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5.妹編
1.超究極らぶらぶ奴隷、爆誕!
しおりを挟む「つまり今回の事件、報酬はミーシャちゃんが独り占めしちゃった訳ね」
事の起こりは昨日の夜。ジュゼちゃんを連れてアレンテッツェに帰ってきてすぐ、イリーちゃんとマリーちゃんと久しぶりの再会を果たした直後のこと。
植木鉢と化したジュゼちゃんの歓迎と紹介を兼ねて、メーシュブリグでの大活躍を2人に伝えると、イリーちゃんは何度かうんうんと頷いた後にそんなことを言い放った。
なんでも、今回の事件で私たちが手に入れたのはジュゼちゃんただ1人。救出にかかる費用はパーティーの共有財産から出したのだから、植林されたジュゼちゃんはパーティーみんなの所有物にしないと道理が通らないとのこと。
ジュゼちゃんを物扱いするのは納得いかなかったけれど、一般人というには全身に葉緑素が漲っているジュゼちゃんは、帝国の法律だとどうやっても人間扱いはできないらしい。だからジュゼちゃんがそこいらの魔物みたいに暴れ出したりしないことを保証するために、パーティー名義でジュゼちゃんのご主人さまとなり、その行動に責任を持つ形にしたかったようだ。
しかしそんな目算も、ミスティちゃんがジュゼちゃんのご主人様になってしまったことでご破算になってしまったらしい。
ジュゼちゃんのご主人さまはミスティちゃんだ。けれども、そのミスティちゃんのご主人さまは私だ。つまり現状ジュゼちゃんの人柄は私名義で保証していることになる。
つまり私はこのジュゼちゃん救出作戦において、図らずもジュゼちゃんという報酬を独り占めしていたということになるのだ。
「これって大変な事よ。なにせパーティーからジュゼちゃんを買い取ったということにすると、ものすごく高く付いちゃう。
ここまで連れてくるのにかかったコストやリスクの高さもそうだし、ジュゼちゃん自身も女として甘味として魔導士として、とっても価値の高い女の子だから、ね?」
そして私が凍り付いたのは、その一言が発された瞬間だ。
そう、今回の救出作戦はみんなの力で成し遂げたもの。だというのにミスティちゃんだけが美味しい思いをしていては、誰もが心の内にモヤモヤした者を感じてしまうだろう。
それを払拭するためには、私はみんなにちゃんとした対価を支払わなければならないのだ。甲斐性を見せなければならないとも言う。
しかし今の私は言わずもがな文無しの身。それどころか、パーティーに借金まである始末。この状態で、みんなにジュゼちゃんを独り占めするのを納得させられるだけのお金を支払うなんてできる訳がない。
「それを踏まえて、ミーシャちゃんが選べる未来はそう多くないわ。聞きたい?」
「う、うん」
「じゃあまず一番ありそうなのが、パーティーに借金をしてジュゼちゃんを買ったことにするという手。ただジュゼちゃんに値段をつけるとしたら5000万クロムは絶対に下回らないから、借金漬けのミーシャちゃんは一生私たちの奴隷になっちゃうかも」
「イリーさん、その話詳しくお願いします」
「うにゃッ?! せ、セレスちゃん、どうどう。落ち着いてー!」
そんなイリーちゃんの言葉に反応して、セレスちゃんがすっと私を後ろから抱きすくめる。息は荒く、もう完全に暴走一歩手前だ。
けれども救出作戦での疲れがまだ取れていないようで、抱き締める腕に力がこもっていない。であるならば御するのは簡単だと思い至り、お返しのハグをして背中をぽんぽん、ってする。
すると荒ぶった呼吸は徐々に落ち着いていき、そのままウトウトと微睡みはじめ、ダメ押しにオリジナルの子守歌を歌ってあげればあら不思議。私の腕の中には安らかな寝息を立てるセレスちゃんの姿が。
勝ったな。超究極最強魔導士である私の手にかかれば、疲れ切ったセレスちゃんなんて赤子も同然。恐るるに足らずだ。
「……で、私が奴隷になるって話だけれども。どこからが冗談だったの? 自然すぎて全然気付かなかったよ」
「安心して、全部本当の話よ。ミーシャちゃんがいつ奴隷落ちしても良いよう書類は用意してあったから、別に手間は取らせないわ」
「あ、じゃあ夢なんだ。意外と疲れてたのかな、いつの間に寝ちゃったんだろう」
「夢かどうかを確認するために、奴隷落ちの契約書にサインでもしておく? 夢の中の話なら、別に何をしたって問題無いわよね?」
「それ夢じゃなかったときに大変なやつじゃん! というか、そう言うって事は夢じゃないんだねちくしょー!」
しかしセレスちゃんを躱すことはできても、借金を躱すことはできないらしく。契約書を片手にじりじりと迫り来るイリーちゃんにたじろぐ。
有り体に言って、大ピンチだった。
セレスちゃんが話を詳しく聞く前に疲れて眠ってしまった今でこそ、こうしてゆっくりと追い詰められるだけで済んでいる。しかしここに元気になったセレスちゃんが加わってしまったら、一瞬で身も心も奴隷にされてしまうだろう。
でも奴隷になっちゃうのはダメだ。絶対に、それだけは阻止しなければならない。
何故なら、奴隷に許された選択肢はたったの2つ。解放奴隷として成り上がって元ご主人さまに復讐するか、奴隷ヒロインとして幸せなお嫁さんになるか。でもセレスちゃんに復讐する未来なんて悲しすぎるから、私に許されるのは残った1つだけになってしまう。
「イリーちゃん、どうにかならないの……? このままだと私、奴隷ヒロインの幸せお嫁さんになっちゃうよぉ……」
「よく分かってるじゃない。一生大切にしてあげるから覚悟しておくのよ?」
しかしお嫁さんになるということは、ハーレム主としての未来を閉ざされるのとほぼ同義。お嫁さんになってからの百合ハーレム生成は、この超究極最強魔導士の恋愛テクをもってしても難しいのだ。
故に、迫り来るイリーちゃんにすら救いの手を求める。私を奴隷にしようとしている張本人だとか、そんなものは関係無い。超究極最強魔導士は恋愛において手段を選ばないのだ。
「あらあら、そそる涙目になっちゃって……そんなに奴隷になるのが嫌なら、残る手は1つしかないわね。単純に、最終決定権を持つパーティーリーダーであるセレスを籠絡して、ジュゼちゃんの所有権を無料で譲ってもらったことにするの。とはいえミーシャちゃん自身が手に入りそうな現状だと、籠絡なんて現実的では――」
「っ!! それ! それで! 私の魅力にかかれば、セレスちゃんなんて一瞬で「流石ミーシャ!」しか言えないくらいメロメロにできちゃうんだから!」
そして願いが通じたのか、イリーちゃんの口から零れ出たのは最高の解決手段。セレスちゃんをメロメロにしてしまえば借金をうやむやにできるという、実にハーレム主的な答えだ。
そもそも、セレスちゃんには頑張ったねのご褒美をあげようと思っていたのだ。何にするかは全然考えていなかったけれども、今まさにその内容は決定したというだけのこと。
もはや語るまでもない、決戦のデートである――
―――――――――――――――――――――――――――――――
アレンテッツェで拠点にしている宿。その裏手に置いてある鼠車の中。
イリーちゃんマリーちゃんが百合ハーレム入りする際に結納品として渡され、サウザンブレードラットのエルルゥ君が番をしている移動拠点は、言わば私たちの家のようなもの。
セレスちゃんが私をいぢめる時にたびたび使うせいか、内側から鍵をかけられたり、中の音が外に漏れ出ないような加工がされていたりする高級品だ。他人に見られたくない姿や、聞かれたくない声を出してしまいそうなことをされる時は、最終的にここに連れ込まれることが多い。
「どうだー、ここが良いんでしょー? なでなでー、もみもみー」
「にゃ~♪」
そんな秘密の準備をするのに最適な鼠車の中で私は1人、ついさっき釣り上げたばかりの新鮮なランドキャットをこねくり回す。もふもふで、ぷにぷにだ。気を抜くと日が暮れるまで撫で回しかねないその毛並みは、いつだって魔性とも言うべき魅力がある。
しかしランドキャットのプロでもある私は、未加工のランドキャットで満足する器ではない。プロの一手間で、ランドキャットは大きく姿を変えるのだ。
「そろそろほぐれてきたかな……はい、蒸しタオル。あったかいよー」
「にゃ~♪」
まず手始めにランドキャットの全身をほぐすように、優しく手で揉んであげる。するとランドキャットからだんだんと力が抜けていき、ころんと毛玉のように丸くなるのだ。
ここまではよくあるランドキャットの愛でかたなのだが、ここでプロの一手間が光る。こうして丸くなったランドキャットを蒸しタオルで包んで暖めてあげると、ただでさえのんびり屋さんのランドキャットがリラックスしすぎてしまい、ぐでぐでのにゃんころもちになっちゃうのだ。もちもちだ。
「にゃん、にゃん、にゃんころもち、ぷにっぷにー♪」
「にゃ~♪」
「よしよし、良い出来! このモフモフにゃんころもちの手にかかれば、いくらセレスちゃんと言えども癒されすぎてふにゃふにゃになってしまうこと間違いなし!」
最後ににゃんころもちと化したランドキャットを優しく抱きかかえて、デート用のグッズが入ったバスケットの中に入れて完成だ。ランドキャットは一度にゃんころもち化したら数日はぐでぐでしているから、デート中のモフモフ成分はこれで足りるだろう。
準備は完璧。デートコースは定番の場所からちょっとした穴場までを網羅しているし、デート用の資金だってイリーちゃんから貸してもらった。これでクランテットのときのように、セレスちゃんに甲斐性を見せつけられてしまう心配も無い。
デート用秘密兵器は、にゃんころもちを含めてありったけを用意した。宿で厨房を借りて、手作りのサンドイッチも用意した。セレスちゃんがむらむらして暴走しちゃった時のために、猛獣用の鎮静剤を買ったりもした。万が一沈静剤じゃ抑えきれなかった時のために、一発逆転できるような新作のマジックポーションもある。
ここまで用意周到であれば、セレスちゃんを骨抜きにしてしまうことなんて容易いだろう。たとえ目論見が失敗してベッドに押し倒されたとしても、私がマウントを取り返す事だってできるはず。
――という訳で準備が整ったら、まずはセレスちゃんにデートのお誘いをするぞと意気込み、鼠車を出て宿の中へ。私たちの借りている部屋の扉をコンコンとノックしてから、返事も待たずに力強く開け放つ。
「――さあ、今日はデートだよセレスちゃん! 今日中にセレスちゃんを私の嫁にしてやるんだから、覚悟するんだよ!」
セレスちゃんにとっては急な話かもしれないが、不意打ちは戦いの基本ともいう。まずは先制攻撃をお見舞いすることでセレスちゃんを慌てさせ、今後のデートの主導権を確保するのが目的だ。
ハーレム的に言えば、セレスちゃんは本妻にしてラスボス。可愛いくて優しくてしっかり者で、おまけにえっちが上手と正面からやり合えば勝てる気がしない。だからこその策であり、それを使いこなすのが超究極デートマスターというものなのだ。
「はい、私も準備はできてますよ。朝からずっと、楽しみにしていましたんです」
「あ、あれ? 不意打ち失敗? どうして?」
しかし宿の部屋に居たセレスちゃんは驚いた表情1つ見せず、柔らかな笑顔でデートの誘いを受け取る。聞けば私がにゃんころもちを作っている間に、イリーちゃんから朝食がてら話を聞いたそうな。奴隷落ちしちゃう寸前でセレスちゃんを籠絡しようっていう話も、全部バレてしまっているらしい。
なんという諜報力。これがラスボスか。密かに戦慄する私にセレスちゃんはゆっくりと近付いてきて、そっと手を繋いでくる。自然に恋人繋ぎをしてくる辺り、実に攻撃力の高いラスボスだ。
「ミスティちゃんもジュゼさんも、今日は街の案内を兼ねたデートだそうです。ダブルデートをするって案もあったんですが――今日はミーシャを独り占めしたくって、断っちゃいました」
「あ、それも楽しそう! でもでも、今日はセレスちゃんを籠絡してメロメロにしてあわよくばプロポーズする所まで追い詰める予定だから、2人っきりで大正解だよ!」
「ふふ、とっても素敵な言葉を聞いちゃいました。これは期待ですね」
そんなセレスちゃんにダブルデートの案もあったのだと、目から鱗の作戦が飛び出てきたがそれはそれ。みんなで街を歩くのは実にハーレム的で絶対に楽しいけれども、メロメロにしてからのプロポーズまで考えたら2人っきりの方が雰囲気が出ると思う。
それに、セレスちゃんをメロメロにしちゃう予定の必殺にゃんころもちも1つしか用意できていない。その他の秘策も然り。故にフルパワーでセレスちゃんを押し倒すためには、他のハーレムメンバーをデートに誘うことはできなかったのだ。無念。
「じゃ、行こう! まずは街の中央広場にしゅっぱーつ!」
しかしダブルデートを逃したとしても、対セレスちゃんに考え抜いた完璧なデートプランは健在なのだ。それを思えば、自然と顔が綻ぶ。
そうして私はセレスちゃんと手を繋ぎながら、寝ずに選び抜いた3つのデートスポット、その1つ目へと足を進めた。
――――――――――――――――――――――――――――
数多の魔導船が浮き並ぶ、アレンテッツェの代名詞と言える大きな港。そこから放射状に伸びていく石畳の大通りは、その活気も相まってこの街が一大都市であることを一目で印象づける代物で、その発展ぶりを感じさせる名所として知られている。
初めてエンペラークラーケンの討伐を果たし港を魔物から取り戻した英雄から名前を取って、北が「ジョー通り」、西が「マックス通り」南が「ウェル通り」となっているのだけれども、私が目的地としているのはウェル通り。他の通りにも名物になりそうな場所はたくさんあるけれども、セレスちゃんを落とすデートともなれば、ここ以上の選択肢は無いだろう。
「――とっても賑やかですね。それに、なんだか見慣れない物がたくさんあります」
「でしょー! この前マリーちゃんとデートした時……に迷子になった時に……少し歩いたんだけれど、面白そうな物がたくさんあって! ここでショッピングしたら、絶対楽しいよ!」
そう言いながら、セレスちゃんの手を引きながら通りをゆっくり歩いて行く。セレスちゃんの反応は上々で、言葉では冷静なままだけれども、普段は凜々しいセレスちゃんが、お上りさんみたいに浮ついた様子で辺りを見渡しちゃってる。
計画通りだ。というのも、このウェル通りはいわゆる商店街なのだけれども、貿易港に面しているだけあってこの辺りでは見ない珍しい物がたくさん売りに出されている。歌に合わせて踊る花とか、虹色に光る羽根を持った鳥とか、何枚重ね着しているのかもよく分からない異国の正装とか。店先に並べられている商品だけでも目を惹く物がたくさんあって、話題には事欠かない。
その分、ちょっとした小物も良いお値段するけれど、今回は逆にそれが利点となっている。財布の紐が固いセレスちゃんはこういったお金を使って楽しむ所にはなかなか近寄らず、それ故に新鮮な気持ちで街を歩ける。
しかし私がこの通りに来るのは、偶然とは言えこれで2回目。究極の適応力でこの場の雰囲気に馴染みきった私は、色とりどりの品々に惑わされることなく、落ち着いた大人の態度でセレスちゃんをリードできるのだ。
こうやって自分の有利な状況を作りあげていく手際は、まさに超究極デートマスターの名にふさわしいだろう。いくら普段がケダモノイケメン正妻のセレスちゃんと言えども、私の土俵に引きずり込んでしまえばただの可愛いお嫁さんでしかない。
現に今も、出店に並べられた異国の鈴飾りを手に取り、しゃんらしゃんらと鳴り響く清らかな音を、酔いしれるように聞き入っている。そんなセレスちゃんの横顔をずっと見つめていたい。
「この鈴、とっても綺麗な音が鳴るんですね。ミーシャの鞄にでも着ければ、迷子になっても見つけやすいでしょうか」
「ずっと手を繋いでるから、迷子になんてならないよ。でも、耳を澄ませているセレスちゃんが綺麗……買いだぁ!」
そんなことを思っていたら、衝動的にその鈴飾りを買ってしまった。小さいのに3000クロムと地味ながら良いお値段だったけれども、これでいつでも鈴の音に聞き惚れるセレスちゃんが見られると思えば安い物。お財布は軽くなっても、思い出は軽くない。
セレスちゃんは「もぅ、そんなにすぐ物を買っていたら、デートの途中でお金が無くなっちゃいますよ」と家庭的なお小言。しかしお金にについての問題は気にしなくても良いと懐の広さを見せつける。
しかしイリーちゃんからデート用の資金として借りたお金は、なんと10万クロム。私たちがジュゼちゃんの救出作戦に出かけている間、残った資金を運用して増やしに増やしたらしく、デートをするって言ったらポンって投げ渡されたのだ。
今回のデートプランではお金を使う場面が限られているから、これだけあればデート中にお金が無くなることは無いだろう。太っ腹なイリーちゃんに大感謝だ。お金を受け取った後、部屋を出る直前に利子がどうの、期限がこうのと言われたような気がしたけれど、よく覚えてないってことは大したことない話だったのだろう。多分。
とにかく今重要なことは、このデートをめいっぱい楽しめるだけの資金力があるということ。お金で愛は買えないけれども、お金で花道を整える事はできるのだ。
「まさかとは思っていたんですが、イリーさんから聞いていた話は本当だったんですか。……こんな見え見えの罠にすら引っかかっちゃうなら、やっぱり奴隷にしちゃって、目の届くところに置いておかないと危ないですよね……」
「ん、セレスちゃん、今なんて言ったの? あ、さては私のハーレム主らしさに惚れ惚れしちゃって、お嫁さんになる決意できちゃった? 惚れちゃっても良いんだぜベイベー」
そして底知れぬ私の資金力におののいていたのか、何事かをぶつぶつ呟いていたセレスちゃんに声をかける。
もしかすると私がただの超究極美少女魔導士ではなく、超究極ハーレムイケメン美少女魔導士であることに、今さら気付いて戦慄しちゃっているのかもしれない。私のことをお嫁さんに仕立て上げようとしていたきらいのあるセレスちゃんならあり得る話だ。
けれども、そういった衝撃を優しくフォローしてあげるのもハーレム主の役目。今回のデートプランを作成するにあたって非常に参考になった『転生奴隷商人はのんびりできない~どうしてみんな俺の奴隷になろうとするの~(グースビック・ギュール著)』にあった口説き文句を使って、フォローついでにメロメロにしちゃう。
「まぁ、そうですね。一生をミーシャと添い遂げる、非常に具体的な覚悟ができたところです」
「ふぇっ?! そ、添い遂げ……あ、ぁぅ……?!」
しかし相手はラスボス。ちょっとしたフォローにも猛烈なカウンターを仕掛けてくる。
想定外の返しに驚きすぎて、言葉も出てこない。心臓がバクバクうるさくて、頭の中がぐるぐるで、表情が緩んじゃう。
一生を添い遂げるだなんて、こんなの完全にプロポーズだ。大好きな人にこんなことを言われて、嬉しくならない訳がない。
メロメロになっちゃった顔を見られたくなくて、とっさに顔を背ける。
ただでさえ、既にセレスちゃんのお嫁さんになって幸せなイチャらぶな家庭を築いている妄想が止まらないくらいなのだ。今見つめられたら、そのまま愛の言葉を囁かれたりしてしまったら、私のハーレム魂が粉々に砕け散ってしまうという確信がある。
「あぅ……あぅ…………んんっ、ゴホン! せ、セレスちゃんてば、もう随分と私の魅力にやられちゃってるみたいだね。これはもう、このデートの主導権は私が頂いたも同然かな?」
「一通り身悶えた後にそんなこと言っても、可愛いだけですよ?」
「だって、あんな急に、ぷ、ぷ、プロポーズなんてされたら…………ドキドキしすぎて、ダメになっちゃうんだよ」
「……ああ、言われてみればプロポーズみたいでしたね。でも、とっておきの殺し文句は別に用意できましたよ」
「まだこれより上があるの!?」
深呼吸して精神を落ち着け、何も無かったかのように振る舞おうとするも、セレスちゃんの追撃は留まるところを知らない。
まさかこれを超える第2形態があるというのか。あれだけの破壊力のある一撃が、まさか小手調べだとでも言うのか。
かつて師匠が言った「これはモータルフレアではない、フレアだ」なんていう決め台詞を彷彿とさせるこの振る舞い。やはりセレスちゃんはラスボス以外の何物でもなかったのだ。
――これは、今すぐにでもデートプランを変更せねばなるまい。
こんなラスボス然としたセレスちゃんと1日中デートしていたら、身も心もお嫁さんにされてしまう。メロメロにするはずなのに、メロメロにされてしまう。
故に一刻も早く、セレスちゃんからラスボスの風格を取り除く必要があるのだ。しかし幸いにして、そのための手段は最初からデートプランに組み込まれていた。
「――っ! セレスちゃん、服屋さんに行こう! 今すぐに!」
「服屋ですか? 確かにデートの定番な気はしますが、どうして急に――」
「良いから早く! これ以上凜々しくて格好良いセレスちゃんとデートしていたら……もう、私……っ!」
「なんだか、服屋に行かない方が都合が良い気がしてきましたね……もう少し、別の所を見て回りませんか?」
「もう勘弁して! キュン死する!」
そう言いながら、セレスちゃんの腕にしがみ付くようにして腕を引っ張って、次の戦場として予定していた服屋に連れていく。
そう、服屋だ。それも冒険者用のゴツくてポケットの多い服ばっかり売っているような所ではなく、ヒラヒラして可愛い、おしゃれな服が並ぶお店。
これこそが今回のデートプランの秘策であり、本命。ここで1発良いのをかまして、デートの主導権を取り返すのだ。
「……なんというか、こういう場は慣れませんね。きゃぴきゃぴしていると言いますか……こう、場違いな気がしてしょうがないです」
「そう感じるのは、セレスちゃんがラスボス過ぎるからだよ。……でも大丈夫! すぐにラスボスから正妻ヒロインにジョブチェンジさせちゃうんだから!」
そんな主戦場を前にして柄にも無く足踏みをするセレスちゃんを見て、私はニヤリとほくそ笑む。
実はセレスちゃんの弱点の1つに、ファッションのセンスがあまり無いというのがある。
と言うよりも、服に見栄えの良さを期待していないと言うべきだろうか。セレスちゃんの選ぶ衣服はとにかく実用性のみを重視していて、女の子らしいヒラヒラな服を買うようなことが全くと言って良いほど無いのだ。
実は今回のデートですら、軽装とは言え普段の冒険者らしい格好のままだったりする。それはそれで格好良くて好きなのは間違いないのだけれども、折角のデートなんだからひと味違う姿を見せてほしいっていうのもまた事実。
着飾らないセレスちゃんだって大好きだけれども、折角の素材を生かし切らないなんてのも勿体ない。仕事人らしい格好の今ですら格好良くて可愛いんだから、ちゃんとコーデしてあげれば凄い事になっちゃうはず。
そして、いつでも働くことに必死なセレスちゃんだって、おしゃれに興味が無い訳ではないはず。綺麗になりたい、可愛くなりたいっていうヒロインの魂を呼び覚まし、その高まった嫁力で、ラスボスの風格を覆い隠して貰うのだ。
「ミーシャの服を選ぶって言うなら分かりますけれど。私の服なんて選んだところで、そうそう変わらないと思いますが……」
「問答無用! さあ店員さん! やっておしまい!」
しかもこのお店には、頼りになる援軍まで存在する。そう、セレスちゃんの素材の良さに引き寄せられた店員さんが、自分好みにセレスちゃんをコーディネートしたくてウズウズしているのだ。
現に一声かけただけで、今か今かと待ち構えていた店員さんたちが一瞬でセレスちゃんに襲いかかり、試着室の中へと引き摺り込んでしまった。
そうしてセレスちゃんが店員さんにもみくちゃにされている間、私は懐に仕込んだにゃんころもちをモフモフして精神の平静を取り戻す。セレスちゃんの素肌が露わになって居るであろう試着室に混ざりたい気持ちもたくさんあるけれども、まだプロポーズの衝撃から完全に立ち直れていない以上、落ち着くための時間は必須なのだ。
慣れない環境で相手から余裕を奪い、その間に自分は冷静さを取り戻す。この攻防一体の恋愛テクこそが、ラスボスセレスちゃんを完膚なきまでに討ち倒す必殺技。
いかにセレスちゃんと言えども、私の手にかかればただの嫁。正妻でありながら私をメロメロにしてお嫁さんにしようとした罪は、私に翻弄されて可愛い姿を見せてくれることで償うと良い。
そうしてしばらく待つと、試着室から店員さんが「やりきった」と言わんばかりの良い表情で這い出てくる。どうやら、店員さんからしても会心の出来らしい。
「お待たせ、しました……」
「あ、終わったの? どれどれ、どんなコーディネートに――」
私が言葉にできたのは、そこまでだった。
試着室から出てきたのは、天使。
肩を出したワンピースとサンダルを身に付け、ハンドバッグを片手にふわりと銀の髪を揺らす天使さま。
頬をちょっぴり赤く染めながら、ワンピースの裾を摘まみ「似合ってるでしょうか……?」と伏し目がちに問いかけてくるその姿からは神々しさすら感じられ、もはや後光すら幻視してしまうほど。
――いやこの天使、よく見たらセレスちゃんだ。私の嫁だ。
「はぅ……尊い……! 萌え死んでしまう……!」
「もう、少し反応が大げさじゃないですか? 私みたいに色気が無いのが着飾ったところで、そう大して変わる訳でも無いでしょうし」
「ううん、そんなこと無いよ! 今のセレスちゃん、すっごく可愛くて……もぅ……もぅ……っ!」
もはや語彙すらも尽き果て、ただ身悶える。
尊い。
ワンピースの裾から脇をチラ見せしつつ、口に髪紐をくわえながら髪をかき上げ、さっき買った鈴の髪飾りで髪を束ね、ポニーテールになったセレスちゃんがひたすら尊い。
特に飾りっ気がある訳でも無いのに、爽やかな色気を感じる。ノースリーブで脇チラから横乳が見えそうで際どいのに、それを感じさせない清楚さが私のハートを撃ち貫く。
シンプルイズベスト。中身が服より可愛いなら、無駄に着飾る必要は無いのだ。しかし、あまりにも可愛すぎる。しかも私のストライクゾーンにド直球。
一体どういうことだ。ヒロイン力は上がったのにラスボス感が拭えていない。今のセレスちゃんに優しく微笑まれながらおねだりをされたら、なんだってしてしまうだろう。そう、たとえそれが「奴隷になってほしい」であったとしても――
「――と、とにかく、デートを続けないと……このままじゃ私、奴隷ルートから逃げ出せなくなっちゃう……どうすれば、どうすれば……」
「お客さん、お会計8万クロムになります」
「あ、はい。……流石女の子の服、凄く良いお値段する……お金借りてて良かった」
しかし天使と化したセレスちゃんを直視してしまった結果、あまりの衝撃にデートプランが頭から吹き飛んでしまった。胸の高まりも収まらず、気の利いた口説き文句も全然出てこない。
ただ、セレスちゃんが好きだって気持ちだけがどんどん溢れてくる。手を繋いでいるだけなのに涙が零れちゃいそうなほど興奮していて、頭の中が真っ白になっちゃって、気付けばセレスちゃんの腕にしがみ付くように寄り添いながら通りを歩いていた。
お買い物もたくさんしたけれども、もう何を買ったのかも覚えていない。でもセレスちゃんの横顔は私の脳内に永久保存されている。ポニーテールって健康的で素敵だと思う。
「こうしてミーシャと歩いているだけでも、なんだか幸せな気分になっちゃいますね。今までに無い装いだからか、なんとなく新鮮です」
「セレスちゃん、しゅき……セレスちゃんをすこれ……」
「はい、私も大好きですよ。……こうして言葉にすると、照れちゃいますね」
「私の方がもっとしゅき……らぶりーマイエンジェルセレスたん……」
「……あの、ミーシャ? 可愛いですけれど、ちょっと壊れてませんか?」
「こわれてないもん。めろめろなだけ……手作りサンドイッチ食べてー……ほら、あーんしてー……」
「あ、はい。あーん」
デートプランが破綻して以降は、もうずっとこんな感じだ。セレスちゃんが私のハートを蹂躙していくだけの、一方的すぎる展開が続いている。隣を歩いているだけで幸せになっちゃう、ヒロインの権化。天使と化したセレスちゃんは、それほどまでに圧倒的な存在だった。
このままじゃダメだって分かっているのに、もう何されても良いやって気持ちにもなっちゃってる。頭を撫でられたり、喉元をくすぐられたり、じっと見つめられていると頭の中がとろけちゃう。
このまま行けば敗色濃厚のデート展開。お持ち帰りされてお嫁さんにされて家族計画されてしまうまであと5秒と言ったところ。
けれども、天は私を見捨てていなかった。街を練り歩いている間に、偶然にもプランにあったデートスポットの内の1つに辿り着いたのである。
その瞬間、脳裏に舞い戻るデートプランの数々。その衝撃がトリップしていた私の精神を呼び戻し、そしてセレスちゃんを籠絡するのではない方の、もう1つの目的を思い出させたのだ。
「ねえねえセレスちゃん、ちょっとそこのベンチで休憩しない? 木陰になってて、涼しいよ?」
「あ、やっと正気に戻りました? 確かに少し歩き疲れましたし、休憩にしましょう」
そうしてセレスちゃんを無理矢理引きずり込んだのは、港から少し離れた場所にある噴水広場。小洒落た花壇もあったりして雰囲気の良い、恋人たちが集うには最適なスポット。
そんな広場の所々に置いてあるベンチは、まさにらぶらぶカップルが肩を寄せ合うためにあるような物。つまり私とセレスちゃんのためにある場所だ。
そこに腰掛け、私はセレスちゃんの顔に正面から向き合う。そして深呼吸の後、決意を込めて今回のデートの真相を口にする。
「私が天使モードなセレスちゃんに甘えたいのは、頑張って我慢する。抱き付いてすりすりしたいのも、全力で耐える。だから、その……おいで! 私の膝枕で、お疲れなセレスちゃんを癒してあげるんだよ!」
そう、これが今回のデートのもう1つの目的。セレスちゃんに、ご褒美をあげること。
私の現地妻であるジュゼちゃんを助けるために身体を張ってくれたり、私の妹枠ヒロインであるミスティちゃんを受け入れてくれたセレスちゃんに、ありがとうの気持ちをいっぱい伝えたい。でも言葉だけじゃあ私の気持ち全部は表せないから、私の持てる全ての力を用いてセレスちゃんを甘やかしちゃうのだ。
そのために用意したシチュエーション。そのために用意した秘密兵器。そのためにリサーチしたセレスちゃんの弱点。全てはこの時のためにあったと言っても過言ではない。
「そもそも今日のデートは、ジュゼちゃんを助けるのにいっぱい頑張ったセレスちゃんを、いっぱい褒めてあげるデートなんだ。
もちろん、借金のこととかうやむやにしたいなー、っていうのもいっぱいあるけれど……でもやっぱり、セレスちゃんに喜んでほしい気持ちだっていっぱいなんだ。
だから、カモン! な、なんなら、お尻を撫でるくらいなら許しちゃう、よ?」
そうして行儀良く揃えた膝をパンパンと叩いてアピールする。
セレスちゃんにメロメロにされてしまった今、これが私にできる精一杯の誘惑。セレスちゃんに甘えたい気持ちを抑えこんだ、私の気持ち。
それを聞いたセレスちゃんは柔らかく微笑み、私の耳元に口を寄せて「じゃあ、甘えちゃいますね?」と一言。こしょこしょ声が耳をくすぐる刺激に背筋が震えて、息が止まってしまいそうだ。
そんな私の心中を知ってか知らずか、セレスちゃんは軽く伸びをしてから私の膝に頭を乗せる。セレスちゃんのほっぺたが私の太ももに「むにっ」と当たって、膝枕している私もなんだか気持ち良い。
「……ふふ、こうして膝枕をしてもらうのって、初めてミーシャと一緒に依頼を受けた時以来ですね。とっても気分が良くて、うとうとしちゃいます。……ねぇ、ミーシャ」
「なぁに? セレスちゃん」
「好きです」
「―――――――っっ?!!?っ!!? わ、わた、わたしも……」
「本当にミーシャは不意打ちに弱いですね。とっても可愛いですよ」
そう言いながら、セレスちゃんはイタズラっぽく微笑みを投げかけてくる。また一目惚れしてしまいそうなその笑みは、天使の祝福か、それとも小悪魔の罠か。
そんな一撃をもろに受けてしまった私はもう、しどろもどろだ。ビックリしたドキドキと、嬉しいドキドキが一緒になっちゃって、頭の中がぐるぐるしちゃう。
こうなっちゃうから、不意打ちで好きって言うのは心臓に悪いからやめてほしいのに。……さてはセレスちゃん、さっきの唐突なプロポーズで味を占めたのだろうか? デートの合間にも進化を続けるセレスちゃんは、いっそラスボスではなく主人公的な何かなのではないだろうか。
「……でも、あの頃の膝枕と同じに思っちゃいけないよ! 超究極最強魔導士の膝枕は、常に進化を続けているんだから!」
しかしドキドキさせられるだけで終わらないのがこの私。進化した膝枕の一端をセレスちゃんに見せつけるため、懐から取り出したる小笛を吹き鳴らす。
鳴り響くはぴー、ぴっぴっ、という甲高い音。それを聞いたセレスちゃんはキョトンとした表情を浮かべたまま、私の顔をじっと見つめている。
何も起こらないじゃないか、と肩すかしをしているようだ。けれども事態は既に進行している。セレスちゃんが他人事だと思っている茂みのガサゴソ音も、ベンチの手すりから顔を覗かせる鋭い目も、噴水の方からてちてち歩いてくるケダモノも、全ては私の策。もはやセレスちゃんに逃げ場は無い!
「にゃ~」「にゃ~」「にゃ~?」「にゃ~♪」
「うん……? いつの間にかランドキャットもやって来ましたね。この子たちはのんびりした人がいると、どこにでも集まってきて――って、え?」
「ふっふっふ、気付いたようだねセレスちゃん。しかしもう遅い! 天然のにゃんこ毛布によって、セレスちゃんは既に包囲されている!」
そして音も無く姿を現す、ねこ、ねこ、ぬこ。もはや噴水広場は毛玉広場と化しており、デートスポットからお昼寝スポットに変貌を遂げている。
そう、これこそがセレスちゃんを癒しちゃう秘策。『お昼寝するよ』『みんな集まれ』というランドキャット垂涎の情報を笛の音に乗せて街中に流し、私という膝枕にランドキャットという抱き枕兼毛布を追加する、快眠待った無しの布陣。
この癒しフルコースでセレスちゃんを心地よくお昼寝させてしまうのが、私の完璧な作戦であり、そしてセレスちゃんへのめいっぱいのご褒美なのだ。
「セレスちゃんはいっぱい頑張ったから、いっぱいゴロゴロして良いんだよ。甘えたって良いし、今なら大サービスでにゃんころもちもプレゼントしちゃう!」
「……ミーシャは甘やかし上手ですね。ダメになっちゃいそうです」
「頑張ったヒロインを甘やかしちゃうのは、主人公の特権かつ義務だからね! ――とにかく今は、おやすみなさいだよ」
トドメに頭をなでなでしながら、昨日のセレスちゃんを寝かしつけた実績のある子守歌を歌う。
ポンポンしながら子守歌を歌ってあげるのがセレスちゃんの弱点だというのは、昨日のうちにとうに知れているのだ。ましてや膝枕に毛玉毛布。セレスちゃんの胸元に送り込んだにゃんころもちも、ギュッてされて抱き枕としての本懐を果たしている。
完璧なシチュエーションの下、眠くなーれ、眠くなーれと肩をゆっくりポンポンすれば、驚いた表情もつかの間、ゆっくりと眠たそうに瞳が伏せられていく。
――勝った。
勝利への確信に、自然と表情が緩んでいく。
すぅすぅと安らかな寝息を立てるセレスちゃんは、普段の姿からは想像できないくらい隙だらけ。髪の毛を撫でても、ほっぺたをぷにぷにしても、一切の反撃が無い。イタズラしても反撃のセクハラをしてこないセレスちゃんなんて、ただの可愛いお嫁さんだ。
もはやセレスちゃん恐るるに足らず。今なら胸をお触りしても気付かれなさそうだ。
「……本当にお触りしちゃおっかな? 普段いぢめられてる仕返しってことで……いい、よね……?」
そんな降って湧いた状況に、またもやデートプランの範疇に無い衝撃を受ける。
そう、今なら揉めちゃうのだ。本人に曰わく「女性的魅力の根拠とするには頼りない大きさ」の、セレスちゃんのおっぱいを。
――いける。
そう確信した私は、ランドキャットに包まれたセレスちゃんの胸に手を伸ばす。それもワンピースの襟元から、その内側に滑り込ませるように。
そうして辿り着く、柔らかな女の子の象徴。
ふにふにとした柔らかさ。手のひらに響くセレスちゃんの鼓動。抵抗できないセレスちゃんにイタズラをしてしまう背徳感。
普段ベッドに押し倒されている時、抱き締められながら押し付けられているのとはまた違う感覚に息を呑む。
――いけない。これはまだ私には刺激が強すぎる。
禁断の扉を開けてしまったような気分だ。これ以上踏み込んだら戻って来れない気がして、そっと胸元から手を引き抜く。禁断の扉は閉じられたのだ。
まさか寝ていても反撃してくるとは……流石はセレスちゃん。ラスボスの面目躍如と言ったところだ。
まぁ、そもそもがデートプランに無い行動だったのだ。やはり重要なのは初志貫徹。セレスちゃんをポンポンして、ゆっくり休ませてあげることに全力を注ぐべきだろう。
「ふぁ……私もちょっと、眠くなってきちゃったかも……い、いけない、ちゃんとセレスちゃんをポンポンしてあげないと」
しかしその限界もまた、遠からず訪れてしまった。セレスちゃんの天使の寝顔を堪能しているうちに、だんだん私まで眠くなってしまったのだ。
ランドキャットに包まれるセレスちゃんを膝枕しているということは、私もまたランドキャットに包まれるということ。生あくびをするたびにランドキャットがローブに引っ付いてくる、諸刃の枕というのは承知の上だ。
だがしかし、この気持ちよさは想定外だ。膝の上でセレスちゃんが寝息を立てている幸福感もあって、一緒に眠りたい気持ちに歯止めがかからない。
結果、欠伸の回数は時を追うごとに増していき、引っ付いているランドキャットはもう数え切れない有様だ。
「くそぅ……隙だらけなセレスちゃんのお昼寝顔を堪能する、またとない機会なのに……こんな……っ!」
「にゃ~」
「にゃ~、じゃ……ない、よ……こんなので私を……眠らせられるだなんて……思っちゃ……」
もう全身が毛玉まみれになっている。毛玉がもふもふで、肉球がにきゅにきゅで、一緒にお昼寝しようと甘い誘いを投げかけてくる。
そしてついにはセレスちゃんをポンポンする手も動かなくなり、視界が端から狭くなっていくかのように暗くなっていく。
おねむの時間だ。にゃんこには勝てなかったよ……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――あ、起きましたね。おはようございます」
「んゅ…………セレス、ちゃん……? おふぁよ……」
肌寒さを感じさせる風が顔に当たり、ふと目を覚ます。
瞳を開けてまず飛び込んできたのは、最高に天使なワンピースセレスちゃん。それも膝に手をつきながら軽く身をかがめ、ワンピースの襟元から谷間が見えるか見えないかという際どい姿勢で、私の顔を覗き込んでいる姿。きゅんとくる。
寝起きですぐにヒロインと見つめ合える生活、実に主人公的だ。眠気に負けそうになる目をぐしぐしと擦りながら、このシチュエーションに自画自賛する。視界いっぱいに映り込む、天使の微笑み。これだけでもデートの成果として満足できるくらいなのに、その上頭をなでなでしてくれる。天国だ。
「…………あれ、なんで起きてるの? セレスちゃん、ちゃんと眠ってたよね?」
そんな幸福感も、降って湧いた疑問に吹き飛ばされて、頭の中が真っ白になる。
私はセレスちゃんをちゃんと寝かしつけたはずだ。にゃんこ毛布でモフモフにして、肩をポンポンして、完膚なきまでに眠らせたはずなのに。寝起きのセレスちゃんのほっぺたをぷにぷにしながら「おはよう」って言ってあげるのは私の役目だったはずなのに。
なのに何故、私がセレスちゃんに「おはよう」って言われているのだろうか。何故、セレスちゃんののが私の頭をなでなでしているのだろうか。
戦慄と共に、冷や汗が背中をつぅ、と伝う。恐る恐る見上げた空は紅く染まっていて、しかしそれもみるみるうちに黒に染まっていく。まさか、これは――
「そりゃあ、まあ。もう日が沈む頃ですし、自然と目が覚めますよ。
――やっぱり、ミーシャも疲れが溜まっていたんですね。肩を揺らしても、ほっぺたをつっついても、全然無かったんですから」
「にゃああああ! やっぱり寝過ごしてるー?!」
やってしまった。絶望的な状況に、思わず悲鳴を上げてしまう。
本来であれば、この広場でお昼寝をするのはほんのちょっとのはずだったのだ。少しだけお昼寝して元気いっぱいリフレッシュしたら、また街に繰り出してデートを再開する予定だったのだ。
そして最後には暗くなる水平線を見つめながら「楽しいデートもそろそろお終いですねもう暗くなっちゃう」「夜はこれからだぜハニー今夜は寝かさないぜ」「素敵! 抱いて!」みたいな会話が飛び交う予定だったのだ。
しかし空はもう暗く、もうお店も軒先を畳み始めている頃合い。デートをするには手遅れな時間だ。
「……デート丸々寝過ごしちゃった?」
「まぁ、はい。有り体に言ってしまえば、そうですね」
その言葉を聞くと同時に、がっくりと肩を落とす。
言い訳をするなら、ちょっとお昼寝環境を気持ち良くしすぎてしまったのだ。
青空の下、公園のベンチでにゃんこ毛布に包まれるというのは、お昼寝ソムリエとして絶対に見過ごせない絶好の場面。ラスボスセレスちゃんを寝かしつけるために全力を尽くしたことにミスは無いと自負しているが、しかしにゃんこの誘惑は無差別で無慈悲。セレスちゃんを寝かしつける代償として、私もまた快眠の波に呑まれてしまった。
しかしデートは結果主義。折角のデートを爆睡してしまったと思うと情けない気分になってしまい、気持ちが落ち込んでいく。
「うぅ……セレスちゃんをメロメロにするために考えた、108のデート必殺技が全部台無しだよぉ……」
「そういうことなら、気にしないでください。疲れも取れて、すごく良い気分転換になりましたから。デートは大成功ですよ。ね?」
セレスちゃんはそう言って、慰めるように頭をなでなでしてくれる。
普段なら負けてなるものかとセレスちゃんの頭をなでなでし返す所だ。けれども今は寝過ごしたことによるダメージが深刻すぎて、それを癒すためにセレスちゃんに縋るように抱き付いてしまう。
ハーレム主の甲斐性を見せつけるという意味では、自ら傷口に塩を塗り込むような所行だ。けれども私を抱き締めるセレスちゃんの暖かさが心地よく、だんだんと幸せになってきて、まだ頑張れるって気持ちになる。傷ついた時には人肌が一番ってのは本当なのだ。
「それに――」
「それに?」
「夜はまだ、これからですから」
しかし気持ちが落ち着いてきたのもつかの間。妖艶な笑みを浮かべるセレスちゃんと目が合って、心臓を鷲掴みにされたみたいな錯覚を覚える。
セレスちゃんの瞳を見る。ケダモノじゃない、優しくて暖かい瞳。けれどもその瞳に射すくめられた私は、萌えとか癒やしとか、そういうものとは違うものを瞳の奥に感じていた。
魅了されてしまった、のとはちょっと違う。胸がときめいた、とかいうもなんだか違う。
例えるなら、手首を掴まれてベッドに引きずり込まれる時のような。必死の抵抗を力尽くで押さえ込まれた時のような。細い指が私の肌を撫で回す時のような。
そんな、吐く息が熱くなりそうな。お腹の奥がむず痒くなってしまいそうな。胸の多くでどろどろと渦巻くこれは――きっと、期待。
セレスちゃんが夜に私にすることなんて、もう言わずとも知れたこと。それをセレスちゃんと目が合った瞬間から、期待しちゃっているんだ。
「夜に恋人たちが何をするのか、ちゃんと分かっているみたいですね。今のミーシャ、とっても色っぽいです」
「あ、ぅ……ダメ、だよ……それ以上、いけない……身も心も奴隷になっちゃう……」
セレスちゃんはそんな心中を見抜いているかのように微笑みながら、私の喉元をくすぐるように撫でる。その心地よさにウットリしそうになって、しかしそれではいけないと首を振る。
セレスちゃんは今、遠回しに「夜はこれからだぜハニー今夜は寝かさないぜ」と宣言した。これに対して私が、万が一にも「素敵! 抱いて!」と返事をしてしまったら一巻の終わりだ。ヒロインとハーレム主の関係が、完全に定まってしまう。
ただでさえ、奴隷落ちがもう目前にまで迫っている状況なのだ。これ以上は、ほんの僅かな隙を見せることも許されない。
「あ、寝起きなのにちゃんと奴隷落ちのこと考えてたんですね。成長しましたね」
「忘れる訳ないよ! ハーレム主が奴隷落ちしちゃうなんて、絶対あっちゃいけないことなんだから!」
そしてセレスちゃんもセレスちゃんで、しっかり私の奴隷落ちについて忘れていないぞとアピールしてくる。いくら見た目が天使になっても、セレスちゃんはセレスちゃんなのだ。
つまり、セレスちゃんをメロメロに籠絡して借金をなかったことにする作戦は、未だ継続中ということ。そして暗くなってしまった今、メロメロにする手段は1つしか無い。
「……ね、セレスちゃん。宿に行こ? ベッドの上で、私のハーレム主っぷりをたっぷり見せつけてあげちゃう!」
恋愛の基本にして直球にして最終奥義。ベッドの上で雌雄を決するのだ。
毎日のようにセレスちゃんの暴力的えっちに負けそうになる私だけれども、日々えっちな小説を読むことで進化を続ける私に過去の話など無粋。指をこう、クイッってすると気持ち良い所に当たるって書いてあったのを今朝読んだから、今日のえっちに負けは無い。
「なんだかまた、斜め上の考えをしている気がしますね」
「そんなことないって。今日は必殺の「指クイッ」があるんだから、もう私がセレスちゃんをメロメロにしてひーひー言わせちゃうのは確実なんだよ!」
「ああ、やっぱり……でも、ミーシャらしくてなんだか安心します。じゃあ、2人っきりになれる所に行きましょうか」
「覚悟するんだよ! 私は絶対、奴隷落ちなんてしないんだから!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
セレスちゃんと手を繋いでやって来たのは、決戦の地こと連れ込み宿。窓から海を一望できる、ちょっとお高くてオシャレなところ。小綺麗な雰囲気がデートの締めに丁度良さそうだと、デートプランを練る時に目をつけていたのだ。
本当なら日が沈むのと同時にこの宿にやって来て、暗くなっていく空を眺めながら小粋なトークを繰り広げようと目論んでいたのだけれども、悲しいことに空はもう真っ暗だ。
「ここからの景色、セレスちゃんと一緒に見たかったなぁ……」
そう、小さく愚痴を漏らす。もしもデートプランの通りに宿に辿り着き、水平線を眺めながらイチャらぶトークを繰り広げていれば、きっと素敵な思い出になっただろう。
寝過ごした代償はあまりにも大きかった。それを再確認して項垂れる私を見かねたのか、荷物を置いて身軽になったセレスちゃんは私をそっと抱き締めてくれた。
「じゃあ、朝日が昇るまで起きてましょうか。ミーシャと一緒なら、夜なんてすぐ明けちゃいます」
「……セレスちゃんのずるっ子。今夜は寝かせないぜ、って言ってるのと同じなのに、そんな言い方されたら嬉しくなっちゃう」
「ミーシャだって、一晩中のつもりでここに来たんでしょう? ……じゃあ、脱がしますね」
セレスちゃんはずるい。私が喜んじゃう言葉を、いつでも何度でも投げかけてくれる。セレスちゃんが私に話しかける度に、私の心はドキドキしちゃって、幸せになっちゃう。
そのせいで、セレスちゃんが私の服を剥ぎ取る手を振り払うことができなくない。呆れちゃうほど慣れた手つきで立ったままの私の服を脱がせて、セレスちゃん好みのへんたいさんな格好にされてしまうのだって、抵抗することができない。
ローブも、下着も、全部剥ぎ取られて。ただセレスちゃんの趣味ってだけで、靴下だけは残されてる。今日は「恥ずかしくなったら顔を隠せるように」って三角帽子も残してくれたけれども、これだってセレスちゃんが新たな性癖を開拓しているだけだと思う。
だって、さっきから私の身体を撫でる手つきがいやらしい。おしりとかおへそとか、えっちなところをつぅ、って撫でられて、ムズムズしちゃう。
「服を脱がせただけなのに、もう出来上がっちゃってます。ミーシャもどんどん、えっちな子になっちゃってますね」
「セレスちゃんだって、どんどん性癖が酷くなってるじゃん。……この、いじめっ子さんめ」
「自分でもちょっと自覚があります。……こんな私でも、好きって言ってくれますか?」
「…………大好き」
「私もです。ふふ、両思いですね」
けれども好き。恥ずかしい格好は好きじゃないけれども、それを見て喜んでくれるセレスちゃんは大好き。
惚れた弱みというやつだ。へんたいさんなえっちをされても、好きって言われたら心も身体も悦んじゃう。セレスちゃんが幸せになってくれたら、私だって嬉しくなっちゃう。
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もちろん、本当はセレスちゃんみたいに頼れる美少女なら、恋に仕事に引っ張りだこ。けれどもここは恋の駆け引きで、不安を煽るような言葉を選んで言ったのだ。
「――そうですね。まったく、その通りです」
ちょっと私のことを大切に思ってくれればな。そう思って口にした言葉だけれども、反応は想像以上に大きかった。
私の言葉を聞いたセレスちゃんは急に神妙な顔つきになって、私と目を合わせてくる。私の肩を押さえる手の力が強くて、逃げることもできない。
その真剣な瞳に見つめられて、心臓が高鳴る。呼吸が荒くなって、セレスちゃんが好きってことしか考えられなくなって、いつだって何度だって、セレスちゃんに心を奪われてしまう。
「もう私の一生の相手は、ミーシャ以外考えられないです。――できることなら、今ここで結婚してしまいたいくらい」
「はぅっ?! けっ、結婚……ででででも、それは――」
「分かってます。「それだとお嫁さんになっちゃう」とか、「ハーレムできなくなっちゃう」とか、そんな理由でダメなんですよね?
けれども私はミーシャと一生を添い遂げたいです。今すぐがダメだって言うなら、せめてその約束をして欲しい――そんな私の我が儘、聞いてくれませんか?」
そう言いながら、セレスちゃんは傍らに置いてあったハンドバッグの中から「それ」を取り出す。
取り出された「それ」は黒く艶めかしい輝きを放っていて、
最初は私の目の前に差し出されたその「それ」の意味が分からなくて、困惑した。けれどもセレスちゃんがこのデートに望む終着点の形に気付いた時、差し出されたそれがどれだけの重みがある物なのかを理解してしまった。
「私の婚約者になってください。絶対、幸せにします」
差し出された「それ」は、間違いなく婚約のリングで。
けれども、誓いのリングと言うにはあまりにも重厚で。
小洒落た装飾の施された、頑丈な錠前が目立つ「それ」は――
「くび、わ……?」
「はい。イリーさんに作って貰った、1度着けたら2度と外れない呪いの首輪です。これを、受け取ってもらえますか?」
息が詰まる。言葉が、出てこない。
セレスちゃんがこの首輪を差し出してきた理由は言うまでもない。セレスちゃんを籠絡して奴隷ルートを回避するのに、失敗してしまったのだ。
あるいは、最初から達成不可能な目的だったのかもしれない。セレスちゃんがミスティちゃんとジュゼちゃんの2人を見る時の目が、ちょっぴり羨ましそうだったから。ああいう関係に、私となりたいってデートの前からずっと思っていたのかも。
だから分かる。この首輪は雰囲気作りのおもちゃじゃない、本気で私を捕まえちゃうための首輪。
「……その首輪を着けたら、奴隷にされちゃうんでしょ?」
「はい、しちゃいます。毎日みんなでミーシャを輪姦して、お嫁さんにしちゃいます」
「……もし、その首輪を受け取らなかったら?」
「その時は婚約も、奴隷も、全部諦めます。けれども……悲しくて、泣いちゃうかもです」
もしこの首輪を身に付けてしまえば、もう、後戻りはできない。これからずっとセレスちゃんの奴隷になって、何度も何度もめちゃくちゃにされちゃって、最後にはお嫁さんにされちゃうんだ。
そうするって言ってるんだ。そして、嫌なら逃げても良いよ、とも。
「…………やっぱり、セレスちゃんはずるっこだよ……泣いちゃうだなんて、そんなの脅しじゃん」
けれども、セレスちゃんを泣かせるなんてしたくない。いっぱい、笑っていて欲しい。
だから最初から、私が返せる答えは1つしか無い。……奴隷になるって、言うしかないんだ。
「こんな、こんなへんたいさんなプロポーズで「いいよ」って言ってあげる女の子なんて、私しかいないんだからね! セレスちゃんの卑怯者! 大切にして!」
「ミーシャ……! はい! 一生大切にしますね!」
私が奴隷になると告げた瞬間に、ぱぁと花開くように喜びの色を浮かべるセレスちゃんを見て、困惑とか後悔とかいった感情は、全部吹き飛ばされてしまう。抱き締められてキスされて、セレスちゃんが喜んでいるのがいっぱい伝わってくる。
そうしてセレスちゃんに促されるまま、首輪を着ける。首回りにはゆとりがあるけれども、錠前のずしりとした重みが胸元にのし掛かって、少し息苦しい。
「……べ、別に、負けちゃった訳じゃないんだからね! これは……そう、見張るため! へんたい婚約者のセレスちゃんが性犯罪者にならないよう、近くで見張るために懐まで潜り込むだけなんだから!」
そう言いながら、首輪をそっと撫でる。心臓が痛いくらいにバクバク鳴って、なのに嫌な気持ちにはならない。
こんなの卑怯だ。こんなに強く求められちゃったら、嫌だなんて言える訳がない。大好きなセレスちゃんが、私とずっと一緒に居たいって言ってくれるのが、嬉しくない訳がない。
こんなの卑怯だ。大好きなセレスちゃんからプレゼントされた婚約のリングなんて、手放せる訳がない。一生大切にしない訳がない。
こんなの卑怯だ。こんな、こんなプロポーズをされちゃったら、もう――セレスちゃんの婚約者になるしかないじゃないか。
大好きをいっぱい伝えられて、逃げ道も全部塞がれて。それで私を婚約奴隷にしちゃうなんて――やっぱりセレスちゃんは卑怯だ。
「たとえそうだとしても、私は嬉しいです。……ずっと、あなたが欲しかった。やっと、満たされた気がします」
「そ、そんな事言っても、セレスちゃんが卑怯な手で私を奴隷にした、ずるっ子で悪党なのは変わらないんだからね! 今に見ててよね、すぐに主従逆転してセレスちゃんをお嫁さんにしちゃうんだから!」
「ふふ、頑張ってください。でも、今はダメですよ。だってミーシャは――」
セレスちゃんがそう言うと同時。セレスちゃんに首輪を引っ張りあげられて、身体が宙に浮きそうになる。つま先立ちでなんとか体重を支える形になって、身動きが取れない。
無理矢理で、息が苦しくて。なのに全然抗えない。身体がどんどん熱くなっていって、お腹がきゅんって切なくなっちゃう。
そんな状態でセレスちゃんが私にするのは、貪るような激しいキス。おくちの中まで舌が滑り込む、身も心もトロトロにしちゃうキス。
奴隷になっちゃった私は、それを拒むことができなくて。ただただセレスちゃんの望むままに、おくちの中でとろけ合う。
ああ、もう私のからだ、セレスちゃんのモノになっちゃってるんだ。そんな事実が、どんどん心に刻み込まれていく。
トロトロになっちゃった私は、もうその快楽に呑まれちゃう。セレスちゃんに、屈服しちゃう。
普段よりも遠慮の無いキスに悶えながら、嫌が応にでも理解させられるのは、隷属の悦び。セレスちゃんに全てを支配されているという事実が、怖くて、それ以上に気持ちが良い。
セレスちゃんの奴隷になるって、こういうこと。セレスちゃんの婚約者になるって、こういうこと。
けれども、それを受け入れちゃったから。それで、幸せになっちゃうから。
だから、今夜だけは。ハーレム主だから、本当はやっちゃダメなんだけれども、今だけは。
「今夜はずっと、私のお嫁さんですから」
――セレスちゃんの、お嫁さんになっちゃうんだ。
――幸せでいっぱいな、これが。
これからもずっと続く、私の奴隷生活の始まりだった。
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