コンプレックス

凛子

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 茉莉花が初めて『こが形成美容外科』を訪れたのは一年前だった。
 コンプレックスがないとはいえ、生活していれば気を付けていても怪我などをすることはある。料理をしている際に油がはね、顔に少し火傷跡が残った為、その治療に訪れたのが最初だった。
 茉莉花が同業だと話すと、古賀は何かと配慮してくれ、時間外診療を受けてくれた。
 年齢は茉莉花の四つ上で四十二歳。腕のいい形成外科医だということは噂で知っていた。そして治療に通ううちに、古賀に対する恋愛感情のようなものが芽生えていた。
 時間外ということで他に患者やスタッフもいなかった為、仕事やプライベートな話しをすることが多かった。

「先生はご結婚されてるんですか?」
「いや、していないよ」
「じゃあ、彼女は?」
「寂しいことに、長らく彼女もいないんだ」
「へえ、そうなんですね。先生、モテそうなのに」
「いやいや、全然だよ」
「理想が高いとか?」
「うーん、どうだろうねえ」
「じゃあ、どれくらい彼女がいないんですか?」
「うーん……かなり、かなぁ。昔から僕の恋は成就しないんだよね」

 そんなふうに言いながら、古賀は苦笑いを浮かべた。
 全てを鵜呑みにしたわけではないが、少なくとも結婚していないというのは本当だろうと思った。
 古賀の仕事に対する考え方や傾ける情熱は尊敬できたし、同業者であるから、理解しあえることは多かった。そしてルックスも悪くなく、独身だと言うのだから……。
 茉莉花はより一層古賀に興味を持った。


 顔の火傷は、元彼の好物だったエビフライを揚げている時に負ったものだった。心配してくれた元彼は、茉莉花の心にまで傷を残して去ったのだ。

「きれいになったね」

 そう言いながら、古賀は火傷跡があった茉莉花の頬を指で撫でた。
 火傷跡は跡形もなく消え去り、茉莉花の心の傷まで消し去っていた。

「先生、ありがとうございました。あの、えっと……次は、シミ取りに通ってみようかな……」

 それは、古賀に会う為の口実だった。

「いつでもどうぞ」

 古賀の穏やかな笑顔は、いつも茉莉花に安心感を与えた。

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