いけすかない男

凛子

文字の大きさ
上 下
2 / 6

二話

しおりを挟む
 京香が営業部に書類を届けに行くと、市原が対応に出てきた。

「さっきはどうも」
「あ、どうも。この間の二次会盛り上がったみたいですね」
「ああ、佐々木さんだけ先に帰ったもんね」

 お前のせいだよ、と言ってやりたい気持ちだった。

「そうなんです。次の日予定があったので」
「そっか。じゃあもしよかったら、今夜飯でも行かない? この前はあんまり喋れなかったし」
「え? あー……はい」

 京香は咄嗟に適当な断り文句が思い浮かばず、思わず「はい」と返事していた。てっきり自分は、感じの悪い女の烙印を押されたと思っていた京香は、突然の誘いに戸惑っていた。

「じゃあ終わったら連絡して」

 そう言われ、市原から名刺を受け取った。

 京香は自分のデスクに戻ってしばらく考えていた。市原から食事に誘われるのは、どう考えてもおかしいのだ。
「この前はあまり喋れなかったから」と市原は言ったが、どうも釈然としなかった。
 京香は、あの日の市原の言葉を思い出した。

 “女だって普通に浮気すんじゃん”

 それはまるで経験者かのような口振りだった。
 京香は、自分がそれの対象なのではないか、と思えてならなかった。


『お疲れ様です。佐々木です。今終わりました』
『お疲れ様。会社のそばのカフェで待ってるよ』

 遠くからでもすぐにわかった。テラス席でカップを傾ける市原は、確かに絵になる。
 そうして、そんな市原に近付き声をかけた自分に対しての周囲の反応に驚愕した。
 ――そういうことか。
 やはり市原は会社だけではなく、どこにいても人を惹き付ける魅力を持っているようだ。
 そんな視線を横目に、京香は言った。

「お待たせしました」

 そして優越感に浸った。

「まだちょっと早いけど行こうか。勝手に店の
予約したけど良かったかな」
「あ、はい。何でも食べれます」
「いいね、その反応。誘い甲斐あるよ」

 市原はにっこり微笑んだ。

「あの……二人ですか?」
「え? そうだけど……嫌だった?」
「あ、いえそういう事じゃなくて」

 必ず裏があるはずだ、と疑ってやまない京香は、神経を尖らせて様子を窺っていた。
 他愛もない会話をしながら、数分歩いたところで到着したのは、雰囲気のいいイタリアンの店だった。
 会社の近くにこんなお洒落な店があったのか、と京香は店内を見渡した。
 席に着くと、市原は京香の方に向けてメニューを広げた。

「食べたいものある?」
「うーん……迷いますね」
「嫌いなものなかったら、何か適当に頼むよ。一緒につまもうか」

 リードする市原に好感が持てた。

「ここ、妻と何度か来たことあったんだ」
「へえ、そうなんですね。雰囲気良くてデートにはぴったりなお店ですね」

 言ってから、おかしな言い方をしてしまったか、と考えたが、市原は気にしている様子もなかった。

 会話を交わしていくうちに、京香の警戒心は少しずつ薄れていた――どころか、かなり楽しい時間を過ごしていた。
 市原は営業マンだけあって、話題も豊富で、コミュニケーション能力に長けていた。


「あ、ちょっと喋り過ぎたかな。佐々木さん時間大丈夫?」

 時計の針は十一時を指していた。

「時間は大丈夫なんですけど、ちょっと酔っちゃったかも……」

 京香は上目遣いで市原の様子を窺った。

「ごめん、飲ませ過ぎたよね。タクシーで家まで送るよ」

 いつの間にか会計は済まされていた。
 何ともスマートでさすがだ、と京香は感心した。だが、心の中までは分からない。
 本当にこのまま自分を送り届けるのか、それともどこか別の所へ向かうのか――
 大通りに出てタクシーを拾うと、横並びで座った。

「大丈夫? 寒くない?」

 市原は着ていたコートを脱ぐと、京香の膝にそっとのせた。
 軽快なトークを繰り広げていた先程までの市原とはうってかわって、紳士的な態度だった。その後は特に言葉を交わさず、窓の外をぼんやりと眺めていた。

「あ、もう近くなのでこの辺で大丈夫です」

 京香が鞄から財布を取り出した。

「帰り道だから気にしないで。ここから一人で大丈夫?」

 市原は金を受け取らず、京香を気遣った。
 京香は丁寧に礼を言ってタクシーを降り、何となく後味が悪いまま、テールランプを見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

見た目九割~冴えない遠藤さんに夢中です~

凛子
恋愛
ボサボサ髪に無精髭、眼鏡を曇らせうどんを啜る、見た目の冴えない遠藤さんに夢中です。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

処理中です...