9 / 10
九話
しおりを挟む
郵便受けを開けると、数枚のチラシがひらひらと落ちた。広い集めていると、一枚のチラシが目に留まった。
パステルカラーで描かれた可愛いイラスト。
パンケーキの文字。
それは、数ヵ月前に海斗との会話に出ていた、駅前のパンケーキ店の週末オープンのチラシだった。
土曜日。
美紀はチラシのパンケーキ店に行ってみることにした。そこでもし海斗に会えたら、今度こそちゃんと謝ろうと考えていた。
人気店のオープン初日とあって並ぶのは覚悟していたが、遠目からでも分かる程の予想を上回る長蛇の列を目にして、美紀は尻込みしていた。
少し立ち止まって考えていると、最後尾に並ぶカップルの後ろに一人の男性が並んだ。それを見た美紀は、慌ててその男性の後ろについた。
これがバンドワゴン効果というものなのだろうか。美紀の後ろにもすぐ二人の女性が並んだ。
美紀は頭を傾け、店の入り口まで続く列を順に目で追っていったが、そこに海斗の姿はなかった。
漠然と「会えたら」と思っていたが、海斗とはオープン初日に行こうと話していたわけでもなく、二階建ての広い店内では、席をひとつづつ回らない限り見付けることはできないだろう、と気付いた時には既に美紀の後ろに十数人が並んでいた。
このまま列から抜けるのが惜しくなった美紀は、大人しく順番を待つことにした。
それから三十分程で美紀の順番が来た。
「お次のお客様、店内でお連れ様がお待ちです」
「あ、いえ……待ち合わせではないです」
美紀が店員に応えるも、「いえ、あちらでお待ちです」と――案内された先には、笑顔で手を振る海斗の姿があった。
「美紀ちゃん並んでるの実はここから見えてたんだけど、しばらく眺めるのもいいか、なんて思ってさ」
そう言って、また海斗は笑った。
海斗に近付くにつれ、視界がぼやけていく。
慌てる海斗もぼやけた。
美紀の頬を、また涙が伝っていた。
「会いたかったの。謝りたくて」
「え? ちょっ……何?」
「この前のこと、ずっと謝りたくて……」
「ちょっと待って。とりあえず座って」
海斗に促され、美紀が椅子に腰をおろすと、海斗は落ち着いた口調で話し始めた。
「俺は、ただ美紀ちゃんに会いたくて、今日ここに来たんだけど」
海斗の指が美紀の頬に触れ、優しく涙を拭った。
「海斗君に奥さんがいること分かってたのに、何であんなことしちゃったんだろうって……」
「妻とは別れてるよ、四ヶ月前に。……実はもう何年も別居してた」
「四ヶ月前って――」
海斗は気まずそうに苦笑いしている。
「うん、美紀ちゃんと出会ってちょっと経った頃かな」
美紀は愕然とした。
毎日顔を合わせて会話を交わしていた海斗が、それほどの大きな問題を抱えていたことに、まるで気付かなかったからだ。四ヶ月前の海斗の様子を思い返してみたが、何一つ思い当たる節がなかった。
「――何で話してくれなかったの!?」
つい声を荒げてしまった。
「普通言わないだろ。てか言えないだろ? 婚約して幸せ真っ只中の美紀ちゃんに」
美紀は言葉を詰まらせた。確かにその通りだと思った。
「……ごめん……なさい」
「何で美紀ちゃんが謝るんだよ。これは俺たち夫婦の問題だし、離婚するのはもう前から決まってたことなんだ。たまたまそれが、四ヶ月前だったってだけだよ」
「……そう」
美紀はそれ以上言葉が続かなかった。
パステルカラーで描かれた可愛いイラスト。
パンケーキの文字。
それは、数ヵ月前に海斗との会話に出ていた、駅前のパンケーキ店の週末オープンのチラシだった。
土曜日。
美紀はチラシのパンケーキ店に行ってみることにした。そこでもし海斗に会えたら、今度こそちゃんと謝ろうと考えていた。
人気店のオープン初日とあって並ぶのは覚悟していたが、遠目からでも分かる程の予想を上回る長蛇の列を目にして、美紀は尻込みしていた。
少し立ち止まって考えていると、最後尾に並ぶカップルの後ろに一人の男性が並んだ。それを見た美紀は、慌ててその男性の後ろについた。
これがバンドワゴン効果というものなのだろうか。美紀の後ろにもすぐ二人の女性が並んだ。
美紀は頭を傾け、店の入り口まで続く列を順に目で追っていったが、そこに海斗の姿はなかった。
漠然と「会えたら」と思っていたが、海斗とはオープン初日に行こうと話していたわけでもなく、二階建ての広い店内では、席をひとつづつ回らない限り見付けることはできないだろう、と気付いた時には既に美紀の後ろに十数人が並んでいた。
このまま列から抜けるのが惜しくなった美紀は、大人しく順番を待つことにした。
それから三十分程で美紀の順番が来た。
「お次のお客様、店内でお連れ様がお待ちです」
「あ、いえ……待ち合わせではないです」
美紀が店員に応えるも、「いえ、あちらでお待ちです」と――案内された先には、笑顔で手を振る海斗の姿があった。
「美紀ちゃん並んでるの実はここから見えてたんだけど、しばらく眺めるのもいいか、なんて思ってさ」
そう言って、また海斗は笑った。
海斗に近付くにつれ、視界がぼやけていく。
慌てる海斗もぼやけた。
美紀の頬を、また涙が伝っていた。
「会いたかったの。謝りたくて」
「え? ちょっ……何?」
「この前のこと、ずっと謝りたくて……」
「ちょっと待って。とりあえず座って」
海斗に促され、美紀が椅子に腰をおろすと、海斗は落ち着いた口調で話し始めた。
「俺は、ただ美紀ちゃんに会いたくて、今日ここに来たんだけど」
海斗の指が美紀の頬に触れ、優しく涙を拭った。
「海斗君に奥さんがいること分かってたのに、何であんなことしちゃったんだろうって……」
「妻とは別れてるよ、四ヶ月前に。……実はもう何年も別居してた」
「四ヶ月前って――」
海斗は気まずそうに苦笑いしている。
「うん、美紀ちゃんと出会ってちょっと経った頃かな」
美紀は愕然とした。
毎日顔を合わせて会話を交わしていた海斗が、それほどの大きな問題を抱えていたことに、まるで気付かなかったからだ。四ヶ月前の海斗の様子を思い返してみたが、何一つ思い当たる節がなかった。
「――何で話してくれなかったの!?」
つい声を荒げてしまった。
「普通言わないだろ。てか言えないだろ? 婚約して幸せ真っ只中の美紀ちゃんに」
美紀は言葉を詰まらせた。確かにその通りだと思った。
「……ごめん……なさい」
「何で美紀ちゃんが謝るんだよ。これは俺たち夫婦の問題だし、離婚するのはもう前から決まってたことなんだ。たまたまそれが、四ヶ月前だったってだけだよ」
「……そう」
美紀はそれ以上言葉が続かなかった。
1
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【完結】愛してました、たぶん
たろ
恋愛
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。
hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。
明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。
メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。
もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
朝方の婚約破棄 ~寝起きが悪いせいで偏屈な辺境伯に嫁ぎます!?~
有木珠乃
恋愛
メイベル・ブレイズ公爵令嬢は寝起きが悪い。
それなのに朝方、突然やって来た婚約者、バードランド皇子に婚約破棄を言い渡されて……迷わず枕を投げた。
しかし、これは全てバードランド皇子の罠だった。
「今朝の件を不敬罪とし、婚約破棄を免罪符とする」
お陰でメイベルは牢屋の中へ入れられてしまう。
そこに現れたのは、偏屈で有名なアリスター・エヴァレット辺境伯だった。
話をしている内に、実は罠を仕掛けたのはバードランド皇子ではなく、アリスターの方だと知る。
「ここから出たければ、俺と契約結婚をしろ」
もしかして、私と結婚したいがために、こんな回りくどいことをしたんですか?
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる