後宮の右筆妃

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
75 / 82
第二章

74.徳妃side

しおりを挟む

 数日後――

 賢妃は、最下級の位である「采女」に降格され冷宮行きとなった。


「内侍省による尋問はなかったようです」

 私付きの侍女は中々の情報通でもある。内侍省にも顔が利く。もともと殷家に仕える家柄の娘。妃の直属の侍女は大半が実家から共に来た者に限られる。その侍女の殆どがそれなりの家柄。私の侍女が知る情報は他の妃の侍女にも当然、それくらいの情報は直ぐに手に入るものだった。
 

「そう……乳母の件は何処まで広がっているの?」

「未だに内密になっておりますが、恐らく、大体の妃達は知っているかと思われます」

「まぁ、無理もないわね。賢妃にへばりついていた乳母が彼女の傍にいないとなれば察する者も多いでしょう」

 入内してから今まで賢妃はずっと乳母の背中に隠れている存在だった。
 最初は、乳母まで連れてくるなどなんて箱入りなのかと思われた程に。
 あの乳母があそこまでしゃしゃり出ていたのも賢妃が大人し過ぎる事を案じての事だろう。一人では何もできない姫様、と言わんばかりに色々と手を打っていたのを覚えている。乳母の働きかけもあってか、当時は低い身分の妃だった賢妃に同格の妃達が何くれとなく話しかけたりしていたようだけど……まともに妃の輪に入らなかった賢妃が孤立したのは自然の事だった。今にして思えば、賢妃には気に食わない行為だったのかもしれない。あれで気位の高い女だから……。
 何も言わずに目や仕草で相手に察してもらおうとする態度は最悪の一言に尽きた。目は雄弁に語るとは言うけれど、あの賢妃ほど顕著だった者はいない。

“どうして私を理解してくれないの?”

“どうして私をのけ者にするの?”

“どうして私の知らない話をするの?”
 
 そんな風に目で語られる事が多々あった。

 この後宮で「察してくれ」という受け身では到底、生き残れない。
 賢妃は運が良かった。
 行動的な乳母のお陰で貴妃の“義妹”となり、皇帝陛下の子供を産んだのだから。



 賢妃の降格とそれに伴う冷宮送り。
 これが表の権力争いに関連していない事は皆が知っていること。近いうちに賢妃の罪が公表されるとはいえ、既に答えにいきついている者は多いはず。乳母の犯した過ちはそのまま主人である賢妃の罪になる。

 皇帝陛下の逆鱗に触れて冷宮送りになった妃の末路は二択。劣悪な環境で病によって亡くなるか、または狂うか……。


「そう長くは持たないでしょうね」

「徳妃様……」

「容色が衰えて朽ち果てるだけの人生なら早く終わらせた方が逆に親切というものだわ」

 鄧家は賢妃に対して何もしないでしょう。
 抗議の声を上げる事は決してしない。
 もし、何か不穏な行動をすれば淑妃の実家が抑え込む手はずになっているはず。

 乳母だけの単独ではない。

 そう考える者が一体この後宮で何人いることか。


しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

処理中です...