後宮の右筆妃

つくも茄子

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第一章

8.巽淑妃(美娘)side

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 あの家に杏樹を残して入内するなど到底できなかった。
 お父様は兎も角、問題はお継母様。あの方は杏樹を蔑ろにし過ぎているのだから。

 理由は分かっているわ。
 杏樹がお婆様に似ているから。
 この国にはない、西方諸国の血が濃く出てしまった杏樹。
 夕日のような赤い髪も翡翠のように美しい緑の目、華やかな顔立ち。
 それらは全て祖母に生き写しだった。容姿だけではないわ。杏樹は性格もどちらかと言えばお婆様によく似ているんですもの。だからでしょうね。お継母様は余計に腹立たしいのでしょう。

 実の娘だというのに。

 先の正室であった私の母は、生来体が弱く私を産んで間もなく他界。その後、後妻として迎えられたのが継母。当時、祖父母が私を養育していたわ。本来なら私の養育権は「新しい母」に移されるものだけど何故か祖父母はそうはしなかった。お継母様に対して祖父母の目は厳しかったのを覚えているわ。

 名家出身で、若く美しい継母。

 けれど「母」になるには未熟過ぎたのでしょう。祖父母はそれが分かっていたのね。私が気付いたのは杏樹が産まれた時。杏樹の誕生を祝う宴の時だった。

 祝いの挨拶をすると、不快そうにされたのを覚えているわ。それが何なのかは程なく分かったのだけれど。親族達が祝いの言葉を発するたびに不機嫌さを露わにする中、一人の独身青年が「美人の母娘なんて羨ましい。奥方は若いので御息女が成人したら母娘ではなく姉妹のような感じになるのではありませんか?きっと姉妹だと間違われますよ」と言った言葉で継母の機嫌はみるみると直っていったわ。今までの不機嫌さは何だったのかと思う程、上機嫌になって会話が弾んでいたの。

 その瞬間、親族達も察したのでしょうね。

 次々と祝いの言葉の後に継母を褒めていったわ。すると機嫌が殊更よくなっていったのを見て、成る程そういう事なのだと理解しました。要するに、お継母様は杏樹に嫉妬していたの。
 自分の娘だというのに嫉妬って何かしら?
 でも、そうとしか思えなかったわ。お継母様は自分が中心じゃないと気が済まない性格だった。

 これは後から知ったことだけれど、お継母様は典型的な甘やかされて育てられた令嬢そのものだった。正室としての家政が全くできない女人。できない事を「恥」だと思わない女人だった。これは祖父母が厳しくなるはずだと納得してしまったわ。恐らく、親族達も気付いている。この正室では家をまとめられないという事を。一族の「女主人」はお婆様のまま。それはもはや暗黙の了承となり、お継母様に「女主人」としての振る舞いを誰も口出ししない。言った処で理解できないだろうし、何よりもお継母様を諭し教育する方が面倒くさいという思いがあったでしょう。祖父母が何かしたのかもしれませんが、継母の実家はいつの間にか巽家の下位へと成り下がっていました。恐らく何らかの理由があって巽家が取り潰す際に財産を搾り取ったのではないかと想像します。でなければ、お継母様が嫁いできた当初から巽家の下位へとなっていた事に説明がつきません。
 祖父母が生きている間は良かったのですが、亡くなってしまうと次の「女主人」は私でした。まぁ、とうの昔から覚悟はできていました。お父様には跡継ぎとなる男児がおりませんから。私が婿を取る必要があったのです。親族から養子を取ることもできましたが、そうはしませんでした。私の実母が皇族出身だからというのもあるのでしょう。

 此度の入内。
 政治の一環とはいえ、私の子供は例外なく皇籍離脱は決定しております。
 この事は皇帝陛下とお父様、そして私しか知り得ない事です。子供は男であれ女であれ巽家の「次期当主」です。女児は跡取りの資格は有りませんが「女主人」としての采配は行えるのです。婿は一族から取ればいいので問題ありません。



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