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凛子

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 午後八時半。その日茉莉花は、診療を終えて急いで着替えを済ませると、目深に帽子を被り、更にマスクを着けてクリニックを出た。日はとうに沈んでいる。日焼け対策ではなく、変装のつもりだ。
 空調設備が整っているクリニック内は快適だが、一歩外に出れば、師走の寒さに茉莉花は肩を竦めた。街はイルミネーションに彩られ、多くの人で賑わっている。
 去年のちょうどこの時期に元彼と別れて、寂しいクリスマスを過ごしたことを思い出していた。
 今年もまたひとりだろうか……。

 五分程歩いたところにあるクリニックモールのエレベーターに乗り七階で降りると、帽子とマスクを外した。
 正面には『こが形成美容外科』の玄関。すでに診療時間は終了している。
 茉莉花が自動ドア横のインターホンを押すと、「どうぞ」と声がして自動ドアが開いた。

 院長の古賀こがみなとが出迎えてくれた。

「こんばんは」
「お疲れ様。さあ、入って。寒かっただろう」

 茉莉花は院長室に通され、ソファに腰掛けた。
 徐に近付いた古賀が、茉莉花の髪をかきあげ顔を寄せる。

 茉莉花は視線を宙に泳がせ、しばらく体を硬直させた。

「うん、大丈夫。傷跡は全く目立たないよ」
「それは、先生の腕がいいから」
「皮膚がひきつれる感じもないかな?」
「はい、全くないです」
「じゃあ、これで終了だよ」

 古賀は茉莉花の髪を整えながら言った。

「あの……先生?」
「何だい?」
「これで私、先生好みの女になりましたか?」
「ああ、もちろんさ」

 古賀は満足げに頷きながら優しい笑みを浮かべた。
 今年三十八歳を迎えた茉莉花の顔には、しみや皺が一切なく、毛穴のない肌は、まるで蝋人形のようだった。

「先生と呼ぶのは、もうやめてくれないかい?」
「え?」
「これから君と僕は恋人同士だ」
「……嬉しい」

 それは、茉莉花が待ちわびていた言葉だった。

「美容外科医としても形成外科医としても確かな腕をもっている君でも、自分の施術だけは出来ないからねえ……歯痒いんじゃないのかい?」
「いえ。以前にも言いましたけど、私は人を笑顔にすることに喜びを感じるんです」
「ああ、そうだったね。君は本当に欲のない人だね」

 古賀がうっとりとした目で、茉莉花を見つめる。

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