63 / 64
63.企み
しおりを挟む
まずい。
非常にまずい。
山吹大納言は、頭を抱えていた。
宣耀殿女御の猶子の件が白紙撤回されたことで、山吹大納言は「可哀想な母子の後見人」の話しがなくなってしまった。
これも妹の失態のせいで。
悔しさに、唇を噛み締めていると、「兄上」と声をかけられた。
振り返ると、そこには弟の姿があった。
「頭中将か。どうした」
「姉上の謹慎が解かれたと聞きましたので」
「ああ。そのようだな」
「ご機嫌伺に参られないのですか?」
「あれに、か……」
山吹大納言は弟の言葉に考え込む。
宣耀殿女御の謹慎が解かれたことは知っていた。
だが、あのような失態を犯したのだ。
とてもじゃないが、会いに行く気になれない。
そんな山吹大納言の様子を見て、頭中将はやれやれと笑いながら言った。
「終わったことを考えても始まりませんよ、兄上」
「……」
「仕方がありません。あの母子の後見人に准后さまがなられたのですから」
「あ、ああ……」
弟の言葉に、山吹大納言は顔を引き攣らせる。
まさか、あの母子の後見人に准后がつくとは夢にも思わなかった。
父が頼んだのか。
それとも帝か。
どちらにしても、頭の痛い話だ。
母子は五条屋敷から准后の住まう屋敷に引っ越してしまった。
「次を考えるか……」
「それがよろしいかと」
「女御はどうしている?お前のことだ。もう会いに行ってのだろう?」
「はい、お元気でしたよ。いつも通り」
「はっ!そうか。相変わらずか」
「はい」
頭中将はニコニコと楽しそうに笑っていた。
我が弟ながら、あの妹と仲良くできるのだから、とんだ物好きである。
「しかし……どうしたものか。主上の寵愛は尚侍にあるというのに」
「そうですね……」
弟は、「うーん」と腕を組んで唸る。
「私に娘でもいれば入内させられるんですがね。ま、結婚もしてない身ですから、こればっかりはね。無難なところで派閥内の姫を何人か入内させますか?」
左大臣家の姫は全員売約済み。
残るは、派閥の誰かの姫を養女に迎えて入内させるのが無難だろう。
だが、誰がいる?
「兄上のところに姫がいれば話しは早かったんですがね」
笑いながら言う。
山吹大納言には、娘がいない。
男しか生まれなかった。
弟たちの中に娘を持つ奴もいるが、幼すぎて話しにならない。今目の前にいる弟は結婚すらしていない。この見目麗しく機転の利く弟に娘がいれがな……。
結婚はしていないが外に多くの恋人を持つ弟だ。探せば隠し子の一人や二人いそうな気もするが。そういう外で産まれた子供は貴族社会の常識を併せ持たないケースが多い。下級貴族ならまだマシだが、没落して明日の米もない状態の場合は碌な教育そのものを受けていないだろうし。実に悩ましい問題だ。
いや、待てよ。
確か、下の妹に娘がいたな。
「頭中将、権大納言家に行くぞ」
「権大納言家?もしかして二の姉上のところですか?」
「そうだ!あの子のとこに娘が一人いただろう」
「ああ、そういえば」
「その子を養女にすればいいんだ!」
山吹大納言の言葉に、弟はポンッと手を打った。
「その手がありましたね!早速準備して向かいましょう」
「ああ!善は急げだ!」
こうして、山吹大納言と頭中将は権大納言家に向かうのだった。
権力に取り付かれた男がそう簡単に引き下がるわけがない。
山吹大納言は、権大納言家の姫を養女に迎えた。
「年内は無理だな。年明けに入内させる」
大納言家の姫の入内は瞬く間に噂になった。
叔母と姪で寵愛を競い合うことになるのか、と囁き合う。
「山吹大納言の実娘ではないのだろう?」
「妹の娘らしい」
「権大納言家の姫か!」
「知っているのか?」
「当たり前だ。両親に似て大層な美少女だと噂になっている」
「そういえば、権大納言は左大臣の二の姫に見初められて婿になったらしいな」
「ああ、そんな話も聞いたぞ。まあ……権大納言は色男なのは間違いない」
「二の姫も当時は美人と評判だったからな」
権大納言はその美貌を、左大臣家の二の姫と見初められて結婚した経緯がある。
そんな権大納言家の姫が美しい娘でないわけがないと噂になっていたのだ。
「これはひょっとすると?」
「十分あり得るな」
新しい妃が寵愛を受けるかどうかで、後宮の争いが活発になることを予感していた。
右大臣家か。
それとも左大臣家か。
勝負はまだこれからだ。
非常にまずい。
山吹大納言は、頭を抱えていた。
宣耀殿女御の猶子の件が白紙撤回されたことで、山吹大納言は「可哀想な母子の後見人」の話しがなくなってしまった。
これも妹の失態のせいで。
悔しさに、唇を噛み締めていると、「兄上」と声をかけられた。
振り返ると、そこには弟の姿があった。
「頭中将か。どうした」
「姉上の謹慎が解かれたと聞きましたので」
「ああ。そのようだな」
「ご機嫌伺に参られないのですか?」
「あれに、か……」
山吹大納言は弟の言葉に考え込む。
宣耀殿女御の謹慎が解かれたことは知っていた。
だが、あのような失態を犯したのだ。
とてもじゃないが、会いに行く気になれない。
そんな山吹大納言の様子を見て、頭中将はやれやれと笑いながら言った。
「終わったことを考えても始まりませんよ、兄上」
「……」
「仕方がありません。あの母子の後見人に准后さまがなられたのですから」
「あ、ああ……」
弟の言葉に、山吹大納言は顔を引き攣らせる。
まさか、あの母子の後見人に准后がつくとは夢にも思わなかった。
父が頼んだのか。
それとも帝か。
どちらにしても、頭の痛い話だ。
母子は五条屋敷から准后の住まう屋敷に引っ越してしまった。
「次を考えるか……」
「それがよろしいかと」
「女御はどうしている?お前のことだ。もう会いに行ってのだろう?」
「はい、お元気でしたよ。いつも通り」
「はっ!そうか。相変わらずか」
「はい」
頭中将はニコニコと楽しそうに笑っていた。
我が弟ながら、あの妹と仲良くできるのだから、とんだ物好きである。
「しかし……どうしたものか。主上の寵愛は尚侍にあるというのに」
「そうですね……」
弟は、「うーん」と腕を組んで唸る。
「私に娘でもいれば入内させられるんですがね。ま、結婚もしてない身ですから、こればっかりはね。無難なところで派閥内の姫を何人か入内させますか?」
左大臣家の姫は全員売約済み。
残るは、派閥の誰かの姫を養女に迎えて入内させるのが無難だろう。
だが、誰がいる?
「兄上のところに姫がいれば話しは早かったんですがね」
笑いながら言う。
山吹大納言には、娘がいない。
男しか生まれなかった。
弟たちの中に娘を持つ奴もいるが、幼すぎて話しにならない。今目の前にいる弟は結婚すらしていない。この見目麗しく機転の利く弟に娘がいれがな……。
結婚はしていないが外に多くの恋人を持つ弟だ。探せば隠し子の一人や二人いそうな気もするが。そういう外で産まれた子供は貴族社会の常識を併せ持たないケースが多い。下級貴族ならまだマシだが、没落して明日の米もない状態の場合は碌な教育そのものを受けていないだろうし。実に悩ましい問題だ。
いや、待てよ。
確か、下の妹に娘がいたな。
「頭中将、権大納言家に行くぞ」
「権大納言家?もしかして二の姉上のところですか?」
「そうだ!あの子のとこに娘が一人いただろう」
「ああ、そういえば」
「その子を養女にすればいいんだ!」
山吹大納言の言葉に、弟はポンッと手を打った。
「その手がありましたね!早速準備して向かいましょう」
「ああ!善は急げだ!」
こうして、山吹大納言と頭中将は権大納言家に向かうのだった。
権力に取り付かれた男がそう簡単に引き下がるわけがない。
山吹大納言は、権大納言家の姫を養女に迎えた。
「年内は無理だな。年明けに入内させる」
大納言家の姫の入内は瞬く間に噂になった。
叔母と姪で寵愛を競い合うことになるのか、と囁き合う。
「山吹大納言の実娘ではないのだろう?」
「妹の娘らしい」
「権大納言家の姫か!」
「知っているのか?」
「当たり前だ。両親に似て大層な美少女だと噂になっている」
「そういえば、権大納言は左大臣の二の姫に見初められて婿になったらしいな」
「ああ、そんな話も聞いたぞ。まあ……権大納言は色男なのは間違いない」
「二の姫も当時は美人と評判だったからな」
権大納言はその美貌を、左大臣家の二の姫と見初められて結婚した経緯がある。
そんな権大納言家の姫が美しい娘でないわけがないと噂になっていたのだ。
「これはひょっとすると?」
「十分あり得るな」
新しい妃が寵愛を受けるかどうかで、後宮の争いが活発になることを予感していた。
右大臣家か。
それとも左大臣家か。
勝負はまだこれからだ。
72
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる