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19.キースの失恋

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 その日は雲一つない快晴だった。
 

「「「……」」」


 華やかな美青年はその場で崩れ落ちた。

「な、な、な……」

 刺激が強すぎたのかもしれない。
 言葉にならないナニカを発している。

「あ、あ、あ…………」

 まぁ、無理もないか。
 友人だと思っていた相手が自分によく似た少年との濡れ場を見たんだから。しかも自分の名前を呼びながら腰を振っているのだから。…………うん、とんでもない状況だよね。
 でも、この美青年も悪い。アポも取らずにいきなり訪ねてくるなんて。
 そんなことを思いながら床で悶え苦しむ美青年を見下ろした。

 彼もキースとは違った美貌の持ち主だ。
 衝撃だったのだろう。この世の終わりのような顔をしている。脂汗まで流れて顔を歪ませているから折角の美貌が台無しだった。

 玄関で会った時は、ギラギラした印象が強かったのに。

 見た目だけならキラキラしてるけど。
 なんて言うんだろ?
 目がギラギラし過ぎてるんだよね。

 ユアンが妙に丁寧な態度だったから、きっと高位貴族かなんかだろうとは予測してた。

 野心家っぽい――そう思った。

 これはキースの好みだな――とも思った。

 キースはこの手のタイプが好きみたいだから。

 
『ぽっきりと折る瞬間が最高だよ』

 と、前に言っていたから。
 てっきりキースの新しい恋人だとばかり思ってたのに。

 ガタガタと震えだした美青年は違ったみたい。

 この様子だとキースの性癖も知らなさそう。
 あー……これってどうすればいいのかしら? 放置して帰ってもいいんだけど、それはそれで後味が悪いというか……。

 ちらりと横にいるユアンを見ると、彼の目は浜辺に打ち上げられた魚みたいだった。……あ、こっちは放っておこう。

 うーんと頭を悩ませていたら、突如、美青年は起き上がった。
 そして涙を流しながら叫ぶ。

「こんなはずじゃなかった!!」

 ……いや、何の話よ?

「こ、こんな狂った国にいられるか!!!」

 呆気に取られていると彼はそのまま部屋を出て行った。
 一体なんだったんだろう。
 嵐のように去っていった彼に唖然としていたら、ふと目の前で腰を振っていたキースまで居なくなっていることに気がついた。

「あれ?キースは?どこに行ったの?」

 きょろきょろと辺りを見回すと、ユアンが死んだ魚のような目で窓を指差した。なんだろうと首を傾げつつそちらへ視線を向けると―――そこには美青年を追いかけるキースの姿があった。


「あああああ!!!!!こっちへくるな!」

必死の形相で走る美青年に対し、キースは満面の笑みを浮かべながら追いかけている。
なんだろう、あの顔。すごく楽しそう。それに物凄く嬉しそう。もしかして、あの美青年がキースの本命?

「くるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 恐怖におののく美青年。
 それを追いかけるにこやかなキース。

 なんだろ?
 まるで猫と鼠の追いかけっこみたい。

 キースが良い笑顔で美青年をいたぶっている光景が浮かんできた。

 
「……」

 見る限りキースの片思いっぽい。
 なんか色々と大変そうだな。そっとしておこうか。

 逃げ出した美青年に容貌だけは似ている少年はぐったりと倒れ伏している。

 ユアンを見ると首を横に振った。
 それが答えだろう。
 

 私は何も見なかったことにした。


「ユアン、今日はうちに来る?」

 そう聞くと、彼はこくりと無言で肯いた。
 痴情の縺れに第三者が介入していい事はないもんね。



 


 
 数日後――


「え?帰った?例の彼が?」

「そうなんだ。彼は自分探しの旅に出てしまってね」

 あの後、美青年を無事に捕獲したキースは新しい恋人になった美青年をそれは愛でていたらしい。らしいと言うのは、仲の良いメイドからの情報。

 今までになく執心していたみたい。

 なのに意外な事にキースは彼を手放した。
 新しい恋人玩具にもう飽きたの?

「良かったの?」

「彼は自分が進むべき道を見つけたんだ。私は喜んで送り出したよ」

「そう……」

「見守る愛も良いものだ」

 正式に手放した訳ではないと。
 なるほどね。
 
 ところで、美青年のフルネームを聞き忘れたけど、どこの誰だったの?

 エンリコだっけ?
 あれ?
 エンリクだったかな?
 
 どっかで聞いた事なる名前だな……どこだっけ?


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