恋愛の醍醐味

凛子

文字の大きさ
上 下
4 / 7

4

しおりを挟む
 そうして、ジュンとの生活が始まった。

 朝は優しいキスで起こしてくれる。そのまま抱きかかえられ、ダイニングテーブルまで運んでくれる。仕事には手作り弁当を持たせてくれるし、仕事中も程よいタイミングで『頑張って』のメールが送られてくる。帰宅すると夕食が準備されていて、眠くなったらベッドで添い寝してくれる。仕事の愚痴も聞いてくれ、適度に共感もしてくれる。そして最後は『頑張れ』と励ましてくれた。
 オチのない萌々香のつまらない話も、ジュンはいつまででも笑顔で聞き、余計なことは一切言わなかった。当然喧嘩になんてなるはずもない。

 こんな幸せな日々が、永遠に続けばいい――萌々香はそう願った。

 ジュンは萌々香の理想の恋人像そのものだった。全て萌々香の希望通りにプログラムされたAIロボットなのだから、当然といえば当然なのだけれど……。

 しかし半月ほど経った頃、心境の変化が訪れた。

 その日、会社で上司に理不尽なことを言われ、萌々香はむしゃくしゃしていた。家に帰れば、いつものようにジュンが優しく慰めてくれるのはわかっていたが、萌々香はそんなことを望んではいなかった。


「ただいま」
「おかえり、萌々香。今日は会社でどんなことがあった?」
「うん……色々」
「じゃあ、ゆっくり話を聞くから、僕の前に座って」

 ジュンが手招きしている。

「いいよ。そういうんじゃないから」
「え? 話を聞かなくてもいいの?」

 普段なら心地好いと感じるジュンのあっさりとした口調が、何故か事務的で、義務的で、感情のない冷たい声に聞こえ、萌々香は無性に腹が立った。

「イライラするのよ!」
「じゃあ、君が好きなスイーツでも食べに行こう」
「今はそういう気分じゃないの!」
「でも、イライラする時は……」
「もういいから、放っておいてよ!」

 萌々香は両手で力一杯ジュンの胸を押して突き放した。

「本当に放っておいてもいいの? 君が困っているのに、そんなこと出来ないよ」

 ああ、そうだった。
 女の『放っておいて』は、本心ではないと心得てほしい、と希望リストに入れたことを思い出した。そうプログラムされているのだろう。
 これは、ただの八つ当たりだ。そうわかっていてやっている萌々香は、案外冷静だったりする。女は時にこういう行動に出ることがあるのだ。相手がどこまで受け止めてくれるかで、器の大きさや愛情の深さを測ってみたくなったりする。
 だがそれは、受け止めてくれる相手に限る。
 ジュンは対応に困っているのか、何のリアクションも示さない。


「やっぱり、AIロボットの彼氏なんかじゃ無理なんだよ!」

 萌々香がそう口にした時だった――


「プログラムヲ シュウリョウ シマス」

 機械的な声がジュンの口から発せられ、ジュンはそのまま動かなくなってしまった。

 萌々香は慌ててカスタマーセンターへ連絡した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

あなたに溺れて

春宮ともみ
恋愛
俺たちの始まりは傷の舐めあいだった。 プロポーズ直前の恋人に別れを告げられた男と、女。 どちらからとなく惹かれあい、傷を舐めあうように時間を共にした。 …………はずだったのに、いつの間にか搦めとられて身動きが出来なくなっていた。 --- 「愛と快楽に溺れて」に登場する、水野課長代理と池野課長のお話し。 ◎バッドエンド。胸が締め付けられるような切ないシーンが多めになります。 ◎タイトル番号の横にサブタイトルがあるものは他キャラ目線のお話しです。 ◎作中に出てくる企業、情報、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです。

後輩の結婚式

詩織
恋愛
友達の結婚式に出席、心から祝福したいが、正直複雑。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...