【改題】トゥラーン大陸年代記 ~自由の歌~

東条崇央

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第一部 第二章 旅立ち

第七話 スカニア②

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 翌日、小鳥たちのさえずりと窓の隙間から差し込んだ朝日の中リンは目覚めた。
 今日は一日休みをもらったミランウェにスカニアの街を案内してもらう事になっているので、昨夜は興奮して寝付きがわるかったリンはまだ眠たそうだ。
 ベッドに座ってぼぉ~っとしていると部屋にカレンが入ってきて早く動きなさいと急かすので、リンは眠い目をこすりながらも顔を洗いに行く。

 着替えが終わって食堂へ向かうと既にアラルフィン、ミランウェそれにアラルフィンの妻のインディラスも揃っていてリン達を待っていた。
 「お待たせしてすいません」
 あわててカレンが謝罪を口にする。
 「かまわないさ 。昨日まで長旅をしてきたんだ。疲れてたんだろう。よく眠れたか?」
 アラルフィンが鷹揚に応える。
 「わたしは眠れましたけどリンが今日の事で興奮して寝付きが悪かったみたいですね」
 カレンが笑いながらそう言うと「あ……」と呟いてリンが真っ赤になる。
 「そうか。リンはそんな楽しみだったか。わはは」
 アラルフィンが大声で笑う。
 「ご飯を食べたら早速街に行ってくるといいわよ。ミランウェ。しっかり案内してさしあげるのよ」
 インディラスもほほえみながら言う。
 
 食事が終わって出かけるときに、ミランウェはアラルフィンに呼ばれて巾着を渡される。
 「これを持っていけ」
 「わかりました。それは、リン、カレン、行こうか」
 アラルフィンと簡単な会話を交わしたミランウェはリン達に声を掛けると表へと出ていった。
 外へ出ると朝だというのに既に日が白く輝き照りつける暑さだ。街路も日陰と日向の濃いコントラストが作られ、暑苦しいセミの鳴き声が今を盛りと響いている。
 しかし湿度がそこまで高くないため、体感の暑さはそうでもない。

 ミランウェは工房を出ると南へ進みメインストリートに出る。
 「この正面は一般の住宅街になります」
 簡単に説明を加えると左へ折れて進んでいく。
 「道なりに進んでいくと中央広場に出ます。そこに露店などがたくさんあるので覗いていきましょう」
 三万三千の人口を抱える交易都市だけあって朝から人通りも多い。
 カレンは逸れないようにキョロキョロと辺りを見回すリンの手を握った。
 中央に向かうに連れ人通りもどんどん増えていく。
 「リン、人にぶつからないように気をつけて歩くんだよ」
 「うん。人がいっぱいいてすごいね」
 「そうだね。ここはエルウェンデよりも大きな街でノルド大公国からも人がやってくるからね。歩いてる人を見てご覧。エルフ以外の人族もたくさんいるでしょう?」
 「そうだね。いっぱいだ」
 中央広場に着くと通りにはびっしりと露店がならび、盛んに呼び込みをしている声があちこちから聞こえてくる。立ち止まり品定めしてる人、あるきさる人、価格交渉してる人など様々な人が溢れていた。
 リンの視線の先には、商人や船乗りといった風体の人族もたくさん歩いているがの見えている。それは今までに見たこともない光景に目眩がしそうになる。
 「ここの正面右手にある大きな館が長老様のお館だよ。あと、左側には行政に係わる人や比較的裕福な人たちが住んでいる住宅街になるよ」
 言われた方を見ると、四方に切れ込みがあり綺麗に円形に刈り込まれた腰高の垣根が敷地を囲う瀟洒な館が見える。

 「あそこは行政府と商業関係の折衝を兼務する場所なんだ。外国からの人の接待もあるから普通のエルフの感覚とは違う建物だよね」
 「そうね。ニテアスでは見たことのない作りだと思うわ」
 「エルウェンデの長老様の館とも違うね」
 二人には珍しく映る様式のようだ。

 「リン君、君はエルウェンデに行ったことがあるのかい?」
 「はい。神樹の祝福の儀式の時に長老様にご挨拶させてもらいました」
 「あぁ。そういえばそんなのもあったねぇ。今いくつだっけ?」
 「十五歳になりました。それにしても露店がたくさんですね」
 「なにか気になるものはあるかい?」
 「んー……。ありすぎてわかんないです」
 リンはまわりを見回しながらそう答える。

 「そっか。それじゃ先に港の方へ行ってみようか」
 「はい!行きたいです」
 スカニアの街は全体的に港に向かって下り坂となっている。三人と一匹は中央広場を南に折れ港へと下っていくと徐々に露店がなくなり、巨大な倉庫が立ち並ぶ区画になっていく。この通りは道幅も広く二頭立ての馬車が優にすれ違えるほどだ。
 何もかもが大作りでまるで巨人の国に迷い込んだようにリンには思えた。

 倉庫の角をすぎると途端に目の前が開けて一面の海が広がる。
 港には巨大な帆船が停泊していて荷物の積み下ろしの喧騒で話し声が聞こえない。
 船は喫水から甲板までの高さが三階建ての建物よりも高く長さはその四、五倍ほどはありそうに見え、マストは三本で今は帆は畳まれている。
 甲板から港まで板が渡され沢山の人夫が荷運びをしていた。



 その熱気にリン達は圧倒されてただぼぉ~っと眺めていると、エフイルがリンに登ってきて肩に乗っかった。
 「にゃあ、にゃあ」
 どうやら海鳥の声に触発されたようだ。

 その時、すぐ近くになにか硬い物が降ってきた。
 見ると貝殻が落ちているのが見え、なんだろう?と思って空を見ると大きな翼を広げた海鳥が降りてくるところだった。
 その鳥は再び貝を咥えると上昇していき、地面へと落とした。
 リンが何をしてるんだろう?と不思議そうに見ていると
 「あれはアルバトロッシっていう鳥でね、貝を空から落として割って食べようとしてるんだよ」
 と、ミランウェが教えてくれた。
 「へー!賢い。お姉ちゃんすごいね!」
 「そうだね」
 カレンがリンとエフイルをまとめて撫でながら同意した。

 「もう少し岸壁に近づいてみようか。荷降ろしの邪魔にならないように少し離れたところにしよう」
 「うん」
 ミランウェの提案でリン達は帆船の後ろ側の邪魔にならない位置から岸壁へと近づいていく。岸壁の際まできて水面を覗き込むと三ファロス(約二メートル)ほど下を穏やかな波が寄せては返す。青みを帯びた水が徐々に黒っぽくなっていき水底までは見通せない。
 水中には時折きらりと魚の腹が光る姿が見える。
 水面に浮かんだ海鳥が水面へ頭をつっこみ小魚を咥えて飲み込む。

 「あそこを見てご覧」
 見ると沖の方に大量の海鳥が群れて飛び交う姿が見える。
 「あそこはたぶん、大量の小魚が群れているね。だから餌を求めて海鳥が群れているんだよ。釣り船が出てるでしょう?今日はきっと大漁だよ」
 「そうなんだ」
 「向こうに魚市場があるから行ってみよう」
 「うん」

 魚市場では数尾の大物が血抜きのために吊り下げられていたり、貝やカニ、エビ、色とりどりの大小の魚が並べられており、威勢のいい呼び声が上がっている。
 その場で焼いたものが提供されていて香ばしい匂いを振りまいていた。
 「小腹がすいただろう?なにか買っていこう」
 そういってミランウェがいくつかの商品を見繕って買ってきてくれた。
 大ぶりのエビや魚の串焼きだ。
 三人はうまそうに齧りつくと頭の横でエフイルが「にゃあ、にゃあ」と鳴いている。
 リンが魚を千切って口元に持っていってやると満足そうに食べていた。

 その様子を見ていて、リンもカレンも不思議そうに見ている。
 「どうしたんだい?」
 「その金属のひらべったいのは何?」
 「あぁ、これかい?これは銅貨や銀貨。ニテアスだと物々交換が主流だったと思うんだけど、ここでは人族の国とやり取りするために貨幣っていうものが使われているんだよ」
 「貨幣?」
 「うん。これがディタ銅貨(八百十円)。でこっちがフィアテル銀貨(二千四百三十円)。それとこれがカッシュ銀貨(九千七百二十円)だよ。今日は持っていないけれどこの上にさらにマッセ金貨(十一万六千六百四十円)というのもあるね。金属の価値が決まっているから商品の価値を一定の値で評価できて便利なんだ。例えばこのエビの串焼きは一本で一ディタと決めて売っているわけだ」

 「でもそうすると通貨を持っていないと買い物ができないの?」
 リンが不安そうな顔をする。
 「基本的にはそうだね。お店によっては物々交換をしてくれるところもあるけど、通貨。つまりお金だね。そのほうが喜ばれるかな。これはね商品に限らなくて……そうだなぁ。例えば仕事をしてもそれを一定の価値として評価されるから、仕事をすることでお金を稼ぐことができるんだ」
 「そうなんだ!じゃぁ働いていれば買い物ができるってことなんだね」
 「そうだね。ちなみにねこのカッシュ銀貨を基準としてフィアテル銀貨は一/四カッシュ。ディタ銅貨は一/十二カッシュ(一/三フィアテル)の価値があると決められているんだよ。うちのお店では見習いだと一日当たり四・四一フィアテル(約一万七百十六円)のお給料が月に一度まとめてもらえることになってるよ」
 「それにね、お金だとこうしてまとめて持ち歩くことができて物々交換よりも沢山の価値を持ち運べるんだ。それは交易をするのにもとても便利なんだよ。今日は父さんから二人を案内するようにってお財布を預かってるから心配しなくても大丈夫だよ」
 ミランウェは二人を安心させようと笑顔でそんな事を口にした。



 「さぁ次は商業区の方へ行ってみよう。露店と違ってお店があって色々な物が売ってるよ」
 三人はダラダラとした上り坂を中央公園の方へ戻り、北東へ折れて商業区へと向かっていった。港から商業区までは四半刻ほどだ。スカニアのメインストリートはどこもそうだが、ここも道幅が広く石畳がしっかりと敷かれていてとても歩きやすい。
 通りの左右には様々に飾り付けられた店が立ち並び、他の区画とは一線を画する賑わいを見せている。

 「まずは食事をしていこうか」
 お昼になるのでミランウェが昼食を摂ろうと提案する。二人にも異論はなかったのでミランウェのお勧めのお店で昼食を頼むことにした。中に入ると既に満席に近かったがなんとか空いているテーブル席を確保する。
 「ここはお父さんもお気に入りのお店でね。お昼はお任せのセットになるんだけど外れはないと思ってもらっていいよ」
 三人分の昼食を注文したミランウェが言う。

 「アラルフィンさんもここによく来るんですか?」
 「そうだね。家族で食事に来ることがあるよ」
 「お店は混雑してるけど、内装とか落ち着いた雰囲気があっていいですね」
 「そうなんだよ。そこがお父さんも気に入ってるみたいでね」
 「そうなんですねぇ」
 (リンもすっかりミランウェさんに打ち解けたようね)
 二人の会話を見てきたカレンはそう判断してほっとしている。内気なリンが知らない人といきなり一緒に住むことになってどうなんだろう?と心配していたのだ。

 「ところで、ミランウェ。スカニアには猟師の組合はないの?」
 食事が届いたタイミングでカレンが話題を変える。
 「猟師の組合……」
 少し考えてミランウェが答える。
 「ハンター協会のことでしょうか。それなら中央広場の近くにありますよ」
 「そう。わたしも猟師としての仕事をしなければならないから、顔を出しにいかないとならないなと思ってね」
 食事を進めながらカレンが今後の事を口にする。

 「それなら帰りに寄っていきましょう。案内しますよ」
 「それは助かる」
 「獲物を協会に持ち込めば買い取りしてくれますからカレンさんも収入を得ることができるでしょう」
 「物々交換がほぼできないと聞いてどうしたものかと思っていたけど、そういうことになっているんだね」
 「そうですね。ハンター協会がまとめて買い取りそれを市場に流すようになってます」
 ミランウェがハンター協会と市場の関わりを簡単に説明するとカレンも納得する。
 「ミランウェ、私達は従姉弟だしそろそろ『さん付け』はやめないか?」
 「わたしも初対面なので緊張していたんですよ」
 「それはお互い様だから。もういいだろう?」
 「わかりました。……カレン。食事がおわったらもう少し散策してからハンター協会に寄って家に帰りましょう」
 「僕はお兄ちゃんと呼んでもいい?」
 「あぁいいとも」

 そうして三人は一日の散策を楽しんで帰宅した。
 三人の打ち解けた様子にアラルフィンも満足顔だ。
 「リン、明日からはしっかり働いてもらうからな」
 「はい!よろしくお願いします」


ーーー
今週はスカニアの街案内ですね。
どんな街なのかイメージが伝わったでしょうか?
それと、リン君、なんとかミランウェさんと打ち解けることができて
良かったですねぇ。

今回は本作で初めての通貨がでてきました。
今までの地域では基本的に物々交換が主流だったので通貨がなかったのですね。
スカニアでは交易を行っているため貨幣経済が浸透しています。

ディタ 銅 1/3フィアテル 4.05 810
フィアテル 銀 1/4カッシュ 0.81 2,430
カッシュ 銀 --- 3.24 9,720
マッセ 金 12カッシュ 3.24 116,640

ここでの通貨はこのように設定されていて、これは大陸の西側で主流の通貨になっています。

今回の登場人物のまとめ
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
・エフイル 妖精王の娘、白い子猫
ーーー
・アラルフィン アラン フィンゴネルの兄、魔道具職人、錬金術師
・ミランウェ ミラン アラルフィンの息子、魔道具職人見習い、リン達の従姉弟

次回、第八話 スカニア③
2023/4/29 18:00 更新予定
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