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35.皇子誕生~宣耀殿女御の怒り~
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皇子誕生に怨嗟の声を上げるている後宮。
澱んだ空気は、後宮中を覆いつくすかの如く。
特に澱んでいるのは弘徽殿と宣耀殿だろうか。
後宮の二大勢力。
予期せぬ尚侍の出現に、二人の妃の立場も危うくなっていた。
宣耀殿女御は度重なる屈辱に、怒り心頭。
あの尚侍がとうとう皇子を産んだ。
「まったく……忌々しい」
宣耀殿女御は憎々しげに呟く。
「あんな子供のような女に、どうして皇子が……」
ギリっと歯を食いしばる。
(忌々しい……。あのように貧相な体でよくも皇子を産めたものだ)
宣耀殿女御は扇を強く握りこんだ。
「新参者の分際で!」
握りしめていた扇を、パシッ!と強く掌に打ち付ける。
左大臣家より入内してきた宣耀殿女御は、その容姿の美しさにおいては右に出る者なしと謳われた。
しかしながら容貌を除いた数多の面において、その評価は著しく低い。
左大臣家の姫とは思えぬ振る舞いの数々。
その傲慢で、高慢な性格は、後宮に君臨する女御たちの中でも際立って異彩を放っていた。
直情的とでも言えばいいのだろうか。
自身の感情のままに行動し、他人に慮るということをしない。
配慮に欠ける言動は後宮の女官たちが眉をしかめることも多かった。
感情的のコントロールができなのだろう。
ちょっとしたことでも女房らに厳しく当たり散らす。かと思えば、次の日には何事もなかったかのように、ケロリとしている。
感情の起伏が激しい主人に女房らは気の休まる時がない。
(たかが女官の分際で!后になれない女がっ!)
皇子を産んだ尚侍のもとには、都中の貴族たちは挙って祝いに訪れていると聞く。
本来ならばその立場にあるのは女御である自分のはずなのに……。
もし、宣耀殿女御が帝の御子を懐妊し、出産したならば。
もし、その御子が皇子だったならば。
次の東宮は宣耀殿女御から生まれた皇子に間違いなかった。
そうなれば空席になっている中宮の位が宣耀殿女御に回ってくるのは確実。しかし現実は、そうではない。
(なんとしてでも。どんな手を使ってでも子をおろさせるべきだった!)
父・左大臣に阻止されるまでは。
あらゆる手段を用いて堕胎さそうと画策した。
だが、それも全て失敗に終わってしまった。
刺客として送り込んだ者は帰ってこない。
裏切ったのか?
寝返ってこちらの情報を渡したのか?
あちらはどんな好条件をだした?それとも大金で釣ったのか?
分からない。
思い通りに事が運ばない。
分からないことだらけの中で「手を出すな」と苦言を呈されたのだ。
父の命は絶対。
宣耀殿女御に選択権はなかった。
父が邪魔をしなくても失敗しただろうことを女御は知らない。気付かない。
刺客たちがどんな最期を遂げたのかも知らない。知ろうともしなかった。
父・左大臣が右大臣と手打ちにしたからこその圧力だ。
そう、宣耀殿女御は勝手に解釈している。
「憎らしい!あの尚侍!」
たかが女官の産んだ皇子であるのにも拘わらず、国を挙げて盛大に祝われている。
それが更に宣耀殿女御の怒りに油を注いでいた。
自分が成しえなかったことを成し遂げた尚侍への恨みは、生半可なものではない。
(思い知らせてやらねば!)
宣耀殿女御の怒りと屈辱は、鎮まることを知らない。
入内してから屈辱と恥辱に塗れ、その怒りは積もりに積もっている。
尚侍が聞けば「自業自得では?」と呆れた表情で言うだろう。「逆恨みも甚だしい」と。
実際、宣耀殿女御の怒りは逆恨み以外の何物でもなかった。
己の行動を一切振り返らない宣耀殿女御。
ある意味で不屈の精神の持ち主である。
受けた屈辱は晴らさねばならぬと、意気込む宣耀殿女御は知らない。
相手は自分の常識とは無縁の人物であることを。
尚侍を常識に当てはめて考えること自体が、そもそも間違いである。
それに気付かないのは、宣耀殿女御にとって不幸なことなのか。
それとも幸運なことなのか。
それはまだ、誰にもわからない……。
澱んだ空気は、後宮中を覆いつくすかの如く。
特に澱んでいるのは弘徽殿と宣耀殿だろうか。
後宮の二大勢力。
予期せぬ尚侍の出現に、二人の妃の立場も危うくなっていた。
宣耀殿女御は度重なる屈辱に、怒り心頭。
あの尚侍がとうとう皇子を産んだ。
「まったく……忌々しい」
宣耀殿女御は憎々しげに呟く。
「あんな子供のような女に、どうして皇子が……」
ギリっと歯を食いしばる。
(忌々しい……。あのように貧相な体でよくも皇子を産めたものだ)
宣耀殿女御は扇を強く握りこんだ。
「新参者の分際で!」
握りしめていた扇を、パシッ!と強く掌に打ち付ける。
左大臣家より入内してきた宣耀殿女御は、その容姿の美しさにおいては右に出る者なしと謳われた。
しかしながら容貌を除いた数多の面において、その評価は著しく低い。
左大臣家の姫とは思えぬ振る舞いの数々。
その傲慢で、高慢な性格は、後宮に君臨する女御たちの中でも際立って異彩を放っていた。
直情的とでも言えばいいのだろうか。
自身の感情のままに行動し、他人に慮るということをしない。
配慮に欠ける言動は後宮の女官たちが眉をしかめることも多かった。
感情的のコントロールができなのだろう。
ちょっとしたことでも女房らに厳しく当たり散らす。かと思えば、次の日には何事もなかったかのように、ケロリとしている。
感情の起伏が激しい主人に女房らは気の休まる時がない。
(たかが女官の分際で!后になれない女がっ!)
皇子を産んだ尚侍のもとには、都中の貴族たちは挙って祝いに訪れていると聞く。
本来ならばその立場にあるのは女御である自分のはずなのに……。
もし、宣耀殿女御が帝の御子を懐妊し、出産したならば。
もし、その御子が皇子だったならば。
次の東宮は宣耀殿女御から生まれた皇子に間違いなかった。
そうなれば空席になっている中宮の位が宣耀殿女御に回ってくるのは確実。しかし現実は、そうではない。
(なんとしてでも。どんな手を使ってでも子をおろさせるべきだった!)
父・左大臣に阻止されるまでは。
あらゆる手段を用いて堕胎さそうと画策した。
だが、それも全て失敗に終わってしまった。
刺客として送り込んだ者は帰ってこない。
裏切ったのか?
寝返ってこちらの情報を渡したのか?
あちらはどんな好条件をだした?それとも大金で釣ったのか?
分からない。
思い通りに事が運ばない。
分からないことだらけの中で「手を出すな」と苦言を呈されたのだ。
父の命は絶対。
宣耀殿女御に選択権はなかった。
父が邪魔をしなくても失敗しただろうことを女御は知らない。気付かない。
刺客たちがどんな最期を遂げたのかも知らない。知ろうともしなかった。
父・左大臣が右大臣と手打ちにしたからこその圧力だ。
そう、宣耀殿女御は勝手に解釈している。
「憎らしい!あの尚侍!」
たかが女官の産んだ皇子であるのにも拘わらず、国を挙げて盛大に祝われている。
それが更に宣耀殿女御の怒りに油を注いでいた。
自分が成しえなかったことを成し遂げた尚侍への恨みは、生半可なものではない。
(思い知らせてやらねば!)
宣耀殿女御の怒りと屈辱は、鎮まることを知らない。
入内してから屈辱と恥辱に塗れ、その怒りは積もりに積もっている。
尚侍が聞けば「自業自得では?」と呆れた表情で言うだろう。「逆恨みも甚だしい」と。
実際、宣耀殿女御の怒りは逆恨み以外の何物でもなかった。
己の行動を一切振り返らない宣耀殿女御。
ある意味で不屈の精神の持ち主である。
受けた屈辱は晴らさねばならぬと、意気込む宣耀殿女御は知らない。
相手は自分の常識とは無縁の人物であることを。
尚侍を常識に当てはめて考えること自体が、そもそも間違いである。
それに気付かないのは、宣耀殿女御にとって不幸なことなのか。
それとも幸運なことなのか。
それはまだ、誰にもわからない……。
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