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3.婚約期間 その二
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二年後――
出不精の婚約者。
セルジューク辺境伯家の使用人の間で、ソフィア嬢のことはそう評価されているらしい。
俺はその話を聞いて乾いた笑いしか出てこない。
だけれども、実際に出不精だと思うのだ。
何故ならばソフィア嬢が俺の屋敷にきたのは顔合わせの一度だけ。
手紙を出すのも、交流するため彼女の屋敷に行くのも俺の方からだ。
ハルト伯爵家の内情がよく知れて、それはそれでメリットはある。
月に一度の茶会でハルト伯爵家に赴くのも、隣の領地をタダで視察できると思えば安いものだ。
治安や経済状況、鉱山の情報など、得るものはある。
定期的なプレゼントもそうだ。
本人が書かないだけで俺からの手紙は一応読んでいる。
だから直接的に「なにが欲しいのか」を尋ねることができた。
勿論、言葉にしてではなく手紙で。
「アルスラーン様、今年のソフィア様のお誕生日プレゼントは、如何なさいますか?」
「ああ、今年は王都で流行っている香水にする」
「香水ですか?」
「ソフィア嬢が気になっているようだ。なんでも姉君の手紙に書かれていたらしい」
「傍付きの侍女情報ですか?」
「正確には侍女が代筆した手紙から情報を得た結果だな」
「左様ですか」
メルレインもその辺は心得ているのだろうが、内心、呆れているに違いない。
婚約者の侍女の行動はハッキリ言ってスパイそのものだ。もっとも俺が命令している訳ではない。たまたま、だ。よく考えもせずに情報を駄々漏れさせているのは侍女自身だ。その情報でソフィアは喜んでいる。侍女からしたら自分の仕えるお嬢様が喜んでいるのだから、本望なのだろう。
普通は露見しないように情報操作するはずなのだが。
まぁ、手紙の内容の殆どが日常的なものだから何も感じないのかもしれない。
伯爵令嬢の傍付きなら間違いなく貴族令嬢だというのに。
「メルレイン、うちの使用人達の教育だが……」
「ご安心ください。情報漏れをする馬鹿はいません。ソフィア様の件は、参考例として新たな教材として取り扱わせて頂いております」
「そうか」
もう、笑うしかできなかった。
悪い教材扱いだろう。
聞かなくても分かる。
「使用人達の間では『あり得ないこと』だと笑い話になっています」
だろうな。
「未来の若奥様には必要最低限の情報しか教えないことが決定しておりますので」
既に対応策がとられているとは、流石だ。
情報を駄々洩れさせる当主夫人など害でしかない。
ソフィア嬢の場合、本人ではなく傍付きの侍女が主にやらかしているが。
それを何とも思わない彼女にも問題がある。
自衛は必要だ。
つくづく思う。
自分が辺境伯家の息子で良かったと――
王都から離れた国境を接する領地。
鉱山で栄える領地。
農耕が盛んな領地。
治安も悪くない。むしろ王都などより余程いい。
狩猟目的の領地でもない。
だから何が言いたいのかというと、宮廷貴族と距離を取れるということだ。
妻となるソフィア嬢は、ちょっと……いや大分夢見がちだ。
若いからなのか、それとも元々の性格なのか。
本人からすると、「貴族令嬢らしく政略結婚に文句ひとつ言わずに従い、礼儀正しく慎ましく謙虚な未来の妻」なんだろう。
これは被害妄想とかじゃない。
手紙にはそれらしいことが書かれていたからな。
なんでも「およそ男性が理想とする妻像」らしい。どこ情報なんだそれは。
まさかとは思うが、ロマンス小説の受け売りとかではないだろうな?
彼女くらいの年頃は、ふわふわしたものが好きだと聞く。多感な少女期にはありがちなことなのかもしれない。
小説とか観劇の主人公に自己投影して、理想を妄想する。
よくあることだと聞く。
「しかし……現実は違う」
ソフィア嬢の理想は、小説の中の話。
真実ではない。
来年には結婚するのだ。もうそろそろ現実を直視して欲しい。
本人からしたら「未来の旦那に付き従う良き婚約者」「男を立て、自分は一歩下がった慎ましい淑女」のつもりなんだろう。なんせ彼女は俺に一切気安い態度はとらない。実に礼儀正しい婚約者だ。受け答えからして、型通りの無難なものばかり。というよりも何かのセリフを丸暗記しているようだ。
話していてもあまり目が合わないし。
いや、そもそも問題は会話が未だに成り立たないことだな。
興味を引きそうな話題を出しても、殆ど無反応だ。
これでは、何のために交流しているのかすら分からない。
一年後の結婚についてほのめかしても、困った顔をするだけだ。彼女は嫁ぐという自覚がないのではないか?とさえ思う。
二年経っても全く変わらない関係。
正直、憂鬱だ。
仮面夫婦になるしかないのか?
もしくは家庭内別居。
いいさ、いいさ。そうなったとしても。逆に仕事に身が入るというものだ。婚約者として文句を言われない程度の交流を心掛けている。ソフィア嬢もそれで納得しているのか、特に何も言ってこない。お陰で、湿地の件が滞りなく解決できたんだ。
ある意味、彼女は良き婚約者だ。
彼女が望んだ通りの、な。
出不精の婚約者。
セルジューク辺境伯家の使用人の間で、ソフィア嬢のことはそう評価されているらしい。
俺はその話を聞いて乾いた笑いしか出てこない。
だけれども、実際に出不精だと思うのだ。
何故ならばソフィア嬢が俺の屋敷にきたのは顔合わせの一度だけ。
手紙を出すのも、交流するため彼女の屋敷に行くのも俺の方からだ。
ハルト伯爵家の内情がよく知れて、それはそれでメリットはある。
月に一度の茶会でハルト伯爵家に赴くのも、隣の領地をタダで視察できると思えば安いものだ。
治安や経済状況、鉱山の情報など、得るものはある。
定期的なプレゼントもそうだ。
本人が書かないだけで俺からの手紙は一応読んでいる。
だから直接的に「なにが欲しいのか」を尋ねることができた。
勿論、言葉にしてではなく手紙で。
「アルスラーン様、今年のソフィア様のお誕生日プレゼントは、如何なさいますか?」
「ああ、今年は王都で流行っている香水にする」
「香水ですか?」
「ソフィア嬢が気になっているようだ。なんでも姉君の手紙に書かれていたらしい」
「傍付きの侍女情報ですか?」
「正確には侍女が代筆した手紙から情報を得た結果だな」
「左様ですか」
メルレインもその辺は心得ているのだろうが、内心、呆れているに違いない。
婚約者の侍女の行動はハッキリ言ってスパイそのものだ。もっとも俺が命令している訳ではない。たまたま、だ。よく考えもせずに情報を駄々漏れさせているのは侍女自身だ。その情報でソフィアは喜んでいる。侍女からしたら自分の仕えるお嬢様が喜んでいるのだから、本望なのだろう。
普通は露見しないように情報操作するはずなのだが。
まぁ、手紙の内容の殆どが日常的なものだから何も感じないのかもしれない。
伯爵令嬢の傍付きなら間違いなく貴族令嬢だというのに。
「メルレイン、うちの使用人達の教育だが……」
「ご安心ください。情報漏れをする馬鹿はいません。ソフィア様の件は、参考例として新たな教材として取り扱わせて頂いております」
「そうか」
もう、笑うしかできなかった。
悪い教材扱いだろう。
聞かなくても分かる。
「使用人達の間では『あり得ないこと』だと笑い話になっています」
だろうな。
「未来の若奥様には必要最低限の情報しか教えないことが決定しておりますので」
既に対応策がとられているとは、流石だ。
情報を駄々洩れさせる当主夫人など害でしかない。
ソフィア嬢の場合、本人ではなく傍付きの侍女が主にやらかしているが。
それを何とも思わない彼女にも問題がある。
自衛は必要だ。
つくづく思う。
自分が辺境伯家の息子で良かったと――
王都から離れた国境を接する領地。
鉱山で栄える領地。
農耕が盛んな領地。
治安も悪くない。むしろ王都などより余程いい。
狩猟目的の領地でもない。
だから何が言いたいのかというと、宮廷貴族と距離を取れるということだ。
妻となるソフィア嬢は、ちょっと……いや大分夢見がちだ。
若いからなのか、それとも元々の性格なのか。
本人からすると、「貴族令嬢らしく政略結婚に文句ひとつ言わずに従い、礼儀正しく慎ましく謙虚な未来の妻」なんだろう。
これは被害妄想とかじゃない。
手紙にはそれらしいことが書かれていたからな。
なんでも「およそ男性が理想とする妻像」らしい。どこ情報なんだそれは。
まさかとは思うが、ロマンス小説の受け売りとかではないだろうな?
彼女くらいの年頃は、ふわふわしたものが好きだと聞く。多感な少女期にはありがちなことなのかもしれない。
小説とか観劇の主人公に自己投影して、理想を妄想する。
よくあることだと聞く。
「しかし……現実は違う」
ソフィア嬢の理想は、小説の中の話。
真実ではない。
来年には結婚するのだ。もうそろそろ現実を直視して欲しい。
本人からしたら「未来の旦那に付き従う良き婚約者」「男を立て、自分は一歩下がった慎ましい淑女」のつもりなんだろう。なんせ彼女は俺に一切気安い態度はとらない。実に礼儀正しい婚約者だ。受け答えからして、型通りの無難なものばかり。というよりも何かのセリフを丸暗記しているようだ。
話していてもあまり目が合わないし。
いや、そもそも問題は会話が未だに成り立たないことだな。
興味を引きそうな話題を出しても、殆ど無反応だ。
これでは、何のために交流しているのかすら分からない。
一年後の結婚についてほのめかしても、困った顔をするだけだ。彼女は嫁ぐという自覚がないのではないか?とさえ思う。
二年経っても全く変わらない関係。
正直、憂鬱だ。
仮面夫婦になるしかないのか?
もしくは家庭内別居。
いいさ、いいさ。そうなったとしても。逆に仕事に身が入るというものだ。婚約者として文句を言われない程度の交流を心掛けている。ソフィア嬢もそれで納得しているのか、特に何も言ってこない。お陰で、湿地の件が滞りなく解決できたんだ。
ある意味、彼女は良き婚約者だ。
彼女が望んだ通りの、な。
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