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凛子

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 年に数回ある部署の飲み会に参加する部長は、決まってビールを一杯だけ飲むと退席する。当然、麻莉亜は部長が酒に酔って羽目を外す姿を一度も目にしたことはなかった。気を遣っているのか「あとはみんなで楽しんで」と言って、部長は皆の分が賄える十分すぎる額の飲み代を置いて先に帰るのだ。確かに部長がいると話せないこともあるが、飲み会は上司と部下が親睦を深める場でもあるはずだ。
 麻莉亜がパッケージデザインの担当に抜擢されたのも、部署の飲み会の時だった。
『特にクッキーやグミ、チョコレート菓子なんかはターゲットが若年層だから、若い人の感覚を大事にしたいんだよ。君のファッションセンスも素敵だと思うしね。是非とも力を貸して欲しい』
 いかにも“亀の甲より年の功”と思っていそうな堅物部長が、部署で一番若く経験の浅かった自分を選んだことに驚いた。
 商品作りに傾ける情熱と、菓子を愛する心、国内外の流行りの菓子や最新情報の収集など、菓子について語らせれば社内で部長の右に出る者はいないと言われるほどで、麻莉亜も部長には尊敬の念を抱いていたが、やはり堅物のイメージは拭いきれないままだった。
 円滑に業務を進める為には、日頃のコミュニケーションが何よりも大切だと、麻莉亜は強く感じていた。
 漸く部長も部下とのコミュニケーションを積極的に図ろうと意識し始めたのかもしれないが、模索中のキャラ変に、麻莉亜は正直戸惑っていた。
 あれから度々、部長が小さな秘密を打ち明けてくるようになっていたのだ。

 書類の最終チェックをしてもらうため、麻莉亜は部長のデスクの前に立った。
「部長、大福食べましたか?」
「えっ!?」
 麻莉亜が顔を覗き込むと、部長は慌てて指先で口元をはらうそぶりを見せた。
「冗談ですよ。書類の最終チェックお願いします」
「え、なんだ。やめてくれよ」
 部長が額に手を当てて情けない表情を見せる。
「もしかして本当に食べました?」
「あ、いや、まあ……食べたけどね、さっき」
 気付けば、今まで仕事以外の会話をすることが殆どなかった堅物部長に冗談を言えるまでになっていた。そうした中で、気付いたことがある。
 ひとつは、部長が“いじり”にめっぽう弱いことだ。冷静沈着な部長が取り乱す様子は、何度見ても飽きない。
 もうひとつは、そんな部長の焦った様子や困って歪めた表情を好意的な目で見ている自分がいるということだ。
 つまりは、好きだということ。
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