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4.奴隷編
15.託し、託されるもの
しおりを挟む「――気配が遠ざかりましたね。宣言通り、ここで退いてくれたようです」
悪しき筋肉の手先こと、プロンさんとテインさんが私たちの目の前から去ってしばらく。ずっと警戒を続けていたセレスちゃんが、暗黒騎士風な兜を脱ぎ去り、汗ばんだ髪を外気に晒す。
髪をかき上げながら言い放ったその知らせを聞いて、ほっ、と力の抜けた溜息が出る。追い返すのは難しいとかなんとか言っておきながら、ちゃっかり撃退しちゃうセレスちゃんはすごい。
でも、そう感心すると同時に、凄まじい焦りが胸の内からこみ上げてきた。なんかもう、とんでもない事態になっている。
「どどど、どうするのセレスちゃん! あの筋肉、私が思ってたよりずっとずっと早いよ?! しかもなんか、次で決めるとか不吉極まる捨て台詞を吐いてったし!」
「ええ、想定よりもかなり早く突破されてしまいましたね。それに実際、次来る時には絡め手も使ってくるでしょう」
そう、悪しき筋肉の手先どもが迷宮を突き進む速度がものすごく早いのだ。まだ筋肉襲来から1日も経っていないのに、もうほとんどの仕掛けを突破されてしまった。
これはおかしい。何か裏があるに違いない。『スライムから始まるダンジョン経営学(グースビック・ギュール著)』によれば、ダンジョンマスターデビュー直後にやってくる冒険者は、力自慢だけれども罠に引っかかりやすくて、仕掛けた罠にことごとく翻弄されてしまうはず。そして最初の罠ですら何年も突破されずにいるせいで、その奥に潜ませた最強の配下が暇を持て余したりするはずなのだ。
しかし実際はそうはならず、時間を稼ぐことすら満足にできていない。不思議だ。
「こんなの、完全に想定外だよぅ……」
「いえ、こんなものでしょう。なにせ相手はクリックズさんよりもランクの高い、Aランク冒険者のパーティーなのですから。何もかもが思い通りにいく方があり得ないというものです」
「でもでも、これじゃあすぐに悪しき筋肉の手先どもがジュゼちゃんの所までやってきちゃうよ!」
「なので次の策を考えるしかないですね。――まぁ策と言っても、私たちが考えるのはどこに最終防衛ラインを構えるかを考える程度でしょうが、ね」
「むぅ、セレスちゃんが満足げだ……解せぬ」
しかし作戦の立案者であるはずのセレスちゃんは落胆の色すら見せず、それどころか、これで満足だと言わんばかりの態度でうんうんと頷いている。
その自信に満ちた横顔を見ていると、もしかして悪しき筋肉の手先どもも、ジュゼちゃんも、ミスティちゃんも、それどころか超究極最強魔道士である私でさえ、セレスちゃんの掌の上で踊っているのではないかという錯覚を覚えてしまうほどだ。
そんな私の心中に気付いたのか、セレスちゃんが私の頭をなでなでしながら、答え合わせをするかのように現状を説明してくる。
「それはもう、大満足の結果ですから。これでしばらくは、あの2人はやってこないでしょう。次で決められてしまうなら、次が来なければ良いということです」
「ふぇ、なんで?」
「それはですね――彼らはこれから情報の整理と、それを元にした交渉をしなければならないからです。恐らくですが、相当揉めますよ」
しかしセレスちゃんが口にした言葉は、なかなか納得の難しいものだった。
だって情報の整理とか交渉のせいで身動きがとれないだなんて、自由気ままに日々を過ごす冒険者のイメージからはほど遠い。
冒険者って言うのは、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあだめなんだ。いくら筋肉が悪の属性の筆頭だとしても、冒険者である以上はそれくらい当然なはず。
しかしセレスちゃんに言わせれば、現状はそうはなっていないらしい。その理由がどうしても分からず、首を傾げる。
「案の定ピンときていないみたいなので、ここで前提条件の再確認です。彼らはそもそも、何を考え、何を目的としているのでしょう」
「え、ジュゼちゃんを倒しに来たんでしょ? あいつらは動物性モリモリ筋肉な生き物だから、植物性ぷるるんおっぱいのジュゼちゃんを嫌っているんだ!」
「全然違います。彼らの目的はジュゼさん討伐の依頼を通じて『アレンテッツェ冒険者ギルドが、興業都市メーシュブリグに恩を売ること』です。――要するに、ジュゼさんの討伐はあくまでも手段であって、目的ではないということです。これが前提その1となります
次に、依頼を出したメーシュブリグ側の事情として『メーシュブリグの安全確保が必須である』というのがあります。金持ちを相手にした興業で成り立つ都市ですから、そういったVIPが気兼ねなく立ち寄れる環境であることは必須なのです。これが前提条件その2ですね」
そんな私にセレスちゃんが語るのは、この依頼の背景というか、裏事情のようなもの。
なんでそんなものをセレスちゃんが知っているかと訊ねてみれば、アレンテッツェを発つ少し前に、イリーちゃんから教えて貰ったみたいだ。
本当にイリーちゃんはなんでも知っているなぁ。私の中ではもう、イリーちゃんの情報通キャラが固まりつつある。
お嬢様ヒロインって普通は世間知らずなはずなのに、イリーちゃんはその常識にとらわれていない。これもまた不思議。
「そして最後に――これが一番重要なのですが、私たち以外の全ての勢力が『ジュゼさんさえ討伐できればメーシュブリグの安全は確保できる』と考えています。だからこそ、ジュゼさん討伐の依頼が発生したわけです」
「え、でも、それってその通りなんじゃないの? だって、街の人達はジュゼちゃん以外の魔物は怖がっていないんだから」
「ええ、その通りですね。この迷宮にジュゼさん以外の脅威が存在しなければ、ですが」
そんなイリーちゃんに入れ知恵されたらしきセレスちゃんは、悪いことを企んでそうな顔で解説を続けてくれる。
その口調はまるで、この迷宮にジュゼちゃん以外の何者かが居るかのよう。
でもそんなのあり得ない。そもそもジュゼちゃんの他に怖い魔物なんて見当たらないし、唯一の心当たりであるウロボロスも「また変なのを呼び寄せたら面倒だから」という理由でものすごい地下深くで眠らされているらしい。
だから、ジュゼちゃん以外に街の人達がこの迷宮にやってくる理由なんて無いはずなのだ。セレスちゃんが言っていることは思わせぶりなだけで、言葉の通りにしか思えない。
「ここまで言ってもピンときていないようですけれど、居るじゃないですか。迷宮内に潜みながら、ギルドに対して非合法の妨害を仕掛ける謎の集団が」
「え、そんな悪い奴らが居たの?! いつ?! どこに!? は、早く倒さないとジュゼちゃんとミスティちゃんが大変なことに――」
「言うまでもないですけれど、その集団って私たちですからね?」
「あっ」
しかし、そう言われてみればその通りである。
今の私たちは『Aランク冒険者が隣の街を守るための依頼』を全力で邪魔してる、バレれば絶対に怒られる悪者集団。夜な夜な寝静まった街に現れ、美少女を攫ってにゃんにゃんすることだってできちゃうポジション。
ミスティちゃんの試練が長引き、セレスちゃんの女の子捕食パワーが私の体力の限界を超えてしまったら、実際にそうなる可能性だって否定できない。ハーレムを志す王道主人公からすれば、間違いなく敵そのものだろう。
「私たちは、このジュゼさん討伐依頼において「たまたま紛れ込んできた冒険者」ではなく、「ギルド側に明確に敵対する1つの勢力」として参戦しているのです。それを彼らに突きつけることで『ジュゼさんさえ討伐できればメーシュブリグの安全は確保できる』という前提を、『ジュゼさんだけを討伐してもメーシュブリグの安全は確保できるとは限らない』という前提に置き換えることができました。
これにより、迷宮内に存在している脅威の種類と規模を正確に把握するための調査が、また追加で依頼されると踏んでいます。そして、依頼主であるメーシュブリグの代表者がよほどの英断をしない限り、その交渉に短くても10日、長ければ1ヶ月はそれに時間を費やすことになるでしょう」
そんな私たちが急に迷宮の中に現れてしまったものだから、街の人達がジュゼちゃんだけを相手に考えていた作戦が全部おじゃんになってしまったのだ。
それは依頼がどうこうに留まらず、迷宮の警備や、街の安全、あと依頼にかかるお金とか、そういった諸々も全部ひっくるめてのお話。だから、作戦を立て直すのに結構な時間がかかるに違いないと、セレスちゃんが言いたいのはそういうことなのだ。
――なんだか、戦ってもいないのに街の事情がすごいことになっている。
だって私たちがやったことは迷宮の中で迷路を作って、筋肉に嫌がらせをして追い払っただけなのに、街の方が大変なことになっているなんて思いもしなかったのだから。
セレスちゃんに傾国の美女属性があるなんてビックリだ。まあ実際に地上がどうなっているのか分からないのだけれども。
「セレスちゃんてば、いつの間にこんな策士系主人公みたいな作戦考えたの?」
「イリーさんにいくつかの原案を考えてもらって、自分なりにかみ砕いた後に、現状で一番効果のありそうな案を選びました。――とにかく、これでやっと、腰を据えた防衛準備ができるようになりました。一安心ですね」
「はぇー、すっごい……」
そうして呼吸を整えたセレスちゃんはゴラさんと共に、不埒な筋肉共に壊された迷宮の修理へと向かう。
セレスちゃんも、それについていく私も、ジュゼちゃんたちのいる方は振り返らない。
――結局、私たちにできるのは、ミスティちゃんとジュゼちゃんを信じて待つことだけ。そんなことは、長い長い待ち時間で嫌ってほど思い知った。
だから、もう本当に気にしない。
信じているから、不安になったりせずに、待っているだけにする。そうしないと、2人が筋肉の魔の手にかかってしまう。
戦うことに集中するっていう、セレスちゃんとの約束だ。その約束を守るため、2人の元に駆けつけたい気持ちをグッと堪える。
「――頑張ってね、ミスティちゃん」
――でも、口にするくらいなら、応援くらいはしても良いよね。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「予想してたよりもずっとしんどいわ、コレ。安請け負いせん方が良かったんかなぁ……」
そんな弱音を溜息と共にこぼしながら、腕の中で寝息を立てているミスティの頭を撫でる。
今、ミスティは夢の中にいる。正確には、術者が創りあげた夢の下に魂を引きずり込む死霊魔法【ナイトメア・ホロウ】で作られた悪夢の中に閉じ込められている。
そう、悪夢だ。どことも知れぬ暗闇の中で、延々と問答を迫られる夢など、悪夢に他ならないだろう。その苦しみを象徴するかのように、瞳を閉じるミスティの目尻には涙が浮かび、震えを抑えるかのように己が身を抱き縮こまっている。
そんな悪夢から目覚める手段はただ1つ。――どのような形だとしても、試練を終えることのみ。
残酷な試練を課した。深く考えずとも、そう思う。
課した試練はただ1つ。未だその身に刻まれたままの、システィとの契約の破棄。
不可能なことでも難しい事でも無いが、しかし辛くないということだけはあり得ない。そういう決断を強いるだけの試練。
しかし、人生を左右する決断というものは、ことさらに重い。ともすれば、人の精神では耐えきれないほどに。
過去との決別など、その最たるものだろう。人間、そう簡単に掌から溢れ落ちたものを諦めることなどできないのだ。
――その過去に執着する心そのものが、これからを生き延びるのに最も邪魔なものだとしても。
「子供ってのは過去を積み重ねて大人になっていくものであって、過去を削ぎ落として大人にさせられるもんでもあるまいに……気が、滅入るわ……」
そう嘆くのは、自分1人ではない。この迷宮にいる誰もが、この理不尽を受け入れがたく思っている。そして同時に、受け入れ泣けばならない最低限度の理不尽であることも理解できている。
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そんな2人が、揃って傍観を決め込んでいるのは、これがミスティ以外の誰にも解決できない問題だからに他ならない。
そう、人生を揺るがすほどの決断は、その決断を下す瞬間はどこまでも孤独なのだ。その最後の瞬間に無理矢理引きずり込んでいるのが、この試練の正体といっても過言ではない。
「でも、ウチみたいなゲテモノに頭下げた時点で、アンタはこんな理不尽でも受け入れ取るんやろ? ――なぁ、システィはん」
『――――――――――』
だがそれは承知の上なのだろうと改めて依頼人にそう訊ねれば、返ってくるのは声にならない声。
その声音には躊躇や悔恨の色が混ざるも、しかし悲壮なまでの覚悟だけは色褪せない。
きっと、こうなることは最初から覚悟していたのだろう。そう思いながら視線をミスティの傍らに佇む声の主に向ける。
その眼前に浮かぶは、陽炎のように揺らめく、煤けた影。あるいは、かつて人の形をしていたのであろう、優しき魂の残滓。
今となってはもはや、知覚できる者の方が少ないであろう、あまりにも儚い死霊――ミスティの守護獣、ドッペルゲンガーのシスティ。その成れの果てが、そこにいた。
『――――――――――』
「そりゃ、辛いのは分かるわ。でも、システィはんだってもうなりふり構ってられへんのは理解しとるやろ?」
ずっと、ずっとそこに居たのだ。我が子を守るように、霞のように薄れた身体でミスティを抱き締める彼女が。誰に気付かれることもなく、何の報いを得ることすらもなく。
死霊の気配に敏感な自分でさえ、目の前に来るまで気付けなかったほどに、システィの死霊は消耗していた。全身が煙に巻かれたかのように形を失いかけているその姿は、自然の巡りへと還る直前のそれによく似ている。
そんな姿になってなお、自我を保っていられるのは、ひとえにシスティの精神力の成せる力業だろう。ただ1人の少女を守るために己の全てを振り絞るその有り様は尊く、しかしあまりにも痛々しい。
――どんなにミスティを想っても、彼女にはもう、何もできないのだから。
「死者は、生者に触れることはできひん。声を届かせることもできひん。――どれだけ生前が化け物みたいな存在だったとしても、アンタみたいな消えかけの魂が誰かを守るなんて、もう、無理なんや」
『――――――――――』
「ミスティにゃんの事情は理解しとる。システィはんをブチ殺した賊が、ウチじゃあ影も踏めんような化け物だってことも。あの子がまだ、そんな化け物から命を狙われているだろうってことも」
それを理解しながらも、ミスティを守り続けようと必死になっていたのは――ミスティが実力者の庇護を必要とする状況が、まだ続いているからに他ならない。
彼女らの事情は、システィの記憶を通じて理解している。だからこそ、今こうしてミスティが追っ手に捕まっていない状況は、もはや奇跡であると確信を持って言うことができた。
ミスティは――ミスティ・ストレイルは、伝説において魔王の魂を封印したとされる、真のストレイル一族の、その唯一の生き残りだ。
今となってはありふれた家名となったストレイルの、その源流と言って良いだろう。話で聞けば眉唾物だが、しかし死霊は嘘をつかない。
しかも読み取った記憶から察するに、全体が血族で構成されている里の、その中でもミスティは本家筋に近かったのだろう。ミスティと寄り添うように生きていたシスティの記憶の中には、両親から里の最高機密であろう、封印している「モノ」「場所」「手法」が断片的に語られる場面があった。
そして封印している「モノ」の影響力を鑑みるに、まだ「モノ」は賊の手に渡っていないと考えられる。となればそれを手に入れる手がかりとなり得るミスティは、未だ渦中の只中から抜け出せていないのだ。
『――――――――――』
「――安心しぃ、死霊魔導士は契約にうるさいんや。口約束だろうが、状況がどれだけ厳しかろうが、ミスティにゃんはウチが守ったる」
そんな不安要素ばかり考えていたのが顔に出てしまったのだろうか。不安そうなシスティの縋るような視線に耐えかねて、彼女と交わした契約を再度繰り返す。
交わした契約はただ1つ。命を掛けてミスティを守ること。対価として差し出されたものは、今にも燃え尽きそうなシスティの魂のすべて。
――常識で考えれば、真っ当な契約ではない。死者の命と生者の命に等しい価値があるなどとはお世辞にも言えない上に、その差し出された魂ですらも、契約の成立を待たずして燃え尽きてしまいそうな儚いもの。
それでも割に合わないからと言って、その願いをはね除けることはできなかった。それは命尽きてもなお想い合う主従の健気さに、心を打たれてしまったからだろうか。
「そもそも、人間やめてるウチかて、心は人や。顔も変えずに心で泣き続けてるような女の子が目の前に2人もおれば、胸が苦しくもなる」
『――――――――――』
「そんなアンタらを見ていると胸が苦しくなって、このまま見放してしまえば、ずっと痛いままだっていうなら、そんなのは嫌だってだけや。
セレスはんの欲張りが伝染ったんかなぁ。それともミーシャにゃんの考え無しの方か? どうにせよ、もうウチにはミスティにゃんを見捨てることなんてできひんのよ」
『――――――――――』
「それでも信用できひんっちゅーなら――ミスティにゃんに一目惚れしてもうた、ってことにしとき。こう言っちゃなんやけれども、今のウチはめっちゃ惚れっぽいからな」
要するに、好みの問題だ。
結局は自分だって、生前は自由身勝手な冒険者だったのだ。情に流され、危険を背負い込むのだって悪くない。
それにミスティ自身も、幼いながらもエルフらしく整った容姿をしていて――セレス達との初対面で徹底的に性癖を矯正されてしまったせいか、それともいきなり胸を揉んできたときの手つきがものすごかったからか、どうにもミスティのことが気になってしょうがない。
『――――――ロリコン』
「ふぇ? ……ちゃ、ちゃうねん! これは妹とか娘とか、そういうのを守ってあげたくなるアレや! ミーシャにゃんやあるまいし、あんな胸を揉みしだかれたくらいで墜ちたりせえへん…………せえへんよ!」
そんな胸の内でもにょもにょとする気持ちが気に障ったのか、消滅寸前で声も出せないはずのシスティに罵倒されてしまった。
死霊の怨念は恐ろしいということで必死になって否定するも、心臓の鼓動が無駄にうるさくて言葉に詰まり、言い訳がましく延々否定を繰り返す羽目になってしまった。システィからの視線が寒い。
『――――――――――』
「と、とにかく! 子供は守られてええし、甘えてもええ。それが許されない世界だったら、世界の方が間違っとる。そういう信念で生きてきたんやから、ミスティにゃんだって守ったるし甘えさせたるって決めたんや」
そう言って無理に話を切れば一応は納得してくれたのか、システィの視線は随分と柔らかいものになっている。
それどころかその視線は生暖かさすら感じさせるようになり、見つめられているとむず痒さのようなものを感じてしまう。無意識にミスティを抱き締める腕の力が強くなったのは、前任者に見つめられているが故の緊張か、それとも――
「――どうにしたって、最後に選ぶのはミスティにゃんや。ウチはただ、選んでくれるのを待つことしかできひん」
『――――――――――』
「追い詰めるだけ追い詰めといて、勝手な話や。嫌われてても、文句は言えへんよ」
そう言って雑念を振り払い、ひたすらに祈って待ち続ける。
もう、システィも何も言おうとしない。ただ、ミスティの瞳が開く瞬間を今か今かと待ち侘びる。
――どれだけ、待っただろう。その瞬間は、予兆無く訪れて。
『――――――――――』
その脇から聞こえてきたか細い声には、心の底からの安堵と、ほんの少しばかりの嫉妬が入り交じっていた気がした。
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