わんこ

凛子

文字の大きさ
上 下
1 / 4

1

しおりを挟む
 金曜日は、お昼を過ぎた辺りから気持ちが逸る。
 恵梨香えりかの会社は週に一回『ノー残業デー』を取り入れている。それが、金曜日なのだ。
 終業のチャイムが鳴ると、恵梨香は急いで着替えを済まて洗面所に向かい、入念にメイク直しをする。

 会社を出ると、見頃を迎えたイチョウ並木がライトアップされていて、恵梨香の気分をより一層高揚させた。
 光の道を抜けると、約束をしているわけでもないのに、地下鉄の入口で待つ啓汰けいたが見えた。
 まるで、飼い主を待つ忠犬のようだ。

 啓汰とは高校の同級生で、当時は同じ居酒屋でバイトをするくらい仲が良かった。卒業後は音沙汰なしの状態が数年続いていたのだが、数ヶ月前、仕事帰りに駅で出くわしたことがきっかけで、互いの会社と自宅が近くだったと知り、それからは時間が合えば一緒に帰宅するようになった。

 恵梨香に気付くと、忠犬は満面に笑みを広げて、尻尾を振るように大きく手を振った。
 破壊力抜群だ。
 一週間の疲れを一瞬で消し去る力を持っている。

「「お疲れ!」」

「お待たせ」と言わないのは、待ち合わせではないからだ。けれど、金曜日は必ず啓汰が待っている。
 改札へと続く急な階段を、啓汰がペースを合わせてゆっくりと下りてくれているのがわかる。ハイヒールの足元を気遣ってくれているのだろう。仮に踏み外したとしても、素早く腕を掴んでくれるに違いない。学生時代から運動神経だけは良かった啓汰のがっちり体型は、今も変わらない。
 恵梨香は不意に、体育祭で啓汰とペアを組んだ本番一発勝負の二人三脚を思い出した。
 スタートラインに立ち「任せとけ!」と豪語した啓汰は、小柄な恵梨香を小脇に抱える格好で走り、爆笑までかっさらって、ぶっちぎりの一位でゴールした。
 パワフルな啓汰は、番犬にも良さそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

コンプレックス

凛子
恋愛
需要と供給……?

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

初恋の人

凛子
恋愛
幼い頃から大好きだった彼は、マンションの隣人だった。 年の差十八歳。恋愛対象としては見れませんか?

トップシークレット

凛子
恋愛
池上部長が、度々小さな秘密を打ち明けてくるようになった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

処理中です...