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28.乳母の条件 参
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「まだ若い女だからな。世情にも疎いのだろう。いや、この場合、宣旨の母親が宮仕えの心得をしっかりと叩き込んでおくべきだったな……。だが、まぁ、叩き込んだところで結果は同じだったかもしれないな。打算で動く人間じゃないことは話してすぐに分かった。若いせいか、それとも本人の気質なのか。素直な性質で、ああ、これは騙されるだろうなと思った」
現在進行形で騙されているので、時次の言葉は実に説得力がある。
このまま一生騙されていてほしい、と蓮子は思った。
その方が双方幸せだろう。
「因みに、お母さまはこの事をご存知なの?」
「養母上には『宮仕えで男に騙されて孕まされた憐れな女を保護した』と、説明した。『母親の宣旨が亡くなって天涯孤独の身の上だ』ともな。『父親が随分前に亡くなった三位の宰相殿だ』とも伝えている。嘘は言ってないぞ」
「お母さまは、それを了承したのね」
「ああ。『乳母として雇うなら男に騙されないように気を付けなさい』と、養母上が申されていた。あと、『逃げた男が小宰相に接触してくるかもしれないから、注意するように』と」
「接触、ね。相手の男は誰なの?」
「つまらない男だ」
「なら、小宰相の子供に接触してこないとも限らないわね。気を付けないと」
女に貢がせるような男だ。碌な男ではない。
まして、身籠ったと知って逃げたのだ。
相手は金に困っていた貴族だろうか。
遊び感覚で騙して捨てたのか。
それとも格上の相手との結婚が決まって邪魔になったのか。
いずれにしろ、碌でもないことに変わりはない。
捨てた女が出世していたら?
それも宮さまの乳母。
右大臣家と縁ができた。
皇室とも縁ができた。
碌でもない男が、それを黙って見ているのだろうか。
賭けてもいい。
恐らく黙っているはずがない。
女の様子を探って、接触してくるはずだ。
出世した女と元サヤに戻ろうと画策するに違いない。
男との間に子供がいるのだ。子供を盾に復縁を迫るかもしれない。
「すまなかった」と涙ながら謝り、「子供には父親が必要だ」と甘言を弄して女を再び騙すかもしれない。
騙されやすい素直な女のことだ。
ころっと騙される可能性は高い。
ああ、十分あり得る。
「お義兄さま、小宰相は若くて美しい女人だわ。どうかしら?うちの家人の誰かと引き合わせてみるというのは?」
「悪くない提案だ」
時次と蓮子は、小宰相に立派な婿を宛《あて》がうことで意見が一致した。
さっそっく、彼女にふさわしくない相手を、と探して見たところ意外なことに中々見つからなかった。
年齢、年収、家柄、家族構成。
数名の候補者はいたものの、よく調べてみると身内にギャンブル依存症の伯父がいたり、浮気癖の酷い兄がいたり、酒乱の父がいたり。
品行方正に見えて特殊な趣味の持ち主だったり、マザコン野郎だったり、幼児趣味だったり。
悉く、問題のある男ばかりだったのだ。
「お義兄さま、これは酷いんじゃない?」
「蓮子、相手の趣味をとやかく言うのは止めよう。これで、仕事の出来る優秀な男たちなんだ。何事も完璧な人なんていないものだ」
「それは、そうだけど……」
蓮子は口ごもった。
どれだけ優秀だろうと、変態性癖の変態野郎はさっさと辞めさせるべきなのではなかろうか。
ただし「変態だからクビね」とは言えない。
時次が言うように、仕事は出来るのだ。
だから、クビにできない。
「お義兄さま、ここは一旦保留にして、もっと良い相手を他で探してみましょうよ。ほら、私の産み月も近づいてるし、産まれて落ち着いた頃にでも」
「そうだな。取り敢えず保留にしよう」
蓮子の提案に時次は頷いた。
「ところで、お義兄さま。私、ちょっと気になることがあるんだけど……」
「何だ?」
「今まで家人について詳細を細かく調べることはなかったでしょう」
「そうだな」
「この際、徹底的に調べてみようと思うの」
「何かあるのか?」
「今は何もないわ。でも何時なにが起こるのか分からないのが世の常。いざという時のために、情報を集めておきたいのよ」
「分かった。好きにするといい」
「ありがとう、お義兄さま」
蓮子はにっこりと微笑んだ。
そして、家人の調査を開始した。
誰が調べるのかって?それは勿論、右大臣家お抱えの忍び部隊「影の者」。
後に「影の者」は語る。
「人でなし集団よりも恐ろしい」と。
現在進行形で騙されているので、時次の言葉は実に説得力がある。
このまま一生騙されていてほしい、と蓮子は思った。
その方が双方幸せだろう。
「因みに、お母さまはこの事をご存知なの?」
「養母上には『宮仕えで男に騙されて孕まされた憐れな女を保護した』と、説明した。『母親の宣旨が亡くなって天涯孤独の身の上だ』ともな。『父親が随分前に亡くなった三位の宰相殿だ』とも伝えている。嘘は言ってないぞ」
「お母さまは、それを了承したのね」
「ああ。『乳母として雇うなら男に騙されないように気を付けなさい』と、養母上が申されていた。あと、『逃げた男が小宰相に接触してくるかもしれないから、注意するように』と」
「接触、ね。相手の男は誰なの?」
「つまらない男だ」
「なら、小宰相の子供に接触してこないとも限らないわね。気を付けないと」
女に貢がせるような男だ。碌な男ではない。
まして、身籠ったと知って逃げたのだ。
相手は金に困っていた貴族だろうか。
遊び感覚で騙して捨てたのか。
それとも格上の相手との結婚が決まって邪魔になったのか。
いずれにしろ、碌でもないことに変わりはない。
捨てた女が出世していたら?
それも宮さまの乳母。
右大臣家と縁ができた。
皇室とも縁ができた。
碌でもない男が、それを黙って見ているのだろうか。
賭けてもいい。
恐らく黙っているはずがない。
女の様子を探って、接触してくるはずだ。
出世した女と元サヤに戻ろうと画策するに違いない。
男との間に子供がいるのだ。子供を盾に復縁を迫るかもしれない。
「すまなかった」と涙ながら謝り、「子供には父親が必要だ」と甘言を弄して女を再び騙すかもしれない。
騙されやすい素直な女のことだ。
ころっと騙される可能性は高い。
ああ、十分あり得る。
「お義兄さま、小宰相は若くて美しい女人だわ。どうかしら?うちの家人の誰かと引き合わせてみるというのは?」
「悪くない提案だ」
時次と蓮子は、小宰相に立派な婿を宛《あて》がうことで意見が一致した。
さっそっく、彼女にふさわしくない相手を、と探して見たところ意外なことに中々見つからなかった。
年齢、年収、家柄、家族構成。
数名の候補者はいたものの、よく調べてみると身内にギャンブル依存症の伯父がいたり、浮気癖の酷い兄がいたり、酒乱の父がいたり。
品行方正に見えて特殊な趣味の持ち主だったり、マザコン野郎だったり、幼児趣味だったり。
悉く、問題のある男ばかりだったのだ。
「お義兄さま、これは酷いんじゃない?」
「蓮子、相手の趣味をとやかく言うのは止めよう。これで、仕事の出来る優秀な男たちなんだ。何事も完璧な人なんていないものだ」
「それは、そうだけど……」
蓮子は口ごもった。
どれだけ優秀だろうと、変態性癖の変態野郎はさっさと辞めさせるべきなのではなかろうか。
ただし「変態だからクビね」とは言えない。
時次が言うように、仕事は出来るのだ。
だから、クビにできない。
「お義兄さま、ここは一旦保留にして、もっと良い相手を他で探してみましょうよ。ほら、私の産み月も近づいてるし、産まれて落ち着いた頃にでも」
「そうだな。取り敢えず保留にしよう」
蓮子の提案に時次は頷いた。
「ところで、お義兄さま。私、ちょっと気になることがあるんだけど……」
「何だ?」
「今まで家人について詳細を細かく調べることはなかったでしょう」
「そうだな」
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「分かった。好きにするといい」
「ありがとう、お義兄さま」
蓮子はにっこりと微笑んだ。
そして、家人の調査を開始した。
誰が調べるのかって?それは勿論、右大臣家お抱えの忍び部隊「影の者」。
後に「影の者」は語る。
「人でなし集団よりも恐ろしい」と。
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