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第一章
11.妃の死1
しおりを挟むその日、一人の妃が死んだ。
井戸に誤って落ちたという噂だった。
だけど――
「ありえない」
「ああ、だがその『ありえない』ことが起きるのが後宮という場所だ」
「確かに……でも妃が亡くなったなんて……」
「妃と言っても『美人』だ」
「十八婦人の?正四品?それとも正五品?」
「正五品だ。御妻に比べたら地位は高いが、十八婦人の中じゃ一番下だからな」
後宮内の妃の地位ははっきりとしている。
頂点に正室の「皇后」。次に四夫人の「貴妃、淑妃、徳妃、賢妃」がいて、その下に十八婦人の「婕妤、美人」が、更に下には御妻の「宝林、御女、采女」いる。
その中で「美人」は少し特徴的な部分があった。
地方役人の娘が入りやすく、御妻が地位向上しやすいかった。
何故か「美人」だけ正四品と正五品に身分が分けられており、正五品の「美人」は金次第で手に入るなどと言われる程だった。
「どの位の妃であろうと関係ないわ。皇帝陛下の妃を不慮の事故で終わらせるなんて……」
「後宮じゃ、日常茶飯事だぜ。妃の死人が全くなかった時代なんてないからな。ここじゃ、隙を見せた方が悪いんだよ」
「親が何か言ってくるんじゃないかしら?」
「事故死を怪しんだとしても訴える者はない。特に遠方はな」
「地方出身だったわね」
「ああ、下級役人の娘だ。話にもならねぇ」
「気の毒に……」
「後宮に送り込む時点である程度の覚悟はしている筈だ。しかし……」
「どうしたの?」
「お前もよくオレとこうして書庫で会話できるな」
「おかしい?」
「普通は素性のしれない、名乗りもしない相手とは関わりたくないだろう?」
まぁ、普通はそうでしょうね。
でも、あなたの場合は違うわ。分かっていて言っているのか、それともこちらを試しているのか。本当、噂以上に怖い処だわ。後宮って場所は。
「あら、あなたは名乗ってないだけで素性は隠していないでしょ?……長官殿?」
「……いつ気付いた?」
「あなたが『後宮から出してやる』と言ったあたりから『もしかして』とは思ったわ。確証には至らなかったけど、今話して確信した」
「……カマかけた訳か」
「気が付いていたのに話したのはそっちでしょう? 誤魔化す事もできたのに……しなかった」
「思った以上に頭が切れるな……けど、知っているか? 世の中知らない方が幸せな事って多いぜ。こんな場所では特にな」
悪戯坊主のような笑顔なのに目だけが鋭く光っている。初めて見る表情だった。
「知らないうちに『手駒』にされるよりよっぽどいいと思うけど? だって、後宮から出る対価を知らずに払わされるなんて恐怖以外の何物でもないわ。あなたが只の親切心だけでやっているようにも思えないもの。それに……他国の言葉で『只より高い物はない』と言うらしいから」
「そうかもしれねぇな」
「ところで、あなたの名前を聞いてもいいかしら」
「名前を聞くときは自分から言うもんじゃないのか」
既に名乗っているのだけれど、彼が言いたいのはそう言う事ではないのでしょう。
「失礼しました。私の名前は巽杏樹です」
「オレは包青だ」
「宜しくね、青」
「ああ、よろしく杏樹」
こうして私達は改めて自己紹介と互いの身分を明かした。
内侍省長官。
それが包青の本来の素性だった。
一時、話題になった人物。
僅か十歳の少年が国家試験第一位で通過したという噂を耳にした。当時は眉唾の御伽噺として語られた話は真実だった。彼が何故、私の前に現れたのか分からない。最初は偶然かもしれないけど、その次は必然だろう。その証拠に、彼は私を何度も試していたのだから。何のためかは分からない。それでも利用されて捨て駒扱いだけは御免だった。
この瞬間私達は共犯者になった。
それが良かったのか悪かったのかは誰にも分からない。
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