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第一部 第一章 エルフに育てられた少年
第八話 神樹の祝福 ③
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カレンだけではなくその場にいた人々は皆混乱していたがモルケはおかまいなしだ。
カレンはそんなモルケの様子をまじまじと見ていく。
彼女は闇の大精霊にして、光の大精霊リズの姉妹であるとされている。
長い漆黒の髪と黒い瞳。白磁の肌に首元に豪奢な飾りが施された白と黒の肌にぴったりとしたドレスをまとっている。
ドレスの腰から下は風もないのにふわふわとたなびく。腰に留められた黒い薔薇の飾りと右手に持った闇の短杖が目を惹く。
頭部には漆黒の宝石がはめ込まれ繊細な飾りのついた冠をつけている。
端的にいって大変美しい。まさに大精霊といった姿である。
その間にもモルケは話を続けていたが、そこに光の大精霊リズが割って入る。
「モルケ、いい加減にしてそろそろ巫女姫に譲ってはどうかしら?」
リズはフィラ=ウィサネイロスの契約精霊だ。
豊かな金髪に鳶色の瞳。モルケと瓜二つの顔立ちに揃いに見える純白のドレスを身にまとっている。
腰と胸元にサファイアであろうか?蒼い宝石をあしらった飾りが付けられており、右手には光を放つ金に飾りのついた蒼い宝玉を浮かせている。
宝冠も同じ蒼い宝石があしらわれている。
身体の周囲を不定形な光が渦巻いて立ち上っていく。
カレンはリズの声に聞き覚えがあった。
(あぁ、この声は以前四人の大精霊が集まっていた時に聞こえてきた声ね)
するとすっとフィラ=ウィサネイロスが一歩前に出て徐に話はじめた。
「今年の神樹の祝福には、みなさんの為に大精霊が勢ぞろいしてくださいました。大変ありがたい事です。エルフを頂点とする妖精族は周囲を飛び交うフェアリーの果てまでかつて精霊が神の思召によって受肉した事から起こった種族だとされており、それは事実です。つまり、我々妖精族と精霊族は共に神樹の子、同胞ということになります。」
巫女姫はここで一旦言葉を切り周囲を見回す。
子供らは神話やおとぎ話で聞かされた事が事実だと言われたことで驚いている。
子どもたちが知っている神話では、その昔、森の神メツァーラが精霊達に身体がほしいか?と尋ねた。その時にほしい者と今のままで良いものとに分かれた。そこでメツァーラは身体がほしいと言う者たちにどういう身体がほしいか想像するようにと言う。
そこである者は羽を持った小柄な姿を想像し、またある者は野を駆ける獣の姿を想像し、またある者は人の姿を想像した。
メツァーラは生命の息吹く季節にそのイメージに応じて精霊たちに肉体を与えた。
それらが後のフェアリーであり野に在る者でありエルフだ。というものである。
女王は当時の光の大精霊が受肉したと言われているが真偽の程は確かではない。定かではないが、大精霊達が一定の敬意を払っているのは事実である。
「契約精霊は生涯の友となり、あなた方を助けてくれる存在です。同じ神樹の子として。その同胞としてないがしろにしてはいけません。常に神樹に、世界に、精霊に感謝することをわすれないようにしてください」
巫女姫はここでまた言葉を切り周囲を見回す。
「それでは端から一人ずつ魔法陣の中央まででてきなさい」
本来、魔法陣の周囲に並ぶはずだった六人の神官達は大精霊にその場を譲り祭壇の方へと下がり、かわりに魔法陣の周囲に大精霊達が等間隔に並んでゆく。
リズの周囲には光が、モルケの周囲には闇が、ヴァルメの周囲には炎が、インジョヴァンの周囲には霧が、マルムの周囲には土の塊が、ルフトプリメの周囲には風が渦巻いていく。そして最初の一人が魔法陣の中央に着くとルフトプリメの風が反応し少年を取り巻いていくと、風の中位精霊となってその胸に吸い込まれていった。
「よろしい。その方の契約精霊は風の中位精霊となった。精霊の祝福があらんことを。さがってよいぞ」
「はい!」
少年は頬を輝かせて誇らしげに親の待つ方へと歩き去った。
「次の子よ、前へでなさい」
「は…はい」
(ちょっと気が弱そうだけど、どんな精霊と契約になるんだろう?)
リンは興味津津でそんな事を考えながら精霊たちが舞うのを眺めている。
(あ、土と光の精霊なんだ。二つもだなんてすごいなぁ)
「守りの適正がたかいようじゃな。守備隊に志願してみるのもよいかもしれぬぞ」
巫女姫がそう一言付け加えた。
「ぼ、ぼくに務まるでしょうか?」
大柄なその少年はしかし自信なさげにそう聞き返す。
「大丈夫じゃ」
「は、はい。ありがとうございます」
強く頷かれ目を輝かせる。
そうして次々と祝福が進んでいき最後から二番目。リンの順番がやってきた。
(ぼくはどうかなぁ。精霊さんきてくれるだろうか)
エルフではない自分に精霊が来てくれるのかいまいち自信のないリンであったが、促されるままに魔法陣の中央へと進む。
緊張しながら立っていると、巫女姫が微笑むのが見えたあとに強い光とともにリンはそのまま気を失ってしまった。
何が起こったのか?魔法陣が強く輝いたかと思うとリンが倒れていたのだ。
「慌てるでない」
カレンは慌てて魔法陣へ駆け込もうとしたのを巫女姫に制止されていた。
(でも、リンが倒れてる!)
「そなたは身内の者ですか?」
涼やかな声でリズがカレンに尋ねる。
「は…はい。義姉です」
「よいですか?心を落ち着けて聞くのですよ」
「…」
「この少年は我ら六属性全てに適正があったのです。そのため一気に精霊が入り込み少しばかり負担がかかりすぎたようなのです。しばらくしたら目を覚ましますから安心なさい」
「そ…そうですか。六属性全てに…」
カレンは力が抜けて座り込んでしまった。
(リンなら大丈夫だと思っていたけど全部だなんてなんてことかしら)
「それと、わたくしも契約させてもらってますのでよろしくお願いしますね」
とはインジョバンの言葉だ。
「…」
(大精霊と契約!?)
カレンは言葉を継げず無言で頷くばかりだ。
「我らの中で契約者がいなかったのはインジョヴァンだけであるからな」
炎の大精霊ヴァルメが落ち着いた声でそう述べる。
「今のままでは負荷が大きすぎる。本人が器としてもっと成長せぬうちはまた同じような事になってしまうじゃろう。そこでなんじゃがな。わしが精霊珠を用意してあるから、それぞれが加護を与えて身につけさせておくのはどうじゃろうの?」
土の大精霊マルムが解決方法を提示してきた。
大精霊がそれぞれに加護を与えるとマルムが一振りの短剣に加工した。
金の鍔と銀の柄、金銀の繊細な飾りの入った鞘。鍔の両端に光と闇、柄の根本に炎、風、水、土のそれぞれの精霊珠が収まった芸術品とも言える短剣だ。
「これで大丈夫なのでしょうか?」
「そうじゃな。これを身に付けさせておけば大丈夫じゃ」
「あ、ありがとうございます」
カレンは渡された短剣を推し戴き、布にくるんで丁寧に懐にしまった。
「リンを連れて行っても?」
「おお、そうであるな。やすませてやるとよい」
巫女姫の返答をもらうとカレンは倒れているリンの下まで歩いていき抱き上げると控えの場まで戻っていった。
エリーネルの福福や女王のお言葉などがあったが、リンの事が心配すぎてカレンはそれどころではなかった。気を失ったままなかなか目を覚まさないリンを不安げに見つめているだけだ。
その後も何かあったようだが記憶も曖昧なままいつの間にか部屋に戻ってきていた。
ベッドに寝かせたリンを午後の日差しが柔らかく照らす。
カレンはリンの汗を拭ったりしつつ甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「ところでカレンさん」
不意に声がかかる。
声の方を見るとインジョヴァンがリンの胸から半分身体を出してこちらを見ていた。
「…」
「まだ慣れぬのかもしれませんが、そう硬くならないでくださいませんか?」
「すいません。大精霊様がいると思うと恐れ多くてつい…」
「まぁいいです。おいおい慣れていってくださいね。それよりもです。マルムからもらった短剣を身に着けさせてあげてくれませんか?リンくんに負荷が掛かってるから目覚めないのです。短剣で負荷を取り除いてあげなくてはいけませんよ」
「あ…。」
カレンは動転していて短剣の事をすっかり忘れていたのだ。
「そうでした!わたしったら。すぐ用意します」
席を立ってカバンを漁っていたカレンは手頃な革紐を引っ張り出し、懐中にしまっていた短剣の鞘と柄を革紐で固定して首からぶら下げるように革紐を結ぶ。
それを眠っているリンの頭からそっと首にかけていく。
短剣から六色の光がうっすらと立ち上りリンを包んでいった。
リンは夢を見ていた。
春の森の中。そよ風がさわさわと小枝を揺らし葉擦れの音がする。
近くを小川が流れせせらぎの音が聞こえる。
周囲にはたくさんの精霊たちが舞い踊り遠く近くと子供のような笑い声で溢れていた。
その中でリンも一緒になって笑っている。
フェアリーたちが寄ってきてリンの手を髪を服を引っ張る。
「やめてー」といいながらもやっぱりリンは笑っている。
とても、とても幸せな夢だ。
不意に場面が変わる。
リンはすっかり大人になっていて、どこかの戦場にいるようだ。
恐ろしくなって逃げ惑ってもみんな素知らぬ振り。
ただただ戦っては死んでいくだけの世界。
「嫌だ!助けて!おねえちゃんどこ」
カレンを探してみるけれど、どこにも姿が見当たらない。
リンは恐怖に立ちすくむ。
するとどこからともなくカレンの声がきこえてきた。
リンは必死でカレンを探す。
戦場で一輪の花が咲いているのを見つけた。
花の周囲にだけ光が差している。
光の中にたどり着いて花を覗き込むとリンはスルスルと飲み込まれていった。
リンは目を覚ますとぼんやりとしながらもあたりを見回した。
カレンを見つけると手を伸ばし、抱きついて泣きじゃくる。
カレンもリンが目覚めた事でほっとしながら泣いているリンの頭を優しく包んでなでていく。
「どうしたの?怖い夢でもみたの?」
リンが無言でうなずき更にぎゅっと抱きついてくる。
「だいじょうぶよ。おねえちゃんここにいるから。大丈夫だから。ね」
午後の日差しの中、二人はいつまでも抱き合っていた。
ひとこと
ここで一つの山場を乗り越えました。
この後の動きに期待
今回の登場人物のまとめ
ーーー
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
ーーー
・エリーネル エリー タリオンで宿屋を営むアネルの娘
ーーー
・フィラ=ウィサネイロス エルウェラウタに住むエルフ達の女王、神樹の巫女姫
・イミリエン テライオンの騎士、神樹の祝福の案内人
ーーー
・リズ 光の大精霊、フィラ=ウィサネイロスと契約している
・モルケ 闇の大精霊、ダークエルフの王???と契約している
・ヴァルメ 炎の大精霊、ドワーフの王???と契約している
・インジョヴァン 水の大精霊、リンと契約した
・マルム 土の大精霊 ノームの王???と契約している
・ルフトプリメ 風の大精霊、エルフの長老???と契約している
次回、閑話2 もう一つの戦い
2023/2/25 18:00 更新予定
カレンはそんなモルケの様子をまじまじと見ていく。
彼女は闇の大精霊にして、光の大精霊リズの姉妹であるとされている。
長い漆黒の髪と黒い瞳。白磁の肌に首元に豪奢な飾りが施された白と黒の肌にぴったりとしたドレスをまとっている。
ドレスの腰から下は風もないのにふわふわとたなびく。腰に留められた黒い薔薇の飾りと右手に持った闇の短杖が目を惹く。
頭部には漆黒の宝石がはめ込まれ繊細な飾りのついた冠をつけている。
端的にいって大変美しい。まさに大精霊といった姿である。
その間にもモルケは話を続けていたが、そこに光の大精霊リズが割って入る。
「モルケ、いい加減にしてそろそろ巫女姫に譲ってはどうかしら?」
リズはフィラ=ウィサネイロスの契約精霊だ。
豊かな金髪に鳶色の瞳。モルケと瓜二つの顔立ちに揃いに見える純白のドレスを身にまとっている。
腰と胸元にサファイアであろうか?蒼い宝石をあしらった飾りが付けられており、右手には光を放つ金に飾りのついた蒼い宝玉を浮かせている。
宝冠も同じ蒼い宝石があしらわれている。
身体の周囲を不定形な光が渦巻いて立ち上っていく。
カレンはリズの声に聞き覚えがあった。
(あぁ、この声は以前四人の大精霊が集まっていた時に聞こえてきた声ね)
するとすっとフィラ=ウィサネイロスが一歩前に出て徐に話はじめた。
「今年の神樹の祝福には、みなさんの為に大精霊が勢ぞろいしてくださいました。大変ありがたい事です。エルフを頂点とする妖精族は周囲を飛び交うフェアリーの果てまでかつて精霊が神の思召によって受肉した事から起こった種族だとされており、それは事実です。つまり、我々妖精族と精霊族は共に神樹の子、同胞ということになります。」
巫女姫はここで一旦言葉を切り周囲を見回す。
子供らは神話やおとぎ話で聞かされた事が事実だと言われたことで驚いている。
子どもたちが知っている神話では、その昔、森の神メツァーラが精霊達に身体がほしいか?と尋ねた。その時にほしい者と今のままで良いものとに分かれた。そこでメツァーラは身体がほしいと言う者たちにどういう身体がほしいか想像するようにと言う。
そこである者は羽を持った小柄な姿を想像し、またある者は野を駆ける獣の姿を想像し、またある者は人の姿を想像した。
メツァーラは生命の息吹く季節にそのイメージに応じて精霊たちに肉体を与えた。
それらが後のフェアリーであり野に在る者でありエルフだ。というものである。
女王は当時の光の大精霊が受肉したと言われているが真偽の程は確かではない。定かではないが、大精霊達が一定の敬意を払っているのは事実である。
「契約精霊は生涯の友となり、あなた方を助けてくれる存在です。同じ神樹の子として。その同胞としてないがしろにしてはいけません。常に神樹に、世界に、精霊に感謝することをわすれないようにしてください」
巫女姫はここでまた言葉を切り周囲を見回す。
「それでは端から一人ずつ魔法陣の中央まででてきなさい」
本来、魔法陣の周囲に並ぶはずだった六人の神官達は大精霊にその場を譲り祭壇の方へと下がり、かわりに魔法陣の周囲に大精霊達が等間隔に並んでゆく。
リズの周囲には光が、モルケの周囲には闇が、ヴァルメの周囲には炎が、インジョヴァンの周囲には霧が、マルムの周囲には土の塊が、ルフトプリメの周囲には風が渦巻いていく。そして最初の一人が魔法陣の中央に着くとルフトプリメの風が反応し少年を取り巻いていくと、風の中位精霊となってその胸に吸い込まれていった。
「よろしい。その方の契約精霊は風の中位精霊となった。精霊の祝福があらんことを。さがってよいぞ」
「はい!」
少年は頬を輝かせて誇らしげに親の待つ方へと歩き去った。
「次の子よ、前へでなさい」
「は…はい」
(ちょっと気が弱そうだけど、どんな精霊と契約になるんだろう?)
リンは興味津津でそんな事を考えながら精霊たちが舞うのを眺めている。
(あ、土と光の精霊なんだ。二つもだなんてすごいなぁ)
「守りの適正がたかいようじゃな。守備隊に志願してみるのもよいかもしれぬぞ」
巫女姫がそう一言付け加えた。
「ぼ、ぼくに務まるでしょうか?」
大柄なその少年はしかし自信なさげにそう聞き返す。
「大丈夫じゃ」
「は、はい。ありがとうございます」
強く頷かれ目を輝かせる。
そうして次々と祝福が進んでいき最後から二番目。リンの順番がやってきた。
(ぼくはどうかなぁ。精霊さんきてくれるだろうか)
エルフではない自分に精霊が来てくれるのかいまいち自信のないリンであったが、促されるままに魔法陣の中央へと進む。
緊張しながら立っていると、巫女姫が微笑むのが見えたあとに強い光とともにリンはそのまま気を失ってしまった。
何が起こったのか?魔法陣が強く輝いたかと思うとリンが倒れていたのだ。
「慌てるでない」
カレンは慌てて魔法陣へ駆け込もうとしたのを巫女姫に制止されていた。
(でも、リンが倒れてる!)
「そなたは身内の者ですか?」
涼やかな声でリズがカレンに尋ねる。
「は…はい。義姉です」
「よいですか?心を落ち着けて聞くのですよ」
「…」
「この少年は我ら六属性全てに適正があったのです。そのため一気に精霊が入り込み少しばかり負担がかかりすぎたようなのです。しばらくしたら目を覚ましますから安心なさい」
「そ…そうですか。六属性全てに…」
カレンは力が抜けて座り込んでしまった。
(リンなら大丈夫だと思っていたけど全部だなんてなんてことかしら)
「それと、わたくしも契約させてもらってますのでよろしくお願いしますね」
とはインジョバンの言葉だ。
「…」
(大精霊と契約!?)
カレンは言葉を継げず無言で頷くばかりだ。
「我らの中で契約者がいなかったのはインジョヴァンだけであるからな」
炎の大精霊ヴァルメが落ち着いた声でそう述べる。
「今のままでは負荷が大きすぎる。本人が器としてもっと成長せぬうちはまた同じような事になってしまうじゃろう。そこでなんじゃがな。わしが精霊珠を用意してあるから、それぞれが加護を与えて身につけさせておくのはどうじゃろうの?」
土の大精霊マルムが解決方法を提示してきた。
大精霊がそれぞれに加護を与えるとマルムが一振りの短剣に加工した。
金の鍔と銀の柄、金銀の繊細な飾りの入った鞘。鍔の両端に光と闇、柄の根本に炎、風、水、土のそれぞれの精霊珠が収まった芸術品とも言える短剣だ。
「これで大丈夫なのでしょうか?」
「そうじゃな。これを身に付けさせておけば大丈夫じゃ」
「あ、ありがとうございます」
カレンは渡された短剣を推し戴き、布にくるんで丁寧に懐にしまった。
「リンを連れて行っても?」
「おお、そうであるな。やすませてやるとよい」
巫女姫の返答をもらうとカレンは倒れているリンの下まで歩いていき抱き上げると控えの場まで戻っていった。
エリーネルの福福や女王のお言葉などがあったが、リンの事が心配すぎてカレンはそれどころではなかった。気を失ったままなかなか目を覚まさないリンを不安げに見つめているだけだ。
その後も何かあったようだが記憶も曖昧なままいつの間にか部屋に戻ってきていた。
ベッドに寝かせたリンを午後の日差しが柔らかく照らす。
カレンはリンの汗を拭ったりしつつ甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「ところでカレンさん」
不意に声がかかる。
声の方を見るとインジョヴァンがリンの胸から半分身体を出してこちらを見ていた。
「…」
「まだ慣れぬのかもしれませんが、そう硬くならないでくださいませんか?」
「すいません。大精霊様がいると思うと恐れ多くてつい…」
「まぁいいです。おいおい慣れていってくださいね。それよりもです。マルムからもらった短剣を身に着けさせてあげてくれませんか?リンくんに負荷が掛かってるから目覚めないのです。短剣で負荷を取り除いてあげなくてはいけませんよ」
「あ…。」
カレンは動転していて短剣の事をすっかり忘れていたのだ。
「そうでした!わたしったら。すぐ用意します」
席を立ってカバンを漁っていたカレンは手頃な革紐を引っ張り出し、懐中にしまっていた短剣の鞘と柄を革紐で固定して首からぶら下げるように革紐を結ぶ。
それを眠っているリンの頭からそっと首にかけていく。
短剣から六色の光がうっすらと立ち上りリンを包んでいった。
リンは夢を見ていた。
春の森の中。そよ風がさわさわと小枝を揺らし葉擦れの音がする。
近くを小川が流れせせらぎの音が聞こえる。
周囲にはたくさんの精霊たちが舞い踊り遠く近くと子供のような笑い声で溢れていた。
その中でリンも一緒になって笑っている。
フェアリーたちが寄ってきてリンの手を髪を服を引っ張る。
「やめてー」といいながらもやっぱりリンは笑っている。
とても、とても幸せな夢だ。
不意に場面が変わる。
リンはすっかり大人になっていて、どこかの戦場にいるようだ。
恐ろしくなって逃げ惑ってもみんな素知らぬ振り。
ただただ戦っては死んでいくだけの世界。
「嫌だ!助けて!おねえちゃんどこ」
カレンを探してみるけれど、どこにも姿が見当たらない。
リンは恐怖に立ちすくむ。
するとどこからともなくカレンの声がきこえてきた。
リンは必死でカレンを探す。
戦場で一輪の花が咲いているのを見つけた。
花の周囲にだけ光が差している。
光の中にたどり着いて花を覗き込むとリンはスルスルと飲み込まれていった。
リンは目を覚ますとぼんやりとしながらもあたりを見回した。
カレンを見つけると手を伸ばし、抱きついて泣きじゃくる。
カレンもリンが目覚めた事でほっとしながら泣いているリンの頭を優しく包んでなでていく。
「どうしたの?怖い夢でもみたの?」
リンが無言でうなずき更にぎゅっと抱きついてくる。
「だいじょうぶよ。おねえちゃんここにいるから。大丈夫だから。ね」
午後の日差しの中、二人はいつまでも抱き合っていた。
ひとこと
ここで一つの山場を乗り越えました。
この後の動きに期待
今回の登場人物のまとめ
ーーー
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
ーーー
・エリーネル エリー タリオンで宿屋を営むアネルの娘
ーーー
・フィラ=ウィサネイロス エルウェラウタに住むエルフ達の女王、神樹の巫女姫
・イミリエン テライオンの騎士、神樹の祝福の案内人
ーーー
・リズ 光の大精霊、フィラ=ウィサネイロスと契約している
・モルケ 闇の大精霊、ダークエルフの王???と契約している
・ヴァルメ 炎の大精霊、ドワーフの王???と契約している
・インジョヴァン 水の大精霊、リンと契約した
・マルム 土の大精霊 ノームの王???と契約している
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