後宮の右筆妃

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
11 / 82
第一章

11.妃の死1

しおりを挟む

 その日、一人の妃が死んだ。
 井戸に誤って落ちたという噂だった。


 だけど――
 

「ありえない」

「ああ、だがその『ありえない』ことが起きるのが後宮という場所だ」
 
「確かに……でも妃が亡くなったなんて……」
 
「妃と言っても『美人』だ」

「十八婦人ふじんの?正四品?それとも正五品?」

「正五品だ。御妻ぎょさいに比べたら地位は高いが、十八婦人の中じゃ一番下だからな」

 後宮内の妃の地位ははっきりとしている。
 頂点に正室の「皇后」。次に四夫人の「貴妃、淑妃、徳妃、賢妃」がいて、その下に十八婦人の「婕妤しょうよ、美人」が、更に下には御妻の「宝林、御女、采女」いる。

 その中で「美人」は少し特徴的な部分があった。

 地方役人の娘が入りやすく、御妻が地位向上しやすいかった。
 何故か「美人」だけ正四品と正五品に身分が分けられており、正五品の「美人」は金次第で手に入るなどと言われる程だった。
 
「どの位の妃であろうと関係ないわ。皇帝陛下の妃を不慮の事故で終わらせるなんて……」
 
「後宮じゃ、日常茶飯事だぜ。妃の死人が全くなかった時代なんてないからな。ここじゃ、隙を見せた方が悪いんだよ」
 
「親が何か言ってくるんじゃないかしら?」
 
「事故死を怪しんだとしても訴える者はない。特に遠方はな」
 
「地方出身だったわね」
 
「ああ、下級役人の娘だ。話にもならねぇ」
 
「気の毒に……」
 
「後宮に送り込む時点である程度の覚悟はしている筈だ。しかし……」
 
「どうしたの?」
 
「お前もよくオレとこうして書庫で会話できるな」
 
「おかしい?」
 
「普通は素性のしれない、名乗りもしない相手とは関わりたくないだろう?」

 まぁ、普通はそうでしょうね。
 でも、あなたの場合は違うわ。分かっていて言っているのか、それともこちらを試しているのか。本当、噂以上に怖い処だわ。後宮って場所は。
 
「あら、あなたは名乗ってないだけで素性は隠していないでしょ?……殿?」
 
「……いつ気付いた?」
 
「あなたが『後宮から出してやる』と言ったあたりから『もしかして』とは思ったわ。確証には至らなかったけど、今話して確信した」
 
「……カマかけた訳か」
 
「気が付いていたのに話したのはそっちでしょう? 誤魔化す事もできたのに……しなかった」
 
「思った以上に頭が切れるな……けど、知っているか? 世の中知らない方が幸せな事って多いぜ。こんな場所では特にな」

 悪戯坊主のような笑顔なのに目だけが鋭く光っている。初めて見る表情だった。
 
「知らないうちに『手駒』にされるよりよっぽどいいと思うけど? だって、後宮から出る対価を知らずに払わされるなんて恐怖以外の何物でもないわ。あなたが只の親切心だけでやっているようにも思えないもの。それに……他国の言葉で『只より高い物はない』と言うらしいから」

「そうかもしれねぇな」
 
「ところで、あなたの名前を聞いてもいいかしら」
 
「名前を聞くときは自分から言うもんじゃないのか」

 既に名乗っているのだけれど、彼が言いたいのはそう言う事ではないのでしょう。
 
「失礼しました。私の名前は巽杏樹です」
 
「オレは包青ほうせいだ」
 
「宜しくね、せい
 
「ああ、よろしく杏樹」

 こうして私達は改めて自己紹介と互いの身分を明かした。

 内侍省長官。
 それが包青の本来の素性だった。

 一時、話題になった人物。
 僅か十歳の少年が国家試験第一位で通過したという噂を耳にした。当時は眉唾の御伽噺として語られた話は真実だった。彼が何故、私の前に現れたのか分からない。最初は偶然かもしれないけど、その次は必然だろう。その証拠に、彼は私を何度も試していたのだから。何のためかは分からない。それでも利用されて捨て駒扱いだけは御免だった。

 
 この瞬間私達は共犯者になった。

 それが良かったのか悪かったのかは誰にも分からない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

比べないでください

わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」 「ビクトリアならそんなことは言わない」  前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。  もう、うんざりです。  そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……  

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

処理中です...