後宮の系譜

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
45 / 64

45.山吹大納言の憂鬱

しおりを挟む
 山吹邸。
 左大臣派閥の数人と酒宴を催していた。
 主人の山吹大納言やまぶきのだいなごんは左大臣の長男であり跡取り息子だ。
 いずれは父の跡を継いで左大臣になると自負してやまない。

「右大臣の次男が参議とはな」
「左大臣は、どうお考えなのでしょうね?」
「さあな。父上は何も言わない。主上おかみは何を考えているのか」
「やはり藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみが関係しているのでしょうか」
「だろうな。尚侍も従三位に叙された」
主上おかみを誑し込んだのでしょうな」
「そうとしか思えん」
「ならばやはり時次殿の昇進は尚侍が強請ったのでは?」
「かもしれんな」

 右大臣派の勢いは止まらない。
 それを左大臣派は危惧していた。
 こうして山吹大納言やまぶきのだいなごんの屋敷に集まるのも派閥の結束を固めるため。
 山吹大納言やまぶきのだいなごんもそれを理解しているからこそ酒宴に派閥の人間を招待するのだ。
 父・左大臣はそういうことを嫌っているため、山吹大納言やまぶきのだいなごんが代わりに行なっている。

藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみは危険ですぞ」
「分かっている。だが、今の時点では何も言えぬ」
「下手に刺激してはそれこそ主上おかみの怒りを買うのでは?今や尚侍は一番のお気に入り」
「運の良い女だ。出仕して直ぐに身籠ったのだからな。主上おかみは我が子見たさに藤壺に通っている始末だ」
「赤子をダシにするとは。とんでもない女ですな」
「ああ。主上おかみが藤壺にばかり通われるのも、尚侍がそれを煽っているからだろう」

 苦々し気に言う山吹大納言やまぶきのだいなごんに、左大臣派の面々は同調する。

「藤壺に通ってばかりではなく、他の妃にも通われれば良いものを」
主上おかみがお渡りになるのは、藤壺のところばかり。他の妃のところには滅多に足を運ばれぬ」
主上おかみは、尚侍を寵愛して他の妃は見向きもされぬ」
「嘆かわしいことだ。あぁぁ……宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまの御子が生まれてさえいれば……」
「おい!」
「あ!も、申し訳ございません、大納言さま!口が滑りまして……」
「よい。私も同じことを思っている」

 宣耀殿女御せんようでんのにょうご山吹大納言やまぶきのだいなごんの妹。
 彼女は二度流産していた。

 もしも女御に御子が生まれていたら。
 その子が皇子だったのならば。
 左大臣派はもっと勢力を増していただろう。
 それを思うと大納言は悔しくてならない。

(こんなことなら梨本院御息所の忘れ形見を宣耀殿女御せんようでんのにょうごの猶子にするべきだった)

 今更悔いても詮無いことだが、大納言にはそれが悔やまれてならなかった。

(とはいえ、それも今となっては手遅れか……)

 仮に梨本院御息所の忘れ形見が宣耀殿女御せんようでんのにょうごの猶子になっていたとしても、結果は同じだ。

(気性の激しい宣耀殿女御せんようでんのにょうごが梨本院御息所の忘れ形見を可愛がれるはずもないか……)

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは、梨本院御息所を嫌っていた。憎んでいた。
 その憎しみは御息所が死んだ今もなお続いている。
 梨本院御息所の忘れ形見を猶子に迎えることは本人が拒否するだろう。絶対にあり得ない、と。
 実妹だけに簡単に想像がついてしまう。

「御子か……」

 結局はそこに行きつく。
 帝の寵愛である程度立場が決まってしまう後宮と違い、表の政の世界では、「帝の皇子を産んだ娘(姉妹)がより重要」とされる。

 贅沢は言わない。
 この際、皇女でも構わない。
 どうか、どうか宣耀殿女御せんようでんのにょうごに御子が授かりますように――
 そう切実に願わずにはいられない山吹大納言やまぶきのだいなごんだった。


 彼の大納言が帝のもう一人の姫宮を思い出すのはもう少し先のこと。
 左大臣派の皇女の存在を。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

婚約破棄まで死んでいます。

豆狸
恋愛
婚約を解消したので生き返ってもいいのでしょうか?

国王陛下が愛妾が欲しいとおほざき遊ばすので

豆狸
恋愛
よろしい、離縁です! なろう様でも公開中です。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

選択を間違えた男

基本二度寝
恋愛
出席した夜会で、かつての婚約者をみつけた。 向こうは隣の男に話しかけていて此方に気づいてはいない。 「ほら、あそこ。子爵令嬢のあの方、伯爵家の子息との婚約破棄されたっていう」 「あら?でも彼女、今侯爵家の次男と一緒にいらっしゃるけど」 「新たな縁を結ばれたようよ」 後ろにいるご婦人達はひそひそと元婚約者の話をしていた。 話に夢中で、その伯爵家の子息が側にいる事には気づいていないらしい。 「そうなのね。だからかしら」 「ええ、だからじゃないかしら」 「「とてもお美しくなられて」」 そうなのだ。彼女は綺麗になった。 顔の造作が変わったわけではない。 表情が変わったのだ。 自分と婚約していた時とは全く違う。 社交辞令ではない笑みを、惜しみなく連れの男に向けている。 「新しい婚約者の方に愛されているのね」 「女は愛されたら綺麗になると言いますしね?」 「あら、それは実体験を含めた遠回しの惚気なのかしら」 婦人たちの興味は別の話題へ移った。 まだそこに留まっているのは自身だけ。 ー愛されたら…。 自分も彼女を愛していたら結末は違っていたのだろうか。

処理中です...