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七話
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翌日、美紀が約束の時間に店に着くと、先に来ていた大希がテーブル席から手を上げた。
オーダーをとりに来た店員に、すぐに出ることを伝えて断ると、大希は酷く落胆している様子を見せた。
コーヒーを啜る大希はすでに涙目で、カップを置く手は小刻みに震えていた。その手元を見つめていると、テーブルにポタリと滴が落ちた。
美紀が視線を上げると、大希は大粒の涙をこぼしていた。そして、人目も憚らず嗚咽をもらした。
自分のした事を猛省し、詫び、許しを乞う大希を美紀はじっと見つめた。
大希が初めてみせた涙だった。
十分反省しただろう。これでチャラにしてあげよう。
「いままでありがとう」
それだけ言って美紀は席を立った。
しばらくはのんびりしよう。
自宅に戻った美紀は、久しぶりに母に電話をかけた。
母からの「どうしたの?」の言葉を皮切りに、美紀は大希との別れを伝えた。大希は何度も美紀の母と顔を合わせていて、関係も良好だった。しかし、美紀の気持ちを察してか、母は理由も聞かず、ただ美紀のメンタルを気遣った。
母が、大希との結婚を心待ちにしていたであろうことは分かっていた。婚約の報告をまだしていなかった事だけが、せめてもの救いだった。母にだけは言えない。口が裂けても絶対に――。
美紀の父は、営業職に就いていて仕事ぶりも良く、温厚で人当りも良く誰からも好かれていた。その上ビジュアルも良かったので、よくもてていた。
そんな父の唯一にして最大の欠点は、浮気性であったことだ。
度重なる浮気に、母は神経をすり減らせていたが、美紀がいるから――その一心で耐えていたのだ。そうして、美紀の就職が決まったと同時に父とは離婚した。高給取りの父との生活は何不自由ないものだったが、母は離婚を選び、パートを掛け持ちする生活を選んだ。
そんな母の苦労を誰よりも知っている。だからこそ、たった一度の浮気であろうと、決して許すことは出来なかった。
『まほろば』へは、もう半月程顔を出していなかった。さすがに皆が心配しているはずだ。しかし、店へ行くとなると何らかの説明が必要になるだろう。
「ちょっと色々あって……」と言い淀んでしまう自分を想像すると、どうしても足がすくんでしまうのだ。
家族のように接してくれているマスターとママ、そして海斗にも嘘はつきたくない、と美紀は考えていた。
婚約解消と無職になった事実を、過去の出来事として話せるようになるには、まだ少し時間がかかりそうだ。
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