後宮の系譜

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
56 / 64

56.後見人候補 弐

しおりを挟む
 山吹大納言やまぶきのだいなごんが桐壺御息所の後見人に立候補したことは瞬く間に宮中に広まった。
 左大臣派としては願ってもない話だった。
 後宮に居ない妃とはいえ、姫宮を産んだ御息所。
 左大臣家が二人の妃と一人の姫宮の後見人になれば、少しでも右大臣家に対抗できるというものだ。
 少々心もとないが、ないよりかはマシだ。





「左大臣、子息の山吹大納言やまぶきのだいなごんの申し出、どう思う」
「恐れながら、息子の浅慮に少々呆れております」

 左大臣は帝の問いに率直に答えた。

「心無い振る舞いをした左大臣家の者が後見人になるなどと、図々しいにもほどがあります。内親王さまの件についても、早急に対応させていただく所存にございます」
「それは頼もしい」
主上おかみからお預かりした大切な内親王さまは、私の力の及ぶかぎりお守り申し上げます。それが御息所さまと内親王さまに対する贖罪と心得ております」
「うむ」

 帝は満足そうに頷いた。
 二人のやり取りを聞いていた頭弁も、これで一安心と肩の力を抜いた。

 誠実を絵にかいたような左大臣。
 その人柄に嘘偽りはないだろう。
 何故、彼のような人物から山吹大納言やまぶきのだいなごん宣耀殿女御せんようでんのにょうごのような不心得者が生まれるのか。
 世の中とは不思議なものだと、頭弁は思った。

 こうして、山吹大納言やまぶきのだいなごんの御息所後見人の話しは見送りとなった。








「何故、許可がおりない!?」

 山吹大納言やまぶきのだいなごんは苛立っていた。
 後見人就任の話が先送りになったからだ。

「恐れながら……主上おかみのご判断でございます」
「だから、なぜだ!」

 頭弁は胃が痛くなった。
 この問答を何度も繰り返さねばならないのか……と。

「左大臣さまも反対なさっておいででした」
「なに?」

 頭弁は、山吹大納言やまぶきのだいなごんのこめかみに青筋が立つのを見た。

「父上が反対する理由は何だ!?」

 頭弁は戸惑った。
 正直に告げるわけにはいかない。
 山吹大納言やまぶきのだいなごんを怒らせて、御息所や女三の宮に危害を加えられたら大変だ。
 絶対にないとは言い切れない。だって大納言は宣耀殿女御せんようでんのにょうごの兄だから。

「反対する理由は左大臣さまから直接お伺いくださいませ」
「なんだと!?」
「実の親子なのですから、されたらいかがですか。です」

 山吹大納言やまぶきのだいなごんはピクリと眉を動かした。
 以前、自分が言った言葉を思い出したのだろう。
 悔しそうに頭弁を睨みつけた。

「これは、主上おかみのご判断でございます」

 頭弁は、山吹大納言やまぶきのだいなごんの視線を真正面から受け止めた。

「左大臣さまも主上おかみと同じご意見でいらっしゃいます」

 山吹大納言やまぶきのだいなごんは、ギリッと歯噛みした。
 そして吐き捨てるように「覚えていろよ」と言い残すと、荒々しく退出していった。
 山吹大納言やまぶきのだいなごんが退室していくのを見ながら、頭弁は、心の底からげんなりした。
 もう勘弁してほしい……と思わず天に祈ったほどである。

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...