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2.お嬢様&メイド編
3.まさか超究極で最強魔導士な私が伝説の聖女の末裔だったなんて
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「お茶請けのクッキーです。毒なんて無粋なものはいれていませんから、ご安心ください」
秘密基地おじさん改め悪の秘密結社のボスはそう言いながら、お盆に紅茶とクッキーの入った籠を乗せて私たちに歩み寄ってくる。
なんだか大物っぽい肩書きのおじさんを前に、マリーちゃんはすっかり萎縮してしまったらしい。柑橘系の甘い香りのするクッキーには目もくれず、冷や汗を垂らしながらおじさんの顔をまじまじと見ている。さっきからずっと身構えていて、ソファに座ろうともしない。
「マリーちゃん、このおじさんは良いおじさんだよ。だからそんな怖い顔してないでクッキー食べよ?」
「……ダンウェル様、それは本当にクッキーなのですか? 実はクッキーではなく、クッキーという名の劇薬では?」
警戒するマリーちゃん。
だが私には分かる。秘密基地の「粋」ってものを分かっているおじさんに悪いおじさんはいない。でも都会っ子のマリーちゃんにはそれが通じないらしく、口元まで差し出したクッキーから逃げるように顔を放していく。
「むぅ、日ごろの行いが悪いせいかマリスリース嬢には素直に信じてはもらえないようですね」
そんなマリーちゃんを見て悲しげに微笑みながら溜息を吐くおじさんは、目の前のソファに腰かけたままクッキーに手を伸ばし、それを口に運ぶ。
「仕方ありません、ならここは1つ私が毒見をマズぅっ?!」
そしてクッキーを噛み砕くと同時に噴き出したおじさんに、マリーちゃんが跳ね上がるほどに驚いた。
もちろん私も驚く。結局毒だったの?! そして自爆しちゃったの?!
うぇっ、とえずくような声を出し、喉を鳴らして紅茶を流し込むおじさん。そんなおじさんに駆け寄って背中をさすれば、涙目でクッキーを見つめるおじさんは肩を落とす。
「匂いだけ甘い肥溜めの味がします。後味だけで吐き気を催します。頭の中を掻き回されている気分になってきました。――我ながらよくもこんな味覚兵器を作れたものだと感心していますね」
今にも吐いてしまいそうな青ざめた顔でおじさんはそう言う。どうやら狭義の毒物ではないが、マリーちゃんの言う通り劇物ではあったようだ。
……そんなに不味いのかな?
あまりのおじさんの反応に、「実は逆に美味しいのではなかろうか?」という微かな期待が私の手を突き動かす。マリーちゃんに食べさせようとしていたクッキーを見、そしてそのまま口へと運んでいく。
「あーん…………かはァっ」
「何故そこで食べるんですかミーシャぁ?!」
世界の壁を壊す味がした。おじさんは正直者だった。
「お、お……おじさん……このクッキー、手作りなの?」
「はい。最後まで殺すばかりが人生の全てというのも味気ない気がしたので、ちょっとした手慰みに部下の厨房を借りてみたのです。
ですがこのクッキーは酷いものですね。香辛料代わりに毒手で生地をこねたのがよろしくなかったのでしょうか。それとも香り付けの石鹸が安物だったのでしょうか。もしかすると隠し味の火薬が多すぎたのかも。……アレンジは失敗のようですね。味見をしなかったことが悔やまれます」
超究極最強魔導士に特有の忍耐力で必死に吐き気を堪えながらおじさんに尋ねてみれば、出るわ出るわ狂気的食材の数々。それを聞いているうちに、いや聞くまでもなくマリーちゃんのそれと似た汗が私からも噴き出てくる。
それは味見程度でどうこうなるレベルの代物じゃあない。おじさんは良いおじさんだけれども、メシマズテロなロックンロールおじさんだったのだ。
「斯くも物作りとは難しいものです。しかしそうですね、ここまで酷い味でもそういう(・・・・)用途ならまだ振舞う機会もあるかもしれませんし、このクッキーは取り置いておきましょう。人生初めての料理ですし、捨ててしまうのは勿体無いですから」
そう言って劇物クッキーの入った籠をテーブルの端にのけるおじさん。その姿からは想像を絶する哀愁が漂っている。
初めての料理で大失敗というのはよくある話だ。かくいう私も初めて作った魚の塩焼きを永劫燃え盛るダークマターにして師匠に怒られた経験がある。
だがよくある話だとしても、それが決して軽いものではないというのも事実だ。初めての料理を庭の裏手に埋葬した時、もう二度と厨房に立つものかと膝を抱えたものだ。
それを乗り越えて初めて、人は料理人として羽ばたくことができるのだ。今では私も木の葉型のふわとろオムレツを作れる立派なシェフ。そんな私も最初の一歩があったからこそ。
「だからマリーちゃん、おじさんを怒らないであげて? 今おじさんは、料理人としての最初の一歩を踏み出したばかりなんだから」
「あの、怒るかどうとか以前に、本当に彼がダンウェル氏であるのかすら私の中で怪しくなってきたのですが」
私の記憶の中のダンウェル・ノックピードと全く違うのですが、と言いつつも、身悶える私とおじさんについに警戒心を解いたのかマリーちゃんがゆっくりとソファに腰掛ける。
「ああ、そこは間違いありません。私は正真正銘ダンウェル・ノックピード本人ですよ。影武者でもなんでもなく、ね。
――さて、場の空気も解れた頃合いですし、本題に入りましょうか。とは言え多くを語れぬ身。そう力になれるとは思いませんがね」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「――そう、ダンウェルが出てきたの。怖くなかった?」
「全然怖くなかったよ? 良いおじさんだったよ?」
おじさんと小粋な秘密基地トークを終えて草原に帰れば、そこにはもこもこローブを身に纏って寝ぼけまなこを擦るイリーちゃんの姿。
どうやら今の今まで眠っていたらしく、あくび交じりに問いかけるその姿はぽやぽやしていてなんだか可愛らしい。
……ふふふ、隙だらけだぜお嬢さん。未来のハーレム王たるミーシャさんにそんな姿を見せていたら、ぱくりといっちゃうぞ。
「……って、もー。イリーちゃん、寝癖がすごいことになってるじゃん。ほら、こっち来て?」
「はいはい、お好きにどうぞ」
しめた、と思いつつイリーちゃんの頭を抱きかかえて、寝癖でぼさぼさになった金色の髪を手で梳いていく。
ここで発揮されるのが私の撫でテクだ。かつて師匠行きつけの娼館周りに住み着いていた野良ランドキャットを撫で回すことで得た私の指使いは、既にかの伝説の妙技「ナデポ」にも匹敵する!
さあイリーちゃんよ、我が愛くるしい手の前にメロメロになってしまえ! そしてマリーちゃん共々、私のハーレムメンバーに加わってしまうのだ!
「あら、意外と気持ち良い。器用なのねミーシャちゃん」
「えへへー、でしょでしょー」
延べ100匹ものランドキャットを沈めてきた私の撫でテクはイリーちゃんにも有効だったらしく、逃げるようなそぶりは一切見せない。墜ちたな。
「……あの、続きをよろしいでしょうか?」
「あ、ご、ごめんね。でもこれは浮気って訳じゃなくて、ハーレムの主としてやらなきゃいけないことであのその」
「ミーシャ様は何を言っているんですか?」
しかしそんな仲睦まじくラブラブでメロメロな雰囲気に嫉妬したのか、マリーちゃんが冷めた視線で私たちを見ている。あっちを立てればこっちが立たず。同時攻略とはかくも難しいものか。
「いや、良いわ。もう情報は十分出揃ったから。屋敷には辿り着けなかったのでしょう? つまりはそれが答えよ。――ただし最悪の、ね」
イリーちゃんはそう言うと同時に、深く重苦しい溜息を一つ吐く。どうやら、イリーちゃんはあまりうれしくない結論を察してしまったみたいだ。
しかし私はその言葉にふと疑問を抱く。
確かに私とマリーちゃんはお屋敷に入っていない。おじさんからの忠告で、お屋敷の周りには悪代官の手下が溢れるくらいに見張りを立てているから近付くな、って言われたんだ。おじさんが貸してくれた遠眼鏡で屋敷の周りを見たマリーちゃんも同じことを言っていたから、それは間違いない。
でもそれはまだ、撫でるのに夢中になっていたせいでイリーちゃんには言ってないはず。だというのにイリーちゃんは当然のようにそれが答えだという。
まるでそうなることが分かっていたかのようだ。いったい、どういうことなんだろう?
「ねえマリーちゃん。イリーちゃんが何を言っているか分かる?」
「ご安心くださいミーシャ様。実は私も分かっておりません」
頭に疑問符を浮かべながらマリーちゃんに救いを求めれば、マリーちゃんも私と似たような表情をしていた。どうやらマリーちゃんにパーフェクトメイド属性は無いらしい。
「領主が謀反にあったというのに平穏そのものの街。近寄れない屋敷。渦中のジューディス家に対するダンウェルのアプローチ。――答えなんてわかり切ってるじゃない。簡単な推理よ」
自らの眉間を小突きながら、そう言って微笑むイリーちゃん。瞳は眠たげに、しかし確信の光を宿すその瞳に魅入られて、一瞬胸が高鳴る。
しかし推理。推理か……
……うん、駄目だ。さっぱり分からない。私の超究極クレバーな直感をもってしても、イリーちゃんが何を考えているのかがさっぱり分からない。
「ねえマリーちゃん。どういうことか分かる?」
「安心してくださいミーシャ。知恵回らずとも刃に曇り無し、です」
キリッと引き締まった表情になるマリーちゃんに、どういう訳か同族意識を感じた瞬間だ。
もしかして私の血にもメイドさんの波動が流れているのだろうか。それは分からないが、マリーちゃんは攻略対象とかそんなのは無関係に仲良くなれそうな気がした。いやマリーちゃんルートを諦めた訳じゃないけれど。
「頼むから二人とも、もう少し頭の良い会話をしてほしいのだけれども。
……でもそうね、少し順序立てて話しましょう。そもそも唯一にして最大の疑問は、『ロッシーニュ・エルグランという男は何故ジューディス家を裏切ったか』よ」
人差し指を立て、まるで答え合わせをする探偵のようにイリーちゃんは語りだす。
「……よくあるお家騒動のそれではないのですか? ロッシーニュがジューディス家を乗っ取るためだとか、そう言う――」
「だとすれば私を祭り上げることなく殺しにかかる理由が無いわ。適当に私に血縁の男をあてがって、傀儡にすればいいだけの話なのだから。
ここで重要になるのは、ジューディス家を制圧する段階まで進んでおきながら、その情報が市政にまで出回っていないという点よ。これはロッシーニュにはこの街の民に長として認められる意思が無いということ。だから素直なお家騒動って線は消えたわね。
じゃあ、ジューディス家に対する私怨で動いたのかしら? それならとっくに用済みの屋敷からは立ち去っているだろうに、今なお屋敷の周りにはロッシーニュの私兵が守りを固めている。つまりロッシーニュはまだ屋敷の中に居るということ。――私怨の線もまた、消えたわね」
じゃあ残る動機は何でしょう? そう言って今度は私を指さすイリーちゃん。
突然振られた質問に驚きながらも、必死に頭を回して考える。
お家騒動でもなく、私怨でもない。私怨じゃないっていうことは多分地上のもつれでもなくて、じゃあ、残るは――
「物盗りかな? なんかこう、すごいお宝があったとか」
じゃあもう残るは強盗くらいしかないだろう。そう思って口にしてみれば、マリーちゃんがそれはあり得ないと首を横に振る。
「ロッシーニュ・エルグランはジューディス家の会計を担っていた男です。金目当てならいくらでも帳簿を改ざんできますし、そもそもジューディス家は質実剛健がモットーの華美さとは程遠い一族です。家宝と呼べるものなど、家督以外にありません。
それをわざわざ一族郎党根絶やしにしてまで財貨を狙うなどあり得ま――」
「良い勘してるわねミーシャちゃん。それで正解よ」
「――えっ」
自信満々に語っていた表情のまま静止したマリーちゃんを尻目に、イリーちゃんは言葉を続ける。
ドンマイマリーちゃん。明日があるさ。
「え、というか本当に物盗りなの? 強盗さんなの?」
「そうよ、ほぼ間違いなく。そして目的の物を未だ手に入れることができず、屋敷の中を探すために占拠している。だから市民にそれを知られたくないし、屋敷に入られたくもない。そう考えたら結構、筋は通っているでしょう?
――それにジューディス家に代々伝わる物の中に、欲しい人は命を投げ捨ててでも欲しくなる代物が一つ、紛れ込んでいるから」
確信と自信に満ちたイリーちゃんの口調。それを聞いたマリーちゃんは初耳だと言わんばかりに目をぱちくりさせている。
でも確かに、強盗さんがまだ屋敷の中に居て、それがバレたくないとしたらこんな状況にもなるのかな? だとすればイリーちゃんのいうことにも納得できるような、できないような。
でもよっぽどすごいお宝じゃないとそんなことしないんじゃないかな、とも思う。でもイリーちゃんはそれを確信しているみたいだし、一体何があるんだろう?
「――お嬢様、ロッシーニュが大恩あるジューディス家を裏切ってまで、奪い取ろうとする物とは一体――?」
「そうね、それを言わないと納得はしにくいかも。
ジューディス家に代々伝わる代物――その話をする前に少し、御伽噺をしましょう。よくある勇者と魔王の物語を、ね」
「『我らが肉体の祖は創造神グーシーであり、我らが魂の祖は魔王ディアトグリエである』……有名な聖典の一説ね。2人とも、この意味は知っている?」
イリーちゃんは私たちの正面に居直るとゆっくりと厳かに、私たちの目を見てそう語り出す。私はその目を真っ直ぐに見返し、小さく頷く。
魔王ディアトグリエ。その名前は良く知っている。子供だって知っているだろう。だってそれは――
「ディアトグリエってあれでしょ! 「アイテムチートで魔王を倒すまで~ただしレベル1とか聞いていないんですけど?!~(グースビック・ギュール著)」のラスボス。18の次元を征服する大魔王!」
「私は神を信じません。この世界は今を生きる者のためにあります故」
「……頭痛くなってきた。世界滅ぶかもだけどもう寝て良い?」
そう言って仰向けに寝転がるイリーちゃん。え、何か違ったの?!
「お、お嬢様? なにかお気に召さない事でもございましたか?」
「あーもう何もかもよ。滅んじまえこんな世界」
「そ、そんな事言わないで? 生きてればきっと良いことあるよ?」
「今まさに頭を痛くさせてる張本人どもが何言ってんだか。
――まあ良いわ。だったら癪だけど、流しで1から説明してあげるわ。……というかなんでマリーまで知らないのよ。知ってたら説明投げれたのに」
そう言って大きな大きなため息を1つ吐いて、イリーちゃんはゆっくりと語り始めた。
それは500年もの昔に実際にあったとされる神話。寝物語の英雄譚。
――私に運命を告げる、1つの物語――
――はじめ、創造神グーシーによって創造されたこの世界は人も、物も、なにもかもが完璧で、完全で、それ故に静止していた。
そこに欲望の種となる魂を植え付けたのが、異界からの侵略者ディアトグリエ。彼が生きとし生ける者に与えた欲望により世界は回り始め、そしてその欲望、魔の頂点に魔王として君臨したのだ。
欲望のままに動き続ける世界は滅びへの道を辿っていた。弱者は強者に踏み躙られ、強者はより強き者に嬲り者にされるばかりの世界に、希望など無い。
あるのはただ欲望の果てに見る破滅の絶望ばかり。だがその絶望を啜り、喰らい、ディアトグリエはその力を蓄えていた。その力が創造神グーシーの力を超える日は、そう遠くないように思われていた。
だが欲望の中にあってなお、それを良しとしない者もまた確かに居た。後に六英雄と呼ばれる彼らは、欲望に染まる魂を抱えながら、それでもなお魔王に反旗を翻した。
そして創造神グーシーの加護もあり、数多の試練の果て、凄絶な戦いの果てに彼らは魔王を打ち倒した。世界を滅ぼすほどの欲望の連鎖は終わりを告げ、欲望を希望に変えた今の人の世が始まったのだ。
――だが魔王の脅威が去った訳ではない。神の加護を得た六英雄でも、欲望の究極存在ともいえる魔王を完全に滅することができなかったのだ。
故に彼らは魔王の五体を切り分け、魂を引き抜き、六つに分けて血の封印を施したのだ。
魔王の頭部を知略の勇士ハルフェラルが。
魔王の右腕を剛力の勇士アズマイルが。
魔王の左腕を守護の勇士ジューディスが。
魔王の右脚を健脚の勇士マリシファスが。
魔王の左脚を不退の勇士リオットが。
魔王の魂を挺身の聖女ストレイルが。
そして魔王との戦いから500年が経った今もなお各々がその身を挺し、ある者はその身を隠し、ある者は圧倒的な武力でもって、その封印が解かれぬよう代々守り続けているのだ――
「という訳で、ロッシーニュの狙いは魔王の復活なんじゃないかっていう話でした。というか、ジューディス家が魔王を封印しているって嗅ぎ付けでもしない限り、街の頂点を名乗るでもなく屋敷を占拠して街を去らない理由が無いのよね」
「ちょ、ちょっと待ってイリーちゃん! なんか今最後ストレイルとか言ってなかった?!」
ふぅ、と溜息を吐いて話を締めるイリーちゃん。しかし相当聞き捨てならない一言を私の耳は聞き逃さなかった。
魔王の魂を挺身の聖女ストレイルが。
聖女ストレイルが。
ストレイルが。
……私のフルネームはミーシャ・ストレイル。つまり、これは、まさか――
「あらまあなんて数奇な運命これはきっと魔王を再度封印すべしという創造神グーシーのお導きに違いないわー」
「あからさまな棒読み! だがそれは図星を誤魔化す棒読みと見た!
まさか超究極最強魔導士な私が伝説の聖女の末裔だったなんて――これはもう、運命だね!」
勇者じゃないのがちょっと残念だけど、英雄の血筋というのは重大なハーレム的要素。
私の超究極な魅力を3割増しにする素敵な肩書き。
やっぱり私は生まれついてのハーレムメイカーだったんだ。そしてご先祖様の繋がりのあるイリーちゃんは、まさしく正ヒロイン!
あ、でも正ヒロインの座はもうセレスちゃんが居るのか。ならイリーちゃんはセカンドヒロイン! サブではないところがミソ!
「でもこんなところに都合よく魔王を封印する使命を持ったストレイル家の聖女様が居る訳ないわねー。きっと家名だけ同じどこかの一般庶民が通りがかっただけなのねだって聖女様なら魔王復活を企む悪党を倒してくれるはずだものー」
「お、お嬢様?」
そして3割増しにブーストされた魅力で骨抜き腰砕けにしたイリーちゃんをお姫様抱っこしながら幸せなキスをして終了。傍らに顔を赤らめながら寄り添うマリーちゃんを添えて。
完璧だ。セレスちゃんには私の実力をうまく見せつけられずに下剋上されちゃったけれど、今度はそうもいかない。なにせ私は今、2人に頼られている。
つまり今、私はイリーちゃんマリーちゃんと比べて恋愛的上位存在なのだ。セレスちゃんの時のようなヘマはするまい。そして3人深く関係を築いたところで、セレスちゃんに揃って反旗を翻すのだ。
作戦名は「ベッドの上でも数の暴力作戦」。戦いは数だって聞いたことがあるし、恋は戦いとも聞いた。
卑怯汚いもない、これで勝てる。セレスちゃんへのリベンジは、予想以上に早いものになりそうだ。
「倒す倒す、超倒しちゃう! 超究極最強魔導士ミーシャ改め超究極最強聖女ミーシャがぜーんぶ解決しちゃう! そしてそのやたら発育の良いお嬢様っぱいを揉みしだいてやるんだ!」
「ああ、胸? 別に気にするわけでもなし、好きに揉んで良いわよ」
「マジで?!!」
とりあえず、イリーちゃんの攻略戦線は私優勢のようだ。ふかふかで気持ちいい。
もにもにと手を動かす傍らおずおずとお嬢様っぱいに顔をうずめてみれば、温かくて柔らかい2つの山に挟まれて心地良い。
お母さんに抱きしめられている時ってこんな気持ちになるのかな。そんなことを思いながら、イリーちゃんの身体の温かさを感じながら私はゆっくり瞳を閉じていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「――お嬢様。先ほどの話、どこまでが本当の話なのですか?」
まるで赤子のようにお嬢様の胸元に抱きしめられながら眠ってしまったミーシャを視界の端に入れながら、お嬢様に静かに詰め寄る。
――先ほどの話、ジューディス家が魔王の封印に関わっているという話は、実はそこまで聞いていて疑問を覚えなかった。
むしろ納得したくらいだ。何故これといった功績も、血縁も無いジューディス家が皇帝陛下とここまで深い関係を築いているのか、その正体だと思えば疑う余地もない。
「胸を揉まれることを気にしないって話? もちろん本当よ。ミーシャちゃんを起こさないなら、今貴女も揉んで良いわよ」
「えっ、そうなので――って、そうではありません! ミーシャが魔王の封印に関わっているという話です!」
だが残るもう1つ――流れのミーシャがジューディス家と同じく魔王封印に携わる要人であることについては、微塵も納得できない。
何もかもが唐突で、薄っぺらくて、ご都合主義だ。作り話としか思えない。そんなことを言ってまでミーシャを引き留めようとするということは、つまり――
「あら、ミーシャちゃんの呼び方から様が抜けたわね。今日1日一緒に行動して、敬称を付けるまでもない屑だと判断したのかしら? それとも情でも沸いた?
……そういえば半月くらい前、寝言で「お姉ちゃんって呼んでも良いんだよー、うふふー」って言ってたわね。もしかしてこんな感じの馬鹿っぽい妹が欲しかったの? でもこの子の方が貴女より年上よ?」
「茶化さないでください! ――お嬢様はミーシャをこの事態に巻き込むつもりなのですか? 行きずりの恩人を騙してまで、送り込まなければならない死地なのですか?」
泣きそうになりながらそう問えば、お嬢様はやれやれといった風に息を吐きながら目を伏せる。聞き分けの無い子供を相手にしているかのような、妙な脱力感を感じさせる佇まいだ。
「知ってる? お隣のアズマイル聖王国のとある地方は、人口の6割がストレイル性だって話。
嘘は1つも言っていないわ。騙してもいない。魔王が復活しそうなことから、その家名まで含めて全部。ただ少し強調するところを選んでいるだけ」
だからこれは彼女の選択よ。そう言うお嬢様に、言葉にできない悲しさを感じてしまう。
お嬢様は今、焦っている。追い詰められている。だから遮二無二に手駒を増やそうとしているのだ。それが行きずりの少女だとしても、選んではいられないということなのだ。
「でも、そんなの、あまりにも不義理な仕打ちじゃないですか……」
「知らなかったの? クランテットの住人に義理人情は無いわ。あるのは損得だけ。
まあ別に深く足を突っ込まずとも、ここからクランテットまで飛んで運んで行ってもらうだけでも十分よ」
お嬢様は腕の中で眠るミーシャを優しく撫でながら、宥めるようにそう言う。
この現状を招いたのは、やはり私の無力さなのだろうか。
私が屋敷からお嬢様を連れて逃げ出すあの場で、追っ手ごとロッシーニュを切り捨てることができていればこうはならなかったのだろうか。
それとも我が身を捨ててでも逃げるお嬢様のために敵を皆殺しにするべきだったのだろうか。
それとも――
「マリー、余計な事は考えないで。過去を悔やんで、時計の針が戻ることなんて無いのよ」
思考の迷路にはまりかけた私を、お嬢様の一括が正気に戻す。言われてみればそれもそうで、今はとにかく魔王の復活を防ぐことを考えるべき時だ。
「まあどうにせよ、私の考えがうまくいけば特に誰が死ぬという訳でもなく事態は収束するわ。だから安心して今は休みなさい。体ではなく、心をね」
「……はい、わかりました。お嬢様――」
そう言われると同時、ミーシャと一緒に抱きしめられる私。ミーシャとお嬢様、2人の温もりを感じているうちに何故か心が落ち着いて来て、そしてゆっくりと背中を叩くお嬢様の手に意識を向けているうちに、私もまた眠りの世界に落ちていった。
秘密基地おじさん改め悪の秘密結社のボスはそう言いながら、お盆に紅茶とクッキーの入った籠を乗せて私たちに歩み寄ってくる。
なんだか大物っぽい肩書きのおじさんを前に、マリーちゃんはすっかり萎縮してしまったらしい。柑橘系の甘い香りのするクッキーには目もくれず、冷や汗を垂らしながらおじさんの顔をまじまじと見ている。さっきからずっと身構えていて、ソファに座ろうともしない。
「マリーちゃん、このおじさんは良いおじさんだよ。だからそんな怖い顔してないでクッキー食べよ?」
「……ダンウェル様、それは本当にクッキーなのですか? 実はクッキーではなく、クッキーという名の劇薬では?」
警戒するマリーちゃん。
だが私には分かる。秘密基地の「粋」ってものを分かっているおじさんに悪いおじさんはいない。でも都会っ子のマリーちゃんにはそれが通じないらしく、口元まで差し出したクッキーから逃げるように顔を放していく。
「むぅ、日ごろの行いが悪いせいかマリスリース嬢には素直に信じてはもらえないようですね」
そんなマリーちゃんを見て悲しげに微笑みながら溜息を吐くおじさんは、目の前のソファに腰かけたままクッキーに手を伸ばし、それを口に運ぶ。
「仕方ありません、ならここは1つ私が毒見をマズぅっ?!」
そしてクッキーを噛み砕くと同時に噴き出したおじさんに、マリーちゃんが跳ね上がるほどに驚いた。
もちろん私も驚く。結局毒だったの?! そして自爆しちゃったの?!
うぇっ、とえずくような声を出し、喉を鳴らして紅茶を流し込むおじさん。そんなおじさんに駆け寄って背中をさすれば、涙目でクッキーを見つめるおじさんは肩を落とす。
「匂いだけ甘い肥溜めの味がします。後味だけで吐き気を催します。頭の中を掻き回されている気分になってきました。――我ながらよくもこんな味覚兵器を作れたものだと感心していますね」
今にも吐いてしまいそうな青ざめた顔でおじさんはそう言う。どうやら狭義の毒物ではないが、マリーちゃんの言う通り劇物ではあったようだ。
……そんなに不味いのかな?
あまりのおじさんの反応に、「実は逆に美味しいのではなかろうか?」という微かな期待が私の手を突き動かす。マリーちゃんに食べさせようとしていたクッキーを見、そしてそのまま口へと運んでいく。
「あーん…………かはァっ」
「何故そこで食べるんですかミーシャぁ?!」
世界の壁を壊す味がした。おじさんは正直者だった。
「お、お……おじさん……このクッキー、手作りなの?」
「はい。最後まで殺すばかりが人生の全てというのも味気ない気がしたので、ちょっとした手慰みに部下の厨房を借りてみたのです。
ですがこのクッキーは酷いものですね。香辛料代わりに毒手で生地をこねたのがよろしくなかったのでしょうか。それとも香り付けの石鹸が安物だったのでしょうか。もしかすると隠し味の火薬が多すぎたのかも。……アレンジは失敗のようですね。味見をしなかったことが悔やまれます」
超究極最強魔導士に特有の忍耐力で必死に吐き気を堪えながらおじさんに尋ねてみれば、出るわ出るわ狂気的食材の数々。それを聞いているうちに、いや聞くまでもなくマリーちゃんのそれと似た汗が私からも噴き出てくる。
それは味見程度でどうこうなるレベルの代物じゃあない。おじさんは良いおじさんだけれども、メシマズテロなロックンロールおじさんだったのだ。
「斯くも物作りとは難しいものです。しかしそうですね、ここまで酷い味でもそういう(・・・・)用途ならまだ振舞う機会もあるかもしれませんし、このクッキーは取り置いておきましょう。人生初めての料理ですし、捨ててしまうのは勿体無いですから」
そう言って劇物クッキーの入った籠をテーブルの端にのけるおじさん。その姿からは想像を絶する哀愁が漂っている。
初めての料理で大失敗というのはよくある話だ。かくいう私も初めて作った魚の塩焼きを永劫燃え盛るダークマターにして師匠に怒られた経験がある。
だがよくある話だとしても、それが決して軽いものではないというのも事実だ。初めての料理を庭の裏手に埋葬した時、もう二度と厨房に立つものかと膝を抱えたものだ。
それを乗り越えて初めて、人は料理人として羽ばたくことができるのだ。今では私も木の葉型のふわとろオムレツを作れる立派なシェフ。そんな私も最初の一歩があったからこそ。
「だからマリーちゃん、おじさんを怒らないであげて? 今おじさんは、料理人としての最初の一歩を踏み出したばかりなんだから」
「あの、怒るかどうとか以前に、本当に彼がダンウェル氏であるのかすら私の中で怪しくなってきたのですが」
私の記憶の中のダンウェル・ノックピードと全く違うのですが、と言いつつも、身悶える私とおじさんについに警戒心を解いたのかマリーちゃんがゆっくりとソファに腰掛ける。
「ああ、そこは間違いありません。私は正真正銘ダンウェル・ノックピード本人ですよ。影武者でもなんでもなく、ね。
――さて、場の空気も解れた頃合いですし、本題に入りましょうか。とは言え多くを語れぬ身。そう力になれるとは思いませんがね」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「――そう、ダンウェルが出てきたの。怖くなかった?」
「全然怖くなかったよ? 良いおじさんだったよ?」
おじさんと小粋な秘密基地トークを終えて草原に帰れば、そこにはもこもこローブを身に纏って寝ぼけまなこを擦るイリーちゃんの姿。
どうやら今の今まで眠っていたらしく、あくび交じりに問いかけるその姿はぽやぽやしていてなんだか可愛らしい。
……ふふふ、隙だらけだぜお嬢さん。未来のハーレム王たるミーシャさんにそんな姿を見せていたら、ぱくりといっちゃうぞ。
「……って、もー。イリーちゃん、寝癖がすごいことになってるじゃん。ほら、こっち来て?」
「はいはい、お好きにどうぞ」
しめた、と思いつつイリーちゃんの頭を抱きかかえて、寝癖でぼさぼさになった金色の髪を手で梳いていく。
ここで発揮されるのが私の撫でテクだ。かつて師匠行きつけの娼館周りに住み着いていた野良ランドキャットを撫で回すことで得た私の指使いは、既にかの伝説の妙技「ナデポ」にも匹敵する!
さあイリーちゃんよ、我が愛くるしい手の前にメロメロになってしまえ! そしてマリーちゃん共々、私のハーレムメンバーに加わってしまうのだ!
「あら、意外と気持ち良い。器用なのねミーシャちゃん」
「えへへー、でしょでしょー」
延べ100匹ものランドキャットを沈めてきた私の撫でテクはイリーちゃんにも有効だったらしく、逃げるようなそぶりは一切見せない。墜ちたな。
「……あの、続きをよろしいでしょうか?」
「あ、ご、ごめんね。でもこれは浮気って訳じゃなくて、ハーレムの主としてやらなきゃいけないことであのその」
「ミーシャ様は何を言っているんですか?」
しかしそんな仲睦まじくラブラブでメロメロな雰囲気に嫉妬したのか、マリーちゃんが冷めた視線で私たちを見ている。あっちを立てればこっちが立たず。同時攻略とはかくも難しいものか。
「いや、良いわ。もう情報は十分出揃ったから。屋敷には辿り着けなかったのでしょう? つまりはそれが答えよ。――ただし最悪の、ね」
イリーちゃんはそう言うと同時に、深く重苦しい溜息を一つ吐く。どうやら、イリーちゃんはあまりうれしくない結論を察してしまったみたいだ。
しかし私はその言葉にふと疑問を抱く。
確かに私とマリーちゃんはお屋敷に入っていない。おじさんからの忠告で、お屋敷の周りには悪代官の手下が溢れるくらいに見張りを立てているから近付くな、って言われたんだ。おじさんが貸してくれた遠眼鏡で屋敷の周りを見たマリーちゃんも同じことを言っていたから、それは間違いない。
でもそれはまだ、撫でるのに夢中になっていたせいでイリーちゃんには言ってないはず。だというのにイリーちゃんは当然のようにそれが答えだという。
まるでそうなることが分かっていたかのようだ。いったい、どういうことなんだろう?
「ねえマリーちゃん。イリーちゃんが何を言っているか分かる?」
「ご安心くださいミーシャ様。実は私も分かっておりません」
頭に疑問符を浮かべながらマリーちゃんに救いを求めれば、マリーちゃんも私と似たような表情をしていた。どうやらマリーちゃんにパーフェクトメイド属性は無いらしい。
「領主が謀反にあったというのに平穏そのものの街。近寄れない屋敷。渦中のジューディス家に対するダンウェルのアプローチ。――答えなんてわかり切ってるじゃない。簡単な推理よ」
自らの眉間を小突きながら、そう言って微笑むイリーちゃん。瞳は眠たげに、しかし確信の光を宿すその瞳に魅入られて、一瞬胸が高鳴る。
しかし推理。推理か……
……うん、駄目だ。さっぱり分からない。私の超究極クレバーな直感をもってしても、イリーちゃんが何を考えているのかがさっぱり分からない。
「ねえマリーちゃん。どういうことか分かる?」
「安心してくださいミーシャ。知恵回らずとも刃に曇り無し、です」
キリッと引き締まった表情になるマリーちゃんに、どういう訳か同族意識を感じた瞬間だ。
もしかして私の血にもメイドさんの波動が流れているのだろうか。それは分からないが、マリーちゃんは攻略対象とかそんなのは無関係に仲良くなれそうな気がした。いやマリーちゃんルートを諦めた訳じゃないけれど。
「頼むから二人とも、もう少し頭の良い会話をしてほしいのだけれども。
……でもそうね、少し順序立てて話しましょう。そもそも唯一にして最大の疑問は、『ロッシーニュ・エルグランという男は何故ジューディス家を裏切ったか』よ」
人差し指を立て、まるで答え合わせをする探偵のようにイリーちゃんは語りだす。
「……よくあるお家騒動のそれではないのですか? ロッシーニュがジューディス家を乗っ取るためだとか、そう言う――」
「だとすれば私を祭り上げることなく殺しにかかる理由が無いわ。適当に私に血縁の男をあてがって、傀儡にすればいいだけの話なのだから。
ここで重要になるのは、ジューディス家を制圧する段階まで進んでおきながら、その情報が市政にまで出回っていないという点よ。これはロッシーニュにはこの街の民に長として認められる意思が無いということ。だから素直なお家騒動って線は消えたわね。
じゃあ、ジューディス家に対する私怨で動いたのかしら? それならとっくに用済みの屋敷からは立ち去っているだろうに、今なお屋敷の周りにはロッシーニュの私兵が守りを固めている。つまりロッシーニュはまだ屋敷の中に居るということ。――私怨の線もまた、消えたわね」
じゃあ残る動機は何でしょう? そう言って今度は私を指さすイリーちゃん。
突然振られた質問に驚きながらも、必死に頭を回して考える。
お家騒動でもなく、私怨でもない。私怨じゃないっていうことは多分地上のもつれでもなくて、じゃあ、残るは――
「物盗りかな? なんかこう、すごいお宝があったとか」
じゃあもう残るは強盗くらいしかないだろう。そう思って口にしてみれば、マリーちゃんがそれはあり得ないと首を横に振る。
「ロッシーニュ・エルグランはジューディス家の会計を担っていた男です。金目当てならいくらでも帳簿を改ざんできますし、そもそもジューディス家は質実剛健がモットーの華美さとは程遠い一族です。家宝と呼べるものなど、家督以外にありません。
それをわざわざ一族郎党根絶やしにしてまで財貨を狙うなどあり得ま――」
「良い勘してるわねミーシャちゃん。それで正解よ」
「――えっ」
自信満々に語っていた表情のまま静止したマリーちゃんを尻目に、イリーちゃんは言葉を続ける。
ドンマイマリーちゃん。明日があるさ。
「え、というか本当に物盗りなの? 強盗さんなの?」
「そうよ、ほぼ間違いなく。そして目的の物を未だ手に入れることができず、屋敷の中を探すために占拠している。だから市民にそれを知られたくないし、屋敷に入られたくもない。そう考えたら結構、筋は通っているでしょう?
――それにジューディス家に代々伝わる物の中に、欲しい人は命を投げ捨ててでも欲しくなる代物が一つ、紛れ込んでいるから」
確信と自信に満ちたイリーちゃんの口調。それを聞いたマリーちゃんは初耳だと言わんばかりに目をぱちくりさせている。
でも確かに、強盗さんがまだ屋敷の中に居て、それがバレたくないとしたらこんな状況にもなるのかな? だとすればイリーちゃんのいうことにも納得できるような、できないような。
でもよっぽどすごいお宝じゃないとそんなことしないんじゃないかな、とも思う。でもイリーちゃんはそれを確信しているみたいだし、一体何があるんだろう?
「――お嬢様、ロッシーニュが大恩あるジューディス家を裏切ってまで、奪い取ろうとする物とは一体――?」
「そうね、それを言わないと納得はしにくいかも。
ジューディス家に代々伝わる代物――その話をする前に少し、御伽噺をしましょう。よくある勇者と魔王の物語を、ね」
「『我らが肉体の祖は創造神グーシーであり、我らが魂の祖は魔王ディアトグリエである』……有名な聖典の一説ね。2人とも、この意味は知っている?」
イリーちゃんは私たちの正面に居直るとゆっくりと厳かに、私たちの目を見てそう語り出す。私はその目を真っ直ぐに見返し、小さく頷く。
魔王ディアトグリエ。その名前は良く知っている。子供だって知っているだろう。だってそれは――
「ディアトグリエってあれでしょ! 「アイテムチートで魔王を倒すまで~ただしレベル1とか聞いていないんですけど?!~(グースビック・ギュール著)」のラスボス。18の次元を征服する大魔王!」
「私は神を信じません。この世界は今を生きる者のためにあります故」
「……頭痛くなってきた。世界滅ぶかもだけどもう寝て良い?」
そう言って仰向けに寝転がるイリーちゃん。え、何か違ったの?!
「お、お嬢様? なにかお気に召さない事でもございましたか?」
「あーもう何もかもよ。滅んじまえこんな世界」
「そ、そんな事言わないで? 生きてればきっと良いことあるよ?」
「今まさに頭を痛くさせてる張本人どもが何言ってんだか。
――まあ良いわ。だったら癪だけど、流しで1から説明してあげるわ。……というかなんでマリーまで知らないのよ。知ってたら説明投げれたのに」
そう言って大きな大きなため息を1つ吐いて、イリーちゃんはゆっくりと語り始めた。
それは500年もの昔に実際にあったとされる神話。寝物語の英雄譚。
――私に運命を告げる、1つの物語――
――はじめ、創造神グーシーによって創造されたこの世界は人も、物も、なにもかもが完璧で、完全で、それ故に静止していた。
そこに欲望の種となる魂を植え付けたのが、異界からの侵略者ディアトグリエ。彼が生きとし生ける者に与えた欲望により世界は回り始め、そしてその欲望、魔の頂点に魔王として君臨したのだ。
欲望のままに動き続ける世界は滅びへの道を辿っていた。弱者は強者に踏み躙られ、強者はより強き者に嬲り者にされるばかりの世界に、希望など無い。
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――だが魔王の脅威が去った訳ではない。神の加護を得た六英雄でも、欲望の究極存在ともいえる魔王を完全に滅することができなかったのだ。
故に彼らは魔王の五体を切り分け、魂を引き抜き、六つに分けて血の封印を施したのだ。
魔王の頭部を知略の勇士ハルフェラルが。
魔王の右腕を剛力の勇士アズマイルが。
魔王の左腕を守護の勇士ジューディスが。
魔王の右脚を健脚の勇士マリシファスが。
魔王の左脚を不退の勇士リオットが。
魔王の魂を挺身の聖女ストレイルが。
そして魔王との戦いから500年が経った今もなお各々がその身を挺し、ある者はその身を隠し、ある者は圧倒的な武力でもって、その封印が解かれぬよう代々守り続けているのだ――
「という訳で、ロッシーニュの狙いは魔王の復活なんじゃないかっていう話でした。というか、ジューディス家が魔王を封印しているって嗅ぎ付けでもしない限り、街の頂点を名乗るでもなく屋敷を占拠して街を去らない理由が無いのよね」
「ちょ、ちょっと待ってイリーちゃん! なんか今最後ストレイルとか言ってなかった?!」
ふぅ、と溜息を吐いて話を締めるイリーちゃん。しかし相当聞き捨てならない一言を私の耳は聞き逃さなかった。
魔王の魂を挺身の聖女ストレイルが。
聖女ストレイルが。
ストレイルが。
……私のフルネームはミーシャ・ストレイル。つまり、これは、まさか――
「あらまあなんて数奇な運命これはきっと魔王を再度封印すべしという創造神グーシーのお導きに違いないわー」
「あからさまな棒読み! だがそれは図星を誤魔化す棒読みと見た!
まさか超究極最強魔導士な私が伝説の聖女の末裔だったなんて――これはもう、運命だね!」
勇者じゃないのがちょっと残念だけど、英雄の血筋というのは重大なハーレム的要素。
私の超究極な魅力を3割増しにする素敵な肩書き。
やっぱり私は生まれついてのハーレムメイカーだったんだ。そしてご先祖様の繋がりのあるイリーちゃんは、まさしく正ヒロイン!
あ、でも正ヒロインの座はもうセレスちゃんが居るのか。ならイリーちゃんはセカンドヒロイン! サブではないところがミソ!
「でもこんなところに都合よく魔王を封印する使命を持ったストレイル家の聖女様が居る訳ないわねー。きっと家名だけ同じどこかの一般庶民が通りがかっただけなのねだって聖女様なら魔王復活を企む悪党を倒してくれるはずだものー」
「お、お嬢様?」
そして3割増しにブーストされた魅力で骨抜き腰砕けにしたイリーちゃんをお姫様抱っこしながら幸せなキスをして終了。傍らに顔を赤らめながら寄り添うマリーちゃんを添えて。
完璧だ。セレスちゃんには私の実力をうまく見せつけられずに下剋上されちゃったけれど、今度はそうもいかない。なにせ私は今、2人に頼られている。
つまり今、私はイリーちゃんマリーちゃんと比べて恋愛的上位存在なのだ。セレスちゃんの時のようなヘマはするまい。そして3人深く関係を築いたところで、セレスちゃんに揃って反旗を翻すのだ。
作戦名は「ベッドの上でも数の暴力作戦」。戦いは数だって聞いたことがあるし、恋は戦いとも聞いた。
卑怯汚いもない、これで勝てる。セレスちゃんへのリベンジは、予想以上に早いものになりそうだ。
「倒す倒す、超倒しちゃう! 超究極最強魔導士ミーシャ改め超究極最強聖女ミーシャがぜーんぶ解決しちゃう! そしてそのやたら発育の良いお嬢様っぱいを揉みしだいてやるんだ!」
「ああ、胸? 別に気にするわけでもなし、好きに揉んで良いわよ」
「マジで?!!」
とりあえず、イリーちゃんの攻略戦線は私優勢のようだ。ふかふかで気持ちいい。
もにもにと手を動かす傍らおずおずとお嬢様っぱいに顔をうずめてみれば、温かくて柔らかい2つの山に挟まれて心地良い。
お母さんに抱きしめられている時ってこんな気持ちになるのかな。そんなことを思いながら、イリーちゃんの身体の温かさを感じながら私はゆっくり瞳を閉じていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「――お嬢様。先ほどの話、どこまでが本当の話なのですか?」
まるで赤子のようにお嬢様の胸元に抱きしめられながら眠ってしまったミーシャを視界の端に入れながら、お嬢様に静かに詰め寄る。
――先ほどの話、ジューディス家が魔王の封印に関わっているという話は、実はそこまで聞いていて疑問を覚えなかった。
むしろ納得したくらいだ。何故これといった功績も、血縁も無いジューディス家が皇帝陛下とここまで深い関係を築いているのか、その正体だと思えば疑う余地もない。
「胸を揉まれることを気にしないって話? もちろん本当よ。ミーシャちゃんを起こさないなら、今貴女も揉んで良いわよ」
「えっ、そうなので――って、そうではありません! ミーシャが魔王の封印に関わっているという話です!」
だが残るもう1つ――流れのミーシャがジューディス家と同じく魔王封印に携わる要人であることについては、微塵も納得できない。
何もかもが唐突で、薄っぺらくて、ご都合主義だ。作り話としか思えない。そんなことを言ってまでミーシャを引き留めようとするということは、つまり――
「あら、ミーシャちゃんの呼び方から様が抜けたわね。今日1日一緒に行動して、敬称を付けるまでもない屑だと判断したのかしら? それとも情でも沸いた?
……そういえば半月くらい前、寝言で「お姉ちゃんって呼んでも良いんだよー、うふふー」って言ってたわね。もしかしてこんな感じの馬鹿っぽい妹が欲しかったの? でもこの子の方が貴女より年上よ?」
「茶化さないでください! ――お嬢様はミーシャをこの事態に巻き込むつもりなのですか? 行きずりの恩人を騙してまで、送り込まなければならない死地なのですか?」
泣きそうになりながらそう問えば、お嬢様はやれやれといった風に息を吐きながら目を伏せる。聞き分けの無い子供を相手にしているかのような、妙な脱力感を感じさせる佇まいだ。
「知ってる? お隣のアズマイル聖王国のとある地方は、人口の6割がストレイル性だって話。
嘘は1つも言っていないわ。騙してもいない。魔王が復活しそうなことから、その家名まで含めて全部。ただ少し強調するところを選んでいるだけ」
だからこれは彼女の選択よ。そう言うお嬢様に、言葉にできない悲しさを感じてしまう。
お嬢様は今、焦っている。追い詰められている。だから遮二無二に手駒を増やそうとしているのだ。それが行きずりの少女だとしても、選んではいられないということなのだ。
「でも、そんなの、あまりにも不義理な仕打ちじゃないですか……」
「知らなかったの? クランテットの住人に義理人情は無いわ。あるのは損得だけ。
まあ別に深く足を突っ込まずとも、ここからクランテットまで飛んで運んで行ってもらうだけでも十分よ」
お嬢様は腕の中で眠るミーシャを優しく撫でながら、宥めるようにそう言う。
この現状を招いたのは、やはり私の無力さなのだろうか。
私が屋敷からお嬢様を連れて逃げ出すあの場で、追っ手ごとロッシーニュを切り捨てることができていればこうはならなかったのだろうか。
それとも我が身を捨ててでも逃げるお嬢様のために敵を皆殺しにするべきだったのだろうか。
それとも――
「マリー、余計な事は考えないで。過去を悔やんで、時計の針が戻ることなんて無いのよ」
思考の迷路にはまりかけた私を、お嬢様の一括が正気に戻す。言われてみればそれもそうで、今はとにかく魔王の復活を防ぐことを考えるべき時だ。
「まあどうにせよ、私の考えがうまくいけば特に誰が死ぬという訳でもなく事態は収束するわ。だから安心して今は休みなさい。体ではなく、心をね」
「……はい、わかりました。お嬢様――」
そう言われると同時、ミーシャと一緒に抱きしめられる私。ミーシャとお嬢様、2人の温もりを感じているうちに何故か心が落ち着いて来て、そしてゆっくりと背中を叩くお嬢様の手に意識を向けているうちに、私もまた眠りの世界に落ちていった。
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