もう一度会えたなら

凛子

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九話

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 郵便受けを開けると、数枚のチラシがひらひらと落ちた。広い集めていると、一枚のチラシが目に留まった。
 パステルカラーで描かれた可愛いイラスト。
 パンケーキの文字。
 それは、数ヵ月前に海斗との会話に出ていた、駅前のパンケーキ店の週末オープンのチラシだった。


 土曜日。
 美紀はチラシのパンケーキ店に行ってみることにした。そこでもし海斗に会えたら、今度こそちゃんと謝ろうと考えていた。
 
 人気店のオープン初日とあって並ぶのは覚悟していたが、遠目からでも分かる程の予想を上回る長蛇の列を目にして、美紀は尻込みしていた。 
 少し立ち止まって考えていると、最後尾に並ぶカップルの後ろに一人の男性が並んだ。それを見た美紀は、慌ててその男性の後ろについた。
 これがバンドワゴン効果というものなのだろうか。美紀の後ろにもすぐ二人の女性が並んだ。
 美紀は頭を傾け、店の入り口まで続く列を順に目で追っていったが、そこに海斗の姿はなかった。
 漠然と「会えたら」と思っていたが、海斗とはオープン初日に行こうと話していたわけでもなく、二階建ての広い店内では、席をひとつづつ回らない限り見付けることはできないだろう、と気付いた時には既に美紀の後ろに十数人が並んでいた。
 このまま列から抜けるのが惜しくなった美紀は、大人しく順番を待つことにした。


 それから三十分程で美紀の順番が来た。

「お次のお客様、店内でお連れ様がお待ちです」

「あ、いえ……待ち合わせではないです」

 美紀が店員に応えるも、「いえ、あちらでお待ちです」と――案内された先には、笑顔で手を振る海斗の姿があった。

「美紀ちゃん並んでるの実はここから見えてたんだけど、しばらく眺めるのもいいか、なんて思ってさ」

 そう言って、また海斗は笑った。

 海斗に近付くにつれ、視界がぼやけていく。
 慌てる海斗もぼやけた。
 美紀の頬を、また涙が伝っていた。

「会いたかったの。謝りたくて」

「え? ちょっ……何?」

「この前のこと、ずっと謝りたくて……」

「ちょっと待って。とりあえず座って」

 海斗に促され、美紀が椅子に腰をおろすと、海斗は落ち着いた口調で話し始めた。

「俺は、ただ美紀ちゃんに会いたくて、今日ここに来たんだけど」
 
 海斗の指が美紀の頬に触れ、優しく涙を拭った。

「海斗君に奥さんがいること分かってたのに、何であんなことしちゃったんだろうって……」

「妻とは別れてるよ、四ヶ月前に。……実はもう何年も別居してた」

「四ヶ月前って――」

 海斗は気まずそうに苦笑いしている。

「うん、美紀ちゃんと出会ってちょっと経った頃かな」

 美紀は愕然とした。
 毎日顔を合わせて会話を交わしていた海斗が、それほどの大きな問題を抱えていたことに、まるで気付かなかったからだ。四ヶ月前の海斗の様子を思い返してみたが、何一つ思い当たる節がなかった。

「――何で話してくれなかったの!?」

 つい声を荒げてしまった。

「普通言わないだろ。てか言えないだろ? 婚約して幸せ真っ只中の美紀ちゃんに」

 美紀は言葉を詰まらせた。確かにその通りだと思った。

「……ごめん……なさい」

「何で美紀ちゃんが謝るんだよ。これは俺たち夫婦の問題だし、離婚するのはもう前から決まってたことなんだ。たまたまそれが、四ヶ月前だったってだけだよ」

「……そう」

 美紀はそれ以上言葉が続かなかった。

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