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第一部 第一章 エルフに育てられた少年

第三話 エルウェンデへ③

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 一方その頃、待機組の方では馬に水を与えたりして小休止をしていた。
 隊員達のうち男性三名が馬車から少し離れた道端に集まって何やら話し込んでいる。

 (小休止とはいっても警戒中だというのに何を話し込んでるのかしら。)
 女性隊員のネラドリエは腕組みをし馬車にもたれ掛かってそれを眺めていたが、周囲の哨戒に出なければ。と、思い直し彼らに向かって歩き出す。
 そんな彼女の耳に聞こえてきたのは…。

 「先輩。あの赤毛の子、いいっすね。」
 一番若い隊員のエルロンがカレンを話題に持ち出してきた。少々垂れ目気味で茶に近い金髪の彼は黙っていれば優しげな雰囲気なのだが口を開くと軽薄さが溢れ出してくるかなり残念な男である。
 「ばか、儀式に向かうんだ。亭主持ちに決まってるだろ。」
 先輩と呼ばれたのはヴォロドール。エルロンと同郷の出身で年も近いのだが真面目で常識的な考えの持ち主でいつもエルロンが起こす面倒の尻拭いをしてきたため余計にエルロンは彼をあてにしている節がある。
 「あの坊主は人族じゃないか?ほら数年前にあったあの…。」
 三人のうち一番年長のアルゴラスには思い当たる事があるようだ。
 二人が首を傾げてアルゴラスの方を見ている。
 「どういう事っすか?」
 声の方を見やるとヴォロドールも頷いており二人ともわからないらしい。
 「あぁ、そうか。お前たちは当時まだ配属前でこの話は知らないか。」
 馬車の護衛で残ってるいる四名のうち彼を除く三名はまだ配属間もない新人であり今回の護衛任務は訓練を兼ねたものとなっているのだ。
 そういえばそうだったな。と、気がついたアルゴラスは説明を始めた。

 ネラドリエも少し離れた場所からつい聞き耳を立ててしまっていた。彼女も当時の事情を知らないうちの一人なのだ。興味を惹かれたのもやむを得ない事だろう。

 「……。と、言うわけでな。保護された人族の赤ん坊がニテアスに住む夫婦に引き取られることになった。という話しだ。」
 年長とはいっても任務中に雑談で話し込んでしまうあたりアルゴラスもまだまだ経験不足と言うよりないかもしれない。彼らは皆二百歳を超えたばかりでとエルフとしては若者なのだ。

 「その…つまりあの坊主がその赤ん坊じゃないのか?ってことっすか?てことは、彼女の子供じゃないってことっすよね!?」
 エルロンが勢い込んでアルゴラスに詰め寄っていく。
 「お、おぅ…。たぶんな。」
 勢いに押されてアルゴラスは少々身を引き気味だ。
 「まぁ、そうがっつくな。」
 そう言いながらヴォロドールがエルロンの肩をむんずと掴み引き戻す。
 彼はエルフにしては体格が良くそれに見合った膂力りょりょくを備えているらしい。
 「お前、都合のいいところだけ聞いてただろ。”ニテアスに住む夫婦に引き取られた”ということだぞ。ずいぶんと若そうだが亭主持ちだろう。」
 舞い上がり気味のエルロンとは対照的にヴォロドールの発言は常識的だ。

 「…あなたたちねぇ。」
 不意に後ろから声がかかり雑談をしていた三人がびくっとして振り向くと、腰に手を添えて呆れ顔のネラドリエが立っていた。
 「うわっ!。…なんだ、ネラドリエか。驚かすなよ。」
 「なんだじゃないわよ、まったく…。暢気なものね。」
 「ちょっとくらいいいじゃないか。お前、ほんとお硬いな。」
 不満顔のエルロンが言い返す。
 「あなたに”お前”なんて呼ばれる筋合いはないわ。だいたいね、エルロン。あなたが不真面目すぎるのよ。そんなんだから…。」
 「おーっと。お前らそこまでだ。」
 アルゴラスに肩を掴まれ振り向いたネラドリエがキッと睨みつける。言い争いを始めた二人の間に割って入ったが彼女の視線の鋭さに一瞬たじろぐ。彼はコホンと咳払いをすると気を取り直して言葉を続けた。
 「喧嘩してる場合じゃないぞ。エルロン、周囲を確認しにいくからついてこい。ヴォロドールとネラドリエはここで待機だ。いいな?」
 喧嘩になりそうな二人をわけて頭を冷やさせようというのもあり、またネラドリエは典型的な後衛タイプなのでこの場合に彼女を残すのは適切でもある。

 ーーエルウェラウタの正規兵は特別な場合を除き百五十歳で訓練隊へ入隊となる。まず基礎訓練として、座学、馬術、徒手格闘術、弓術、剣と短剣の二刀術、それぞれの適正にあわせた精霊魔法を一通り行う事になっている。これに四十年を費やす為それぞれの技術は”一般的な人族”と比較すると高い。しかしながらやはり個人の適正というものがあり基礎訓練が終わると更に二十年、一乃至ないし二の技術に特化した訓練を行う。
 なお座学と馬術は必須なので六十年。
 あとは現場配置により経験を積み日々の訓練で技術を磨くことになる。
 エルロンとネラドリエが同期で今年二百十二歳になった。先輩と呼ばれたヴォロドールが二百十五歳。アルゴラスが二百二十六歳になる。ーー

 ネラドリエはまだ何か言いたそうであったが、ぎゅっと唇を噛み拳を握りしめるなりぷいっと体ごと振り返り馬車の方へ歩いて行った。

 ザァっと木々の葉を鳴らして吹き寄せる風に流された髪が彼女の表情を隠した。

 エルロンもなんだって言うんだよ等とぶつぶつ言いながらもアルゴラスに引っ張られていく。二人が森に隠れてしまう前に後ろを見たエルロンの視界には横を向き腕を組んで馬車に寄りかかっているネラドリエと彼女の近くで所在なさげにただ突っ立っているヴォロドールの姿が見えた。

 森の中はまだ雪が残り地面は泥濘ぬかるみ歩きにくいところが多い。森へ入った二人は手にした短剣で枝を払い獣道をしばらく行ったところで立ち止まり周囲に目を配り耳をすませ周辺を探る。
  どこかで鳥が人間の叫び声のような鳴き声をあげ、大きな翼をばさばさとはばたかせて飛び去る音が聞こえてくる。森林狼が鳴き交わす遠吠えが遠近おちこちで聞こえるかと思えば、獣同士だろうか?争いあう音に続き断末魔の悲鳴、肉を裂き骨を砕く音が聞こえてくる。遠目では静かに見える森は、だが一歩その中に入ると厳しい生存競争の営みが行われているのだった。

◆◆◆◆◆

 一方その頃、樹上から偵察していたガラシング伍長とエベットであるが、街道の先で蜥蜴人族にエルウェンデの商人が襲われているのを発見する。
 「あれはまずいな。」
 「そうですね」
 五対三で数敵にも劣勢な商人を見捨てる選択肢はなく助勢することを即座に決めていた



 二人は森の端の樹上まで移動しまずは弓の狙撃で蜥蜴人族の数を減らす事を狙う。
 「エベット、外すなよ。これで二体倒せればなんとかなるはずなんだ。」
 「わかってますよ。伍長こそ外さんでくださいよ。」
 慎重なエベットが軽口で返してくるのは緊張しているからだろうか。
 
 【ガラシング(エベット)の名に於いて我が命ず。
 風の精霊よ疾風となりて敵を穿て。】
 
 距離は1ラエファロス(約二百七十四メートル)もないほどで、樹上からということもあり十分に有効射程にある。二人はほぼ同時に詠唱を唱え弓に風を纏い付かせると弓をギリギリと引き絞っていく。狙いを定めると息を溜めてふっと矢を放った。ガラシング伍長

 放たれた二筋の矢は放物線を描きつつ蜥蜴人族へと向かっていく。
 そして一本は後ろを向いていた蜥蜴人族の背中へ突き立ち、もう一本は首筋を横から貫き二体の蜥蜴人族が倒れていった。
 矢を放った二人は結果を見ると即座に弓を背負い樹上から飛び降りると、体勢を整え凧盾と長剣を構える。体勢を低くし弧を描くように混乱気味の蜥蜴人族の後ろへ回り込んでいく。十四、五ファロス(約十メートル)まで接近したところで頷きあうと、無言で一気に加速し蜥蜴人族へと斬り込んで行った。
 しかし、その足音に蜥蜴人族も素早く反応し奇襲は未発に終わる。

 ガラシング伍長が周囲を見渡すと商人たちのうち一人は傷を負っており少し離れたところで座り込んでいるが、残りの二人で一体の蜥蜴人族の攻撃をなんとか凌いでいる。

 「我々はニテアスの警備隊だ!加勢するぞ!」

 ガラシング伍長が大声で商人達に告げると
(なぜニテアスの警備隊が?)
と疑問を抱きつつも加勢が来たことで彼らも生気を取り戻し蜥蜴人族に対峙する。

 突き出された蜥蜴人族の槍を凧盾で外に受け流し右袈裟に斬りつけるも鱗の厚いところにあたり弾かれた。
続けて突きを繰り出すが今度は槍の柄で弾かれる。
(やはり一筋縄ではいかないか)



 振り下ろされる槍を凧盾で受ける。
 突きを返す。それを蜥蜴人族が身体を右に捻って捌くとそのまま槍の石づきを逆袈裟に振り上げてくるのをバックステップで交わす。
 距離が開いたことで槍が優位になるが、ガラシング伍長も油断なく相手の挙動を観察しつつ睨み合いになる。
  ジリッ、ジリッと位置を移動しつつも相手から目を離さない。
 蜥蜴人族が連続で突きを放ってくるのを凧盾と長剣を用いて冷静に捌きながら、飛び込むチャンスを計る。その時、彼は右股に鋭い痛みを感じた。倒れていた蜥蜴人族が槍を振り切っていたのだ。その穂先には切り裂かれた太ももの血がついている。
 痛みに顔を顰めるが間髪を入れず足元の蜥蜴人族に止めを刺す。

 蜥蜴人族の不意打ちに耐えたガラシング伍長だったが、視線を外した一瞬の隙に正面の蜥蜴人族が鋭く突きこんできたのを捌ききれずに転倒してしまう。彼は上半身を起こすが立ち上がる余裕がない。
 蜥蜴人族の無表情な顔が一瞬嗤ったように歪む。

 蜥蜴人族が一歩踏み出したその時。
 その背後から馬蹄が轟き、弓を放ちながら一騎の騎馬が突入してきた。蜥蜴人族は放たれた矢を槍ではたき落とす。その隙にガラシング伍長は体勢を立て直し立ち上がる。
 騎馬は一直線に向かってきて蜥蜴人族に長剣を叩きつける。それを槍でいなしたが同時に突きこまれたガラシング伍長の長剣が蜥蜴人族の脇腹を深く抉る。
 更に騎士が馬上から長剣を一閃して頸を切り裂いたところで勝負が決まった。
 
 「隊長。まにあってよかった。」
 「アルゴラスか。すまん。助かった。」
 一息ついたガラシング伍長だがまだ蜥蜴人族は二体残っている。
 「俺は商人の方を片付けるから、お前はエベットの援護にまわってくれ。」
 「了解!」
 
◆◆◆◆◆

 時間は少し遡る。
 ガラシング伍長達を送り出し、周囲の森へ入ったアルゴラスとエルロンは十体ほどの小鬼妖(ゴブリン)族の集団と遭遇していた。
 二人は弓で牽制しつつ後退し馬車に残っていたネラドリエ、ヴォロドールと合流。そこにカレンも加わり難なく小鬼妖族を撃退していた。
 四人はカレンの実力に驚くと同時に助力に感謝する。
 また隊長達の戻りが遅い事を気にしてアルゴラス、ネラドリエが騎馬で様子を見に向かい残りのメンバーは出発の準備を整えて待機する事にきめる。
 四半刻(約三十分)ほどしてネラドリエが一騎で戻ってきて、隊長達がこの先で蜥蜴人族との戦闘に入っている事、アルゴラスが加勢に残った事、怪我人もいるため馬車も急ぎ進発するようにと手短に伝えてきた。
 まだ準備が整って居なかった残留組も残りの荷物を積み込みを急ぎ出発する。

 一行が戦闘が行われて居た場所に着いた頃にはガラシング伍長、エベット、アルゴラスも蜥蜴人族を掃討し終え、商人達の介抱をしているところだった。
 ネラドリエが馬車から薬剤を下ろし手当にあたり、その他の者が蜥蜴人族の遺体の始末ーー彼らの硬い鱗を持った革は防具制作に需要があるーーや商人の馬車の修繕を行う。

 「お前たちはこの後どうするのだ。このまま進むのか?」
 「まずはご助力いただきありがとうございます。お陰様でたすかりました。私共は怪我人が出たことですし、一旦エルウェンデに戻って出直そうと思います。もしよろしければご一緒いただけないでしょうか?」
 商人達はガラシング伍長の問に同行を申し出て来た。
 「そうだな。その方がよいだろう。」
 そう返すと周囲を見回し出発の準備ができていることを確認し号令を掛ける。
 「日暮れまではまだ時間がある。警戒を怠らずに進むぞ。出発!」
 一行は商人と共にエルウェンデまでの残り十数エルファロスを進み始めた。


ーーー
やっと戦闘シーンですね。
どう描写するかすごく悩みました。
躍動感のある戦闘シーンを目指したかったけど難しいですね。

登場人物のまとめ
・リン リンランディア ニテアスに住むフィンゴネル家の養子、本作の主人公
・カレン カレナリエル フィンゴネル家の長女、猟師
ーーー
・ガラシング伍長 ニテアスの警備隊所属、今回の護衛隊の隊長
・エベット ニテアスの警備隊所属、今回の護衛隊員、偵察のベテラン
・アルゴラス ニテアスの警備隊所属、今回の護衛隊員、新人四隊員の最年長
・ヴォロドール ニテアスの警備隊所属、今回の護衛隊員、エルロンの同郷の先輩
・エルロン ニテアスの警備隊所属、今回の護衛隊員、ネラドリエと同期
・ネラドリエ ニテアスの警備隊所属、今回の護衛隊員、唯一の女性でエルロンと同期

次話、1/14 18:00 更新予定
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