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番外編
3.姉の結婚理由
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本当は、姉をあの男と結婚させたくなかった。
けれど二つの家は事業の多くを提携して、お互いを支えていたから、家同士の思惑が絡む結婚はどうしても避けられないものだった。
たとえ公爵家有責で婚約を解消したところで悪評は免れない、と言われれば頷くしかなかった。
あの男だけならともかく。
過失のない姉に向けられるであろう悪意。
男側の有責で婚約解消しても、魑魅魍魎うごめく社交界で、姉は“傷物”のレッテルを貼られてしまうのは想像に難くない。
『公爵家の跡取り以上の男となると王家しかない。残念なことに陛下には王太子殿下以外にお子はいない。今から婚約者を探したところで、公爵子息以下の存在だ。侯爵家、いや伯爵家ですら難しいだろうな』
怒りに燃えながらも冷静な判断を下す父に、私は何も言えなかった。
悔しいことに、あの男は公爵になる。
『せめて、公爵家に予備の男児がいれば話しは違ったかもしれないが……』
階級社会の辛いところだ。
あんな男でも公爵。
頭を下げなければならない。
一時の怒りで破談にしたところで、あの男に対して瑕疵はつかない。社交界で少しの間だけ噂されてヒソヒソされるだけだ。更に酷ければ「若気の至りだな」で終わってしまう。そう、過去になるのが早い。対して姉は違う。公爵家以下に嫁ぎ最悪一生社交界で肩身の狭い思いをして過ごす羽目になりかねない。
父が姉のために取った選択は、婚約の継続。政略結婚の一択だった。
それにしても……
「宜しかったのですか?父上」
「なにがだ?」
「甥達のことです」
「構わん」
「ですが、折角、領地に追いやった元公爵夫妻が王都に戻ってきますよ?」
婚姻契約の一つ。
姉夫婦の結婚に際して速やかに爵位を息子に譲り、自身は妻と共に領地にて隠遁すること。
「構わんよ」
「ですが……」
「それも織り込み済みだ」
「え……?」
父はニヤリと笑う。
「あの元公爵夫妻のことだ。数年後には何らかの理由付けをして王都に居座ると踏んでいた。あれはそういう夫婦だ。レーゲンブルク前公爵夫人のことだ。数年どころか、三年と経たずに帰ってくるだろうとは思っていたからな」
「なら何故、隠遁の契約を?」
「当主の座から退いて欲しかったからに決まっている。特に自分が元王女ということが自慢の夫人と屋敷で一緒に暮らすなど悪夢でしかない。厄介な姑がいたら生まれてくる者も生まれてこないかもしれないしな」
「父上……」
父の私情が混じった理由に呆れつつも納得してしまう。
確かに、と頷いてしまう自分がいた。
別の意味で強烈な女性だった。
姉は「とてもお優しい方よ」と言っていたが、私にはそう思えなかった。
父も同感だと言った。
「あの夫人との暮らしなど考えただけでも恐ろしいわ。あれは子供をダメにする典型的な大人だ。息子があの程度ですんだことが奇跡だ」とか。
まぁ、確かに。
子供っぽい人だからな。
子供が子供を育てるって感じに近い。
乳母や教育係がいるが、それを全て無に帰してしまう。
ある意味すごい人だ。
父の予感は当たり、一年後には元公爵夫妻が揃って王都の邸に戻ってきた。
理由は「孫の世話をするため」。
「本音は社交界への復帰だろう」
冷笑する父に、私も同感だ。
現に、元公爵夫妻は社交界に参加してきたからだ。
もっとも、嫁とはいえ、国王の公式愛妾の姉に自分から挨拶をしてきたため、「礼儀知らずの恥知らず」と陛下に言われ、すぐに社交界から追放されたが。
元公爵夫人は「何故?どうして?」と首を傾げていた。
どれだけ物知らずなんだか。
これでよく王族を名乗っていたものだ。
王族教育は何処に落してきた?
父曰く「教育が良くても、人間性に問題があれば意味がない」ということだ。
全くもってその通り。
それから約十年。
姉は寵姫として君臨し続けた。陛下が亡くなるその日まで。
けれど二つの家は事業の多くを提携して、お互いを支えていたから、家同士の思惑が絡む結婚はどうしても避けられないものだった。
たとえ公爵家有責で婚約を解消したところで悪評は免れない、と言われれば頷くしかなかった。
あの男だけならともかく。
過失のない姉に向けられるであろう悪意。
男側の有責で婚約解消しても、魑魅魍魎うごめく社交界で、姉は“傷物”のレッテルを貼られてしまうのは想像に難くない。
『公爵家の跡取り以上の男となると王家しかない。残念なことに陛下には王太子殿下以外にお子はいない。今から婚約者を探したところで、公爵子息以下の存在だ。侯爵家、いや伯爵家ですら難しいだろうな』
怒りに燃えながらも冷静な判断を下す父に、私は何も言えなかった。
悔しいことに、あの男は公爵になる。
『せめて、公爵家に予備の男児がいれば話しは違ったかもしれないが……』
階級社会の辛いところだ。
あんな男でも公爵。
頭を下げなければならない。
一時の怒りで破談にしたところで、あの男に対して瑕疵はつかない。社交界で少しの間だけ噂されてヒソヒソされるだけだ。更に酷ければ「若気の至りだな」で終わってしまう。そう、過去になるのが早い。対して姉は違う。公爵家以下に嫁ぎ最悪一生社交界で肩身の狭い思いをして過ごす羽目になりかねない。
父が姉のために取った選択は、婚約の継続。政略結婚の一択だった。
それにしても……
「宜しかったのですか?父上」
「なにがだ?」
「甥達のことです」
「構わん」
「ですが、折角、領地に追いやった元公爵夫妻が王都に戻ってきますよ?」
婚姻契約の一つ。
姉夫婦の結婚に際して速やかに爵位を息子に譲り、自身は妻と共に領地にて隠遁すること。
「構わんよ」
「ですが……」
「それも織り込み済みだ」
「え……?」
父はニヤリと笑う。
「あの元公爵夫妻のことだ。数年後には何らかの理由付けをして王都に居座ると踏んでいた。あれはそういう夫婦だ。レーゲンブルク前公爵夫人のことだ。数年どころか、三年と経たずに帰ってくるだろうとは思っていたからな」
「なら何故、隠遁の契約を?」
「当主の座から退いて欲しかったからに決まっている。特に自分が元王女ということが自慢の夫人と屋敷で一緒に暮らすなど悪夢でしかない。厄介な姑がいたら生まれてくる者も生まれてこないかもしれないしな」
「父上……」
父の私情が混じった理由に呆れつつも納得してしまう。
確かに、と頷いてしまう自分がいた。
別の意味で強烈な女性だった。
姉は「とてもお優しい方よ」と言っていたが、私にはそう思えなかった。
父も同感だと言った。
「あの夫人との暮らしなど考えただけでも恐ろしいわ。あれは子供をダメにする典型的な大人だ。息子があの程度ですんだことが奇跡だ」とか。
まぁ、確かに。
子供っぽい人だからな。
子供が子供を育てるって感じに近い。
乳母や教育係がいるが、それを全て無に帰してしまう。
ある意味すごい人だ。
父の予感は当たり、一年後には元公爵夫妻が揃って王都の邸に戻ってきた。
理由は「孫の世話をするため」。
「本音は社交界への復帰だろう」
冷笑する父に、私も同感だ。
現に、元公爵夫妻は社交界に参加してきたからだ。
もっとも、嫁とはいえ、国王の公式愛妾の姉に自分から挨拶をしてきたため、「礼儀知らずの恥知らず」と陛下に言われ、すぐに社交界から追放されたが。
元公爵夫人は「何故?どうして?」と首を傾げていた。
どれだけ物知らずなんだか。
これでよく王族を名乗っていたものだ。
王族教育は何処に落してきた?
父曰く「教育が良くても、人間性に問題があれば意味がない」ということだ。
全くもってその通り。
それから約十年。
姉は寵姫として君臨し続けた。陛下が亡くなるその日まで。
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