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37.琵琶の名手
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「ほう。三位の中将にそこまで言わしめるとは面白い。それほどの腕前とは」
「はい、まさに天上の音楽とはこのことかと感じ入りました」
三位の中将は、二条邸で行われた皇子誕生の宴の様子を帝に伝えていた。
琵琶の名手として知られる三位の中将が絶賛する腕の持ち主というのが、藤壺尚侍だった。
彼女の琵琶の音は、三位の中将の心を虜にするに十分だったらしい。
「えもいわれぬ調べ。まさに天女が奏でているかのような音色でした」
「それほどか」
三位の中将は、うっとりとした表情で藤壺尚侍の琵琶の音について語った。
「この世のものとは思えぬ調べでございました。まさに琵琶の天女です」
舞姫が琵琶の天女と例えられ始めた。
本人が聞けば、「また大袈裟な」と笑い飛ばしただろう。
「あの音色を耳にすると心が洗われるようでした。この世の苦しみや悲しみが嘘のように消えてしまいます」
「それほどか。そなたからそこまでの賛辞が出るとはな」
三位の中将は琵琶の名手。その彼がここまで絶賛するのは珍しい。
よほど見事な音色なのだろう。
「一度耳にしたら忘れがたい音色です。あの音色こそまさに天上の調べと呼ぶに相応しきでしょう」
「それほどの腕前か」
「はい!しかもただの琵琶ではございません!尚侍さまは五弦の琵琶を弾かれたのでございます!」
三位の中将は興奮しながら、藤壺尚侍が五弦の琵琶を弾いたことを話す。
通常、琵琶は四弦である。
五弦の琵琶は、なくもないが、四弦の琵琶に比べて音域が狭く、扱いが難しい。
それを五弦の琵琶で弾くのだから、藤壺尚侍は並々ならぬ技量の持ち主だ。
一時期、五弦の琵琶が流行ったが、流行は一過性だった。
今では誰も弾かなくなってしまった。
だが、藤壺尚侍はその五弦の琵琶を見事に弾きこなしたようだ。
「五弦の琵琶を弾けるのか」
「はい!まさに神業でございます!」
三位の中将は、藤壺尚侍の五弦の琵琶にすっかり心を奪われていた。
音楽に関しては、辛口評価が常の三位の中将がここまで褒めちぎるとは。
明日は雨か、雪でも降るのか。
「それほどの腕前か。一度、聴いてみたいものだな」
「はい。尚侍さまが内裏に戻られましたら是非」
興奮冷めやらぬ三位の中将に帝は苦笑する。
(やれやれ……舞姫はどうやら琵琶の名手でもあるらしい)
五弦の琵琶を弾く。
それだけでもかなり特殊だ。
自分だけが聴くのは勿体ない。
帝は藤壺尚侍のために宴を催すことを思いつく。
だがそうすると他の妃が黙ってはいないだろう。
一人を贔屓すれば、他の妃の恨みを買う。
現在進行形で恨まれているのに、これ以上恨みを買うと厄介だ。
いっそのこと、妃たちに参加を促してみるか。
腕に覚えのある妃は宴で披露すればいい。
宴もより華やかになるだろう。
帝から一日も早く内裏に戻るよう催促の手紙が矢のように送られてきた。
「え?また主上から?」
蓮子はげんなりした表情で、帝からの文を受け取った。
毎日送られてくる文に、うんざりした表情だ。文の中身を見て、「また?」と呟くのも仕方がない。
世間では「尚侍は帝の寵妃だ」と噂されている。
(寵愛ねぇ……)
蓮子は盛大に溜息をついた。
帝との間にそんな艶めかしい関係はない。
どちらかというと共犯者関係ではないだろうか。
「どうやら、三位の中将が宴の様子を主上に話されたようだ。それで蓮子の琵琶に興味を持ったのだろう」
「は?」
蓮子は耳を疑った。
まさか、そんなことになっているとは思いもしなかった。
「三位の中将は、『この世のものとは思えぬ調べ』と絶賛しているらしい。宮中では今その話しで持ち切りだぞ」
時次の話しを聞いて、また面倒なことになりそうだと蓮子は思った。
これは内裏に戻るまで催促の文が頻繁に届くことだろう。
「私よりもお母さまの方がずっと上手なのに?」
そうなのだ。
蓮子の母・茶仙局は、琵琶の名手だ。
「あの宴で養母上は弾いていないだろう?」
「それはまぁ……」
「その前に、あの父上が養母上に人前で演奏させると思うか?」
「あぁ、それもそうね」
蓮子は納得して頷いた。
時次の言う通りだ。
あの義父が母に人前で演奏をさせるとは思えない。
家族だけなら兎も角、他人のいる前で演奏させるとは思えなかった。
独占欲の強い男である。
「というわけで、蓮子。三日後の朔日に内裏に出仕するように」
「はーい」
蓮子は渋々返事をする。
もう、すっかりと観念したらしい。
実家でだらだらと過ごせた日々は、たった今、終わりを告げた。
「はい、まさに天上の音楽とはこのことかと感じ入りました」
三位の中将は、二条邸で行われた皇子誕生の宴の様子を帝に伝えていた。
琵琶の名手として知られる三位の中将が絶賛する腕の持ち主というのが、藤壺尚侍だった。
彼女の琵琶の音は、三位の中将の心を虜にするに十分だったらしい。
「えもいわれぬ調べ。まさに天女が奏でているかのような音色でした」
「それほどか」
三位の中将は、うっとりとした表情で藤壺尚侍の琵琶の音について語った。
「この世のものとは思えぬ調べでございました。まさに琵琶の天女です」
舞姫が琵琶の天女と例えられ始めた。
本人が聞けば、「また大袈裟な」と笑い飛ばしただろう。
「あの音色を耳にすると心が洗われるようでした。この世の苦しみや悲しみが嘘のように消えてしまいます」
「それほどか。そなたからそこまでの賛辞が出るとはな」
三位の中将は琵琶の名手。その彼がここまで絶賛するのは珍しい。
よほど見事な音色なのだろう。
「一度耳にしたら忘れがたい音色です。あの音色こそまさに天上の調べと呼ぶに相応しきでしょう」
「それほどの腕前か」
「はい!しかもただの琵琶ではございません!尚侍さまは五弦の琵琶を弾かれたのでございます!」
三位の中将は興奮しながら、藤壺尚侍が五弦の琵琶を弾いたことを話す。
通常、琵琶は四弦である。
五弦の琵琶は、なくもないが、四弦の琵琶に比べて音域が狭く、扱いが難しい。
それを五弦の琵琶で弾くのだから、藤壺尚侍は並々ならぬ技量の持ち主だ。
一時期、五弦の琵琶が流行ったが、流行は一過性だった。
今では誰も弾かなくなってしまった。
だが、藤壺尚侍はその五弦の琵琶を見事に弾きこなしたようだ。
「五弦の琵琶を弾けるのか」
「はい!まさに神業でございます!」
三位の中将は、藤壺尚侍の五弦の琵琶にすっかり心を奪われていた。
音楽に関しては、辛口評価が常の三位の中将がここまで褒めちぎるとは。
明日は雨か、雪でも降るのか。
「それほどの腕前か。一度、聴いてみたいものだな」
「はい。尚侍さまが内裏に戻られましたら是非」
興奮冷めやらぬ三位の中将に帝は苦笑する。
(やれやれ……舞姫はどうやら琵琶の名手でもあるらしい)
五弦の琵琶を弾く。
それだけでもかなり特殊だ。
自分だけが聴くのは勿体ない。
帝は藤壺尚侍のために宴を催すことを思いつく。
だがそうすると他の妃が黙ってはいないだろう。
一人を贔屓すれば、他の妃の恨みを買う。
現在進行形で恨まれているのに、これ以上恨みを買うと厄介だ。
いっそのこと、妃たちに参加を促してみるか。
腕に覚えのある妃は宴で披露すればいい。
宴もより華やかになるだろう。
帝から一日も早く内裏に戻るよう催促の手紙が矢のように送られてきた。
「え?また主上から?」
蓮子はげんなりした表情で、帝からの文を受け取った。
毎日送られてくる文に、うんざりした表情だ。文の中身を見て、「また?」と呟くのも仕方がない。
世間では「尚侍は帝の寵妃だ」と噂されている。
(寵愛ねぇ……)
蓮子は盛大に溜息をついた。
帝との間にそんな艶めかしい関係はない。
どちらかというと共犯者関係ではないだろうか。
「どうやら、三位の中将が宴の様子を主上に話されたようだ。それで蓮子の琵琶に興味を持ったのだろう」
「は?」
蓮子は耳を疑った。
まさか、そんなことになっているとは思いもしなかった。
「三位の中将は、『この世のものとは思えぬ調べ』と絶賛しているらしい。宮中では今その話しで持ち切りだぞ」
時次の話しを聞いて、また面倒なことになりそうだと蓮子は思った。
これは内裏に戻るまで催促の文が頻繁に届くことだろう。
「私よりもお母さまの方がずっと上手なのに?」
そうなのだ。
蓮子の母・茶仙局は、琵琶の名手だ。
「あの宴で養母上は弾いていないだろう?」
「それはまぁ……」
「その前に、あの父上が養母上に人前で演奏させると思うか?」
「あぁ、それもそうね」
蓮子は納得して頷いた。
時次の言う通りだ。
あの義父が母に人前で演奏をさせるとは思えない。
家族だけなら兎も角、他人のいる前で演奏させるとは思えなかった。
独占欲の強い男である。
「というわけで、蓮子。三日後の朔日に内裏に出仕するように」
「はーい」
蓮子は渋々返事をする。
もう、すっかりと観念したらしい。
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