32 / 54
番外編~イートン校の誇りが守られた日~
32.新学長誕生
しおりを挟むイートン校の学長選挙は全くのオリジナルです。
*****
イートン校の歴史は古い。
1440年にヘンリー六世により創立された男子全寮制のパブリックスクールは、ロンドンの西郊に位置している。各界に数多くの著名人を輩出し、首相を何人も出していることでも有名だ。まさに英国一の名門校である。
この名門校も歴史的に廃校の危機に瀕したことは幾度もあったものの、その都度、学校を愛し守ってきた者達のお陰で今もその存在を歴然と輝かせていた。
そして、学校の危機は今も勿論ある。
「おめでとう!」
「おめでとうカーディ教授!」
「おめでとう!」
他の教諭達から祝福を一身に受ける年配の男性は真っ青な顔色から徐々に真っ白になっていた。
(誰か嘘だと言ってくれ!!)
祝福を受けるカーディ教授本人は全力で皆からの祝福を拒否していた。後悔先に立たず、という言葉を噛み締めていたとも言える。
(何故だ……何故こんなことに……。夢なら覚めて欲しい)
悲壮感漂うカーディ教授に周囲は気付かない。それどころか、実に目出度いと拍手まで送る始末。ここまでるくと「嫌がらせか?」と思うかもしれないが、残念ながら彼らは心から同僚の引いては先輩である優秀な教授の出世を祝っていた。
「おめでとうカーディ教授。君が新しい学長だ。実に喜ばしい限りだ」
真っ白な顔色のカーディ教授に祝いの言葉を掛けたのは、つい先ほどまで学長の座に就いていた男性だった。
「学長……」
「はっはっはっ。いやいや、私はもう学長ではないよ。今日からそう呼ばれるのは君じゃないか」
カーディ教授とは裏腹に笑顔で言い放つ元学長は、とても学長の座を奪われたとは思えない幸せに満ち溢れた顔だった。
イートン校の学長は四年に一度の選挙で選ばれる。
なんだそれは?と思うかもしれないが、公平性を示すためにこのようなシステムになったらしい。
学閥があるように、イートン校内にも派閥があった。その中でも最大派閥の筆頭が現在のカーディ教授が率いる派閥と元学長率いる一派であった。この二つの派閥は常に勢力争いをしていると言ってもいいだろう。
「私には荷が重すぎる。どうだろう、学長。ここは学長がそのまま維持するというのは。混乱が減っていいように思うのだが……」
鉄仮面のように一切顔には出さないものの内心は焦っていた。必死で懇願していたのだ。そう見えなくてだ。もっとも、このように謙虚な言い方は普段のカーディ教授からは想像できない態度ではあった。
「はっはっはっ。本当に面白い事を言うね、カーディ教授。君らしくない物言いだ。選挙戦は半年前から始まっているんだよ。それを無効にするなんて出来る訳がないじゃないか。君は正々堂々と戦って私に勝ったんだ。まぁしかし……そうだな、一つだけ助言するとしたら……君はこの先の四年間は間違いなく痩せられる。肥満が解消される絶好の機会ではなか!!」
朗らかに言う元学長に他人事のように言う。いや、彼にとっては他人事なのだろう。
「学長……」
「どうしたと言うんだ、カーディ教授。漸く念願の学長になったんだ。もっと嬉しそうな顔をしたまえ」
とてもではないが蹴落とされた側の言うセリフではない。カーディ教授は心底嬉しそうに言う元学長を恨めし気に睨むことしか出来なかった。
(あぁぁぁぁぁ……これが四年前なら私とて喜んださ)
ニコニコ微笑んでいる元学長に悪魔の尻尾が見えるような気がした。
(そもそもこれは明らかに罠だろ!? この元学長は明らかに負けるように行動していたではないか!!ふざけるな!!!)
そうと分かりつつも悪魔の術中に嵌まったのは間違いなく自分である事を理解しているカーディ新学長は心の中で思いっきり叫ぶしかなかった。
1
お気に入りに追加
258
あなたにおすすめの小説
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる