上 下
8 / 12

八話

しおりを挟む
「何かやだ……」

会計をする遠藤の横で愛美は言った。

「え?」

遠藤が振り向いたであろう時には、既に愛美は早足で出口へ向かっていた。

「ちょっ、愛美ちゃん!?」

「遠藤様! お釣が――」

二人の声を背に、愛美は店を飛び出し駆け出した――けれども、すぐに遠藤に腕を掴まれた。

「元サッカー部舐めんなって」

「……はい」

遠藤は愛美の腕を掴んだまま放さない。

「愛美ちゃん、ごめん! 俺、鈍感だからわかんなくて。さっき、デザート食べてる辺りから急に愛美ちゃんの様子がおかしくなったことに気付いたんだ。愛美ちゃんの気に障るようなことしてたなら謝るから、許して欲しい。……ごめん」

「違います! 謝るのはこっ……ちです」

堪えきれず、愛美の目から涙がこぼれた。

「え!? 何で? どうした? 俺、何ともないから。怒ってないよ? 泣かなくていいから……」

遠藤は動転しているようで、しどろもどろだった。

「私、人の目ばっかり気にして、遠藤さんにあれこれ言ってきたけど、そんなの普通に考えればおかしいですよね。遠藤さんは優しいから何も言わないけど……」

何から伝えればいいのかわからない。

「え? 俺バカなのかな……マジで何のことか全然わかんないんだけど……」

遠藤は困惑して頭を抱えていた。

「服装はこんなのが好きだとか、髪型はこんなのがいいとか、眼鏡はない方がいいとか、遠藤さんにあれこれ散々言っておいて……」

「ん?」

遠藤が首を傾げている。

「遠藤さんは私にダメ出ししたり、何も要求なんてしてこないのに……」

「いや、それはさあ、俺が愛美ちゃんに教えて欲しいって言った訳じゃん」

「でも私は、自分の好みを遠藤さんに押し付けただけです」

「それの何が悪いんだよ? 俺は、愛美ちゃんがそうして欲しいと思うなら喜んでするよ」

遠藤は愛美と正反対のトーンで返した。

「でも結局それって、遠藤さんが人からどう見られるかを、私が気にしてるだけで……」

「だから、それの何が悪いんだよ」

「え?」

「愛美ちゃんは俺の見た目を良くしてくれただけじゃん?」

「そうだけど……そうじゃくて……」

言いたいことが上手く伝わらなくて、愛美は唇を噛んで俯いた。

「愛美ちゃん? 俺が愛美ちゃんを好きなことは、もうわかってるよね?」

わかっていたが、何と答えていいのかわからず、愛美は黙っていた。

「喋り方が嫌だとか、性格が無理だとか、そこまで嫌われたらもう諦めるしかないけどさあ……そういう風には多分思われてないって、愛美ちゃんの態度からも感じてるんだ」

「――だってそんな風に思ったこと一度もないです!」

愛美は素早く返した。

「最近愛美ちゃんが俺のこと相手してくれるようになったのは、ちゃんと俺の中身を見てくれたってことだろ?」

「勿論です。あ、いえ……そんな風に言ったら何か……」

「いいよ。ちゃんと客観的に見れてるから……俺の見た目が好みとか、まずないじゃん」

遠藤が苦笑いしながら言った。

「私、遠藤さんの笑顔が好きです」

遠藤が急に真顔になった。

「え? 俺、今愛美ちゃんから告白された? あ、いや、笑顔が好きって言っただけか……すげえハズイじゃん」

遠藤が一人で言いながら赤面している。

「みんな、遠藤さんのこと何も知らないくせに――」

「え?」

「遠藤さんの見た目が変わった途端に、女子社員の遠藤さんを見る目が変わって、遠藤さんに近付いて執拗に声掛けて……」

「え、何? ちょっと待って……それって愛美ちゃん、妬いてる奴が言うことじゃない?」

遠藤が冗談めかして笑う。

「だって嫌なんだもん」

言ってから、愛美は唇を尖らせた。

「マジか……」

遠藤は耳まで真っ赤にした。

「そんなことになるんだったら、最初の遠藤さんのままで良かった……」

「そんなこと言われたら、もう自制が効かなくなるんだけど――」

言うと同時に、遠藤は愛美を抱き寄せた。


「愛美ちゃん……すっげえ好き」

「……私もですよ」


遠藤の唇が愛美の唇に軽く触れたところで、すぐに離して遠藤が言った。

「二人きりになれる所、行ってもいい?」

――遠藤さんはこんな風に誘うんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝顔

凛子
恋愛
静けさの中で……

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。 そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。 真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。 彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。 自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。 じれながらも二人の恋が動き出す──。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

処理中です...