23 / 64
23.宣耀殿女御の怒り 弐
しおりを挟む
腹立ちが収まらない。
とんだ番狂わせだ。
宣耀殿女御は手にしていた扇を投げ捨てた。
その時だ。
「女御さま」と声がした。
振り向くとそこには弟の頭中将が立っていた。
「頭中将……来ていたの」
「はい、女御さま。ご機嫌はいかがですか?」
「ご覧の通りよ」
宣耀殿女御は素っ気なく言った。
機嫌など悪いに決まっている。
「それは失礼致しました。ところで女御さま、ここ最近、うちの屋敷の周りをうろうろしている者共がいるのですが、ご存知でしょうか?」
「何の話し?」
宣耀殿女御は首を傾げた。
「その者共の話しでは、女御さまからの推薦を受けた、と。女御さまの指示で右大臣家に妻や娘が働きに出たと。なのに一向に連絡がない、と。身に覚えがありますか?」
「ないわ」
宣耀殿女御は即答した。
「本当ですか?女御さまは関りがないと仰るんですね」
「勿論よ」
頭中将は、じっと姉の女御を見つめた。
「……そうですか」
頭中将はそれ以上、追及しなかった。
追及しても無駄だと知っているからだ。
なりふり構わず命じたのだろう。
計画的なようで無計画。
姉の性格は知り尽くしている。
本当に知らないのだろう。
正確には「覚えていない」と言うべきかもしれないが。
大方、傍付きの女房に命令して後は結果待ちしているだけだ。
誰が誰に命じたのか、なんて知っている筈もない。
女房たちも心得たものだ。
この姉に余計なことを言えば、どんな目に遭うか理解している。
だから口を噤むのだ。
「ところで女御さま」
「何?」
「左大臣さまからの言伝を預かっております。是非とも、女御さまにお伝えするようにと」
「そう。何かしら?」
「今回の尚侍の御懐妊はまことに喜ばしい。久方ぶりにめでたきこと。ついては、女御さまは心静かに御子の誕生を待つように、と」
「……」
「決して、以前のような暴挙は起こさぬようにと、釘を刺されました」
宣耀殿女御の顔から表情が抜け落ちた。
父・左大臣は、自分の行動を非難している。
間違っていると。
「左大臣さまも心配されているのですよ。御子を二度も流産した身とあっては、心穏やかではいられまいと」
「……」
宣耀殿女御は無言で頭中将を見つめた。
(白々しい。お父さまが心配?流産を信じなかったのは誰?想像妊娠だと言ったのは誰だったかしら?)
宣耀殿女御の心の声など、誰にも聞こえない。
頭中将はにこやかに続けた。
「女御さま、左大臣さまの仰る通り、今は静かに過ごされるのが一番です」
宣耀殿女御の目に暗い光が宿った。
「そうね。その通りだわ」
「では、私はこれで」
頭中将は一礼すると、その場から立ち去った。
女御とはいえ、父親には逆らえない。
元々、公明正大を旨とする左大臣。
彼は女御の行いを知り、頭中将を遣わしたのだ。
宣耀殿女御も大人しく従うしかない。
後宮の女たちが手をこまねいていた頃、一つの噂が都に広まっていた。
「尚侍の御子は姫宮」だと――――
とんだ番狂わせだ。
宣耀殿女御は手にしていた扇を投げ捨てた。
その時だ。
「女御さま」と声がした。
振り向くとそこには弟の頭中将が立っていた。
「頭中将……来ていたの」
「はい、女御さま。ご機嫌はいかがですか?」
「ご覧の通りよ」
宣耀殿女御は素っ気なく言った。
機嫌など悪いに決まっている。
「それは失礼致しました。ところで女御さま、ここ最近、うちの屋敷の周りをうろうろしている者共がいるのですが、ご存知でしょうか?」
「何の話し?」
宣耀殿女御は首を傾げた。
「その者共の話しでは、女御さまからの推薦を受けた、と。女御さまの指示で右大臣家に妻や娘が働きに出たと。なのに一向に連絡がない、と。身に覚えがありますか?」
「ないわ」
宣耀殿女御は即答した。
「本当ですか?女御さまは関りがないと仰るんですね」
「勿論よ」
頭中将は、じっと姉の女御を見つめた。
「……そうですか」
頭中将はそれ以上、追及しなかった。
追及しても無駄だと知っているからだ。
なりふり構わず命じたのだろう。
計画的なようで無計画。
姉の性格は知り尽くしている。
本当に知らないのだろう。
正確には「覚えていない」と言うべきかもしれないが。
大方、傍付きの女房に命令して後は結果待ちしているだけだ。
誰が誰に命じたのか、なんて知っている筈もない。
女房たちも心得たものだ。
この姉に余計なことを言えば、どんな目に遭うか理解している。
だから口を噤むのだ。
「ところで女御さま」
「何?」
「左大臣さまからの言伝を預かっております。是非とも、女御さまにお伝えするようにと」
「そう。何かしら?」
「今回の尚侍の御懐妊はまことに喜ばしい。久方ぶりにめでたきこと。ついては、女御さまは心静かに御子の誕生を待つように、と」
「……」
「決して、以前のような暴挙は起こさぬようにと、釘を刺されました」
宣耀殿女御の顔から表情が抜け落ちた。
父・左大臣は、自分の行動を非難している。
間違っていると。
「左大臣さまも心配されているのですよ。御子を二度も流産した身とあっては、心穏やかではいられまいと」
「……」
宣耀殿女御は無言で頭中将を見つめた。
(白々しい。お父さまが心配?流産を信じなかったのは誰?想像妊娠だと言ったのは誰だったかしら?)
宣耀殿女御の心の声など、誰にも聞こえない。
頭中将はにこやかに続けた。
「女御さま、左大臣さまの仰る通り、今は静かに過ごされるのが一番です」
宣耀殿女御の目に暗い光が宿った。
「そうね。その通りだわ」
「では、私はこれで」
頭中将は一礼すると、その場から立ち去った。
女御とはいえ、父親には逆らえない。
元々、公明正大を旨とする左大臣。
彼は女御の行いを知り、頭中将を遣わしたのだ。
宣耀殿女御も大人しく従うしかない。
後宮の女たちが手をこまねいていた頃、一つの噂が都に広まっていた。
「尚侍の御子は姫宮」だと――――
92
お気に入りに追加
304
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる