後宮の右筆妃

つくも茄子

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第一章

27.右筆妃2

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 暫く、他愛のない質問を繰り返していたところで陛下は私をここに連れてきた理由を語りだした。

「朕はそちに『才人』の位を与えた。これはその『力』を正しく発揮している者に贈られるもの。これからそちに与えられる権限は他の妃達よりも遥かに大きいものだ。そちも理解していると思うが、今後起こるであろう出来事は常識では計り知れないものとなる。そちの場合、只の妃の身分では危うい故な。そちは『才人』としての『力』を示さなければならない。それが、そちの身を護る手段にもなる」
 
 陛下の話を聞いて正直戸惑った。何故なら、後宮に来て与えられた役目は名ばかりの侍女の仕事であって、それ以外のことをした事がなかったからだ。青との協力関係の事を言っているのかもしれないけれど、アレは飽く迄も個人的なもの。そもそも「力」とは何なのだろう。それが分からなかった。
 
「陛下、具体的に私は何をすればよいのですか?」

 恐る恐る尋ねると陛下は言った。
 
「そちには朕の『右筆妃』になって欲しいのだ」
 
「それは一体……?」
 
「朕は皇帝として様々な仕事をしている。そちには朕の補佐を頼みたい。そちにしかできぬ仕事を任せたいと思っている。朕の傍で朕の言葉を正確に記録して欲しいのだ」
 
 陛下の言葉を聞いた瞬間、私は大きく目を見開いた。
 
「それはつまり……秘書のようなものでしょうか!?」

 私の問いに対して陛下は苦笑した。
 
「まあ、そのようなものだ。もちろん他にも頼むこともある。だが、まずは朕の代筆役から務めて欲しい」
 
「……ですが、それは文官の役目。陛下の妃でしかない私がすれば越権行為にあたるのではありませんか?」
 
「ふっ……そちは本当に賢いな。これが普通の女子なら『皇帝の特別な立場』に喜び勇んで飛びつくというのに。まあ、そちの杞憂は分かる。だが、これは朕の命令だ。他の者にも文句は言わさん」
 
「何かあるのですか?」
 
「それは、そちの目で見て判断せよ」
 
 陛下は本気だ。
 本気で私を秘書にしようとしている。そして、それだけではないはずだ。そう思った瞬間陛下は口を開いた。
 
「それと、コレを渡しておこう」

 陛下は鍵束を渡してきた。何の鍵なのか聞く前に陛下は話を続ける。
 
「これはこの書庫の鍵だ。一番大きな鍵が書庫の入り口、その他は書庫内部の各部屋の鍵になる。朕の右筆妃は妃であって女官でもある。当然、知識は高官並みに必要になるだろう。十分に力を発揮するためにもこの場所は大いに役に立つはずだ。過去の出来事、諸外国との貿易、歴代王朝の歴史……ありとあらゆるものが揃っている。書庫の奥に行けば行くほど歴史の古い書物があるので、少々扱いが慎重にならざる負えない処が難点ではあるがな」
 
「……陛下、この一番小さい鍵はなんでしょう?」

 鍵束の中の一つの小さな鍵。異様に小さく、鍵だと言われなければ飾りかと思ってしまいそうなほど小さかった。
 
「ああ……その鍵か。それは一番奥にある部屋の鍵だ。、この書庫のどこの部屋に入っても構わん。だが、この小さい鍵だけは決して使うな」
 
「何故ですか?」
 
、これは朕の命令だ。絶対にその部屋に入ってはならん」

 陛下は真剣な顔でそう言った。
 ここまで言われれば誰だってわかる。
 この小さい鍵はこの先、私が踏み込むべきではない領域なのだと。そんなものを渡さないで欲しい。陛下相手にそんなこと言えないけど……。なので、私は笑顔を浮かべて陛下の望む答えを口にする。
 
 「しかと承りました」

 すると、陛下は優しく笑った。
 私の返答は間違っていなかった。それと同時に陛下の目は全く笑っていなかった事にも気付いた。
 決して鍵を使ってはいけない。
 そう自分に言い聞かせた。



 
 皇宮の書庫への入室は皇帝陛下自らが許可されたもの。
 それは後宮中に瞬く間に噂が広がった。

 新しい妃、巽才人は皇帝の寵妃だという噂と共に――


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