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第一章
35.母の癇癪
しおりを挟む「そんなこと今更どうだっていいのよ!!杏樹は私の言うことを聞いていればいいの!!!」
沈黙を壊す母の甲高い声は室内に響き渡る。
「お継母様の仰る通り『今更』ですわ。ですが、『どうでもいい』とはどういう意味でしょう。まさかとは思いますけれど、杏樹が二人に騙され裏切られた事を仰っていらっしゃるのなら、私はお継母様の神経を疑わざるおえませんわ。何度も言いますが、杏樹は被害者なんです。裏切った加害者を擁護する発言はお控えください。不愉快です」
「な、何故、そんな酷い事をいうの? 陀姫は貴女には妹、杏樹には姉。三姉妹なのよ? なのに、どうして陀姫をのけ者にするの!? ちょっとした間違い犯しただけで責められるなんて可哀想だわ!! 陀姫は泣いているのよ? どうして仲良くしてくれないの!!!」
「あの子の泣き癖は今に始まった事ではありませんわ。自分に都合が悪くなるとすぐに泣いてしまう。それに付き合う程、私も杏樹も暇ではありません。それに、陀姫が楊家に嫁いだ時に姉妹の縁を切っております。それは私だけでなく、杏樹もですわ。姉妹の縁切りと巽家への出入りを禁止を条件に私は二人の婚姻の許可をだしたのです。もしや、それさえもお忘れになったのですか?」
「覚えているわ!でも、どうして貴女の許可がいるの?! 屋敷の者達も貴女の命令しか動かない!! こんなのおかしいわ!!!」
「何もおかしくはございません。私が巽家の『女主人』なのですから。お継母様は『女主人』の務めを放棄なさいましたし、お父様もそれをお認めになられました。それは私が何処に嫁ごうと変わらない『権利』なのです。これは、私が入内する前から言い続けている事ですが……ご理解していらっしゃらないのですか? お父様、お継母様に御説明されていませんの?」
「いや……説明はした。その……理解していないとは思わなかった」
首を垂れる父上に姉上は溜息を吐いた。
「まぁ、父上は女人の涙と嘘に弱いですから仕方ありませんわね。私が何度、陀姫の嘘を証人を交えて説明したか分かりませんもの。お父様、『娘の可愛らしい嘘』で私の妹が迷惑を被っているんですから、いい加減学習なさってください」
だんまりを決め込む父上の姿は私の知る父では無かった。
何時も威厳ある態度の父上が……。
「な、なんなの!? 陀姫が嘘をついているって……あの子は良い子よ! もし、嘘をついたとしても……やむにやまれぬ事情があったのよ!」
「ありませんよ。あの子は息を吐くように嘘をつきますから」
「で、でも!」
「お継母様の前では『良い子』でいたようですが、それは、お継母様の望む『良い子』に過ぎません。屋敷の者達にでも聞いてみてください。あの子の本性が分かりますよ。使用人に聞くのがお嫌なら、親族の誰かに聞いては如何ですか。皆、陀姫が『どういった子』なのか詳しく話してくださいますわ。お父様も一度、屋敷の者達に訊ねるべきですわね。お継母様が杏樹にどれだけ我慢を強いていたのかを。きっと事細かく教えてくださいますわ」
「がまん? 我慢って何よ!杏樹は私の娘よ?私がお腹を痛めて産んだ子なんだから!!私の言う事を聞くのは当然でしょう!!!」
「お、おい……」
母上の言葉に、父上は随分と驚いていた。姉上の眼差しがどんどん冷ややかになっていく。
「お継母様の考えはよく分かりました。お父様もこの方を見て『優しい母親』と言えますか?」
「そ、それは……」
「この方は、こうやって杏樹の意志を無視して、自分の思い通りにさせようとしてきたんです。この方の歪んだ考えを増長した責任はお父様にもありますわ。お父様がこの方の言う事をそのまま鵜呑みになさり続けたせいです。夫として妻の監督はしっかりとなさってください」
姉上の叱責を受けた父は肩を落とした。
巽家の当主とは思えない姿に私はただただ驚く他なかった。
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