愛のかたち

凛子

文字の大きさ
上 下
1 / 31

1

しおりを挟む
『飯食いに行こう』

 夫のしょうから電話があったのは、午後六時を回ってからだった。

 夕食のチキンカツは、もう下ごしらえが終わっていて、翔の帰りを待って揚げるだけだった。サラダは盛り付けてあるし、味噌汁は温め直すだけで食べれるように準備していた。
 温かい御飯を食べさせてあげたいと思って帰りを待っている彩華あやかの気持ちなど、翔はお構いなしだ。
 もうちょっと早く言ってくれたら良かったのに、と愚痴をこぼした時期はとっくに過ぎ去った。こんなことは日常茶飯事で、逆にそれに備えて、夕食は大量に作らないと決めている。そうすれば、その分は翌日の翔の弁当と自分の昼食に回せば済むだけで、腹も立たないからだ。

 カツサンドにして明日仕事に持たせてあげよう、と彩華は頭を切り替えて支度を始めた。


 今日もいつものところだろう。

 いつものところ、というのは、翔の幼馴染みの伊藤いとう健太けんたが営んでいる『居酒屋いとう』のことだ。最近はもっぱら『いとう家』なのだ。幼馴染みの健太だから受け入れてくれる。というのも、ここ数ヶ月で、翔が出入り禁止になった飲み屋がいくつもあるらしい。それは翔本人から聞いた訳ではなく、健太がこっそり教えてくれたことだった。
 理由は、翔の酒癖の悪さだという。飲み過ぎて客に絡むことが頻繁にあったらしいが、そんな姿を彩華が目にしたことは今まで一度もなく、健太から聞いた時は、にわかには信じがたかった。
 以前はきれいにお酒を飲むタイプだった翔だが、仕事が忙しくなり始めた頃から急に酒量が増え、酒癖の悪さが目立つようになってきたようだ。ストレスが原因なのだろうか。

 心配した彩華は、さりげなく「家飲みすればゆっくり出来るのに」と言ったこともあった。自分には取り柄がない、と思っていた彩華だったが、料理の腕には自信があったのだ。しかし、酒を飲まない彩華相手だとつまらないのか、翔が家で飲むことは殆どなかった。
 そして翔の帰りが遅くなる度に、また何処かの店で客に絡んではいないだろうかと、彩華は冷や冷やするのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう一度会えたなら

凛子
恋愛
中島美紀と向かい合って座る、スーツに眼鏡の真面目風サラリーマン。 彼は、美紀の友人でも恋人でもない。 この店で相席している常連客──藤沢海斗だ。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

処理中です...