後宮の右筆妃

つくも茄子

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第二章

72.徳妃side

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 淑妃の懐妊が公表されて以降、後宮の慌ただしさは尋常ではない。八州公の姫が皇帝陛下の御子を産む。後宮の女達が殺気付くのは致し方のないこと。

「如何なされました?徳妃様」

 私の溜息に気付いた貴妃は気遣わしげに尋ねてくる。四十を超えてもなおその美貌は損なわれる事はない。長らく皇帝の寵愛を競い合ってきた貴妃。彼女には二人の皇子がいる。その存在を思うと嫉妬しないわけではないけれど……どうも彼女の腹の内が読めない。真意を探るために定期的に茶会を儲けているのもそのため。先帝の寵妃だったことを除いても油断のならない相手だった。にこやかに微笑む貴妃を慕う者は多い。

「……大したことではありません。侍女から妙な噂を耳にしたもので」

「噂、ですか?」

「えぇ、巽淑妃様が庭園で刺客に襲われたそうよ」

「まぁ……なんて恐ろしい。侍衛は何をしていたのかしら……それで、淑妃様は御無事なのかしら?」
 
 私の言葉に貴妃の顔色が変わる。揺れ動く心情を隠しきれない表情。不安げな顔も美しい。私には到底出せない嫋やかな女の色香を纏ってた。
 
「それがね……亡くなったそうよ」

 貴妃の耳元へ口を寄せて囁くように告げる。私の声を聞いた瞬間、目の前にある身体が大きく震えた。目を見開きこちらを見つめ返す。滅多に見られない驚いた表情に私は小さく笑い声を上げた。目を見開いて驚愕する姿は冷静な貴妃に相応しくなく非常に珍しい。
 
「……っ!それは確かな情報なのですか?」
  
「あぁ……ごめんなさい。どうやら言い方が悪かったようだわ。貴妃様に勘違いをさせてしまったようね。亡くなったのは淑妃様ではないわ。賢妃の乳母よ。なんでも懐妊した淑妃様に嫉妬して襲ったそうよ。淑妃様が居ては自分の仕える賢妃が日の目を見ることは無いと言った理由らしいわ。愚かよね……」
 
 笑みを浮かべながら語って聞かせた。
 他意はないわ。
 ただ、貴妃の動揺する姿を間近で見たかっただけ。

「……そんなことが。賢妃様はどうなるのかしら?」

「甚だ疑わしさは残るものの関与は認められなかったようね。宮での禁足を命じられたようよ」

「そうなのですね。賢妃様は災難でしたけど、淑妃様が無事と聞いて安堵いたしました」

 ほっとした様子の貴妃。この人はいつだって穏やかに笑う。

 賢妃の傍には常に乳母がいた。
 それは貴妃もよく知っているはず。賢妃の宮殿を取り仕切っているのは乳母だと言う事を。
 
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