後宮の右筆妃

つくも茄子

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第二章

71.包青side

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 古典的な囮捜査だった。
 腕の立つ女官に淑妃の恰好をさせて庭園を散策させるものだ。今時、こんな分かり易い罠に引っ掛かる奴はいないだろうと思っていた。


「まさか引っかかるとは……意外だ」

「案外、分かり易いものに引っかかるものですよ」

「そういうもんか?」

「ええ。彼女達は後宮での手の込んだ罠に慣れていますからね。逆に、こういった単純なものに慣れていないのでしょう。それ故に警戒が薄くないやすいと言った処でしょうか? それに今回の場合は相手が相手ですし……彼女にとっては絶好の機会と思っても仕方が無いかと」

「賢妃の乳母だとはな……」

「中々の大物が釣り上がりました。事は賢妃だけに留まらず、父君の将軍も絡んでいるのかもしれません。表に出せば、これを機に将軍一派の切り崩しが始まるやもしれませんね」

「問題はそれだな。で、なにか吐いたか?」

「それが全く……。大した忠誠心です。さすがと言うべきでしょう」

 高力が感心するだけあって賢妃の乳母はどんな拷問にも口を割らなかった。
 賢妃の乳母の実家は代々、鄧家に使える家柄。彼女の夫と息子は鄧将軍の右腕とも言える部下だ。乳母本人も現当主である鄧将軍とは乳兄弟の間柄。

「どうするつもりだ?このまま手をこまねいていては何も分からずじまいだぞ」
 
「分かっていますよ。ですが、尻尾を出しませんからね。ここまでくるとお手上げ状態ですよ。大男ですら泣きわめく拷問だと言うのに……泣き声一つ上げる事がないんですから。罪人でさえなければ部下として引き抜きたいくらいですよ」
 
 高力がここまで絶賛するとは珍しい。他人に厳しい以上に自分自身に厳しい男だ。才能ある者なら男女関係なく公平にみる。「部下に引き抜きたい」という言葉も本心だろう。しかし、高力の言葉とは裏腹に彼女の処遇は既に決まっている。このまま死罪となるのだ。この先にあるのが斬首でも釜茹でも毒杯でも、どの道あの乳母は命を落とすことになる。ならば、せめて死ぬ前に少しぐらい情報を吐き出してくれた方がこちらとしては楽なのだが。そう思う反面、そこまでして忠義を尽くそうとする彼女の姿勢には素直に「凄い」とすら感心していた。

「狙ったのは只の妃じゃない。八州公の姫君だ。末路は決まっている」

「淑妃に危害を及ぼす事は巽家に宣戦布告をすると言うこと。引いては八州公に喧嘩を売るも同義。国を危険に晒したのです。仕方ありません」

「ああ。問題は乳母が誰の命令で動いたか、だ」

「乳母殿は自分一人の考えだと申しております」

「それを信じる者がいるか?オレは信じんぞ。首謀者は賢妃か、または鄧将軍か」

「賢妃も鄧家にも関わりないとしか申しません。……恐らくこのままだと乳母殿の単独行動ということで処理されるでしょう」

「……ありえねぇ」

「仕方ありません。賢妃が淑妃に害する理由らしきものがありませんので。これで、賢妃に男児がいればまた違ってきますが……皇女では……」

 高力の言いたいことは分かる。
 賢妃が産んだのは皇女だ。もしも、皇子を産んでいたなら皇位を狙っての犯行と言う事で尋問も可能だったが、現実は女児一人。淑妃を狙う理由としては弱すぎる。


 後、気になる事が一つ。

 貴妃が「淑妃を“義妹”にしたい」という噂が後宮に広がっている。
 今回の事件と何か関係があるような気がしてならねぇ……。ただの偶然か、それとも……。
 

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