、娼館の受付嬢マーテル・マクラスは溜息を吐く。

どれだけ敷居が低かろうが、ここは人買いから殺しまでを手広く扱うクランテットの暗部への入り口。それを雁首並べて行きつけの飲み屋に立ち寄るような軽い調子で来られても困る。

「事が事だし、今更でしょ。……まあそれはさておき、ダンウェルはまだここに居るかしら? 私の勘が正しければ、まだここから動いていないはずなのだけれども」
「いや分かってる。分かってるからせめてそう言う話は奥でしろって――」

それがジューディス家という、背中が見えれば刃を突き立てる程度の関係の相手であればなおさらだ。しかも会話の裏にその影を見るべきジューディス家の御令嬢まで目の前に居るのには、もう笑いさえも起きない。

依頼人の裏を探ることが闇ギルドの受付の仕事のはずなのに、その裏の部分をさらけ出してくる相手にどう対応すれば良いのだという話だ。
「まあまあそう言わずに。せっかくの上客ですし、席に着くまでにちょっとした世間話をしても良いではないですか」
「ボ、ボス?!」

そして当然のように音も無く現れるボスにもどう対応すれば良いのだという話だ。10年近くこの組織に身を置いてはいるが、未だにこの人の神出鬼没さには慣れない。

同僚の誰かが「会話に参加しないだけでいつも傍に居ると思えばそう驚かなくもなる」と言っていたが、それはそれで気味が悪い。何が一番気味が悪いかと言えば、もし本当にそうだとしても不思議ではないことだろう。

陰口を叩けば次の瞬間には横に立っているというのは心底胆の冷える恐怖体験であると同時に、「宵闇の鴉」構成員にとっての常識でもあるのだ。

「あ、おじさん! こーんにっちわー!」
「こんにちは、お嬢さんがた。今日は渦中のお嬢様もご一緒とは、なかなか豪胆な事ですね」
「臆病者が生きていける街でもないでしょうに。」

しかしこの態度も立場も一介の受付嬢の処理能力を上回る客が目の前に居る今、最高責任者が隣に居るというのは本当に心強い。

その分恐ろしくはあるが、業務を効率よく回すためのちょっとした試練だと思えば気は楽だ。マーテルはそのぶっきらぼうな口調も相まって、週替わりで回ってくる受付嬢の仕事に苦手意識を持っていたのだ。

「はは、それもそうですね。ところで先ほど焼き上がったマカロンがここにあるのですが、1ついかかでしょう? 味見はまだしていないのですが」
「ホント?! 食べる食べ………………うん、食べるよ。乙女に二言は無い」
「ミーシャ様は本当に迂闊と言うか……食べるのは後にしてくださいね。放心して話を聞いてなかった、なんて言われても困りますから」

焼き菓子の入った小さな籠を掲げるボスに、はしゃぐ子供。それを諫めるメイドに、呆れ顔の令嬢。

とんでもなく呑気な風景だ。今クランテットには血生臭く不穏な空気が漂っているのに、なぜここだけ「なごやかご近所付き合い」みたいな一幕を繰り広げているのだろうと疑問に思うくらい。唯一の救いは彼らが揃ってボスに引き連れられ、すぐにでも奥の談話室へと行こうとしていることくらいか。

「――空気の読めない奴らだよ。ったく」
「まあまあそう言わずに。状況に流されず、己を貫き通すことは強さの一つですよ」
「いやまあ、そういうのも分かるっちゃ分かるんですけれども」

なんだかな、と溜息を吐く。

ほんの一瞬、会話も一言二言だったというのにどっと疲れた。時折やってくる頭の狂った連中と同じくらい、頭の中がお花畑な連中の相手は疲れるのだ。むしろ力で解決できない分、余計に気疲れする。

「マーテルさん、貴女もどうぞ。今回はレシピ通り作れたと思うので、味は多分きっと大丈夫なはずです」
「あ、あざっす、ボス」

そんな私を労うつもりなのかボスは去り際にこちらを振り向き、客に出すと言っていたマカロンを1つ摘まんで手渡してくる。

クランテットの裏社会における要人とは言え、そのような面倒な客を引き受けてくれたボスには感謝の極みだ。それだけに収まらず甘味まで提供してくれるなど、至れり尽くせりとはまさにこのこと。

福利厚生のしっかりした、部下を大事にしてくれる上司はこれだから良い。駆け上がる気力も沸くと言うものだ。

そうして今後の出世に期待を抱きつつ、甘ったるい匂いのする真っ青なマカロンを口に放ってその味を噛み締




―――――――――――――――――――――――――――――――――




「彼女は構成員の中でも肉体派の部類で、真面目で扱いやすいのですが、物事の裏を察することが苦手なのです。――お気を悪くされましたか?」
「いや全然。マリーの口調を悪くしたらだいたいあんな感じだし、慣れたものよ」
「あの……お嬢様? 私ってそんな目で見られていたのですか?」

受付が視界に入らなくなった頃に、おじさんたちがこんな会話をする。そんな折に店の受付で何かが倒れたような音がした気がして、ふと足を止める。

「――ん?」
「どうしたのですかミーシャ様」
「えっと……ううん、なんでもない」

だけど他の皆は何事もなかったかのように秘密の部屋へとずんずか進んでいくものだから、空耳か何かかと思って足を再び動かす。そんな事より今は、迫りくるマカロンへの覚悟を――じゃなくて、今夜のお屋敷突入作戦をしっかり考えなければ。

イリーちゃん曰くおじさんとの交渉次第で作戦が変わるそうだけれども、どんな作戦にせよここが私の大一番。最大の見せ場になることは間違いない。

超究極最強魔導士が最高に格好良いのは、やっぱり戦っている姿なのだ。生半可な魔導士では一生かかっても唱えられないような極大魔法をバンバン飛ばしていくその姿にこそ、乙女の心を引き付けてやまない魅力があるはず。

だからこそ、こんどこそしくじる訳にはいかない。出会った時のような、残念な登場シーン、矛盾したキメ台詞は絶対にダメ。より完璧な構図、演出、シチュエーション……それら全てを兼ね備えた見せ場を作る必要がある。

難しいが、やってやれないことはない。お嬢様に甘え、メイドさんにご奉仕される夢の日々はもうすぐそこだと思えば全身に力も入るものだ。燃えるぜ。

「――まだ、そんな気を張らなくても良いわよ。本番は夜なんだから」
「だってさ、マリーちゃん。ほら、ぎゅーってしてあげるから落ち着いて?」
「いやミーシャちゃんに言ったのだけれども」

呆れ顔にじとっとした瞳で私を見るイリーちゃんに、ちょっとたじろぐ。

「……して、今日はどういった要件でしょうか? 今度は情報収集ではなく、状況を動かすつもりのようですが」
「その通りよ。今夜、屋敷に突入しようかと思っててね」

昨日の部屋とはまた別の部屋に案内されて、私たちと同時にソファに腰を下ろしたおじさんは昨日よりも気持ち固めの口調でそう語り出す。

「それはまた性急な……たしかに、状況は動きそうです。
しかし実は今、私はごく私的な事情によりこの一件に関わることができないのですよ。支援を求めるのであれば、申し訳ありませんが他所をあたっていただければと――」
「それがロッシーニュからの依頼なんでしょう? 「決してこの一件に関わらず、他の組織を牽制しろ」っていうね」

ついて行けなさそうな会話の気配がしたので、どうせなら今のうちにと机の上に置かれた死の気配のするマカロンに手を伸ばし、それを口元まで恐る恐る運んでいた時。イリーちゃんの放ったその言葉に唖然となってデスマカロンを取り落としてしまう。

ロッシーニュ、という名前は二人の口から何度も聞いている。魔王復活を目論み、2人を殺そうと追っ手を差し向けた大悪党だ。

そんな悪代官とおじさんが繋がっているだなんて聞き捨てならないし、できる事なら信じたくない。

でもおじさんは何も言わず、優しい表情のままにイリーちゃんを見据えている。それを見てイリーちゃんはさらに言葉を続ける。

その言葉を一言一句逃すまいと耳を傾ける私。矛盾があったら異議を申し立てるのが討論の基本だって本に書いてあった。おじさんの無実を証明できるのは私だけなんだ!

「……恐らくロッシーニュは最初、静かに屋敷を占拠するはずだった。周囲に感づかれることなくジューディス家の血族――つまりは私とお父様を確保し、尋問するっていう目算。
当然よね。気付かれないことができるなら、それが一番時間を稼げるもの。その目論見が狂った原因は、パトロンから引っ張ることのできた手勢の質が想定以下だったことと、本人は隠しているつもりだけれど実は屋敷の全員が認知している武器マニアなマリーが新装備を身に纏って悦に浸っている状態で異変に気付き、派手に暴れ始めたこと。
だからロッシーニュはジューディス家の異変を知られてなお、大物が動けない状況を新たに必要とした。そしてそのために貴方がこの一件に関わらないことを宣言させた。――クランテットにおいて実質的な発言力があまり強くないジューディス家と、外様の従魔聖典主義者の抗争。手を出すメリットがあまりにも少ない以上、一大勢力が傍観を決め込むとなれば誰も手を出そうとしない。つまりはそう言うことでしょう? 金を積めばどんな相手からも、どんな依頼でも受けると評判の「宵闇の鴉」ですもの。こういう突発的で重要度の高い依頼をするには最適の相手じゃないかしら?」

大変だ。イリーちゃんが何を言ってるのか全っ然分からない。

いやまて、諦めるにはまだ早い。今この話を聞いているのは私だけじゃないのだ。

こういう時こそ見せつけるんだ主従の絆、メイドの魂をマリーちゃ「あの、お嬢様、その……装備に気を遣うのは護衛として当然というか、その、刃物ってきらきらしてて見とれちゃうっていうか、あの……」ダメだなんかもじもじしてる。私がなんとかしないと。

「は、はい! イリーちゃん。とりあえず意義あり!」
「はい、ミーシャちゃん。意義を認めます、どうぞ」
「おじさんは良いおじさんだよ! 悪党なんかの味方じゃない!」
「残念だけど、クランテットに善人は1人も居ないの。――で、ダンウェル。貴方の方から何か異議の申し立ては?」
「――ロッシーニュ殿との交渉内容に多少の差異はありますが、概ねそれで間違いありませんよ。
ジューディス家の御令嬢は一を聞いて十を見据えるとは聞いていましたが、まさかここまでとは思いませんでした。これで事に至るまで何一つ情報を持っていなかったというのだから、いやはや末恐ろしいものだ」

私の咄嗟の反論はイリーちゃんに一蹴され、そのままおじさんとの会話は続いていく。というか聞き間違いじゃなきゃ、今おじさん自白しなかった?

「詰んでいない可能性の中で、一番もっともらしいことを口走っただけよ。
――なら不干渉ついでに、ここに居る私たちにも手を出さないでくれたりしないかしら。迷惑料は後で払うから」
「……ふむ、なるほど、そういうことですか。確かにそれならロッシーニュ殿との契約違反にもなりませんね。
でしたら私はもう、この部屋から出ておいた方がよろしいですか?」
「ええ、できるならそうして頂戴。今日明日、貸し切りにしてくれればケリは付くはずだから」

怒涛の会話の果てに「ご武運を」と言い残して部屋を去っていくおじさん。勝者らしい貫録を見せるイリーちゃん。何故か恥ずかしそうに膝を抱えているマリーちゃん。そして呆然とする私。

「え、えっと、結局どういうことなの? おじさんは悪いおじさんなの?」
「味方寄りの傍観者にたった今なったところね。私たちは今、事実上の「宵闇の鴉」の庇護下にあるから」
「……やっぱりおじさんは良いおじさんなんだね!」

そう言ってごろりとソファの上で横になり、私の膝の上に頭を乗せるイリーちゃん。なんだかんだ言っておきながら、結局おじさんは良いおじさんらしい。

安心したところでとりあえず膝枕いただきました。という訳でイリーちゃんの流れる髪を指に絡めてなでりなでり、良い匂い。明日の今頃にはこれがメロメロになって、愛らしくすり寄ってくるのだと思うと頬が綻ぶ。

マリーちゃんもセットで両手に花だ。まさしくハーレムの王道を突き進む今の私なら、セレスちゃんだって押し倒し返してトロトロにできるはず。覚悟しておけ。

「もうそれで良いわ。じゃあ、セーフハウスの確保もできたところで本格的な作戦会議と行きましょうか」
「はーい!」
「は、はい、お嬢様……」




―――――――――――――――――――――――――――――――――




「まず大前提として、私たち戦力として数えることができるのは実質1人。――マリー、貴女しか居ないの」

蕩けた表情のミーシャの膝を枕にしたまま、お嬢様は開口一番で割ととんでもないことを言う。

「私、ですか? 何故――」
「えー、なんでなんで?! 私すっごい強いよ! 最強だよ!」

名指しされた私も、名指しされなかったミーシャも、共にひどく困惑する。

ミーシャはひどく迂闊で隙だらけ、かつ騙されやすくて後先を考えない馬鹿な子だが、それでも飛行魔法を完璧と言える精度で操ることのできる魔導士だ。それこそ、私たちを抱えて草原からクランテットまで飛んできてもバランス1つ崩さない程度には。

飛行魔法は必要な魔力量こそ少ないが、その制御は非常に難しいと聞く。だからこそ扱える術者が少なく、それ故に術者の魔法制御能力を測る指標となるのだ。生まれ持った魔力量で誤魔化せる代物ではない以上、そこに疑う余地は無い。

つまり魔導士として、ミーシャは相当な実力者であることは証明されているのだ。それが何故、戦力外の扱いを受けるのだろうか?

「理由はいくつもあるけれど、1つは単純に実力の程度が知れないからよ。学者、研究者気質であるが故に魔法の制御が上手いのか、戦闘職として磨き上げられた制御能力なのか、いくらランヴィルド基準と言ってもFランク冒険者では判断が付かないわ」

それを聞き、がっくりとうなだれるミーシャ。

言われてみれば納得だ。別に魔法は戦闘ばかりに使うものでもないのだから、魔法制御力が魔導士の実力と結びついたとしても、それすなわち戦闘面における実力とは限らない。

実際に実力があったとしても対人でのそれを測る暇が無い今、ミーシャを戦力として当てにすることはできないのだ。

「という訳でそれを踏まえて、今夜の作戦について説明するわ。
と言ってもやることは単純。ミーシャちゃんが私とマリーを抱えてエントランスから屋敷に突撃して、お父様と腕を奪い返してここに戻ってくるだけ」
「え? 悪者はやっつけないの?」
「貴女は朝に何を聞いていたの。そんなのは後回しにして、とにかく今は封印の維持が最優先よ」

大分話を聞いていなかったと思しきミーシャに辟易としつつも、私はまた別のところが気にかかった。

この戦力で一切潜む気配を感じさせないその作戦内容に、実はお嬢様は自棄になっているのではないかと邪推したのだ。

「突撃、ですか? 屋敷に忍び込むのではなく?」
「それも考えたけれど、既に屋敷全体が手に落ちている以上、抜け道は封鎖されている可能性が高いわ。
仮に封鎖されていなかったとしても、潜入した後はどうせ見つかる。それならミーシャちゃんの飛行魔法で纏めて突っ込んで、戦闘になる可能性のある時間を極力減らした方が安全なはずよ。
街中にセーフハウスを確保できなければ屋敷に潜入して、最後までロッシーニュに気付かれない事を祈るしかなかったけれどね」

つまり敵に気付かれない可能性に賭けるよりも、気付かれることを前提に逃げ切る作戦の方が勝算が高いと踏んだのだろう。確かにそう言われれば屋敷の警備状況を入手できていない現状、内部状況に大きく左右される潜入隠密よりもそちらの方が確実性はあるように思える。

戦う者の視点から言える絶対的な矛盾が存在しない以上、それに異を唱えることはない。ミーシャからも特に言うことは無いのか、それともただ単に話を理解していないのか、こくこくと頷いている。

「さて、どれだけ安全策を練ったとしても命懸け上等な作戦だけれども、この作戦に関わることになるミーシャちゃんへの報酬は――」
「報酬は2人のハートで十分さ、ってね。惚れた?」
「――おいおい考えておくとしましょう。
まあこの一件に片が付いたのなら、別に体くらい好きにしてくれても良いわよ? 女同士なら減るものも無いし、政治的利用価値(処女)が保たれるなら何したって大丈夫よ?」

そうお嬢様が挑発するように言った瞬間、ミーシャは慌てるように赤面しつつ、しかし悲しそうな表情になって膝上のお嬢様と目を合わせる。

「ふぇ?! え、えっと、その……イリーちゃん、そういうの良くないよ? 女の子は自分を安売りしちゃいけないの。
自分のことはどうでも良いみたいなこと、言っちゃダメ。マリーちゃんも私も、イリーちゃんのことをどうでもよくなんて思っていないんだから」

そうして放たれたのは、意外すぎる一言だった。開口一番で体を差し出せと言っていた自分の事の一切を棚に上げたその言葉は、しかしお嬢様を心から心配している風でもある。

お嬢様は目を見開いて絶句していた。私もだ。お前はハーレムをなんだと思っているのかと、性癖について根本から問い正したくなってしょうがない。

「ミ、ミーシャ様は女の子を襲いたいんですか? それとも襲いたくないんですか?」
「襲うとか襲わないとかじゃなくて、私は綺麗なハーレムが作りたいの! なんというか、肉欲を貪りあうような関係じゃなくて――友情とか愛情とかの延長線でえっちな事までしちゃうみたいな、精神的ハーレムのが良いの!
いちゃいちゃで、らぶらぶで、とろとろで、ちょっぴり切なくてほろ苦くて、でもやっぱり胸があったかくなって、そして何より私がイニシアチブを握っているハーレムを作りたいの!」

そして再度絶句する。なんて無茶苦茶な恋愛観だ。いや、最後を除けばそこまで矛盾は無いようにも思えるが、とにかく最後の一言を実現するのが難しすぎる。

ミーシャが夜の主導権を握る? ……一生かかっても無理だろう。だってこんな――

「――私にすら押し倒せそうなミーシャが、よくもそんな見果てぬ夢を抱けるものです」
「押し倒――っ?! まさかマリーちゃんまで私の身体を狙ってるの?! やっぱり淫乱メイドさんだったの?!」
「だ、誰が淫乱か! この被捕食系女子は何を言いやがります?!」

つい漏れてしまった本音に我が身を庇うミーシャ。失敬な、すべて真実だろうに。

「だ、ダメだよ。そういう風にがっつくのは綺麗な百合じゃないんだよ?
そういうのはなんというか、プラトニックなハグに始まって愛情たっぷりのキスを経由して、らぶらぶどうしようもない状態になってから私の「もう我慢できないぜハニー」的殺し文句の後にゆっくりと愛を確かめるの! 身体だけの関係でハーレムを作るのは邪道なの!」
「うわぁ……超面倒臭い。そんな回りくどいことをするくらいだったら、素直に押し倒してくれる方がよっぽど魅力的でしょう」
「え、ちょっ……イリーちゃーん! マリーちゃんがひどいー!」

止まらない本音にショックを受けたのか、ミーシャが涙目になってお嬢様に泣きつく。

「え、ええ、そうね。マリーは酷いわね。よしよし」

それを受け入れて頭を撫でるお嬢様に内心ショックを受ける。お嬢様、貴女がまさかミーシャの味方につくなんて。孤立無援とはこのことか。

いや、まさか他ならぬお嬢様こそがミーシャを押し倒そうとしている? そのために甘やかして隙を伺って……さすがにそれは無いか。伺うまでもなくミーシャは隙だらけ過ぎるし、手を出していないということはそうなのだろう。

「とにかく、今説明できる作戦は以上。後は買い物ね。
特にマリー、貴女の武装は大半が消耗品のはずよ。ツケでも借金でもなんでも良いから買い揃えなさい。ダンウェルにでも頼み込めばなんとかなるはずよ」
「あ、はい。お嬢様」
「ミーシャちゃんもよ。マジックポーションとか必要なものがあれば、今しか買う機会は無いわ」
「はーい」

そして私は寝るわ。そう言って瞳を閉じるお嬢様を背に、ミーシャの手を引きながら部屋を出る。

お嬢様の言っていた通り、修羅場はこれからのようだ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――




「来るとしたら今夜――だろうな」
「む、帝国軍か? だがまだ封印の解析は済んでいない。土地が封印に関係している可能性が捨てきれない以上、まだ動くことはできんぞ?」

クランテットの中心部、ジューディス家の一室にてロッシーニュはふと言葉を漏らす。

その言葉に反応したのは同室の黒いローブの男。その男の正面の台座には、干からびた魔王の左腕が安置されている。

ロッシーニュは彼の名を知らない。知る必要もない。重要なのは彼が従魔聖典教団から派遣された実力ある魔導士であり、そして今魔王の左腕の封印を解析、解除しようとしていることだけである。

「いや、軍はしばらくの間森から解放されたデザイアパイソンの対処に追われるだろう。私が言っているのはイリュメリア・ジューディスのことだ」
「イリュメリア――と言うとあのひ弱な小娘か。あれが一体どうしたというのだ」

あざける様に笑うその男に、ロッシーニュは今日何度目かも分からない溜息を吐く。

ロッシーニュはこの男を軽蔑していた。世間一般で言われる実力で言えば相当上位に位置する魔導士で、眉唾物とは言え魔王の封印を解く任を教団から命じられるほどの実力者だということは分かっていても、それでも彼一人に任せることは危険だとロッシーニュの経験が告げていた。

彼は傲慢だ。彼は個人主義だ。彼は野心家だ。彼は実力者だ。

全て、クランテットで足元をすくわれる人間の特徴だ。

彼のような人間から次々と謀殺されていくのがクランテットと言う街であり、彼のような人間の裏をかく手段に事欠かないのがクランテットと言う街である。

この街で何かを為そうというのであれば、必要なのは個人の実力ではなく大局を見る目であり、彼にはそれが欠けていた。

「彼女が生きていたとすれば、脱出と休息に1日、情報収集に1日、事前準備に半日ほどで屋敷に侵入する準備を整えるはずだ。父親と、魔王の腕を回収するために」
「何を言うかと思えば。大一番とは言え、無用な心配もここまで来ればお笑い種だ」

私の知るイリュメリア・ジューディスならその程度はやってのける。ロッシーニュはそう忠告したつもりだったのだが、彼はそれを笑い捨てる。

「確かにあのやたらと武器を仕込んでいたメイドには驚かされたが、小娘2人に20人以上の追っ手だ。逃げ切れるはずもない。それに逃げたところで行きつく先はデザイアパイソンの犇めく街道。どれだけ足掻こうと、今頃は蛇の腹の中だろう」
「……頭数を揃えるだけでどうにかなるような街ではないのだよ。クランテットは」
「それに、だ。仮に何の奇跡かあの小娘が生き残ったとして、それがどうしてここに来る?
聞けばあの小娘はここ数日病床に伏せ、外の情報を何一つ得ることも無かったというではないか。――魔王の封印を解こうとしていることなど、知ることができる筈が無いのだよ」
「そうだろうな。普通であれば」

やはりと言うべきか、この男はつくづくこの街に対する認識が甘い。その程度の逆境がどれだけこの街に溢れているか、そしてこの街に生きる者たちがどれだけの逆境を乗り越えてきたのかを、この男は知ろうとしない。

ロッシーニュがイリュメリアが封印について何かを知っている可能性を踏まえてなお、捕縛ではなく殺害という形で決着を付けようとした理由がまだわかっていないのだ。この街において、敵対者の死を確認せずにいるということがなぜ危険な行為であるのかを認識できていない。

――戦闘から謀略まで全てを任せきりにしても問題ないとの謳い文句だったが、これはもう技術的な側面以外に期待はできないだろう。かといってそれを告げてへそを曲げられても困るというのも確かなこともあり、ロッシーニュの心労は絶えない。

だがしかし、それも全ては左腕の封印が解けるまでと思えば気が楽だ。

魔王の全てが復活する必要はない。教団の目的はさておき、ロッシーニュ個人の目的を果たすのであれば、左腕に込められた魔力さえあれば十分すぎるくらいなのだから。

「そんなことはどうでも良い。ダンピエール・ジューディスはまだ口を割らないのか? 答えを知る者がいるのならば、解析よりもそちらを知る方が早いだろう?」
「無駄だよ。奴はこの街に生きるにはあまりに知恵が回らないが、秘すべきことは心を殺してでも黙する覚悟を持つ貴族だ。――拷問は自由にすると良い。だが結果を見込めない以上、裂く人員は最低限にするべきだ」
「つまりは死にかけの男一人、口を割らせることすらできないのか。無能にも程がある」
「拷問も尋問も畑違いではあるが、人を見る目は衰えていないつもりだ」

それだけ言い残して男に背を向けるロッシーニュ。それにもはや不満を隠す気配もなく、男は声をかける。

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何も無ければ臆病者と笑え。だが、覚悟はしろ」

そう言い残して愛剣を腰に刷き、老いた体に鞭打つためのマジックポーションを携え、老兵ロッシーニュ・エルグランは部屋を後にする。

――修羅場に誘われるように、その足はエントランスホールへと向かっていた。
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桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

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